7−2:疾紅の戦鬼


 寝入ったのは夜明け頃だったけど、気付けばすっかり日が昇っていた。
「おはよう、ユウ」
「おはようございます……」
 なんかあっという間だったなぁ。ここが夢の中だっていうのも変な感じ。
 シルバー先輩もセベクももう身支度を始めている。自分も準備しなきゃ。
「朝だよ、グリム」
「……寝て起きても夢の中って、変なカンジなんだゾ」
「よく眠れたか?」
「んん……なんかあっという間だったんだゾ……」
 自分と同じ感想である事に苦笑する。
「川で顔を洗ってくるといい。スッキリする」
「はーい、いってきまーす……」
 グリムを脇に抱えて天幕を出る。セベクが後ろでなんか言ってた気がする。まぁいいや。
 日差しやひんやりとした空気でも十分目が覚めそうなもんだけど、まぁせっかくだからしゃっきり目覚めたい。
 川の水はひんやりどころじゃないくらい冷たかった。意を決して手ですくい、顔を洗う。痛いぐらい冷たい。でもやっぱりスッキリする。
 隣で川に顔をつけたグリムが、慌てて川から離れて身を震わせた。
「川の水がめちゃくちゃ冷てぇんだゾ!」
 ……猫はそれで水が切れるからいいよなぁ。
 ジャケットのポケットに入れてるハンカチで顔を拭く。
 購買部で買った何の変哲も無いタオルハンカチだが、夢の中でもこういう現実の所持品が反映されてるのは不思議すぎる。そういえばスマホも持ってるしなぁ。見たけど当然ながら圏外だし、充電出来なさそうだから電源切っとこう。ここで使う場面が来るとは思わないけど、いざという時は明かりぐらいにはなるしね。
「ユウ、眼鏡を忘れているぞ」
「あ、ありがとうございます」
 シルバー先輩からメガネを受け取ってかける。そこでやっと数人の兵士がそわそわとこっちを見ているのに気付いた。なんだろう。
「セベクの声が聞こえないくらい寝ぼけていたようだからな。目は覚めたか」
「おかげさまで。自然の水って冷たいですね」
「雷鳴山脈の湧き水は年中通して冷たい。茨の谷がある大陸は、賢者の島のはるか北にあるからな」
 地理に詳しくないから言われてもピンとは来ないけど、でもまぁ要は冬じゃなくても寒いって事だな。
「冬になれば、山沿いはかなり雪が積もる。……夢の中とはいえ、今が冬でなくて助かった」
「そうですね。寮服ならまだしも、制服じゃ厳しそう」
 そもそも人に見つかる前に雪に埋もれてゲームオーバーだったかもしれないけど。そう考えると行き先がランダムっていうの怖いな。いきなり絶体絶命とかありそう。
 昨日確認していた通り、パンとスープで朝食。固めのパンをスープに浸して柔らかくしつつ、野菜とお肉で栄養もばっちり。バウルさんも今朝は何も言わないで食べてくれた。
 食事の後始末をして、荷車やら天幕やらの荷物を点検して、なんやかんやしていたら正午は目前。
 さほど睡眠がとれた自覚は無いんだけど、夢の中だからか身体の不調とかは感じない。便利なような、そもそも夢の中で寝るのが怖すぎるような。
 出発直前になっても物資回収の兵士に物資を引き渡す伝令役などが細々と働いている一方で、隊のリーダーであるヴァンルージュ先輩とその補佐役は進路について検討している。
「最短で東の砦を目指すなら、北東の風鳴き渓谷を目指すべきだが……」
「竜尾岳の麓や海沿いの集落周辺でも『鉄の者』の姿を見かけたという情報もあります」
 そりゃ三十も班があるんだから、あちこちにいておかしくないか。
 そうなると一つや二つ追い払った所で焼け石に水だと思うけど、彼らからすれば困ってる住人が現実に存在するから無碍にも出来ないみたい。
 ……ここは夢の中なんだから、彼らが何をしようと現実には何も変わらないんだけど。
「風鳴き渓谷を抜ける前に、翠が原全域を一度見回ってみるべきかもしれません」
「……一刻も早く終えたいのに、仕事は山積みと来たもんだ」
 現在の場所から風鳴き渓谷まで、トラブルも無くまっすぐ進めればおよそ半日で到着する。地理的に障害らしい障害が無いのはともかく、補給は一切無視の行程だし、相手の数を考えれば衝突が発生し多少前後すると考えるべきだろう。
 と、なると採掘場や鍛冶場がある北側、または集落の数が多い南側で休憩する場所を確保しつつ一日かけて進んだ方が隊の消耗は少なく済む。特に北側は魔石器の手入れや仕入れを行えるので、戦闘が多くなるであろう今回の旅には大きく貢献するだろう。
 ヴァンルージュ先輩は物憂げ通り越して呆れ顔だ。
「ったく……奴ら、追い払っても追い払っても湧いてきやがるな」
「我ら王宮近衛隊の名にかけて、やつらをすべて風鳴き渓谷の向こうへ……いや、珊瑚の海の向こうまで追い払ってやりましょう!!!!!!」
「そう力むな」
 ヒートアップするバウルさんをヴァンルージュ先輩が軽く諫める。
 なんだかんだで気も合うみたいだし、ちょうどいいバランスの二人なんだよな。強いから兵士を率いるにも適任だし。
 前線に出られる人材は少ないんだろうけど、こういう優秀な妖精がいるからどうにかなってる、みたいな所あるのかもしれないなぁ。
「風鳴き渓谷の西側はまだ妖精の領域。本番は、紅が原に入ってからなんだからな」
「はっ!気を引き締めて参ります」
 びしっと答えたバウルさんに頷きつつ、ヴァンルージュ先輩は兵士たちを見渡す。ちょうど荷造りや申し渡しも終わったようだ。
「東に向けて移動を開始する!遅れるなよ!」
 ヴァンルージュ先輩の号令に、妖精たちの声が続く。
「……気を引き締めていくぞ、セベク」
「誰に言っている?貴様こそ、間抜けを晒すなよ」
 こちらも気力十分なようだ。僕も気を引き締めていかなくちゃ。
「東に向けて出発だ~!」
 どこか遠足気分な気がするグリムの声に和みつつ、兵士たちに続いて歩き始めた。

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