7−1:微睡む黒茨の塔


 眩しさに目を閉じて、空気が変わった事に気づいて目を開いた。
 朝焼けの空。
 青空に浮かぶ大きな雲が、朝日で桃色に染まっていた。雲の隙間を無数の白い鳥たちが飛び去っていく。
 なんて綺麗。まるで空を飛んでいるような景色。
 そう、空を飛んでいるようというか、自分たちは間違いなく空中にいる。足場が無い。
 こんな幻想的な景色なら、不思議な力で浮遊出来るもののように思うじゃん?
「落~~ち~~て~~る~~~~っっ!!!!」
「ふな~~~~~~!!!!地面がねぇんだゾ~~!!」
 バンジージャンプか絶叫マシーンでもない限り味わう事のない自由落下。ただ命綱も座席もセーフティーバーも存在しない。もうとりあえずシルバー先輩にしがみつくしかない。
 一方、他寮の後輩の悲鳴をステレオで聞かされているシルバー先輩は、冷静に状況を分析していた。
「コントロールがきかない……!お前たち、しっかり俺に掴まるんだ!」
 言いながら、先輩の腕に更に力が込められる。グリムが苦しそうに呻いた。
「そ、そんなに強く抱きしめられたら中身が全部出ちまう!」
「我慢してくれ!ここではぐれたら、迎えに行ける保証はない!」
「ふなあぁああぁあぁ~~~~~~!!!!」
 グリムの悲鳴が空に響いて遠ざかっていく。それぐらいの速さで落ちていた。やがて朝焼けの光は消えて、明るい青空へと変わり、更に薄暗い曇り空へと変わった。
 何かと思い下を見れば、地面がある。古めかしい城に、剣山のような連なる岩山。馴染みは無いけど見覚えのある景色が、どんどん近づいてくる。
「……風よ!」
 シルバー先輩の声と同時に、落下速度が緩んだ。一瞬落下が止まり、すぐに落ちる。今度は短い落下時間で済んだ。尻が痛い。
「……ふたりとも、無事か?」
「ぐ、ぐるじい……」
「とりあえず、離してください……」
「……すまない。はぐれてはいけないと思って、腕に力を込めすぎた」
 腕を解かれ、よたよたと身を離す。グリムは下ろされた瞬間にぺちゃりと座り込んでしまった。
 僕もなんだか頭と足元がふわふわして落ち着かない。おとなしく座っていよう。
「ふなぁ……まだ目が回ってるんだゾ~~」
「シルバー先輩は大丈夫そうですね……」
「ここまでの状態に陥った事は無いが、ある程度は慣れているからな」
 いろいろと聞きたい事は山積みだ。ひとまず周りにさっきの化け物はいないみたいだし、特に人の気配もない。
「さっきの化け物がついてきたりはしてない、ですよね?」
「まだ安心は出来ないが、いま襲ってきた『闇』は振り切れたようだ」
「『闇』って……あのぐねぐねした黒いヤツらの事か?」
「ああ。奴らは誰の夢の中にも現れる」
「夢の中?」
「俺も今まで何度か遭遇した事があるが……奴らに捕らわれると更に深い眠りに引きずり込まれてしまう。気をつけろ」
 それが何を意味するのかよく解らないけど、少なくともあまり良い事ではなさそう。
「……夢、って事は、僕たちも眠ってるって事?」
 先ほどのミッキーとの会話で『自分たちは意識だけの存在になっている』と仮定した。自分たちも夢を見ていて、ミッキーと同じ夢にいたと考えれば自然……なのかな。多分。
「ああ。おそらくはマレウス様の……魔法によって」
 シルバー先輩は少し沈んだ表情だ。無理もない。彼にとっては仕えていた主が暴走したような状況だし。
「でも、ここってディアソムニアだよな?……もしかして中に、オレ様たちの身体があったりして……!」
「いや、それはない。ここは誰かの夢の中のディアソムニアだ。現実世界じゃない」
「そうなのか?」
「ああ。『夢の回廊』を渡って辿りついたからには、ここは俺に親しい誰かの夢だ」
 段々と頭が落ち着いてきた。
「『夢の回廊』って言うのは、さっきの朝焼けの空みたいな空間の事ですか?」
「そうだ。……俺が勝手に呼んでるだけで、正式な名前は分からないが」
「んで、さっき使ってたのは先輩のユニーク魔法?」
 シルバー先輩は頷く。
「俺のユニーク魔法『同じ夢を見よう』は、他人の見ている夢と夢の間を渡る事が出来るんだ」
 その時に、さっきの朝焼けの空を必ず通るらしい。彼にとっては見慣れた景色、だからこそ現在地が夢である、という確信も持てているようだ。
「えっ、他人の夢に入れる!?ウヒョー!すげえ魔法なんだゾ!」
 グリムは何故かテンション爆上がりだ。どうした。
「って事は、学園のセンセーたちの夢の中に入れれば、次のテストの内容がわかったりするんじゃねーのか!?」
 …………あまりの緊張感の無さに怒る気も失せた。
 一方、シルバー先輩はちょっと困った顔をしている。
「……説明が難しいんだが、俺の魔法は相手の頭の中に入れるわけじゃなく……その……夢というのは、なんというか……うまく言えないんだが、心中にある風景というか……思い出や、願いが作り出すイマジネーションの世界、というか」
 なんとかグリムに分かるように説明しようとしているらしく、しどろもどろになっていた。なんか申し訳ない。
「渡ってみないと、どんな夢を見ているかもわからない。だから、もし先生たちの夢に渡れたとしても、テストの出題傾向などはわからないと思う」
「なーんだ……あんま役に立たない魔法なんだゾ」
「その魔法に僕らは助けられたんだよ。失礼な事言わない」
「いや、正直に言って、今までもあまり役に立った事はない。だからグリムの言う通りだ」
 期待に沿えずすまない、と謝られてしまった。グリムを睨む。
「……ご、ゴメン、なんだゾ」
「あまり気にしないでくれ。俺は大丈夫だ」
 そうは言いつつ、表情が少し柔らかくなった。
「実は俺も、夢の特性やこのユニーク魔法の全てを理解できているわけではないんだ」
 そもそも『夢』自体が人それぞれで不確かなものだからな、と困ったように呟く。
「……俺自身、目覚めてみると夢の中で起きた出来事を忘れている事も多い」
「なのに、それがご自分のユニーク魔法だという自覚はあるんですね」
「ああ。使えるのは俺が眠っている間だけ、しかも自分が『夢の中にいる』と自覚している時しか使えないが」
 自分が眠っていて、夢の中にいる自覚がある時にしか使えない。目覚めた時にはそこで見聞きした内容を忘れている可能性もある。
 本人の性質のせいか知らないけど、悪用したくても出来ない魔法だな。シェーンハイト先輩の『美しき華の毒』もやろうと思えばえぐい事が出来る魔法だけど、本人の性格上ある意味常識的な範囲を逸脱した用法はされないし。ユニーク魔法、修得者の性格を考慮した内容が出来すぎてない?
 まぁそれはさておき。
「って事は、ミッキーの部屋……えーと、僕たちがいた所にも、先輩はユニーク魔法で渡ってきたって事ですよね?」
「ああ。夢の中で、虹色の不思議な光を放つ鳥を見たんだ」
「鳥……?」
「その鳥を追って夢を渡ったらあの部屋に辿り着いた」
 思い返せば、あの空にも鳥は飛んでいた。種類までは分からないけど、白い鳥。
 シルバー先輩の様子を見るに、そうした見慣れたものとは違っていたという事のようだ。
「渡ってすぐに崩壊が始まって驚いたが……あそこは二人のどちらかの夢じゃないのか?」
「多分違う……と思います。あそこの住人はミッキーっていう……獣人属?動物?なんですけど」
「ミッキー?」
「ええっと、頭に大きな丸い耳が二つついてて、人間みたいな手足がついてるんですけど」
 シルエットを地面に描いたら、シルバー先輩は首を傾げた。
「……会った事があるかもしれない」
「ふな!?」
「いつか、夢で。……多分」
 自信なさそう。つい先輩の顔をまじまじと見つめる。うわあすげえ美形、という月並みな感想の後ろで、ミッキーの声が過った。
『ユウが留守にしている間、この夢の中の部屋で知らない人を見かけたんだ。銀色の髪で、不思議な瞳の色をした男の子』
 銀色の髪と瞳。瞳をよく見れば、確かに銀色なんだけど、うっすらとあの朝焼けの空の色を感じた。
「ミッキーが言ってた銀髪で不思議な瞳の男の子!!!!」
「子分!?いきなりなんなんだ!?」
「……その、ミッキーも俺の事を知っていたという事か?」
 何度も頷く。シルバー先輩は少し驚いた様子で、でもちょっと嬉しそうに微笑んだ。
「さっきも言ったが、俺自身も相手も、夢で会った事を忘れている場合も多い。……彼も夢で会った事を覚えていたのか」
 不思議な事もあるものだ、と呟く。
 こう言うからには、シルバー先輩は覚えているけど渡った相手は覚えてない、って事もあったんだろう。仕方ないけど、ちょっと寂しかったんだろうな。
「……俺が来た時には姿が無かったが、彼はどこに?」
「遠くで目覚まし時計の音がしたら、身体が薄れて消えちゃったんです」
「そしたら、部屋が揺れてあの黒いぐねぐねがいっぱい出てきたんだゾ!」
「……なるほど、そうか。彼が夢から覚めた事で、あの世界が崩壊したんだな」
 夢の主が現実で目を覚ますと、その夢は崩壊する。
 言われてみれば当たり前なんだけど。
 ミッキーが目覚めたから、あの部屋は崩壊したと考えるのが妥当。……と、いう事は、ミッキーはあの部屋を『自分の想像の世界ではない』と言っていたけど、自覚がないだけで彼の夢だったって事になる。
「……目が覚めたのなら、ミッキーは無事、と考えていいんですかね」
「ああ。きっと大丈夫だ」
 シルバー先輩は優しく微笑んで頷く。まぁ確かめる事も出来ないし、信じるべきだろう。今は正直、他人の心配をしている暇は無いし。
「だが……変だな」
「何がです?」
「俺は何かしら縁がある相手の夢にしか渡る事が出来ないはずなんだ」
 ミッキーとは夢で会った事がある、と言っていたけど、それは前の話。確かミッキーの話では、僕が『嘆きの島』に行っていて留守の間だ。
 そもそもシルバー先輩とミッキーの間に接点が無ければ、シルバー先輩がミッキーの夢に渡れるハズがない、らしい。でもシルバー先輩もミッキーも互いの事を知らなかった。
 何か別の要因が影響しているとすれば、ひとつしか思い浮かばない。
「……それも、うちの部屋の鏡が関係しているのかな」
「鏡?」
「そもそも僕がミッキーと知り合ったのも、オンボロ寮の鏡にミッキーの姿が映ったからなんです」
 そのミッキーは夢の世界で鏡を覗きこみ、僕の姿を見つけた。
「オルト……友達が、オンボロ寮の鏡は異世界と繋がる何らかの条件を一時的に満たしている可能性がある、って話してたんです」
「それで、その条件が何なのか調べるために、オレ様たちで調査してたんだゾ」
「まだ全然情報が集まっていないので何とも言えませんが……夢の世界を渡る先輩のユニーク魔法にも何らかの影響を及ぼしていたのかもしれません」
「……なるほど」
 シルバー先輩は頷く。
「俺のユニーク魔法は行き先を選べない。仮に縁があっても、ミッキーの夢に行けるとは限らないんだ」
 柔らかな微笑みはどこか遠くの誰かに向けられている。とても綺麗。
「……あの虹色の鳥は、お前たちの窮状を知らせてくれたのかもしれないな」
 ここが薄暗いディアソムニアの外周部で無ければ、絵になりそうな一場面だ。今すぐハーツラビュルかポムフィオーレの生け垣の前に立たせたい。もったいない。
「んー……とりあえず、オレ様たちどうしたらいいんだ?」
 難しい顔をしていたグリムが声を上げた。僕も我に返る。
「……ツノ太郎の魔法に眠らされてるなら、まず起きないと現実的な対処が何も出来ない」
「夢の中、あるいは現実世界で大きなショックを受ければ、強制的に目覚める事が出来る。……いつもなら」
「いつもなら?」
「俺も何度も目覚めようと試みたが……全く夢の世界から抜け出せない」
「えええ!!??」
 グリムが絶望的な声を上げる。
「夢の中にいると気づいてから、いろいろなものに頭をぶつけたり、自分を殴ったりしてみたんだが……一向に目覚められない」
 綺麗な顔して意外と大雑把だな。
「んん~……もしかして、無意識に手加減しちまってるんじゃねえのか?」
「どうだろうか。いつもなら目覚める事が出来るんだが……」
 そこまでして目覚めなきゃいけない状況に置かれた事があるんだ……。
 何とも言えず黙っていた僕を、グリムが見上げる。
「子分」
「ん?」
「試しに思いっきりぶん殴ってやれ」
「何で!!??」
 困惑する僕と違って、シルバー先輩は合点がいったという顔をする。
「そうか、監督生は格闘技を修めているんだったな」
「い、いやでも……」
「物は試しだ。やってみよう」
 やる気満々だぁ……。今更断っても聞いてくれなさそうだし、諦めて立ち上がる。
 幸いな事にさっきの落下によるめまいはすっかり治まっていた。いや幸いか?
 とにかく、夢の中だと言われても分からないくらいにいつも通りの状態だ。普段の夢でも、夢を夢だと自覚した状態だからって好き放題な展開に出来るとは限らないから、こういうものかな。
 僕が構えを作ると、先輩も身構える。どこを狙うか考えて、顔はやめた方がよさそう、と思って腹に狙いを定めた。
 全力を込めた僕の拳を、シルバー先輩は受け止める。腕で。見事な鉄壁のガード。当然ダメージなんて入ってない。
「……いや防御したら意味ねえだろー!?」
「す……すまない、つい」
「……防御してくれたので言いますけど、ここでシルバー先輩が目覚めた場合、僕たちここに置き去りって事ですよね」
「あ」
「しかも仮にシルバー先輩がすぐに夢の中に戻ってきたとしても、僕たちのいる人の夢に自分の意思では来られない」
「そうだな……夢の主が目覚めない限り危険はないと思うが……確かに軽率だった」
「僕も殴る前に気づくべきでした。すいません」
 ひとまず両成敗。
「せめて夢の主が協力してくれる環境下で試しましょう。現実の自分たちの状況を知るには必要な事ですし」
「そうだな。……この夢の主が協力してくれればいいが」
「行き先は選べないとはいえ、移動できたのならシルバー先輩の事を知っている人ですよね。さすがに二回連続でミッキーみたいな例外を引くとは思えないし」
「ディアソムニアにいるんだから、ディアソムニアの誰かなんじゃねーか?」
「縁の深い相手の夢に辿りつきやすいのは確かだが、こればっかりは夢の主に会わなければ分からない」
 シルバー先輩が見ればすぐに解る、という事らしい。
「ここには誰もいねーし、寮の中に入るんだゾ」
「……僕たちも入って大丈夫なのかなぁ。ディアソムニア寮の人って、僕たちに当たり強いし、隠れてついてく感じの方がいいかも」
「そこは俺がなんとかする。ひとまず寮に入ってみよう」

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