7−2:疾紅の戦鬼
状況を整理する暇ぐらい欲しい。
そんな本音を言って許される状況ではない。
グリムを抱き上げて怯えた顔を作る。とりあえずシルバー先輩の後ろに隠れ気味に動いた。彼はともかく、他の連中が何かしでかさないか警戒する必要もあるし。あまり探っている事を気取られたくはない。
とはいえまずは目の前の人にどう説明するかだ。僕たちの知っている彼の印象とは違い、随分と気が短そうに思う。
「ぼ、僕たちは決して怪しいものではない。魔法士養成学校の学生だ!」
「ナイトレイブンカレッジの生徒です!」
勇敢かつ誠実に答えたセベクに追従して言葉を添えれば反応があった。
「ナイトレイブンカレッジ……だと?」
「そうだ。賢者の島にある……」
「俺は人間が作った魔法学校なんぞ興味ねぇっつってんだろうが!」
張りがあってよく響くセベクの声すら遮る、鋭い音だった。人間の声と違う響き方をしている気がする。
「この俺に『魔法を教えてやる』だ?ガキのイタズラ程度の魔法しか使えないくせに」
遣いまで寄越すとはなんてしつこい奴らだ、と忌々しげに吐き捨てる。
確か、彼はナイトレイブンカレッジからの入学許可証が届いたのが五百年前、って言ってたっけ。
スケールがでかすぎて全く頭に入らないが、とりあえず五百年前の彼はこういうタイプだったらしい。何故だろう、なんか凄く納得してる自分がいる。モロクソ武闘派の最強キャラが歳取ったら好々爺になってるとかあるある。……いやあの人の場合、好々爺と言うには方向性おかしい気もするけど。
「テメーらに教わる事なんかひとつもねぇよ。馬鹿にしてんのか、あぁ?」
「オレ様たちそんなこと、一言も言ってねーんだゾ!」
「あ、その、俺たちは……」
「大体、俺は茨の国を荒らす『銀の梟』どもの相手で忙しいんだ。お遊びに付き合ってる暇はねぇ」
冷たく吐き捨てると、こちらに背を向けた。
「今日のところは見逃してやる。さっさとこの国から出ていけ、人間ども」
そして言語とは思えない耳障りな音を立てる。異形の兵士たちがそれに応えていた。
すぐに動く気配はないけど、もうこちらを気にする様子もない。
「ウ、ウチの学校、あんな化け物みてーなヤツにまで入学許可証を送ってんのか!?」
「化け物だと!?言葉を慎め、魔獣!!」
セベクは勢いよく叱り飛ばし、しかし異形の兵士たちを気にしてか声を潜めた。
「彼らの鎧に入った模様を見ろ。あの紋章は茨の谷に仕える近衛兵の旗章だ」
暗くて見づらいが、確かに黒い模様が暗緑色の甲冑の目立つ所に描かれている。
確信を持って言い切ったセベクだけど、首を傾げる。
「だが、かなり形が古い。どういう事だ……?」
「どういう事も何も、あの人が昔の夢を見てるって事でしょ」
「昔の夢?」
「確か、五百年前に入学許可証が届いたって話してたし。設定的には多分その直後くらいなんじゃない?」
「……な、こ、ここはまだ夢の中だというのか?」
「夢の主を示す光も飛んでいた。間違いない」
グリムが首を傾げる。
「あのコワいヤツがこの夢のヌシなのか?」
「き、貴様!あの御方を誰と心得」
「伝令ーーーーーーーーー!!!!」
怒鳴りかけたセベクの声すらかき消すぐらいの大声だった。
驚いてそちらを向けば、大柄な兵士が増えていた。こちらもまた違う形の仮面を被っている。
「申し上げます!右大将殿!!」
「うるせぇぞ、バウル。今度はなんだ」
聞こえてくる会話にセベクの表情が変わった。
「バ、バウルだと!?」
「どーしたんだゾ、セベク。いま来たヤツ、まさか知り合いか?」
「い、いや。……でも、まさか……」
かなりセベクは混乱している。さっきの夢から醒めて、状況整理が追いついていない。これが普通の反応だろう。むしろさっきよく『闇』に応戦出来てたなと思うくらい。
「あの丸い耳……まさか『鉄の者』か!?」
「ただの迷子のガキだ、放っておけ。それで?」
バウルと呼ばれた兵士は一瞬こちらに気を向けたが、すぐに右大将に意識を戻す。
「では、申し上げます。森の警備にあたっていた者から『銀の梟』の報告が。奴ら、魔の山の麓に天幕を張り、あたりを荒らしているようです」
また新しい単語が出てきたな。元々この世界の地理に詳しくないから余計わからん。
多分、『鉄の者』も『銀の梟』も彼らの敵なのだ。山の麓に拠点を作って荒らしている、というからには彼らが何らかの損害を被っている。
セベクの言う近衛兵というのは軍隊みたいなものなのだろう。恐らく彼らはこの辺りの警備に当たっている一団で、仕事中に僕たちを見つけた状態。
どうやら彼らの敵の特徴は僕たちに似ているようだが、『子どもは逃がしてやる』程度の温情は持てるぐらいの間柄のようだ。『異種族は見つけたら絶対に殺せ』というほど殺伐とした状況ではなさそう。共通言語も話せるようだし、もしかしたら右大将が特別甘い方なのかもしれないが。
右大将は報告を受けて舌打ちする。いかにも面倒くさそうな顔をしていた。
「……懲りない奴らだ。行くぞ、蹴散らしてやる」
「待ってくれ!!」
今にも動き出しそうな一団に、シルバー先輩が声を張り上げた。右大将の足が止まる。
「あ?」
「おっ、俺たちを……あなたたちに同行させてほしい!」
「……なんだと?」
すっかり薄れていた彼らの敵意を込めた関心が戻ってくる。シルバー先輩は真剣だが、セベクとグリムは驚いた顔をしていた。
「急に何言ってんだゾ、シルバー!?せっかく見逃してくれたのに!」
「何の成果もあげられないまま、学園に戻るわけにはいかない……っ」
グリムはますます混乱した顔だが、黙ってくれたので都合は良い。セベクは先輩が何をしようとしているのか何となく察した様子だが、とはいえまだ少し表情には迷いがあった。
「俺たちがナイトレイブンカレッジの魔法士の実力を見せよう。決してあなたがたの足手まといにはならない。魔法も、武術も心得はある!」
「……お前たちでもわかる言葉で言ってやったつもりだが……伝わらなかったか?」
言葉に続いて、殺気が吹き出す。鋭く暗い、一瞬でも隙を見せたら急所を切り裂かれそうな気配。
「冥府に足を突っ込む前に去れ、人間ども」
「……ツノ太郎に睨まれた時みてぇに、背中がぞわぞわするんだゾ……」
グリムが毛を逆立たせて僕にしがみついてくる。撫でてやりたいけど、下手に動くと攻撃されそう。
でも、その殺気を真正面から受けているシルバー先輩は全く怯まない。
「何と言われようが、帰りません!俺たちを同行させてください!!」
まっすぐに右大将を見つめて声を張る。右大将もまた、仮面の下の表情は見えないがシルバー先輩を見つめているであろう事は感じられた。
「……いいだろう」
長い沈黙を経て得られた回答に、双方から驚きの声が上がる。
「何を仰るのです、右大将殿!?素性もわからぬ怪しい人間を我が隊に同行させるなど!」
「だからだよ」
仮面の向こうでニヤリと笑った気がした。右大将はそのまま大柄な兵士の方を向く。なんか小声で喋ってるけど、どうせ『道中で痛い目見せてとっとと追い返そう』とかなんかそんな事を喋ってるんだろうな。
大柄な兵士が納得した様子になると、右大将は再びこちらを振り返った。
「よく聞けガキども。俺たちに同行するには条件がある」
「条件?」
「お前たちが、この俺に髪の毛一筋ほどでも傷をつけられたら……だ」
異形の兵士たちのテンションが上がる。言葉は分からないが『ヒャッハァーやっちまってくださいよー!』とかそういう感じの事を言っているに違いない。
「まとめてかかってこい、人間ども」
シルバー先輩は少し警戒を強めた。セベクも戸惑っている。
「……これは、彼にショックを与えられるチャンスかもしれない。だが……俺たちで勝てるのか?」
小声で呟いている。
そりゃあのツノ太郎のお目付役的な存在なんだから、生半可な強さとは思えない。しかも夢の中、そして若い頃。技術が全盛かは不明だけど、少なくとも現実よりは元気なはずだ。
とりあえずグリムを抱いたまま一歩下がる。
「どうしたんだ子分?」
「僕らがいると二人の邪魔になる」
「な、サボる気か、人間ッ!!」
「だって、二人は同じ流派でしょ?さっきの様子を見るに、少なくともシルバー先輩はセベクの戦い方や力量を把握してるし、一緒に戦い慣れてない僕やグリムが混ざるよりも戦いやすいはずだよ」
「僕だってシルバーの戦術や力量は把握してるッ!」
「だったらよく知らない僕たちがいたら戦うのに邪魔でしょ」
「それは……まぁ……そう、かもしれない、が……」
「頭数がいれば勝てるものでもないよ。この人員なら、二人に戦ってもらうのがベスト。さ、向こうの気が変わらない内にとっとと行ってきて」
「ぼ、僕に指図するな!!」
「セベク、行くぞ」
しばらく忌々しげに睨まれたが、涼しい顔をしておいた。
大柄な兵士はどっしりと構えて見守る姿勢だけど、下っ端っぽい兵士たちは楽しそうだ。
対するシルバー先輩もセベクも強ばった顔をしていた。同じ寮の彼らなら、相手の強さはきっとよく知っているだろう。そういう意味でも、僕やグリムが混ざらない方が良い。
二人が警棒を構える。右大将の方は明らかにこちらを舐めくさった態度だ。
試合の合図などというものは無い。どちらかが仕掛けた瞬間から始まる。
先に動いたのは右大将の方だ。目にも留まらぬ速さでシルバー先輩に迫る。対応はかなりギリギリっぽく見えたが、怯んだりはしていない。セベクも苦しそうな表情ではあるけど、遅れをとってはいない。
「は、速え……」
「やっぱり、先輩たちは対応できてる」
魔石器とやらは見た目からは重量が分かりづらいんだけど、打ち合いの様子を見るに、一撃はかなり重い。身のこなしを邪魔していないように思うから、使用者が感じる重さと攻撃を受けた側が感じる重さは一致しないのかもしれない。
「どうした?大きな口を叩いたくせに、その程度か!」
「くっ……!」
戦うと機嫌が良くなるタイプなのか、右大将は妙に楽しそう。
一方が正面から戦う間にもう一方が背後に回ろうにも、右大将の反応の方が速い。二人は彼の速度に合わせるだけで集中力を持っていかれてるだろうし、それだけ消耗も早くなる。
対する右大将の方は余裕がありそうだ。元より対複数との戦闘で優位を取りやすい、むしろそのために極めたであろう速さだ。恐らく実戦経験も桁違いだし、たった二人では相手に足りないのかもしれない。
シルバー先輩が前に出て抑え、その間にセベクが後ろに回り切りかかるが、あっさりと避けられてしまう。
「あぁっ、惜しい!」
「なんの、まだまだ!炎よ!」
セベクは着地地点を予測して広範囲に火の魔法を放ったが、一瞬間に合わない。
「遅い!背中ががら空きだ!」
「ぐはっ!」
そして魔石器に打たれて膝を着く。
しかしセベクの魔法はしっかりとシルバー先輩の姿を隠していた。ほぼ背面に回った先輩の魔法石が光る。
放たれた強い光に目が眩む。仮面を被っているとはいえ、至近距離の右大将もダメージは避けられなかったらしい。
「今だ!うぉおおーーーっ!」
セベクが声を上げて斬りかかったが、音で場所がバレてるので簡単にいなされた。が、これは本命ではない。
大声で消された足音の分、シルバー先輩が間際へと迫っている。
「はぁああっ!!」
その殺気に気づき右大将は身を捩った。鋭い突きは仮面に当たり、右大将の顔から弾き飛ばした。
そのまま右大将は二人から距離を取った。先程までの殺気を今は感じない。
対して、シルバー先輩とセベクは警戒を続けていた。息は荒いしだいぶ疲労の色は濃いけれど、警棒を握る手にはまだ力がこもっている。闘志は尽きていない。
「人間が、この俺の面を落とした……だと?」
露わになったのは、やはり予想していた人物の顔だ。果実のような赤色はいくらか沈んだ色になってる気がするけど、顔立ちも背格好も見知った人物のものだ。
リリア・ヴァンルージュ。ディアソムニア寮の三年生にして副寮長。
「……親父殿」
思わずといった様子で呟いたシルバー先輩に対し、ヴァンルージュ先輩は眉をつり上げる。
「おやじ?俺は息子を持った覚えはねぇぞ。しかも人間の」
「あっ……し、失礼しました」
セベクは感激した様子でヴァンルージュ先輩を見ている。
「僕は……夢を見ているのか?目の前に、右大将時代のリリア様が……ッ!」
「しっかりしろセベク。何度も言うが、これは夢だ」
そんなやりとりが向こうの耳に入った様子はない。何故なら。
「右大将殿、ご無事ですかァーーーッ!!!!」
大柄な兵士が、ちょっと離れた所にいる人にも聞こえそうな大声をあげた。さっきまでの余裕はどこへやら、怒りを露わにこちらを睨む。
「おのれ、人間めぇ!えぇい、貴様等何をボーッとしている!この無礼者どもをひっ捕らえろ!」
「騒ぐな」
色めき立つ兵士たちを、低い声の一言で黙らせた。どう見ても部下に呆れている顔。
「面を落とされただけで、身体には傷一つついていない」
「しかしっ……!」
「おい、人間ども。お前らただの学生じゃねぇな。その戦い方をどこで習った?」
ヴァンルージュ先輩は部下の進言を無視して、シルバー先輩に問いかけた。問われたシルバー先輩の方は一瞬だけ考えて、答えを語る。
「俺とセベクは幼い頃より、さる夜の眷属の妖精に修行をつけてもらっていました」
「夜の眷属……どおりで馴染みがある動きなわけだ」
無駄の無い答えにヴァンルージュ先輩は納得した様子だ。なんとかまとまりそう。
ほっと胸を撫で下ろしつつ、グリムを地面に下ろした。さすがにもう大丈夫でしょう。
「腕に覚えがあるというのは、嘘ではないようだな。……お前たち二人については」
「え?」
視線。殺気。
判断の時間は無い。避けきれない。
まっすぐやってくる殺気の出所を睨む。
一瞬で、首に鋭いものが当てられていた。目の前にはヴァンルージュ先輩の顔。
「……微動だにしないか」
ヴァンルージュ先輩は笑っていた。そこに殺気が感じられないわけではない。むしろ戦っていたさっきまでの方がよほど穏やかだった。
少しでも動けば戯れに首と胴体をお別れさせられそうな気がする。
「一歩でも引いたら首を落としてやろうかと思ったが……それとも、トロすぎて動けなかっただけか?」
「ご想像にお任せします」
僕の答えを鼻で笑った。かと思えば、僕の顔をまじまじと見て首を傾げる。
顔に何かついてます?と尋ねようとしたけど、その前にヴァンルージュ先輩は無言で魔石器を下ろし、空いてる手で僕のメガネを奪った。兵士たちの反応が驚き一色になっている。
「あの、何か?」
「……度胸が据わってるわけだな」
メガネを雑に返しながら、ヴァンルージュ先輩は身を離した。呆れた顔で部下を振り返っている。
「お前ら、俺に感謝しとけ。あともう少しでドラコニア一族の寵愛を受けてるヤツを非常食にする所だったんだぞ」
「はい?」
「ほぁ!?」
僕の疑問の声にセベクの変な声が重なった。
「ドラコニア一族の……寵愛?」
「俺じゃ誰かまではさすがに判らんが、魔力の匂いが似てるヤツを知ってるんでな。……覚えが無いわけないだろ」
「まぁ……そうですね」
ヴァンルージュ先輩はさっきと打って変わって、同情の眼差しをこちらに向けてくる。
「難儀なもんだな。竜に愛されて、魔力を封印されるなんて」
「魔力の封印?」
「ん?知らないで護衛してたのか?」
「はぁ!?わ、我々はそいつの護衛などではありません!!」
セベクの本気の否定を受けて、ヴァンルージュ先輩は首を傾げつつ僕を振り返る。
「……お前ら、ナイトレイブンカレッジからの使い、なんだよな?」
「そうです。同じ学校の生徒ではありますが、お二人と僕たちは出身地も所属寮も違います。僕とこの子はただの寄せ集めの数合わせです」
「ふなっ!?」
グリムが不服そうに声を上げる。一方、ヴァンルージュ先輩は僕たちとディアソムニアの二人の顔を交互に見て、したり顔になった。
「ははーん……なるほどな。ドラコニアの『祝福』を解きに魔法学校に逃げたってのに、そのせいで俺への使いに加えられちまったワケか」
「ご想像にお任せします。……僕は、他人への事情説明を許されていない立場ですから」
出来る限り優雅に微笑む。男だとは解っていそうだけど、勘違いしてくれてるなら利用しない手はない。
「……手は貸してやれねえぞ、お姫様?」
「構いません。同行を願い出てるのは我々です。お許しをいただけるのであれば、それだけで」
目を伏せてわずかに膝を折る。
正面から長い溜め息が聞こえた。受け答えには満足してもらえたようだ。
「いいだろう。約束通り、お前たちの同行を許す」
「う、右大将殿ッ!?」
「ドラコニアの祝福を受けてるヤツをほっぽらかしとくわけにもいかねえだろ」
「し、しかし……」
「俺たち妖精に二言はねぇ。そうだな、バウル?……『夜の祝福あれ』」
「……『夜の祝福あれ』」
不承不承という雰囲気ながら、大柄な兵士はヴァンルージュ先輩に了解を返した。あの言葉は多分、そういうものなんだろう。