1:癇癪女王の迷路庭園



 鏡面が水面のように揺れる。
 何も映さなかった闇色に、景色が映る。


『私のバラをよくも汚したね!さあ覚悟をおし!』

 体格の良い中年女性が叫ぶ。兵士たちは怯えひれ伏していた。
 女性の頭には王冠が飾られ、着ているのも品の良いドレス。兵士たちを統率する立場にある事が見て取れた。

『女王様、どうかお助けを!悪いのはあいつです!』
『いいえこいつです!』
『私じゃありません!そいつです!』

 咎を逃れようと兵士たちは責任を擦り付けあう。自分ではない、あいつが悪い。
 収拾のつかない言い争いに、女性の怒りは更に沸く。

『もうおやめ!三人まとめて首をはねよ!!』

 高らかに言い放つと、見守っていた兵士たちからは歓声が上がった。列から離れた兵士たちが、彼らを取り押さえる。罪人は、整列した兵隊の間をどこかへ引きずられていく。
 その様子を、女性は誇らしげな顔で見ていた。自らの正しさを確信しているといった顔。外から見れば何とも高慢な様子だが、それを指摘する声は兵隊から上がらない。

『色を間違えたんじゃ首をはねられてもしょうがない』
『赤と白を間違えるなんてとんでもない事だ』

 兵士たちがこそこそと話す声が聞こえる。完全に自分には関係ないという顔と、悪事を働く奴が愚かなのだ、理解できないという声音。

 薔薇の色を間違えたくらいで、あんなにも怯えなくてはいけない。
 薔薇の色を間違えたくらいで、処刑が正当化される。

 ルールの方が間違ってる、という事は誰も考えないのだろうか?

 悪事を働いたと誰かを苛烈に追及し、処刑される様を嘲笑いはやし立てる声。
 あまりにも不愉快で気持ち悪い、でもありふれた光景。


 鏡面が揺れる。
 映っていたものが溶けて消えていく。


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