7−2:疾紅の戦鬼
改めてヴァンルージュ先輩はこちらに向き直る。
「ナイトレイブンカレッジの使者なら、俺の名はもう知ってるだろうが……俺は名をリリア、字をヴァンルージュ」
改めて名乗られると、違和感がスゴい。
あの愛らしい顔立ちもその割に低い声も変わらないのに、雰囲気が全く違う。
「国から押しつけられた面倒は肩書きはあるが……お前らは俺の部下じゃねぇ。俺の事は好きに呼べ。『親父』以外でな」
最後はシルバー先輩に向けられていた。神妙な面もちで返事をしている。
「リリア・ヴァンルージュ殿は、茨の国の王宮近衛兵右大将であり、この国の警護を司る重要な御方!」
『翠が原の走る城壁』といえば外つ国の人間といえど知らぬ者はおるまい、と大きな声で大柄な兵士が言っているので、どうやら茨の谷以外でも割と有名人らしい。それだけ強いという事なのだろう。
「本来、貴様らのような者など拝謁も叶わぬ御方なのだ!頭を垂れよ!」
「はっ……!」
敬礼をする二人に合わせて頭を下げておいた。
「それで、人間ども。お前たちの名は?」
「……シルバーです」
「オレ様はグリム。コッチは子分のユウなんだゾ」
「セベク・ジグボルトと申します」
セベクが名乗ると、大柄な兵士が反応した。
「……なに?ジグボルトだと!?」
「バウルと同じ姓だな。そういえば、どことなく顔も似ているような……」
「は!?この人間と、私が似ている!?ありえない!」
ヴァンルージュ先輩の言葉に、バウルと呼ばれた大柄な兵士は激高する。むしり取るようにして仮面を取った。
「どうです、全く似ていないでしょう!」
と、本人は高らかに言っているのだが、どう見てもめちゃくちゃ似ている。顎周りに浮かぶ鱗などはセベクには見られない特徴だけど、髪の質感や鋭い目つきはそっくりだ。何より立ち居振る舞いが似すぎている。無意味な声のでかさもそっくり。
「ふなっ!セベクにソックリなんだゾ!」
グリムが思わずといった感じで声を上げる。本人は憤慨した様子だが、部下らしき兵士たちが追従しない辺り、彼らも似てるとは思っていそう。
「おっ………おお………おじ………っ」
「叔父だと?私には甥などいない。でたらめを言うな、人間!」
何事か言い掛けたセベクの言葉の欠片を拾い、バウルさんは怒りを露わにする。そしていくらか落ち着いた態度でヴァンルージュ先輩に向き直った。
「この者は、我がジグボルト一族の象徴である鱗もない。偶然同姓なだけでしょう」
「でたらめではありません!僕は妖精の血を引く、ジグボルトの血族です!母にはあなたと同じ鱗もあります」
「ではなぜ貴様には無いのだ!」
「そ、それは僕の父が」
セベクは言い掛けて口を噤んだ。さっきまでの悲しそうな表情を抑え、冷静に続ける。
「……いえ、なんでもありません。忘れてください」
セベクが引いた事で彼も落ち着いたようだけど、一方ヴァンルージュ先輩は思うところあったらしい。
「だが、バウルは夕焼けの草原から茨の国へ移住してきたんだったよな。外つ国に遠縁がいても不思議じゃねぇ」
こう言わせるほどに、彼とセベクの間の血縁は明らかだ。少なくともヴァンルージュ先輩はそう思ったみたい。
……もしかしたら、夢を見ている自覚の無い状態でも、現在の知り合いであるセベクの事をちゃんと認識しているのかもしれない。それは、シルバー先輩や僕たちに対しても働いているのかもしれない。
とはいえ仮定の範囲は出ないんだけど。
「これも縁だ。お前がこいつらの面倒を見てやれ」
「なっ……そんな!?右大将殿!」
悲壮な声をあげるバウルさんを無視して、ヴァンルージュ先輩は待機していた兵士たちに向き直る。
「さあ、夜が明ける前に、『銀の梟』どもの根城を見つけて追っ払うぞ」
仮面を被ればもう表情は見えない。ただ、仮面を越えてもハッキリと聞こえるくらいに声を張り上げる。
「魔の山の麓へ向けて出発だ!グズグズするな!」
人ならざる声で合図を出せば、兵士たちも各々声を上げて応える。
現在はどう見ても森の中だけど、山の中なのかまでは分かんない。でも行き先が山の麓なら、とりあえず山登りは避けられそうかな。
「グリム、おいで」
「ふな?」
「足下見えづらいから危ない」
「……まぁ、子分がそう言うならしょうがねえな」
グリムは僕の身体によじ登って腕の中に収まる。なんだかんだで戦闘続きだ。ヴァンルージュ先輩との戦闘は先輩たちに代わってもらったものの、グリムの魔力量はあまり多くないはずだし体力は温存させたい。
一方、シルバー先輩は心配そうにセベクを振り返る。
「……セベク。あのバウルと呼ばれた戦士は、やはりお前の……」
「ああ。僕が知る姿よりかなりお若く見えるが……間違いない。あの人……いやあの御方は僕の祖父、バウル・ジグボルトだ!」
割と近い血縁なんだな。いや十代前のご先祖様ですって言われたら遺伝子強いな!?って話なんだけど。
あれほど冷たくあしらわれたというのに、セベクは感激している様子だ。ある意味うらやましい素直さではあるけど。
「夢の中とはいえ、現役時代のお祖父様にお目にかかれる日がくるとは……!」
「おい、何をもたもたしている人間ども!」
ビリッと肌に振動を感じる鋭い声。
「手助けは一切してやらんからな。せいぜい遅れないようついてこい!」
「はっ!!」
こちらの返事を待たず、バウルさんは先を歩いていった。僕たちも遅れないように歩き出す。
気づけば兵士の数が増えている。さっきの投擲攻撃を行ったであろう兵士たちがいつの間にか合流していた。事情は聞こえていたみたいで、こちらに必要以上の敵意は感じられない。むしろさっき顔を見せていた三人なんか気のせいか親しげな感じがする。
「ところで……先程から何度も話に出る『鉄の者』や『銀の梟』とは一体何者なんだろうか」
シルバー先輩がぽつりと口にした疑問を受けて、兵士の一人が話し始める。と、言っても僕には聞き取れない言葉だ。シルバー先輩も解らないらしく、困った顔をしている。
「……すまない。きっと説明してくれているのだろうが、俺には妖精語は聞き取れなくて……」
「『銀の梟』とは、茨の国の各地で勝手に採掘行為をしているならず者集団の事だ、と言っている」
見かねた様子でセベクが話し始めた。
「『銀の梟』の団員はみな鉄の鎧を着ているから、妖精は奴らを『鉄の者』と呼んでいる……と」
セベクが通訳してるのを見て、兵士たちは見るからに饒舌になった。苛立ちを抑えた様子で言葉を続ける。
共通言語を話せるわけではないが、こちらが話している事は伝わるらしい。それはそれで便利だな。話を聞かれないように気にしなきゃいけない場面も出てきそうだけど。
「奴らは外つ国からやってきて、断りなく我々の森を切り拓き、山を崩し、資源を奪っていく……なんなのだ、ソイツらは!」
「親父殿から聞いた事がある。かつて茨の谷を囲む雷鳴山脈では、貴重な魔法石や鉱石がたくさん採れたと」
話を聞いてセベクが素直に怒ってくれるからか、兵士たちも遠慮なく実情を話してくれている様子だ。
この世界の人間にとって魔法石の発見は魔法の発展に大きく貢献した転換点である。それを素晴らしい事として讃えると同時に、産出地域で発生する魔法石の枯渇について、どこか他人事のように悲劇的に語られている事も多い。
実際はこうして多種族との間に諍いを起こし、その上で得られた豊かさもあるという事のようだ。
どこの世界も争いはある。元の世界に価値観が似ているなら、この世界でだって同じ事が起こり得るのだ。
人間側には人間側の言い分がありそうだが、この場ではそんな事言えない。うっかり向こうの肩を持つような事を言えばどんな目に遭わされるか分かったもんじゃない。
何より、ここはヴァンルージュ先輩の夢の中。ここで争ったところで現実で何かが変わる事もない。
真実など知ったところで、何が変わるものでもないのだ。
「山が丸裸になり、住処を失った魔獣が里に下りてきて悪さをする事も多い、と」
妖精にも数え切れないくらいの被害が及んでいる、と聞けばセベクは怒りに顔を歪め声を荒らげる。兵士たちも反応に気を良くしてノリノリだ。
「リリア様率いる近衛兵たちは『銀の梟』をこの国から追い出そうと奮闘しているが……なにせ奴らは数が多いから苦労している」
この時代から妖精の方が数は少ない、という事なのかな。
不要な小競り合いをしているような気もするけど、後からなら何とでも言えるもの。ひとまずは妖精の義憤に寄り添っておくの正解なのだろう。彼のように。
「……ぐぬぬ……許せん!そんな奴らは即刻追い出しましょう!!」
「一人で渋い顔したり怒ったり忙しい奴なんだゾ……」
グリムですら呆れた顔をするくらい、セベクは盛り上がっている。いやまぁ、兵士の皆さんはセベクの素直さに良い印象を持ってくれたみたいだけど。何となくちょっと遠巻きにしていた兵士たちも、セベクの声を聞いて近くに来ている気がする。妖精ウケが良いのは間違いないみたい。
ヴァンルージュ先輩には視野が狭いと叱られてはいたけど、妖精に囲まれている現状は助かる。
「っていうかよぉ、セベクは妖精たちが何を言ってるのかわかるのか?」
「完璧ではないが、だいたいは理解できる」
反応を見るに、大きく外れた解釈もしていなさそうだ。
「彼らが使っているのは、古い妖精語のようだ」
「アレ、言葉なのか?オレ様ずっと鳴き声だと思ってたんだゾ!」
動物言語が割と得意なグリムがこう言うって事は、動物ともまた違うって事かな。
妖精の皆さんは人の言葉を話す魔獣を興味深そうに見ているので、やはり魔獣が話すのも一般的ではなさそう。
そういえばグリムにかけられてる魔法が古代の魔法って話を聞いた気がするけど、この時代だったら資料とかあったりするのかなぁ。……そんなもん探してる暇ないか。夢の中にある資料なんて宛にならなそうだし。
「妖精は種族によって言語も発声方法もまるで違うが、声に魔力を込める事で意志疎通が出来る」
人間は半分ぐらいは魔法が使えないけど、妖精にとっては魔力はあって当たり前のものなのだろう。共通した言語を開発するよりも、魔力で意志疎通を補った方が簡単だったみたい。
「現代では茨の谷でも共通語で話す者が多く、妖精語を使う者は限られているが……妖精語は誇り高く伝統ある言葉だからな。僕は昔、祖父や母に習って覚えたのだ」
数百年の間に失われつつある技術のようだが、セベクのように継いでいる者もいる、と。
……バウルさん、孫には優しいんだな。いやでもきっとこの調子だと、セベクの方が小さい頃からフルスロットルで懐いてたんだろう。ヴァンルージュ先輩の変わり様を見るに、バウルさんも軟化してておかしくないし。
「俺も親父殿に習おうとした事があるが……俺の耳では、言語として聞き取る事すら出来なかった」
「僕の父も同じ事を言っていた。そもそも人間の耳は、他の動物に比べても可聴域が狭い」
じゃあグリムの可聴域も妖精の言葉が聞こえるレベルじゃないって事か。それともちゃんと訓練すれば覚えられるのかな。夢の中だからそういうの考えても無駄かなぁ。
「僕は妖精の血を引いているからな。貴様らが聞こえない繊細な音も聞こえるというわけだ。どうだ、すごいだろう!!!!!!」
「結局は体質依存の能力じゃねーか。言葉覚えたトコまではともかく、生まれは威張る事じゃねえだろ」
「繊細な音が聞こえても、話し方は全然繊細じゃねーんだゾ」
「なっ……き、貴様ら~!!」
「やめろ、セベク」
「止めるなシルバー!若様への態度といい、貴様らにはもう我慢ならん!!」
セベクは僕に向かおうとして、シルバー先輩や兵士たちに押さえ込まれている。
ふと、鈴の音が聞こえた。こんな森の中で。
黙っていた僕だけじゃなく、喚いていたセベクも気づいたようで動きを止めた。
「おい、お前ら何騒いで……ん?」
こちらの騒ぎを聞きつけてとって返してきたヴァンルージュ先輩が、音が聞こえた方に顔を向ける。仮面を外して笑みを浮かべた。
「珍しいな、こんなところに顔を出すなんて」
ヴァンルージュ先輩が手を差し出すと、その手に小さな人影が座り込んだ。
そう、人影。木の枝が人の形を取ったような、それにしては質感が人間に近い、不思議な存在。座り込んだ個体だけでなく、数体が近くに浮いている。兵士の肩に座っている子もいた。
ヴァンルージュ先輩が笑顔を向けているからには、彼らも妖精の仲間なのだろう。
また鈴の音が聞こえる。止むまで聞いていたヴァンルージュ先輩は、笑みを深めて指先で小さな妖精の手に触れた。
「心配するな、すぐに追い払ってやる。お前たちは隠れていろ」
ヴァンルージュ先輩の言葉に、応えるように鈴の音が鳴った。少し音が柔らかくなった気がする。安心したのかもしれない。
ふと視線を感じてそちらを見ると、こちらを興味深そうに見ている小さい妖精が一人だけいた。多分、グリムが珍しいのだろう。下手に近づくとグリムが余計な事をしないとも限らないし、その場から動かず無言で頭を下げておいた。
鈴の音が遠ざかる。顔を上げた時には、小さな妖精たちの姿は無かった。
「奴らは普段、人間と見れば近寄りもしないが……よっぽど『銀の梟』を早く追い払ってほしいのだろう」
……それか、僕とセベクの殴り合いを見に来たとかかな。人間が嫌いなら、その前からこちらの様子は見ていただろうし、セベクが妖精に友好的な態度を取ってる事は明らかだし。
まぁいいや。余計な事は考えないようにしよう。
こちらの気も知らず、セベクは凛々しい表情でヴァンルージュ先輩たちに敬意を向けた。
「彼らの期待に添えるよう、努力します」
特に気にした様子もなく、ヴァンルージュ先輩は兵士たちを見回す。他に異常が無いのを確認して頷いた。
「よし、先を急ぐぞ」