7−1:微睡む黒茨の塔
………
茨が茂り、灯火が消える。
それは賢者の島の北端から始まった。あっという間に島全体を覆い、内側の全てが眠りに落ちていく。
ディアソムニア寮の結界を埋め尽くした茨は、鏡で繋がったナイトレイブンカレッジの本校舎と各寮、更に賢者の島全域へと侵食を進めた。そして海にも蔓を伸ばし領域を広げていく。
どこまでが故意であったか、きっともう誰にも解らない。
魔法領域の発端となった場所で、その原因となった竜は静かに腕の中の少年を見つめていた。
心臓に咲いた黒い薔薇。綻びを上書きした結果、赤色は失われ光も返さぬような漆黒へと変わっていた。全身に巻き付く茨は棘を失った蔓となり、黒い葉を茂らせ所々に小さな花を咲かせている。
それは少年を縛っていた『呪い』が、守護を目的とした『祝福』に変わった事を示していたが、竜にとっては些細な変化だった。
術者の感情による呼称の違いであり、本質は同じ事。効果は何も変わらない。
異なる術者によって上書きされ追いやられた『呪い』の感情がどこに消えたかなど、彼にとってはどうでもいい事だった。
愛らしい白鴉。何も知らない無垢なる者。
強い力を恐れず周りを無邪気に跳ね回る姿を思えば、自由を奪われる未来に哀れみを抱くのは自然な事だろう。
故郷に帰らねばならないと言いながら、悲しそうな顔をしていた。故郷の事もこの場所の事も愛しいのだとすぐに解った。時間が流れれば流れるほど、自由な行き来も出来るか知れない二つの世界の間で、彼は引き裂かれるような想いを強いられる。
ならば、時間を止めてしまえばいい。
幸せな夢の中で眠り続ければいい。
そうすればみんな、幸せな時間を続けられる。
「大丈夫……恐れる事など何も無い。眠りに身を委ねれば、千年など瞬きのうちだ」
竜は笑う。
腕の中の少年を見れば、その目は幸せそうに細められた。
そのまま抱えて立ち上がる。誰もいないソファに座らせ、ふと思い立ち、灰色の毛並みの魔物をつまみ上げてその膝の上に乗せた。どちらも穏やかに眠り続けている。
あどけなく愛らしい寝顔に心を満たされながら、マレウスは立ち上がる。見知った顔も、見知らぬ顔も、皆が寝静まっていた。誰も彼もが愛おしいもののように思えてくる。
「お前たちは……御伽話の主人公になる」
最高の祝福を口にした。誰の耳にも届かない。そんな事はマレウスにはどうでもいい事だ。
愛し子がよく眠れるように、己の愛を伝えるように、ささやかな旋律が談話室に響く。その美しさを称える声は無い。
偉大なる竜の望み通りに、小さな箱庭は幸福な眠りに落ちた。
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茨が茂り、灯火が消える。
それは賢者の島の北端から始まった。あっという間に島全体を覆い、内側の全てが眠りに落ちていく。
ディアソムニア寮の結界を埋め尽くした茨は、鏡で繋がったナイトレイブンカレッジの本校舎と各寮、更に賢者の島全域へと侵食を進めた。そして海にも蔓を伸ばし領域を広げていく。
どこまでが故意であったか、きっともう誰にも解らない。
魔法領域の発端となった場所で、その原因となった竜は静かに腕の中の少年を見つめていた。
心臓に咲いた黒い薔薇。綻びを上書きした結果、赤色は失われ光も返さぬような漆黒へと変わっていた。全身に巻き付く茨は棘を失った蔓となり、黒い葉を茂らせ所々に小さな花を咲かせている。
それは少年を縛っていた『呪い』が、守護を目的とした『祝福』に変わった事を示していたが、竜にとっては些細な変化だった。
術者の感情による呼称の違いであり、本質は同じ事。効果は何も変わらない。
異なる術者によって上書きされ追いやられた『呪い』の感情がどこに消えたかなど、彼にとってはどうでもいい事だった。
愛らしい白鴉。何も知らない無垢なる者。
強い力を恐れず周りを無邪気に跳ね回る姿を思えば、自由を奪われる未来に哀れみを抱くのは自然な事だろう。
故郷に帰らねばならないと言いながら、悲しそうな顔をしていた。故郷の事もこの場所の事も愛しいのだとすぐに解った。時間が流れれば流れるほど、自由な行き来も出来るか知れない二つの世界の間で、彼は引き裂かれるような想いを強いられる。
ならば、時間を止めてしまえばいい。
幸せな夢の中で眠り続ければいい。
そうすればみんな、幸せな時間を続けられる。
「大丈夫……恐れる事など何も無い。眠りに身を委ねれば、千年など瞬きのうちだ」
竜は笑う。
腕の中の少年を見れば、その目は幸せそうに細められた。
そのまま抱えて立ち上がる。誰もいないソファに座らせ、ふと思い立ち、灰色の毛並みの魔物をつまみ上げてその膝の上に乗せた。どちらも穏やかに眠り続けている。
あどけなく愛らしい寝顔に心を満たされながら、マレウスは立ち上がる。見知った顔も、見知らぬ顔も、皆が寝静まっていた。誰も彼もが愛おしいもののように思えてくる。
「お前たちは……御伽話の主人公になる」
最高の祝福を口にした。誰の耳にも届かない。そんな事はマレウスにはどうでもいい事だ。
愛し子がよく眠れるように、己の愛を伝えるように、ささやかな旋律が談話室に響く。その美しさを称える声は無い。
偉大なる竜の望み通りに、小さな箱庭は幸福な眠りに落ちた。
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