7−2:疾紅の戦鬼


 野営の煙が上がり、匂いが辺りに漂い始める。
 ローストを見守ったり先輩の鍋を手伝ったり、慌ただしく動いていたら時間が流れるのもあっという間だった。
 チーズリゾットはことことと煮込まれ、窯からは肉の焼けるいい匂いが溢れてくる。おなかすいてきた。
「ほわぁ~……いい匂いなんだゾ~……」
「食材や調理器具の多くが見慣れたもので助かった」
「今日ほどマスターシェフを受けておいてよかったと思った事はないな……」
「ああ。無事現実に戻れたら、あの授業は必修単位にすべきだと学園長に進言しても良いかもしれない」
 周囲にいる兵士の皆さんもちょっとそわそわしてきた。何かと様子を見に来てくれる妖精もいれば、匂いにつられてつい近づいてきてしまった様子の妖精もいる。『おいしそうな匂い』は共通していると見た。
 セベクが焼き上がりを確認しに窯に向かえば、その後ろをついていく妖精も数名いた。セベクが取り出した皿を見て歓声を上げている。楽しそうだな。
「支度は済んだか?」
「はい!たった今焼き上がりました!!」
 ヴァンルージュ先輩が顔を出したのを見て、セベクが満面の笑みで大皿を差し出した。色とりどりの野菜が敷かれた上に、こんがりと焼けた肉が鎮座している。
「ほう。随分と自信があるようだな」
「はい!!!!」
「そっちはともかく……なんだ、このどろどろした白いヤツは?」
「これはチーズとオートミール……燕麦を使ったリゾットです」
「り、ぞっと?」
「食べてみてください。まずくはない、はずです」
 シルバー先輩が器に盛って差し出すと、ヴァンルージュ先輩はしばらく難しい顔をしていた。セベクも嬉しそうな顔で大皿から取り分けた肉と野菜を差し出す。
「匂いは悪くねぇな。……どれ、毒味をしてやろう」
 真意の解りづらい表情だが、警戒は多少しているようだ。自然な動作でリゾットを口に運び、目を見開く。
「……どうですか?」
「王都で元老院のクソジジイどもと会食した時の、お上品なメシの味がする!」
 …………おいしい、って事でいいのか?
「あの時は、俺の顔よりでかい皿の上にひと匙で食い終わる量しか載ってなかったが……こんな大鍋で作るもんなのか」
 感慨深げに呟く。確かにお高い料理って器が大きいって言うもんね。
「お肉とお野菜もどうぞ!」
 セベクの差し出した皿も受け取り、まず肉にかぶりつく。少し難しい顔をしたけど、それも割と短い時間だった。肉の断面を確認して、うんうんと何度か頷いている。
「柔らかいから生焼けかと思ったが……火は通ってるな。……噛むたび肉汁が溢れてくる」
 港町の宿屋で出てくる肉の味がする、と言葉は続いた。……お酒飲みたいなー、とか思ってるのかな?妖精って飲酒すんのかな。イメージ合わないけど。
 野菜も一通り口にして、毒の不自然さを探っている。それもそう長い時間はかからなかった。
「うん……悪くねぇ」
「お褒めにあずかり、光栄です!」
 セベクが満面の笑みで応えれば、ヴァンルージュ先輩が声を張り上げる。
「野郎ども!メシだ!!たらふく食ってさっさと寝るぞ!」
 そこかしこにいた兵士たちが歓声をあげて駆け寄ってくる。結構そわそわしてたもんね。
 残りのローストを確認しに行くセベクとたまに給仕を代わりつつ、兵士の皆さんにせっせと食事を手渡していく。兵士さんたちはそれぞれ思い思いに岩や草むらの上に座りこんで食事を始めた。雰囲気を見るになかなか好評のようだ。
 バウルさんや何人かの兵士がまだ見えていないが、多分見張りの最中とかなのだろう。さすがに先に食べてもいいかな。
「なあなあ、オレ様もう腹ぺこなんだゾ!」
「近衛兵の皆様が先だ!図々しいにも程があるぞ、魔獣」
「えぇ~?学園なら最初に並んだヤツが最初に食えるんだゾ~」
「ここは学園ではない!わきまえろ!」
 どうやらセベクはバウルさんたちが来るまで待つつもりらしい。シルバー先輩を見れば、困ったように笑っている。止める気なさそう。
「右大将殿、申し上げます」
 タイミング良く、バウルさんが手下の兵士を連れてヴァンルージュ先輩に報告していた。
「『鉄の者』どもは風鳴き渓谷方面に撤退した模様であります」
 ひとまず、先の一団はすぐに戻ってくるような様子はない、という事のようだ。
 バウルさんは厳しい表情のまま、報告を続ける。
「ですが、奴らの鉱石への執着は侮れない。仲間を引き連れて戻ってくる可能性も踏まえ、気を抜かず警戒するよう伝えます」
「ご苦労。お前も今のうちにさっさと腹ごしらえしておけ」
「いえ。いざという時のため、まずは装備品の手入れを……」
 真面目な言葉を、雷鳴のような音が遮った。驚いている僕たちと違って、兵士たちは平然としており、ヴァンルージュ先輩に至っては吹き出していた。
「お前の腹の虫はそんな事よりメシだと喚いているようだが?」
「うぐっ……!」
「この隊一番の大食らいが、やせ我慢するな。いつも言ってんだろ。腹が減ってちゃ戦は出来ないってな」
 ヴァンルージュ先輩がけらけら笑えば、バウルさんは恥ずかしそうにしている。兵士たちの様子を見るに、どうやらいつもの光景らしい。
「バウル様、どうぞこちらへ!お食事の準備ができております」
 セベクが顔を輝かせて皿を差し出せば、バウルさんはまた険しい表情に戻る。
「……貴様らが作ったのか?」
「はい!!!!お口に合えば良いのですが!」
 嬉しそうなセベクに対し、バウルさんの表情は変わらない。
「…………いらん。下げろ」
「しかし……」
「二度言わせるな!俺はいらんと言ったのだ、人間!!!!」
「はっ……失礼いたしました」
 バウルさんに怒鳴られ、セベクは静かに下がった。明らかに落ち込んだ様子を気にしたわけではないだろうけど、ヴァンルージュ先輩がバウルさんを睨む。
「うるっせぇ!メシ食ってる時に横で大声出すな!」
 こちらを一瞥して、呆れたような溜め息を吐いた。
「お前の好きにすりゃいいが、腹が減ってぶっ倒れるような間抜けは晒すんじゃねぇぞ」
「私は持参した携帯食がありますので、どうぞお気になさらず」
「おっ、なんだ?バウルはメシいらねーのか?」
 尚も冷静に返したバウルさんを見て、グリムが表情を輝かせた。
「なら、オメーのぶんもオレ様が食べてやるんだゾ!いっただっきまーす!!」
 セベクが置いていた皿を取り上げ、グリムが肉にかぶりつく。
「うめぇ~!肉汁じゅわじゅわのお肉が最高なんだゾ~!」
「なっ……こ、この魔獣!なんという図々しさだ!」
「バウルのぶんのリゾットもオレ様が食べるからな!アツアツとろとろのチーズリゾット~!」
「ぐ、ぐぬぬぬぬ……!!」
「はっ!皿に残った肉汁と野菜をリゾットに混ぜたらもっとウメーかもしれねえ!シメのお楽しみにするんだゾ!」
 楽しそうに肉を頬張るグリムを見て、ヴァンルージュ先輩は腹を抱えて笑い出した。
「バウルに喧嘩を売るとはいい度胸してやがんな」
 その言葉のせいか単純に我慢の限界か、バウルさんはギッとグリムを睨んだ。
「くっ……魔獣ごときの腹に入るくらいなら、私が食べる!寄越せ!」
「ふなっ!いらないって言ったじゃねーか!コレはもうオレ様のものなんだゾ!」
 皿を抱えて逃げ回るグリムをバウルさんが追いかける。
「バ、バウル様!まだたくさんありますので!」
「すぐに新しいものをお持ちします」
 慌てて声をかけて、セベクとシルバー先輩がそれぞれ料理を持ってその後を追いかけていく。その様子を見てまたヴァンルージュ先輩がけらけら笑っていた。
 僕は取り残されておろおろしている手下の兵士たちに微笑みを向ける。
「ジグボルト様も召し上がるようなので、皆さんもどうぞ」
 そう声をかけると、顔を見合わせてからいそいそと近づいてきた。料理を照れくさそうに受け取って、他の兵士たちに混ざって食事を楽しみ始める。
 束の間の休息。現状いろいろあるけど、ここだけは平和でなんだかほっとする。
 …………僕もおなか空いたから、早く戻ってきてくれないかなぁ。

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