7−1:微睡む黒茨の塔


 僕たちが落ちたのはディアソムニア寮の運動場だ。
 ディアソムニア寮では自主学習や訓練をしやすいように、学校で教わった内容が実践できる各種設備が用意されている。
 運動場もそのひとつで、ツノ太郎の護衛であるシルバー先輩たちは戦闘訓練などにも使っているそうだ。
 運動場は広々としているが、寮の雰囲気と同じく厳しく険しい印象が強い。だって何も生えてない、どこまでも広々とした地面が広がってるだけなんだもん。集中は出来そうだけど。
 城の中に入っても人の気配がない。夢の中だから想像の及ばない部分は造りが甘いって事なのかな。あるいは、夢の主とやらが人を必要としていないとか?
「ここにいたのか、シルバー!!!!捜したぞ!!!!」
 大きな声にグリムと一緒に身を竦めた。
 声の方を振り返れば、セベクが不機嫌そうな顔で猛然と近づいてくる。シルバー先輩は彼を見て目を細めた。
「……この夢はお前のものだったか、セベク」
「ふなっ!なんでわかったんだゾ?」
「夢の持ち主の周りには、特別な光が見える。お前たちには見えないか?」
 ぼそぼそと言われてセベクに視線を向ければ、確かにセベクの周りに白い光が舞っている。鳥に見えない事もないけど、動き回ってるからよくわからない。
「何を寝言のように、ぶつぶつと!まだ夢の中にいるのか?」
 セベクは呆れた顔をしていた。……別に嫌味とかではなさそう。多分、本当に寝ぼけて何か言ってた事があるんだろう。夢に関係するユニーク魔法があるからと言って、現実に戻った時の切り替えがシャキシャキ出来るとは限らないし。
 とか考えてたら、セベクの視線が先輩の後ろにいる僕たちに向かった。訝しげな顔になる。
「後ろにいるのは、オンボロ寮の……」
「グリムとユウだ」
「A組の劣等生どもか」
 セベクが鼻を鳴らすと、グリムはむっとした顔になった。何か言い出す前に抱えておく。
 そんなこちらの様子を気にせず、セベクはどこか嬉しそうな顔になった。
「今日は大切な祝いの席だ。ディアソムニア寮をあげての華やかなパーティーになる」
 くれぐれも邪魔をするなよ、と釘を刺す時だけ敵意を丸出しにしてきた。……追い出しはしないんだ。『ツノ太郎の友達』っていうのを意識してるのかな。
 他のディアソムニアの奴なら、テキトーぶっこいて追い出したりしてきそうなものなのに。意外。
 一方、黙って聞いていたシルバー先輩は首を傾げる。
「祝いの席……だと?一体何の?」
「はぁ?寝ぼけているのか、貴様。若様とリリア様の学外研修に向けての激励会だろう!」
「え………………」
 セベクに自信満々に返されて、シルバー先輩は絶句していた。セベクはそんな様子には気づかず、少しだけ寂しそうな表情を浮かべる。
「来年度は学園で若様とリリア様にあまりお目にかかれなくなるのは残念だが……あのお二人の事だ。研修先で誰よりも優秀な成績を修めてお戻りになられるだろう」
 ここはセベクの夢の中。見えている景色はセベクが見ている夢。
 現実ではヴァンルージュ先輩は自主退学に際し別れの宴を開き、そこにツノ太郎がやってきて魔法を使ってオーバーブロットを起こした。
 つまりセベクの夢の中ではヴァンルージュ先輩の退学は無かった事になっていて、つい先ほどの出来事であり色濃く存在するディアソムニアでの宴の記憶が『お別れ会』から『激励会』に書き換えられている。
 現実に近いからこそ、空しくて悲しい夢。
「さあ、間もなく祝いの席の幕が上がる。貴様もさっさと来い、シルバー!若様たちをお待たせするな!!!!」
「あっ、おい、セベク!ちょっと待て……!」
 シルバー先輩の制止を無視して、セベクはその腕を掴みひきずるようにして連れていった。
「シルバーが連れて行かれちまった!オレ様たちも行くんだゾ、ユウ!」
「うん」
 慣れている二人はずんずん進んでいってしまうので、見失わないようにするのが大変だった。目的地まであまり距離が無くてよかった。
 辿りついたのはディアソムニアの談話室だ。寮生たちの気配が無かったのは、ここに集合していたから、という事らしい。見る限りどの学年の寮生もいるっぽい。
「若様!リリア様!シルバーを連れて参りました!」
 セベクの大声に振り返れば、談話室の奥の方にツノ太郎とヴァンルージュ先輩がいた。セベクはシルバー先輩を彼らの前に引っ張り出している。
「ようやく来たか。待っていたぞ」
「はは、髪がボサボサじゃし、帽子も曲がっておる。どこぞで昼寝でもしていたのか、シルバー?」
「マ、マレウス様……親父殿……」
 シルバー先輩は戸惑った顔で、ヴァンルージュ先輩に身繕いされている。その様子をセベクが満足げに見守っていた。
「……おや。そこにいるのはユウではないか」
 談話室の入り口から様子を窺っている僕たちに、ツノ太郎が気づいた。ディアソムニアの寮生たちは少し訝しげな反応だったけど、ツノ太郎がいるからか何も言わない。
 僕は涼しい顔を作ってツノ太郎に歩み寄る。
「お前も僕たちを激励に来てくれたのだな」
「お招きいただきありがとうございます。ドラコニア先輩」
 僕がにっこり笑って返すと、ツノ太郎は少し虚を突かれたような顔をした。グリムも首を傾げている。
「寮をあげての宴ではあるが、身内の祝いだ。いつものように呼ぶがいい」
「まさかまさかそんな恐れ多い。よその寮にご招待いただいてるからこそ、礼儀正しくしませんと」
「僕が良いと言っているのに。……お前は真面目だな」
 特に機嫌を損ねた様子はない。にっこり笑って流す。
「食べ物も、飲み物も、いくらでもある。心ゆくまで楽しんでいくといい」
 そう言って、ツノ太郎は先輩たちのいる方へ戻っていった。あちらではシルバー先輩が戸惑いつつも、ヴァンルージュ先輩やセベクと話をしている。
 周りを見れば、ディアソムニアの連中は僕とグリムを見て少し嫌そうな顔をしていた。その反応に違和感は無い。
 むしろ違和感があるのはツノ太郎の方だ。
 これが夢で、セベクの脳内風景なら、ツノ太郎が僕たちのあだ名を受け入れてる状態は望ましくないのではなかろうか。
 だけどツノ太郎の反応は『いつも通り』だ。夢の中にしては再現度が高すぎる気がする。
「……なあなあ、ここにある料理って食ったらダメなのか?」
「やめといた方がいいよ。何言われるかわかったもんじゃない」
 グリムはしょんぼりとうなだれる。さっきたくさん魔法を使って疲れてるんだろう。頭を撫でても振り払わないし。
 食べさせてあげたいし、夢の中で何を食べた所で現実に影響はないと思うんだけど、この訳わからない状況では何がどうなるか分からない。危ういと感じる所は避けた方が無難だろう。
「……ユウ。ここは夢の中、なんだよな?」
「らしいね」
「それとも、さっきまでの方が夢?オレ様、わけわかんなくなってきたんだゾ」
「……確かに、ちょっと混乱しそう。現実と感覚の違いがわかんないし」
 夢と呼ぶにはあまりに現実に近すぎる。戻った時に混乱しそう。
 とはいえ、それはディアソムニアの面々の事をよく知らない僕たちだから違和感を覚えないだけで、シルバー先輩はそうはいかなかったみたい。
 ヴァンルージュ先輩と話していたシルバー先輩は、すっかり顔色が悪くなっていた。
「どうした、シルバー?顔が真っ青だぞ。まるで悪い夢を見ているような顔じゃ」
 もちろん、それには真正面にいるヴァンルージュ先輩も気づいていた。優しい微笑みを浮かべ、安心させるようにシルバー先輩の背中を撫でる。
「無理をせず、部屋に戻って休め」
 シルバー先輩の表情が歪んだ。息を詰まらせ、それでも言葉を絞り出す。
「……その通りです、リリア先輩。これは……全部、悪い夢だ」
 苦しみながら、悲しみを抱きながら、それでも意思を感じる声音だった。
「俺たちを眠りの中に引き留めようとする、都合のいい夢」
 周囲の三人はシルバーの発言に驚いた顔をしていた。セベクが真っ先に口火を切る。
「おいシルバー、趣味の悪い冗談はよせ。祝いの席だぞ!」
「冗談なら、どれだけ良かったか……!」
「は?何を言ってる。まだ寝ぼけているのか、貴様!?」
「思い出せ、セベク。お前が眠りに落ちる前の事を!」
 シルバー先輩はいつになく厳しい表情でセベクの肩を掴んだ。セベクは戸惑った表情でシルバー先輩を見つめる。
「眠りに落ちる……前?」
「リリア先輩は魔力が尽き、学外研修を前に学園を中退し……赤竜の国に移住する予定だった」
 空気に不穏なものが満ちてくる。黙ってシルバー先輩とセベクに近づいた。ツノ太郎とヴァンルージュ先輩、それに周りのディアソムニア寮生の動きを警戒する。
「学園のみんなを招いた送別会の夜……マレウス様がご乱心なされて……お止めしたが、力及ばず……あの場にいた者は全員眠らされている」
「な……な……何を言っている!?若様がご乱心だと!?若様は常に冷静沈着でいらっしゃる。そんな事あるわけないだろう!」
 セベクは混乱しながらも強く否定を口にした。ツノ太郎もヴァンルージュ先輩も畳みかけてくる。
「シルバー、お前は本当に良くない夢を見ていたようだ。今日はもう下がれ。今ならお前の無礼を許そう」
「マレウスの言う通りじゃ。何より、わしがお主を置いて遠くに行くわけがない」
 ヴァンルージュ先輩の表情は優しい。シルバー先輩を特別に大事に思ってる事が伝わってくる笑顔だ。これが嘘だなんて誰も信じたくない。
「何も心配はいらぬ。お主が学園を卒業したら、またあの森の家で共に暮らそう。ずっと一緒に……な?」
「……『現実の』あなたがそう望むなら、いつまででも側にいたかった」
 シルバー先輩の言葉にも嘘は無い。
 あの送別会を、彼はどんな気持ちで迎えたのだろう。
 ヴァンルージュ先輩は彼にとっても大事な人。ならばきっと送別会の間だって離れたくなかっただろうに、それでもツノ太郎を探しに出た彼は、何を考えていたか。
 最後の別れの時に、ヴァンルージュ先輩を慕うツノ太郎にも、ちゃんと話す時間を取って欲しかったんだろうか。
 それなら多分……ツノ太郎も、ヴァンルージュ先輩も、セベクも、シルバー先輩にとって大事な存在なんだ。
「でも……違う!この世界も、あなたも……全部まがいものだ!!」
 ハッキリと決別を声に出す。銀の剣のような冴えた声。聞く者の心の迷いを切り開く意志を感じた。
 セベクだけがその声に戸惑いを示す中で、唐突に雷鳴が轟く。
「それ以上戯言を吐くのなら容赦はしないぞ、シルバー」
 ツノ太郎が低く唸るように言った。
「お前……さては『醒めて』いるな?」
 背筋が凍るような冷たい声。
 身体が震えるのを自覚しながら、グリムを下ろして構える。
 一方、シルバー先輩ははっとした様子でツノ太郎を見た。
「なぜ安寧を乱そうとする?ここでは、お前たちの願いが全て叶うというのに……」
「マレウス様!?あなたは、まさか……眠らせた者の夢を監視し、干渉を!?」
 厳しい表情になったシルバー先輩に対し、ツノ太郎は余裕の笑みを浮かべる。
「監視?干渉?……何を馬鹿な事を。統治は王として当然の責務だろう?」
 慈愛すら傲慢な、権力者の発言。
 キングスカラー先輩辺りが聞いたら、忌々しげな顔で唾吐きそうな感じ。
「見守っているんだ。御伽話の住人になったお前たちが、悪夢に囚われる事がないように……幸せな夢が、永遠に続くようにな」
 誰も頼んでねえよ。この学校の連中、優位に立つとどいつもこいつも本当に悪趣味だな。
 僕の視線に気づいたのか、ツノ太郎はこちらにも笑みを向けてきた。
「ああ、お前まで『醒めて』しまうとは。本当に可哀想な子だ」
「……可哀想?」
「ここにいれば誰に利用される事も無い。お前の望むものが好きなだけ得られるというのに」
「ユウ……」
 グリムが足を掴んでる。抱き上げて撫でて安心させてあげたいけど、ツノ太郎から目を離せない。警戒とかじゃなく、怒りで。
「僕を勝手に不幸にしないで」
 口を突いて出る。
 確かに自ら望んで得たものばかりじゃない。欲しかったものが手に入らなかった事もたくさんあったし、自分ばかり不幸だと嘆く事もあった。
 それでも、他人に哀れまれても嬉しくない。
 自分なりに選択を受け入れて戦ってきた。そうして生き残った自分に何の誇りも無いワケじゃない。
 ここに来てからだって、利用されるばかりで過ごしたつもりはない。
 仮に誰に利用されてたとしても、僕が納得して選んできたものを、彼に口出しされる筋合いは無い。
 友達だからって許せない事もある。
「あのクソアマに何吹き込まれたか知らないけど、僕の友達の事を悪く言う奴の与える幸せなんかお断りします」
「……友?一体、何の事を言っている?」
「僕に封印をかけた『黒薔薇の魔女』って奴はとんでもない大嘘吐きだっつってんの」
「……嘘?……そんなはずは……」
「生きてる僕の話よりもう死んでるあの女の言葉を信じるんだ。あっそ。じゃあ勝手にすればいいよ。僕の気持ちは変わらないし」
 僕が吐き捨てるように言うと、ツノ太郎は戸惑った顔をしていた。
 怒ってる姿も敵意を向けている様子も、もしかしたら初めて見せたかもしれない。
 だとしても現状には何も関係ない。
「僕は絶対にツノ太郎の思い通りにはならないから。何百回でも目覚めて、幸せな夢なんてめちゃくちゃにしてやる!」
 言いながら『これ悪役の台詞じゃない?』と思ったけど、まぁこの場合しょうがないか。
「……お願いしますマレウス様!どうか、どうかいつものあなたに戻ってください!親父殿も、こんな事は望んでいないはず!」
 間近で雷のような衝撃音が響いた。グリムと一緒に思わず身を竦める。
 ツノ太郎の殺気が膨れ上がっていた。
「……聞こえなかったか?それ以上の戯言は、お前であっても容赦しない、と」
 グリムが背中に登ってくる。
「あ、ああ、アイツめちゃくちゃ怒ってるんだゾ。オマエら、ここは謝っておいた方が……」
「絶対イヤ」
「即答するんじゃねーんだゾ!」
「……お許しください、マレウス様」
 シルバー先輩は深く呼吸して、はっきりと口にする。腰に下げていた警棒を抜いて構えた。
「元のあなたに戻っていただくためには……もう、こうするしかない!」
「シルバー!?お主、何をするつもりじゃ!」
「貴様!若様に武器を向けるなど……血迷ったか!?」
 驚愕しながらも、セベクの動きは早かった。ツノ太郎の前に回り込み、シルバー先輩と同じ警棒を構える。
「お下がりください、若様!ここは僕が!!!!」
 ツノ太郎を背に庇い、シルバー先輩に襲いかかる。シルバー先輩はそれを危なげなくいなして反撃した。
 セベクが弱いわけではないだろうけど、シルバー先輩の方が迷いが無い分、一撃が鋭い。
 加勢に入る必要は無いだろう。それよりも、周りに警戒する必要があった。ツノ太郎が何かしたら戦況は一気に崩れる。ヴァンルージュ先輩は止めに入る隙を窺っているように見えた。僕の視線にも気づいているようで、一応こちらの事も警戒してくれているらしい。
 ツノ太郎はセベクを見守る姿勢のようだ。進み出た臣下の見せ場を奪う気は無い、ってところかな。その方が正直助かる。
「許せ、セベク!」
「ぐはっ!!??」
 シルバー先輩の警棒の柄がセベクの腹部を鋭く殴り、セベクは膝をつく。途端、その表情が敗北の悔しさ以外の感情に染まった。
「な、なんだこの記憶……は……!」
 頭を抱えたかと思うと、表情から覇気が失せていく。
「マレウス様が……そんな、まさかっ……?」
「思い出したか、セベク」
 シルバー先輩は安堵した様子だけど、セベクの方は混乱でそれどころじゃなさそう。二人に近づきながら、周囲への警戒を強める。
「シルバー、これは一体どういう事だ?何が起こっている……?」
「今は説明している暇はない。立て!」
「しかしっ……!」
 二人が言葉を重ねる間に、ツノ太郎の表情と雰囲気が変わる。
「ああ……セベク、お前も『醒めて』しまったのか」
 残念だ、と心の底から思っていそうな声音で言う。それなのに、空気は殺気を含んでどんどん冷たくなっているように感じられた。
 宴席の賑やかさはもう無い。
「甘い眠りに身を委ねていれば、ずっと幸せな時間を味わっていられたのに」
 低く豊かな声が優しく囁く。その姿が黒を帯びた緑の炎に包まれたかと思えば、最後に見たツノ太郎の姿に変わっていた。
 露わになった額の甲殻、禍々しく輝く角。茨を纏うような衣装。周囲を漂うブロットの雫。
 改めて見ても、オーバーブロットしているように見える。
「もう一度眠らせてやろう……今度は、もっと深く!」
「あ、あ……マレウス様……ッ!」
 セベクの表情は恐怖と困惑に染まっていた。仕えるべき主の変貌を受け入れられない様子で、しかし相手は彼の決心を待ってくれる様子はない。
 さっきまでそこにいたディアソムニア寮生たちが黒く溶けていく。家具も壁も床も、黒い液体が噴き出して形を変えていた。
 液体の化け物たちは形を不安定に変えながら、こちらに向かってくる。
「ミッキーの部屋にいた黒いグジュグジュがまた出てきたんだゾ!」
「武器を取れ、セベク!!」
「くっ……!」
 シルバー先輩の言葉で、セベクは再び警棒を手に立ち上がった。
 その様子にほっとしたのも束の間、斜め後ろから飛びかかってきた気配に反射的に腕を振る。振り下ろされた警棒を受け止めただけなのに、骨が軋むような感覚があった。
「監督生!」
 シルバー先輩が切りかかると、気配はあっさり飛び離れる。
 そこにいたのはヴァンルージュ先輩の形をした何かだった。肌のあるべき部分は黒い液体へと変わり、かろうじて人の形を保っているような印象。とはいえ、腕に感じる痛みから察するに、腕力は人並みかそれ以上にあるらしい。
「……監督生。ここは俺に任せて、セベクとグリムを連れて外に」
「僕たちだけ逃げてもしょうがないでしょう。あなたの魔法がないとこの夢から出られない」
「しかし!」
「最優先事項はセベクを連れて先輩がここを離脱する事。僕の事は構わないで。……グリムは良ければついでに連れてってください」
 言いながら、拳を握り全身に力を込めた。神経を研ぎ澄ませば、指の先まで感覚が開いていく。痛みが遠ざかった。
「ツノ太郎を……主を止めるのは、従者であるあなたたちの役目でしょう?」
「……監督生。君は、一体……?」
「話す機会があればお話しします。今じゃないけどね」
 突っ込んでくるヴァンルージュ先輩もどきの警棒を避け、吹っ飛ばすつもりで全力の右拳を腹部に叩きつけた。まだ人の形を保っているせいか、液体の化け物と違って当たり判定がちゃんとある。
 武器を持ってる相手と戦う時は、まず武器を手放させる事を考えるけど、相手が自由に形を変えられるならあまり意味は無いだろう。無力化も厳しい。
 とにかく今はシルバー先輩たちの離脱を邪魔させない事が最優先だ。攻撃対象としてこちらに引きつける事を何よりも優先したい。
「……封印は解けていないのに、何故…………そうか、夢の中では影響が薄れて……」
 こちらに襲いかかってくる闇の向こうで、ツノ太郎が何かぶつぶつ言ってるけど気にしている余裕はない。
 ヴァンルージュ先輩の形をしているだけなのに、一撃は鋭いし身のこなしも軽い。どこまで本人の力を再現しているか分からないけど、長時間引きつけるのは厳しいかもしれない。
 シルバー先輩たちも戦闘は終わってない。というか、『闇』はほぼ無限に湧いてくるし、休む間がない。談話室の広さゆえに、『闇』が湧いてくる場所も広すぎる。一瞬でも一掃できない限り、離脱の余裕が生まれない。
 振り下ろしてきた警棒を避けずに踏み込み、襟首を掴む。相手が持ってるのが刃物じゃなくて良かった。痛いけど。
 そのまま掴んだ相手を力任せに地面に叩きつけた。相手に痛覚なんかあるわけないけど、仰向けに倒されれば戦闘態勢に戻るのに多少は時間が出来るはず。とにかくシルバー先輩たちに加勢する時間が欲しい。
 そんな僕の思惑は大はずれに終わる。叩きつけた瞬間に、ヴァンルージュ先輩もどきの手が逆に僕を掴んだ。
「げっ」
 振り払おうにも相手の力が強すぎる。というか、地面にくっついてるみたいに重くなった。多分、他の『闇』と同化してる。
 自分の判断ミスを恨みつつ、ふと横を向けばツノ太郎の姿が近づいていた。
「……お前は本当に困った子だ。危ないと忠告しているのに、少しもおとなしくしてくれない」
「それはすいませんね。こういう性格なもんで!」
 ヤケクソで答えながら、掴まれた腕に必死に力を込めていた。あれだけ啖呵切ってあっさりやられるとか絶対イヤだ。最悪、掴まれた腕をそのままにして、腹に蹴りのひとつもぶつけてやろうか。
 あと少しでツノ太郎の手が僕に届く。
 という所で、どこからか飛び込んできた『闇』が僕に体当たりした。ぶつかった瞬間、どういう仕組みなのか分からないけど掴まれていた手が外れて、僕の身体はシルバー先輩の傍まで転がる。
「なっ……!」
 僕に体当たりをぶちかました『闇』は、ただ僕を見つめていた。個別の意思すらなさそうな存在だけど、仲間の反逆には思う所あるのか、他の『闇』まで戸惑っている。
「……シルバー先輩!」
 成り行きを見守っていた先輩が、僕の声で我に返った。ほぼ同時に、ツノ太郎も表情を歪める。
「逃すか!!」
 他の『闇』が動き出し、僕たちを飲み込もうとしてくる。もはや談話室は一面『闇』に覆われていて逃げ場はない。
「ぐぅっ!なんなのだコイツらは!ええい、僕に触れるな!」
「ふなぁあ~~~~!!べちょべちょに飲み込まれちまう!」
「お前たち、俺の手に掴まれ!」
「ぐぬぬ……誰が貴様の手など!!!!」
「意地を張っている場合か!早く!」
 シルバー先輩の手を掴む。傍にいるグリムの身体を先輩の身体との間に押し込んで、悔しげに掴まっているセベクの服も掴んだ。
 次の瞬間、視界が真っ暗闇に覆われる。
 深い水の中に潜り込んだような感覚。傍にある人の感触だけが、自分の存在を証明してくれているような気分だった。絶対に離してなるものかと、感覚が無くなりそうでも必死で力を込めた。
 どれぐらいそうしていただろう。一瞬のようでも永遠のようでもあった。それは唐突に終わる。
 うっすらとした光が近くに感じられた。いま抱えている誰とも違う、何かの温もりが励ますように灯っている。
「いつか会った人に、いずれ会う人に」
 シルバー先輩の詠唱が聞こえる。応えるように、温もりが広がって身体が包み込まれた。
 誰かが守ってくれている。
「『同じ夢を見よう』!」
 閉じた視界の向こうで、光が弾けた。

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