7−2:疾紅の戦鬼


 何とか食事を終えて一息。
 チーズリゾットもローストも大好評。みんな積極的におかわりをしてくれたので、大鍋いっぱいにあったのに空っぽになってしまった。妖精と言えど働き盛りはよく食べる、という事らしい。
 後片付けも兵士の皆さんが協力してくれて、すぐに終わらせられた。ここでの野営が終わったら、食器類も荷車ごと運んでどこかで使うみたい。まぁ資材に罪は無いよね。もしかしたら、この辺りで盗掘された鉱石を使ってるのかもしれないし。
 有志の兵士さんたちによるお手製の薬草茶を頂きつつ、何となくヴァンルージュ先輩たちのいる車座に加わっている。現状の情報収集も必要だしね。
「バウル。お前、結局三回も『りぞっと』とやらをおかわりしてたな。そんなに美味かったか?」
「……よ、よく考えれば、食べ物に罪はありませんので」
「お口に合って良かったです!」
 ヴァンルージュ先輩がニヤニヤ笑いでからかえば、バウルさんは恥ずかしそうな顔で言い訳する。いや本当に良い食べっぷりだった。
 セベクが純粋に嬉しそうな顔で言えば、照れ隠しのような派手な咳払いをする。そして真剣な表情でヴァンルージュ先輩に向き直った。
「それにしても……です」
「ああ。『銀の梟』の連中が、随分と頻繁に風鳴き渓谷からこちら側へやってくるようになったな」
 ヴァンルージュ先輩も真剣な表情で応じた。食後の和やかな空気が一気に引き締まる。
「我が物顔で茨の国の土地を荒らしおって……卑しい盗掘者どもめ!」
「百年ほど前、来光岬にたどり着いたのは小さな帆船一隻……だが、奴らは瞬きの間に数を増やし、この国に住む妖精を上回った」
 新しい土地に来た、というだけで人は増えない。
 その場所が生きるのに適した土地柄で、あるいは生きるに相応しい状態へ整えられる条件があればこそ、人間はそこに定着する。
 だからこの大陸は、人間にとっても住みよい環境だったのだろう。どんな理由でこの土地に来たにしろ、それは間違いない。
「今じゃ風鳴き渓谷から東は、すっかり奴らの住処だ」
「ぐぬぬ……人間め~!!こんな事なら、最初に追い出しておけば!!」
「女王陛下も、当時はこれほど手を焼く事になると思っていなかったんだろうよ」
 バウルさんが怒りを露わにすれば、ヴァンルージュ先輩も呆れた様子で同調する。人間である僕たちは何も言えない。しかし目をそらすわけにもいかないだろう。
 これが夢でも、ヴァンルージュ先輩の記憶にある景色なら、実際に起こっていた事である可能性は高い。
 ツイステッドワンダーランドで生きている『人間』であれば、きっと見ないフリをしてはいけない事だ。
「自然や動物たちを敬い、慎ましく暮らすってんなら捨て置くところだが……これ以上あちこちの山や森を掘り返されちゃたまらねぇ」
 多分、最初はそうだったのだろう。数が少ないうちは、恐らく。
 だけど人間は数が増えると気が大きくなる。個では弱さを自覚してるのに、集団に入るとそれを忘れる。
 そして、人間と妖精では『百年』の価値も恐らく違う。人間は何代か続くうちに記憶は薄れ、長寿である妖精は忘れない。
 ヴァンルージュ先輩は忌々しげな表情で呟く。
「急いでマレノア様の書状を東の砦まで届けねぇとな」
「マレノアさま?誰なんだゾ、それ」
「貴様、マレノア様を知らないのか?かの御方は若様の……、……マレノア様は、この茨の国の姫君であらせられる」
 セベクがグリムに説明すれば、ヴァンルージュ先輩も頷いた。
「小僧の言うとおりだ。現女王マレフィシア様の一人娘であり、俺たちの主であり、『野ばら城』の城主でもある」
「『野ばら城』?竜の都にある王城『黒鱗城』ではなく?」
 シルバー先輩も首を傾げた。ヴァンルージュ先輩は首を横に振ると、魔法で地面に地図を描く。
 どうやら茨の国の地図らしい。何となく何があるかは解るが、翻訳システムの対象外らしく文字は読めない。
 そういえば現代のツイステッドワンダーランドの文字情報翻訳システムは、インクとか媒体に込められた魔法のおかげだもんな。この時代には無いのかもしれない。
「茨の国の南に広がる湿地、翠が原。その中央で珊瑚の海や風鳴き渓谷の向こうからやってくる不届き者に睨みを利かせている城塞……それが『野ばら城』だ」
 北西部は険しい山脈が広範囲にあり、その中にぽつんと城がある。これが『黒鱗城』であり、竜の都は言わば城下町といったところなのだろう。攻め落とすのが簡単ではない立地だけに安全ではありそう。
 東の港から進入し拠点を築いた人間たちは、渓谷を越えて翠が原に入り、そこに軍を展開して山を越え竜の都を攻略する、という順番になるだろうから、それを防ぐために翠が原に城があるのは納得だ。地図を見る限り、黒鱗城からも風鳴き渓谷からも攻守にちょうど良さそうな立地だと思う。
 ただこの城の周囲には自然の要害となりそうな要素は一切無いので、ここを攻め落とす、となった場合には頭数を揃えれば不可能では無さそうな気がする。妖精より人間の方が数が多い現状を考えると、結構危ない気がするな。
 ……いや元の世界で友達がやってた戦略シミュレーションゲームの受け売りだから、こっちでも通用するか分かんないけど。
「マレノア様は、我ら近衛隊を指揮するこの国の守りの要でもある。我ら王宮近衛隊は、マレノア様から『銀の梟』への要求書を届ける使節団として今日、野ばら城から出立したところだ」
「要求書、というと……」
「決まっているだろう!!我らの国での『銀の梟』による無礼な振る舞いを即刻やめよとの最後通牒だ!!」
 バウルさんの声でグリムがびくっと跳ねた。まぁ誰でもびっくりするよね。
 ヴァンルージュ先輩は魔法で出した地図を消しながら溜め息を吐く。
「魔法で飛べば、すぐに奴らの砦まで辿りつけるんだがな」
「飛行術を使わない事に何か理由が?」
「俺たち以前に書状を持って東の砦へ向かった使節団が、次々と行方不明になっている」
「えっ!」
 これは穏やかでない、というかきな臭い。
 侵略行為への抗議をしてきた相手方の使者を帰してないのだとしたら、挑発というか、そういう感じにならない?
 妖精側の振る舞いが絶対的に正しいと言う気は無いけど、人間側の態度もかなり問題がある。
 ただ『使節団が帰ってこない』という事実だけ見たら、原因が人間だけにあるとは限らない。何らかの理由で道中で動けなくなり、その連絡がうまくいってないだけの可能性もある。それは勿論、妖精側も考えているようだ。
「俺たちの仕事は書状を届ける事。次に目的地までの道すがら、行方不明者を捜索する事。そして……妖精に無断で採掘行為をする『銀の梟』を見つけて駆逐する事ってわけだ」
 侵略行為を牽制しつつ、使節団の行方を探す事で言い逃れの余地を潰し、正式な申し入れを行う。やる事が多い。
 彼らもこんな仕事は不本意らしい。バウルさんは忌々しげな表情をしている。
「外交は本来貴族連中の仕事。なぜ右大将殿が押しつけられねばならないのです!」
「妖精は人間に比べて数が少ないからな。『銀の梟』が現れてから常に労力不足だ」
 さっきの連中は『三十五』って言ってたと思うから、少なくともあと三十四はいるんだもんな。全部が同時に稼働していないにしても、妖精だって全員が戦闘員じゃないんだから対応しきれないに決まっている。
「それに、貴族連中は鉄の匂いを嗅いだだけで卒倒しちまいそうな頼りにならん奴らばっかりときた。マレノア様もその辺を考えて俺を選んだんだろうさ」
 そしてどうも、妖精側の権力者もなかなかくせ者が多いらしい。さっき言ってた『元老院』ってのもこいつらの事かな。なんとなくどんな感じか想像がついてしまった。相性悪そう。
「俺たちはこれから、この闇夜の森を抜けて翠が原を通り、風鳴き渓谷へ向かう」
 さっきの地図がもう一度出てくる。
「風鳴き渓谷を抜けたら……紅が原と竜尾丈で行方不明者の捜索を行いつつ、大陸の東端にある『銀の梟』の砦を目指す事になる」
「……長旅になりそうですね」
「怖気づいたか?」
 説明を受けて、努めて冷静に返したシルバー先輩に、ヴァンルージュ先輩は笑顔を向ける。
「なぁ、ナイトレイブンカレッジの使者ども。この俺に学校なんぞに通ってる暇があるように見えるか?」
 僕たちは黙るしかない。
 正直言って、ヴァンルージュ先輩だってこんなタイミングで来られたらそう言うしかないだろう。仮に人間に対して好意的だったとしても、こんな重要な役割を負ってたら放り出して学校になんか行けるワケがない。
 ……逆を言えば、学校に通っていた現在の彼らは、そんな緊迫した状況には置かれていない。人間との対立はここまでの間に、何らかの形で収束している。
 茨の谷の出身であろうセベクやシルバー先輩が微妙に地理にしっくりきてない感じだった所を見るに、妖精側の優位で終わったワケではなさそうだ。
「骨を折って俺たちについてきても、危ないばっかりでお前らに旨味は少ねぇ。悪い事は言わねぇから、さっさとテメーらの学校に帰れ」
 今のヴァンルージュ先輩は、さっきより遙かに雰囲気が柔らかい。ある程度は僕たちを認めてくれているのだと思う。
 けれどシルバー先輩の気持ちは変わらない。
「……いえっ!こうしてお話をうかがった事で、ヴァンルージュ殿にナイトレイブンカレッジへご入学いただきたい気持ちが、より一層強くなりました」
「はぁ?」
 ヴァンルージュ先輩は理解不能という顔だが、シルバー先輩は引き下がらない。
「確かに、我々があなたに教えられる『魔法』は少ないでしょう。しかし……きっとあなたにとって、学園生活はかけがえのない思い出になるはずです」
「シルバー……」
「だから、この任務を終えた時に、改めてご招待します。俺たちの母校、ナイトレイブンカレッジに!」
 シルバー先輩は真剣な表情でヴァンルージュ先輩を見つめる。ヴァンルージュ先輩の表情にも嘲りは無い。
「この任務が終わったところで、俺の考えは変わらねぇだろうが……それでも、俺たちにひっついてくるつもりか?」
「はい!」
「命の危険があってもか?」
「はいっ!!」
 それなりに沈黙が挟まる。呆れた様子のヴァンルージュ先輩を、シルバー先輩は変わらないまっすぐな目で見つめている。
「人間の事はよく知らんが……もしかしてナイトレイブンカレッジってのは、人間の中でもかなり変なやつが集まってんじゃねーのか?」
「確かに、かなり個性的な者は多いです。出身地も、種族も、文化も……多種多様だ。だからこそ毎日、多くの学びがある」
 異世界人に魔獣までいるしね。僕らが何の学びを与えられてるかは知らないけど。
「はぁ……勝手にしろ。もう俺は知らん」
「ありがとうございます!!」
 シルバー先輩とセベクが声を揃える。僕も頭を下げておいた。
 こんな流れにバウルさんが黙っているわけがない。
「右大将殿。何度も言いますが、私は反対です!我が隊に人間を随行させるなど!」
「飯炊きと荷物持ちくらいにはなるだろ。邪魔になったらそのへんに放り出しゃいい。俺たちの責任じゃねぇ」
「…………右大将殿が、そうおっしゃるのであれば」
 スゴい苦々しげに『上司がそう言うなら信頼します』みたいな顔してるけど、絶対違うよな。飯炊きの部分にちょっと期待かけられてる気がする。こっちは好都合だから指摘しないけど。
「俺は野ばら城の事が心配でたまらねぇんだ。さっさと仕事を終えて戻れるなら、妖精だろうと人間だろうと使えるものは何でも使うぜ」
「右大将が長く城を空けるわけにはいきませんよね」
「それに、マレノア様の事もさぞご心配でしょう」
「心配?俺がマレノア様を?」
 疲れた顔のヴァンルージュ先輩に、セベクが慮った様子で言葉をかける。ヴァンルージュ先輩は驚いた顔をしたかと思えば、腹を抱えて笑い出した。今度はセベクが目を丸くしている。
「心配なのは姫じゃねぇ。野ばら城自体と、俺の命だよ!俺の不在中、姫の癇癪で城が全壊してた……なんてことは避けたいからな」
 連発される物騒ワードに、人間たちが揃って目を丸くする。
「茨の国を治めているドラコニア一族は、夜の眷属の頂点と謳われるドラゴンの末裔だ」
 ツノ太郎もその一員。多分『マレノア様』は、ツノ太郎にも近しい人なんだろうな。
「お前らの国の『お姫様』は皆で守るべき麗しの御方かもしれねぇが……ウチの姫は、俺たちが束になってかかっても歯が立たないほど強い」
 お姫様、の部分でちらっと僕を見たけど微笑むだけに留めておいた。いちいち否定するのも面倒。勘違いしてくれてる方が命を守る上では都合が良さそうだし。
 だって茨の国を治める一族の者に祝福を受けてる人間が、その辺の平民ですっていうのも違和感バリバリだもんな。……まぁ、こっちの方が事実には近いけどさ。
「そのうえお転婆で、喧嘩っ早くて、わがままで、癇癪もちで……さらに、とんでもない性悪ときた」
 なんかすっごい実感こもってる。本人を知ってる感じの言い方。伝聞でこういう言い方出来ないよな。
 逆を言えば、こんな事を言えてしまうくらい、ヴァンルージュ先輩はマレノア姫と親しい、って事になる。右大将ってそんな高い地位なんだ。
「マレノア様はまさに、茨の国『最凶』の姫ってわけだ。もたもたしてたら脳天に雷を落とされるか、口から吹く炎で丸焼きにされる」
 子どもに脅かしを言うような調子なのに、実感がこもりすぎてて全く子どもだましと思えない。僕たちの反応をどう思ってるのか、先輩自身もかなり真面目な顔で付け加える。
「言っとくが冗談じゃねーぞ。マジでやるんだ、あのお姫様は」
「う、右大将殿!お言葉が過ぎます!」
「そいつは失礼。これでもだいぶ真綿に包んだつもりだったんだが」
 さすがにバウルさんは止めに入ったけど、ヴァンルージュ先輩は悪戯っぽく笑うばかりだ。
「大体なぁ、こっちは物心ついて以来、三百年もあのお姫様に振り回されてるんだぜ。マレノア様が城の中で大人しく白竜に乗った王子様を待っているような姫なら、俺はこれほど苦労しなくて済んだろうよ」
「右大将殿っっ!」
 再び諫められ、ヴァンルージュ先輩は不満げに鼻を鳴らす。
 周りの兵士さんたちからすればいつもの事っぽいし、バウルさんも是が非でも黙らすって感じではないけど、ヴァンルージュ先輩自身は責任者ながら、政治的な立場とかあまり気にしてない方なんだろうな。理解はしてるけど、本音の部分まで遮るほど守る気はない、みたいな。
「ま……あと二、三年は野ばら城で大人しくしていてくれそうな事だけが救いだな。さすがの姫も、大事な卵が孵るまでは無茶しねーだろ」
「卵っ!!??」
 シルバー先輩とセベクが驚いた様子で声を上げる。ヴァンルージュ先輩はその声に驚いて仰け反っていた。
「なんだ?急に大声出しやがって……」
「マ、マレノア姫にはすでにお世継ぎが!?」
「わ、わ、若……いや、卵様は今どこに!?ご、ご両親と共に野ばら城にいらっしゃるのですか!?」
 そういえば、前にどっかでそんな事言ってたな。卵から孵った時からどうとか。まぁドラゴンって確かに卵生のイメージあるな。
 僕は他人事のような顔でのほほんとしていたが、バウルさんは二人の反応に不穏なものを感じたらしい。再び警戒を露わにして睨みを利かせる。
「貴様ら、なぜお世継ぎの卵がどこにあるかなど気にする?怪しい……よもや、卵を狙っているのではあるまいな!?」
「あ、ありえません!我々は、その、お世継ぎが誕生されていた事さえ知らなかったので……!」
 慌てて否定したら余計怪しく見える気がするけど、それが事実だもんなぁ。
「僕たちは学園から、この国の現状について何も知らされずに派遣されております。でなければ、ヴァンルージュ様の勧誘にこんなタイミングで訪れはしません」
「……そもそも最初から怪しい。何故森の中にいたのに、港からここまでの陸路を把握していないのだ」
「学園長の転移魔法は粗雑なのです。技術はあるからちゃっかり隠蔽はするのに、こちらが事情説明をする都合を何も考慮してくださらない」
 僕の知ってる学園長の顔を思い浮かべれば、様々な感傷が浮かんでは消える。
「あの方の無責任な仕事の押しつけで、僕たちがどれほど苦労してきたか……」
「どうにかしろって言うだけで、なーんにも助けてくれないし、約束は忘れるし、ヤベー時に助けを求めても無視されたし」
「行き場の無い僕たちをやっと形が残ってるような廃墟に住まわせて、酷い時には一生下働きにしてやると脅されましたし」
「オレ様たち、生活を盾に散々な目に遭わされてきたんだゾ」
「……運が無いのは本当みてえだな」
 ヴァンルージュ先輩は珍しく同情の目を僕たちに向けていた。バウルさんもどう思ったのか、ちょっと怒りが勢いを失ってる。シルバー先輩とセベクも困った顔をしていた。
「……まぁ、そういう事なら知らないってのも嘘じゃねえんだろ。そもそも、卵の在処なんかこの国じゃその辺を歩いてるガキだって知ってる」
 陸路でこの国を歩いてきたなら知らないはずがない。そもそも、卵が目当てなら真っ先に情報を集めておくべき事項だし。
「ドラゴンの卵は、親から愛情と魔力を注がれなければ孵らない。その上、この国の中で一番安全な場所といえば、マレノア様の腕の中以外ねぇ」
 知ったところでどうも出来やしない、とヴァンルージュ先輩は吐き捨てる。
 確かに、さっきの話を聞くに最強の竜の姫君を出し抜かなければ卵を得られないワケだから、相当な覚悟がないと無理だよな。覚悟だけでどうにか出来るものでもなさそうだし。
「しかし!竜眼公の件もございます。余所者は信用なりません!用心するに越した事はない」
「竜眼公レヴァーン、か……」
 なんかまた新しい人の名前が出てきたな。
 ヴァンルージュ先輩は思うところあるようで、暗い表情で溜息を吐く。
「あいつが戻って来てりゃ、俺たちが東の砦くんだりまでお使いに行く事もなかったんだけどな」
 つまり、貴族の人なんだろうな。それでいてヴァンルージュ先輩とも親しそう。
「あの夫婦は、子どもの頃から俺に余計な仕事ばっかり増やしやがる」
 言葉の端に親愛が滲む。
 乱暴な言葉の奥に『あの夫婦』と呼ばれた二人を想う気持ちがあるように思えた。乱暴な物言いだからこそ際だっている。
 ヴァンルージュ先輩が強いからこそ与えられた役割だけど、彼にとっては、大切な人たちのために得た強さなのかもしれない。なんだか胸がざわつく。
「……空が白んできやがった。俺はそろそろ寝るぜ」
 大あくびをして、眠そうに目を擦った。見張りの兵士に顔を向ける。
「火は絶やすなよ。このあたりは『銀の梟』だけでなく、獰猛な魔獣も出るからな」
 兵士は妖精の言葉で了解を返した。視線が僕たちに戻ってくる。
「お前らもさっさと寝ろ。正午には東へ向けて発つ」
「……はっ。ゆっくりお休みください。……夜の祝福あれ」
「夜の祝福あれ」
 僕も無言で頭を下げておいた。
 顔を上げた時には、ヴァンルージュ先輩は天幕の一つに入っていく所だった。その姿が布の向こうに消えると、バウルさんが再び険しい表情で僕たちを見る。
「おい、人間ども」
 手にした武器で地面を叩きながら、僕たちひとりひとりに殺気を向けてくる。律儀な人だな。
「右大将殿はああ仰ったが……私は貴様らを全く信用してはいないからな。妙な動きを見せたら即刻この魔石器で成敗してやる!!」
 よく覚えておけ、と念押しする。
 僕たちがそれぞれ従順に返事をすれば、やっと殺気が少し引っ込んだ。
「天幕は空いているものを探して勝手に使え。他の隊員の休息を邪魔するんじゃないぞ」
「ありがとうございます」
 僕たちが礼を述べると、不服そうな態度のまま、バウルさんは踵を返した。天幕の一つに入っていく。
 何となく沈黙が流れた。すっかり空になった茶碗を手に、とりあえず微笑む。
「許可もいただけましたし、片付けたら僕たちも休みましょう」

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