7−1:微睡む黒茨の塔
鏡面が水面のように揺れる。
何も移さなかった闇色に、景色が映る。
暗闇の中に雷鳴が轟いている。
やがて薄暗い景色に、黒衣の女が映し出された。
『なんてことだ。十六年間も探し回ってまだ見つけられない』
彼女の怒りに応えるかのように空は暗い。
手下であろう怪物たちは、どこかとぼけた顔で女を見ている。
恐れていないわけではないだろう。敬っていないわけでもないだろう。
ただ、あまり賢くはなさそうだった。
『どこもかしこも探したんだろうね』
『ああ、は、はい。山も探して森も、それに家も。揺りかごは全部』
『バカ者!』
手下たちの答えが、鋭い雷鳴と共に叱り飛ばされる。
『十六歳の娘だよ。おゆき!必ず見つけ出すんだ』
……そりゃ十六年も経ってるのに揺りかごを探してたら見つからないよな。怒るのも当然だ。
世界が揺らぐ。
今度はおどろおどろしい城じゃなくて、穏やかな民家だった。豪華な造りではないけれど、どこか暖かい雰囲気。
そこにいたのは美しい少女だった。ちょうど十六歳くらいだろうか。
『探しもの』は彼女なのだと根拠もなく悟る。
『あなたは婚約してるのよ。フィリップ王子様とね』
『お姫様よ』
『あなたがそうなの』
戸惑った様子の少女に、共に暮らしてきたであろう女性たちが事実を語る。
突然お姫様だ、なんて言われては戸惑うのも無理はない。
しかし少女はとても美しい。姿形だけでなく、困った顔で女性たちを見回す仕草ひとつとっても優雅で非の打ち所がないのだ。
そんな彼女たちの様子を、黒い鴉が窓から見ていた。
世界が不吉の闇に染まる。
少女はお姫様になった。運命に導かれたように。
それでも魔女の呪いには抗えない。
『その針に触ってごらん。触るんだ』
黒衣の女の声が聞こえる。カラカラと糸車が回っている。
巻き取られるように引き寄せられ、少女は糸車に手を伸ばす。
『勝てると思ったのかい。私は全ての悪の支配者だ』
闇の向こうで魔女が語る。誇らしげでもなく、嬉しそうでもなく、それが必然だと言わんばかりの顔で、しかし忌々しげに。
呪いの成就。
誰も勝てない絶望。
…………ああ、でも、僕は知ってる。
どんなに深い闇も、強い力も、絶対は存在しない事。
奇跡は起こるから奇跡なんだ。
起きない奇跡は幻想でしかない。
呪いを成す執念と、呪いを払う信念は、必ずしも強い方が勝つのではない。折れなかった方が残るだけ。
……どちらも折れないなら、争いが終わる事なんてない。
でも永遠には続かない。どうしてかそうなっている。
そして折れた者は悪となり、また新たな争いを産む。
始まりと終わりが繰り返される。
……ねえ、本当にそれでいいの?
鏡面が揺れる。
映っていたものが溶けて消えていく。