7−2:疾紅の戦鬼


 僕もメガネを外して、誰かに壊されなさそうな所に避難させる。
「……おい」
「はい?」
「その眼鏡は魔法道具なのか?」
「ううん。ただのコスプレグッズだけど」
「見せろ」
 寝るんじゃねえのかよ、と思いつつ渡してやると、しばらく眺めて首を傾げている。
「度も入ってない。……こんなもので成立する変装があるか?」
「あるかって言われても、現実に成立してるし」
「お前その、姫君のフリを続けるつもりか?」
「勝手に勘違いされてるからには利用させてもらうよ」
「不実な……」
「だって、ただの平民がドラコニアの祝福を受けてたら違和感あるでしょ?」
 こっちもただでさえ、現実ですら説明めんどくさい立場だし。
「微妙に嘘つくより、相手の妄想に話を合わせた方が早いよ」
「貴様、どこまでも不誠実だな!?」
「多分向こうでは『人間の貴族の令嬢か姫君で、性別を変えるか偽装する呪いをかけられ、前後は不明だがドラコニア一族の誰かに見初められ、他の人間に取られないよう行動を制限するために魔力を封印された』ぐらいのストーリー出来てると思う」
「んなわけあるかっ!」
「まぁどんな勘違いでもいいよ。勘違いじゃなくてもいい」
 詳細などいくらでもごまかせる。無いものをあると答えるのも苦ではない。
 この場をしのぎ、先に進む。そのために出来る事はするし、利用できるものは利用する。
「僕はどんな相手だろうと、うまく都合よく話を進めるための人物を演じるだけ。そのための技術は持ってるつもり」
 セベクがドン引きした顔で口を閉ざす。シルバー先輩はただ無言で僕たちを見つめていた。
「重装備が基本のこの時代だと、素手の格闘しか出来ない僕は戦闘では役に立たないと思うし。弱いフリっていうか、事実としてここだと弱い方だと思うんだよね」
 さすがにあの防具を越えてダメージを与えるほどの力は無い。茨の谷の歴史どころか、この世界の歴史や一般常識にも疎い。魔法も使えない。
「物知らずなりに、二人の足を引っ張らない努力はするよ。お姫様のフリはその一環って事で」
「ま、天才のオレ様がいるから戦闘は何も問題ねーな!にゃはは!」
「調子に乗るな、魔獣」
 心なしかいつもより勢いが弱い。
 言われた事にむっとしているグリムを撫でる。手を払われた。悲しい。
「話は合わせなくてもいいよ。それはそれで、どうにかする。どうせお互いの事を知らないのは事実だしね」
「……わかった。お前の邪魔はすまい」
「まぁ、夢から覚めるまで、利害が一致する間の事だし。あまり深刻に気にしないでどうぞ」
「む、むぅ……」
「……ユウの雰囲気がさっきまでとずいぶん違う気がするんだが」
「子分は腹黒陰険暴力メガネだからな。ほんわーっとして大人しい時はネコ被ってる時なんだゾ」
「失礼な。ほんわーっとして大人しいのが元々の性格だもん」
「全く説得力が無いな……」
 うるさいっつの。
 僕の睨みから顔を逸らし、セベクはわざとらしく咳払いする。
「……ときに、シルバー。お前、今日は一度も居眠りをしなかったな」
「居眠り?」
「普段は会話をしていようが鍛錬していようが、すぐに船を漕ぐくせに」
 いつもの調子を取り戻したセベクに、シルバー先輩は大真面目な顔で頷いて返す。
「それが……どうやら俺は、夢の中だとあの抗いがたい眠気に襲われる事が無いらしい」
「夢の中の方がシャキッとしているなど、笑わせる」
 鼻で笑うセベクに対し、シルバー先輩はどこまでも真面目な顔だ。ちょっと嫌味を言われた事も全く気にしていない。
「お前の言う通りだ。現実でも常に眠気のない状態でいたいんだが……」
「……慢性的に強い眠気が来るって事ですか?」
「ああ……幼い頃から、ふとした瞬間に強い眠気に襲われる事があるんだ」
「オレ様にもソレわかるんだゾ!トレインの授業と、昼飯のあとに中庭のベンチに座るとすぐ寝ちまう」
「……多分、グリムの眠気と俺の眠気は少し性質が違うと思う」
 シルバー先輩はどこまでも大真面目だな。グリムにもこんなに真剣に返してくれる。
 シルバー先輩もナイトレイブンカレッジでは珍しいタイプなんだろうな。こういう説明の時、エースとかは何か茶化したりからかったりしないと気が済まない感じで、説明の内容以外にグリムが反応してうやむやになっちゃう。正直ありがたい。グリムも素直に聞いてるし。
「俺の場合、歩いていても、誰かと話している途中でも……剣の鍛錬をしている時でも、唐突に眠くなる時があるんだ」
「えっ、剣の鍛錬の途中?夜通しゲームしてて寝不足だったとか?」
「いや、夜の睡眠は十分とっている。……原因は、俺にもわからない」
 原因不明の眠りの病。
 夢の中を移動するユニーク魔法と相性抜群、と言っていいのやら。
 元の世界だと似たような病気はあった気がするけど、治療法とかは全く検討もつかない。
「幼い頃から親父殿は、何度も俺をあちこちの魔法医術士に診せてくれたが……どこに行っても原因不明と匙を投げられてしまって……」
 そしてこっちの世界でも一般的な病気では無いようだ。
 シュラウド先輩曰く、賢者の島は医療の環境がかなり整ってるらしいから、多分ナイトレイブンカレッジに通い始めてからも診てはもらってるんだろうな。そして今も解決策は見つかっていない、と。
 ……夢、か。
 時折見る『グレート・セブン』らしき人たちの夢をシルバー先輩が見たら、どんな反応をするのだろう。僕もあの中の登場人物ではなく外から景色を見ている感じに近いけど、同じ光景を彼も見られるんだろうか。
 ……でもシルバー先輩の夢って行き先選べないし覚えてない事もあるから、聞きようが無いか。僕自身も、あの夢はきっかけが無いと見た事さえ思い出せない事も多いし。
「……原因が判って、治るといいですね」
「ああ。この居眠り癖が治れば、親父殿の憂いもひとつ消えるだろう」
 僕の箸にも棒にも引っかからない言葉にも、シルバー先輩は柔らかく微笑む。彼にとっては間違いなく、叶えたい願いの一つなのだろう。
「そういえばよぉ」
 グリムが前足を組んで首を傾げる。
「シルバーはたまにリリアの事『オヤジドノ』って呼ぶけど……『オヤジドノ』ってどういう意味なんだゾ?あだ名かなんかか?」
「ああ……すまない。それはあだ名ではなくて……」
「ふな?じゃあなんなんだ?」
「入学する時にリリア先輩から『他の生徒の混乱を招くから内密に』と言われていたが……お前たちになら、明かしてもいいだろう」
 ……他の生徒なら『お前たちになら』の意味を深読みしちゃいそうになるけど、多分シルバー先輩は純粋に信頼なんだろうな。そんな気がする。
「リリア先輩……親父殿は、孤児だった俺を拾って育ててくれた。あの方は、俺の父親なんだ」
「へっ?チチオヤって……父親ぁ!?」
「……まぁそういう話だろうなとは思ってましたけど」
「学園内では気をつけて『リリア先輩』と呼ぶようにしていたんだが……実家にいた頃の癖でつい『親父殿』と呼んでしまう」
 もし二人の関係に気付いてもどうかしようと思う奴はいないだろうけどね。
 だって『マレウス・ドラコニア』の側近だもん。何も知らない人間からすれば、下手な事したらどんな目に遭うか分からない相手だし。そこから弱みを探ろうとすら思わないだろうな。
「さっきのバウルさんみたいに、親戚関係って苗字で気付く事が多いですからね。存外みんな気にしてないかもです」
「そ……そう、だろうか」
 ちょっと落ち込んだ顔をされる。
「何か気になる事でも?」
「…………いや、……きっと、俺が親父殿の苗字を名乗る事は……無いだろう」
 いやめっちゃ気にしてるじゃん。その呟きひとつで察したぞこっちは。
「今回の事が全部終わったら、それも含めてちゃんとお話できるといいですね」
「あ、いや、俺は……!」
「この夢の中で昔のヴァンルージュ先輩の事を知ったら、伝えたい事がもっと増えるかもしれないでしょう?まとめてぶつけちゃっても許されますよ。親子なんだから」
「……親、子……」
「人間と妖精だから分かり合えないとか、そこで止まる必要ないでしょう?……きっとヴァンルージュ先輩も聞きたいと思いますよ。ねぇ、セベク?」
「何で僕に振る!?」
「だってセベクのお父さんは人間で、お母さんは妖精なんでしょ?一番身近な実例じゃん」
「それはまぁ……事実だが」
 セベクは難しい顔を作って、わざとらしく咳払いしてみせる。
「……僕から見れば、リリア様とシルバーはそこまでの遠慮が必要な関係ではない、と思う」
「ほら!」
「だが!……リリア様にもお考えがあるのだろう。それは僕たちには知り得ない事だ。そんな簡単に背中を押せるものでもない」
「え~……」
「え~、じゃない。余所の家庭の事情に口を出すなど、品位に欠ける行為だぞ。恥を知れ」
「そりゃそうだけどさー」
「……ミョウジってそんなに特別なもんなのか?」
 グリムが目をまん丸にして首を傾げている。
「まぁ……人によるんじゃないかな。関係は確かだから気にしないって人もいるし、家族になったって感じがして嬉しいって人もいるし」
「んん~?……ユウもオレ様と同じミョウジになったら嬉しいか?」
「それは……嬉しい…………かなぁ……?」
「すげー微妙な顔してるんだゾ」
「だってなんか……グリムの本当の家族に申し訳ないっていうか。僕たちの関係だと必要ないと思うし、何より魔獣と人間じゃ違う気がするんだよなぁ」
「違うって?」
「…………ペットの名前に苗字つけてるみたいになっちゃいそう」
「にゃにおう!オレ様ペットじゃねーんだゾ!!」
 ぷりぷり怒りながら顔をぺちぺち叩いてくる。昔に比べれば抗議もかわいらしくなったなぁ。初めの頃は問答無用で火を吹いてたのに。
「見てろ、大魔法士になったら、グレートでかっけーミョウジを名乗って歴史に残してやるんだゾ!」
「そうだね。そうしな。グリムはそっちの方がかっこいいよ」
 頭を撫でてやるとふふんと満足げに鼻を鳴らす。なんかすっかり脱線してしまった。
「シルバーも好きな時に好きなミョウジを名乗ればいいんだゾ。リリアの事なんか気にする必要ねえじゃねーか!」
「『なんか』とは何だ、『なんか』とは!!」
「……ありがとう、グリム。俺は大丈夫だ」
 怒るセベクの向こうで、シルバー先輩は優しく微笑んでいた。少しは励まされてくれればいいんだけど。
「それにしても、現在のヴァンルージュ先輩がシルバー先輩の父親って言われても割と納得は出来ますけど、昔のヴァンルージュ先輩の姿からは想像つかないですね」
「見た目は全然変わってねーけどな」
「ああ。……見た目は同じだが、俺の知っている親父殿とはかなり違う」
 親愛が滲む言葉とは裏腹に、俯く視線は物憂げだ。
「俺は本当に……何も知らなかったんだな」
 教えてくれなきゃ知るわけ無い。普通の親子だってそれは変わらない。だから気にする必要なんて無いはずなのに。
 僕の視線に気付いたのか、シルバー先輩はまた優しげな表情に戻った。
「つい話し込んでしまったな。そろそろ休もう」
「そうですね。お二人とも、明日からもよろしくお願いします」
「せいぜい足を引っ張るなよ」
「おやすみ」
「おやすみなさい」
「おやすみなんだゾ」
 明かりを消して身体を横たえる。懐に潜り込んできたグリムが胸元に頭を寄せてきた。
「はぁ、本当にとんでもねぇ事になっちまったな、ユウ」
「そうだねぇ」
 囁き声に囁きで返す。撫でると頭を押しつけてきた。可愛い。
「……エースやデュースたちは、今頃どんな夢見てるんだろうなぁ……むにゃむにゃ……」
 言葉が不明瞭になり、やがて寝息だけになる。背中を撫で、温もりを抱きしめた。現実で一緒に眠る時と変わらない感触。非現実的な状況で、ここだけ現実の名残がある。いつもと違う状況に置かれた違和感が遠ざかっていく。
 半年前も、誰かと一緒に寝るのは不慣れだったのになぁ。
 そんな事をぼんやり考えながら、意識はいつの間にか眠りに落ちていた。

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