7−2:疾紅の戦鬼


 空いてる天幕は見張りの人が教えてくれた。
 寝具も既に運び込まれていて、どうも僕たちが使う事を見越してとっておいてくれたっぽい。なんだか申し訳ない。
「まずは状況を整理しよう」
 なんとなく寝る支度が整った所で、シルバー先輩が口火を切った。
「俺たちはマレウス様の魔法によって眠らされている。現在地はリリア先輩の夢の中だ。ここまではいいか?」
「……僕はお前たちがどういう経緯で僕の夢に来たのかも知らないぞ」
「そうだったな。そこも説明するか」
 僕たちがミッキーの夢で目覚めた事、そこにシルバー先輩が来て、以降行動を共にしている事。最初に飛んだ先がセベクの夢だった事。
 シルバー先輩のユニーク魔法については知ってる様子だけど、終始訝しげな顔をしていた。
「お前のユニーク魔法が、こんな所で役に立つとは……いや、立ってるのか?」
「少なくとも、僕とグリムは助けられたけど」
「あの変なグネグネにやられちまう所だったからな」
「先の戦闘で確信したが、今の状況は俺の普段見ている夢の世界とはかなり違う」
「と言いますと?」
「普段なら目を覚ますような強い衝撃を受けても、夢から目覚める事が出来ない。……マレウス様の魔法により、それほど深く眠らされている、という事だろう」
 いきなり絶望的な空気になる。
「先輩たちは、ツノ太郎の使った魔法の対応策に心当たりは?」
「貴様っ!不敬だぞ!!」
「……ドラコニア先輩の使った魔法の対応策に心当たりは?」
「あるわけないだろう!若様のお使いになる高度な魔法がそう簡単に解析できるものか!!」
「先輩は」
「俺も無い。……マレウス様と幼い頃から親交があるリリア先輩なら、何か打開策を知っているかもしれないが」
「じゃあ、リリアを起こしてとっとと訊くんだゾ!」
「それはちょっとなー」
「何でだ?」
「さっきのセベクの夢での事、思い出して。あの場にいた寮生がみんな『闇』に変わってたでしょ」
「う」
 グリムはその時の光景を思い出したのか身震いしている。まぁ、見知った顔でなくても、人間が化け物に変身するのって怖いよね。
「下手な事をすると、リリア先輩以外の人たちが『闇』に変わって襲いかかってくるかも」
「リリア先輩の形をした『闇』のように、戦闘能力を引き継いでいるとしたら厄介だ」
「あれがツノ……ドラコニア先輩があの場にいた事による影響とも断定できない。ヴァンルージュ先輩ひとりになった時とか、タイミングは見極めた方が良いと思う」
 とはいえ、現状その機会はなかなか無さそう。下手な事をすれば今築いた信頼も失って、話を聞くどころか自分たちも危ない目に遭うかもしれない。
 一方、セベクは先ほどの夢の中での事を思い出したのか頭を抱えている。
「……主に刃を向けるなど、僕はなんという事をッ……!!もしこの事をお祖父様が知れば、なんと仰るか……きっとお怒りになるに違いない……」
 まぁ彼からすれば大事な事か。
「バウルさんなら怒らないと思うけどなぁ」
「なっ……き、貴様に何が解るっ!!」
「あんなに人間嫌いなのに、セベクに言葉を教えてくれたんでしょ?」
「言葉だけではない。お祖父様は様々な教養を僕に授けてくださった。幼い僕に本を買い与え、読書の楽しみを教えてくれたのもあの方だ」
「めっちゃくちゃかわいがられてるじゃん!?ちょっと予想以上だったんだけど!!」
「なっ……そ、それは、僕を優秀な兵士にするためであってだな……」
「優秀な兵士は、道を誤った主君を諫められるものじゃないの?」
「若様は間違ってなどいない!!きっと、何かお考えがあっての事で……」
「考えがあるなら説明するべきでしょ」
「尊き御方が下々にかけるべき時間など無いッ!」
「セベク、もう少し声を落としてくれ。消音魔法にも限界がある」
 シルバー先輩に諫められ、セベクは不満げに口を閉ざした。静かになった所で、先輩はおもむろに切り出す。
「話の腰を折るようで申し訳ない。俺はユウの事情についてもう少し知っておきたい」
「……と、言いますと?」
「マレウス様が施したという『魔力の封印』についてだ」
 先輩の言葉で、そっぽ向いていたセベクが再びこっちを向いた。興味あるんかい。
「俺たちが『オンボロ寮の監督生』について知っている事は少ない。魔法が使えない事、そのためグリムと二人で一人の生徒として在籍している、という事ぐらいだ。あとは真偽不明の細々とした噂ぐらいか」
「……まぁ、それが普通だと思いますけど」
「マレウス様とはどういう経緯で知り合ったんだ?」
「そもそも学園長が僕たちを押し込んだ廃墟が、ツノ太郎……ドラコニア先輩のお気に入りの廃墟だったらしいです」
 とりあえず最初から事情を説明する。
 僕が魔法の無い異世界から来た事。手違いで連れてきた不手際をごまかすために、グリムと一緒に入学させられた事。帰る方法が解らないため、甘んじて今の生活をしている事。
「ミッキーとの接触をはかったのも、僕が元の世界に帰るヒントを得るためだったんです」
「……そうなのか」
「貴様、魔法が無い場所から来たと言ったな?」
「うん」
「何故、魔力が封印されている?いや、なぜ封印されていると自覚がある?魔法が無いのなら、魔力に気づく事が出来ないだろう」
「魔法はないけど、諸事情によって魔力を使う装備みたいなのは使った事があった。それでやりあった相手を倒した時に、相打ちみたいな感じで魔力を封印されて、装備が使えなくなってるの」
「諸事情、とは?」
「僕の世界をめちゃくちゃにしようとした奴と戦ってた」
「……納得した」
「何にです?」
「先ほどの、リリア先輩とのやりとりだ」
 一瞬、どれ?と思ったけど、森の中での戦闘の話かな。
「あれだけの殺気を前に微動だにしない胆力は、格闘技の訓練だけで身につくものではないだろう。相当な修羅場をくぐったと見える」
「胆力があるかはともかく、修羅場はおかげさまでいろいろ経験しましたね。ここでも、元の世界でも」
「……封印を行ったのが異世界のお前の敵だと言うのなら、あの時の若様が施した術は何だったのだ?」
「正直言って僕も分かんないんだけど、封印された時と同じ痛みがあったから、同じものをもっかいかけられた感じじゃないかな」
「あの時の子分、すげー怖かったんだゾ。今まで聞いた事ない声出してて、めちゃくちゃ震えてて……」
 その様子を思い出したらしく、グリムが身震いしている。なんか申し訳ない。
「……あの瞬間、黒い魔力が監督生の身体から弾け飛ぶような様子が見えた」
「黒い魔力?」
「赤黒い……花びらのような。一瞬の事で何が起きたか、あの時の俺には全く分からなかったが」
「ヴァンルージュ先輩が言うには『ドラコニア一族による魔力の封印』って事らしいので、やっぱ同じものをかけられたと見るべきなんでしょうね」
 ……多分、もう二度と『魔法少女』になれないように。
 でもシュラウド先輩の話だと、在学中に枯渇の可能性があるって事らしいから、ツノ太郎がそんな気にする必要あるのかな、という疑問は残る。その程度の制御すら危ういと思われてたとか?
 結局ツノ太郎に聞かなきゃ分かんない事だけどさ。
「マレウス様の言っていた『黒薔薇の魔女』というのが、ユウの世界を脅かした者だという事だろうか」
「そういう事です」
「その魔女はどこに」
「死にました。トドメを刺したのは僕です」
 冷静に言ったつもりだけど、やっぱり少し驚いた顔をされた。
「……さっきも言った通り、僕の世界に魔法は無い。だから、『呪いが他人に語りかける』なんて思いつきもしなかった」
「その、マレウス様の言っていた事に心当たりは」
「確かに、僕にあの女と戦う力を貸してくれた組織は、善人の集まりじゃありません。あくまで利益があるから、防衛に手を貸してるって感じらしいし」
「そんな連中の手を借りねばならぬとは……脆弱に過ぎるのではないか?」
「蟻の巣に水入れて遊ぶ人間見て、蟻が弱すぎる、誰の手も借りずに人間を倒せるくらい強くなれ、って文句言うつもり?」
「そっ……そんな力量差を覆したのか!?」
「これは大げさにしても、まぁ似たようなもんだよ」
 とにかく、と無理やり話をまとめる。
「そんな感じの組織ではあるけど、実際に現場で手を貸してくれる人たちは出来る限りこっちの被害を食い止めるように命を懸けて頑張ってたし、僕たちの事も心配してくれてた」
 だからこそひとまとめにされたのが腹が立つ。
 仕方ないのは解ってる。真実を確認する術なんかないし、見る人によってはやっぱり彼らだって同じ穴のムジナかもしれない。
 それでも、僕にとっては違う。一年間苦楽を共にした事実がある。黙っていられない。
「あのクソアマの言葉を鵜呑みにするのは、僕にとって命の恩人であり、大事な相棒でもある友達を侮辱するも同然なんです」
 どす黒い怒りが腹の中からどいてくれない。
 よほど酷い顔をしているのか、グリムが膝に手を置いてきた。頭を撫でても嫌がらない。怖かったか、ごめんよ。
 ちょっと冷静になろう。深呼吸して、気持ちを切り替える。
「……まぁそんな事情なんで僕にも責任ありそうですし、そもそも寝てたら元の世界に帰れないし、ドラコニア先輩を止めるというならシルバー先輩に協力します。出来る事は限られますけど」
「子分がそう言うなら、オレ様も助けてやらねえとな。ディアソムニアの床の上で寝っぱなしなんてイヤだし」
「すまない……恩に着る」
 シルバー先輩は律儀に頭を下げてくれた。こっちは助けてもらってばかりなのに。
「で、なんですが。ヴァンルージュ先輩の見てるこの夢の時代って、どれくらい昔か分かりますかね?」
「恐らく、四百年ほど昔のはずだ。現実の親父殿は七百歳。そしてさっき『物心ついてから三百年』と言っていた。ナイトレイブンカレッジからの入学許可証の到着が五百年前。そこに矛盾はない」
「……百年も前に届いた入学許可証に対して催促の遣いが来るとか、今更ながら不自然に思わなかったですかね」
「親父殿に限らず、妖精族は長寿故に年月の流れに頓着しないところがあるが……あくまでもこれは夢だ。現実の親父殿の記憶に俺たちが存在している事に変わりはない」
「えーと……どういう意味だ?」
「無意識に俺たちを覚えていて、無碍にしないでくれているのかもしれない、という事だ」
「ふーん」
 分かってなさそう。まぁいいや。
「だが、……気になる事がある」
「気になる事?」
「若様のご年齢の事だな?」
 セベクが言えば、シルバー先輩は頷く。
「ツノ太郎って、今いくつなんだゾ?」
「若様は、今年百七十八歳でいらっしゃる!!」
 なぜお前が偉そうなんだ。というのはさておき。
「ふなぁっ!?ツノ太郎、すっげー爺さんじゃねーか!」
「失礼な!!長命なドラゴンにおいては、まだ非常にお若くていらっしゃるのだぞ!」
 百七十八歳で若い、かぁ。でも推定三百歳前後のヴァンルージュ先輩が大人でありながら年若い、みたいな雰囲気である事を考えると、その半分ぐらいなら確かに子どもなのかもしれない。
 …………って、ん?
「……現実で百七十八歳?」
「だからそうだと言っている」
「でも卵は四百年前の時代に既に産まれている」
「そして親父殿は『お世継ぎの卵はあと二、三年で孵る』と言っていた」
「それならツノ太郎は四百歳前後じゃないとおかしい、って話になりません?」
「ああ。二百年ほど時間が食い違っている」
「二百年って!食い違ってるってレベルじゃねーんだゾ」
「……二百年も卵のまま孵らなかったって事?」
「マレウス様の誕生ほど重要な出来事ともなれば、親父殿の記憶違いとも考えづらい。……可能性としてはそれぐらいしか考えられない」
 オンボロ寮で昔話をしてくれたツノ太郎を思い出す。あの時はいろいろと想定外で混乱してたけど、あの言葉が真実であり本心だったのなら。
「…………卵の殻の中の竜って、外の事とかどれくらい分かるんだろう」
「どうしたんだ、子分?」
「二百年も卵の中で、愛情を待ち続けてたって事になるじゃん。……そりゃ寂しいよなと思って」
 ほぼ最盛期といって過言ではなさそうなヴァンルージュ先輩に、命の危機すら感じさせる竜の姫君。そんな人が母親でありながら、二百年も産まれる事が出来なかった事情なんてひとつしか考えられない。
 ツノ太郎が産まれる前に、ツノ太郎のお母さんは亡くなってる。
 頭を抱える。
 もしマレノア姫とマザー・ブラッディローズの外見年齢がほぼ同世代だったら、ツノ太郎が素直に呪いの遺志なんか聞いちゃった理由がそれになる。やめてくれマジで。せめて似ていないでくれ。
「本当にどうしたんだゾ、子分」
「ちょっと覚悟をね」
 最悪のパターンを前にショックで現実逃避をしたくはない。
 あいつマザーとか名乗ってたけど、あれ確か『犯罪者の母』的な意味で名乗ってて本人未婚って言われてたと思うし。ツノ太郎の目を覚まさせるためにあいつがいかにクソ宇宙犯罪者かを列挙する準備ぐらいはしとこう。
 ……正直、マレノア姫も見てみたい気はするな。違うところがハッキリあればツノ太郎も我に返りやすいかもしれない。
「この後の歴史の流れなんですけど、ヴァンルージュ先輩のお使いって成功するんですか?」
「さすがにそこまでは把握していない。……親父殿もマレウス様も、あまり俺の前では昔の話をしなかったからな」
「……そう、なんですか」
 妖精族の寿命は長く、彼らの生きてきた証を語るには、人間の生はあまりに短い。
 共感に足りないもどかしさを諦念に閉じこめて、溝はいつまでも埋まらない。埋められない。埋まる事はない。
「実家の本棚や、学園の図書館にはあまり茨の谷の歴史に関する書物はなかったし……セベク、お前は何か知らないか?」
「お祖父様からはドラコニア御一族や、リリア様をはじめとした英雄の武勇伝は多くうかがったが……マレノア様……マレウス様のご両親がお隠れになった事に関しては、多くを語らなかった」
 関係者が何も語らない。
 それがその歴史がどういうものであったか、という答えでもある。苦い、語り継ぎたくない、出来れば思い出したくない、負の記憶。
「茨の谷と、君主への理解を深めるため様々な本を読んできたが……その事に触れたものはほとんどない」
 人間が語り継ぎきれない歴史の多くを、妖精たちは記憶している。それらを妖精たちが記録、あるいは語り継がなかったら、闇の中に埋もれて消えてしまう事もあるだろう。
 ヴァンルージュ先輩の夢が見せているのは、この世界の消えつつある歴史そのものと言えるかもしれない。
「現代では、野ばら城のある翠が原は茨の谷の領土の外だ」
「混乱の時代が長く続いていたというからな」
 人間と妖精とで争ううち、少なくとも妖精の領土では無くなってしまった。それが現代に存在する事実。
「ならよぉ、マレウスの卵があるっていう野ばら城ってトコに行ってみりゃいいじゃねーか」
 黙り込んでしまった僕たちを見かねて、グリムが切り出す。
「オレ様たちが探してんのは、マレウスの魔法を解く方法だろ?アイツがいる場所に、なんか手がかりがあるかもしれねーんだゾ!」
 オレ様、冴えてるぅ~!とノリノリのグリムに対し、シルバー先輩は首を横に振る。
「それは出来ない」
「どーしてだ?」
「夢とは、夢の持ち主が構築した不安定な精神世界だ。夢の持ち主から離れすぎれば、そこは行き止まりになっているか、『闇』がはびこっている事が多い」
「ふな……じゃあ、結局リリアたちについて行くしかねーって事かぁ」
「そうなるな」
 グリムと一緒に、セベクも何故か落ち込んだ顔になっている。
「くっ……!!なんという事だ。一目だけでも若様にお目にかかりたかったッ!!きっと麗しい、玉のようなお姿であるに違いないッ!」
「玉って言うか、卵の姿なんだゾ」
 ドラコニアン、健在。
 いやこの妖精贔屓のおかげで割といい扱いを受けてる可能性もあるから、あまり否定してやるのも酷かなとは思うけどさ。
「東の砦に書状を届けた後、親父殿たちは野ばら城に戻るだろう」
「拠点はあくまで野ばら城、という雰囲気でしたもんね」
「はっ!ということは若様のお姿を拝見できる可能性が!?」
 一気に表情が明るくなった。現金な奴。
「ならば、一刻も早く任務を終わらせねばなるまい!」
「ああ。今は体を休めて、明日に備えよう」
「ふん!お前に言われずともわかっている」
 セベクは自分の寝具に潜りこみつつ返した。

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