7−1:微睡む黒茨の塔


「む、そこに見えるは……オンボロ寮の監督生と、毛むくじゃらの寮生か」
 考え事をしていたらこちらに目を向けられた。慌てて立ち上がる。
「今日はお招きいただきありがとうございます」
「ふなっ!オンボロ寮の監督生はコイツだけど、親分はこのオレ、グリム様だ!勘違いすんじゃねーんだゾ!」
「そうであったか。これは失礼した」
 謝意を示すとグリムは満足げだ。なんだか申し訳ない。
 ヴァンルージュ先輩は少し複雑そうな表情を浮かべる。
「……ふむ。ユウも出席してくれたのだから、マレウスも顔を出せば良かったのにのぅ」
 ツノ太郎、来てないんだ。
 グリムも訝しげな顔になる。
「アイツ、来てねぇのか?自分のとこの子分のお別れ会だってのに……親分としてなってねぇんだゾ」
「そうじゃな。今度お主が、親分としての在り方をアドバイスしてやってくれ」
「しょうがねぇな~。さっき食べたうめー肉のぶん、このオレ様が親分の心得ってヤツを指導してやる」
 ふふんと得意げなグリムを見て、ヴァンルージュ先輩は微笑む。その優しい表情のまま、僕に視線を向けた。
「……ユウよ。これまでマレウスに対し、他の学友と変わらぬ態度で接してくれた事……礼を言う」
 ありがとう、ととても優しい声で続けた。
「お礼を言っていただくような事では……」
「お主にとっては大した事なくとも、わしにとっては大事な事なんじゃ」
 そう言われては何も言えない。
 ヴァンルージュ先輩が保護者のような立場である事はツノ太郎からも聞いてるし。子どもと仲良くしてくれた事に感謝を伝えるのは普通の親心、なのかもしれない。
「じゃが、ふむ。そう恐縮するならついでに疑問を解消するために訊いておこうか」
「な、何をです?」
「いろいろと噂は聞いておるが、本命の恋人は誰なんじゃ?」
 両隣のエーデュースが同時に噎せた。周囲も呆気に取られてるし、一部がなんか殺気立ってる気もする。
「ちょ、大丈夫ふたりとも!?」
「なにやってんだオメーら」
「何でもねーよ」
「す、すまない。ちょっと飲み込み損ねただけなんだ」
「ふむ?」
 ヴァンルージュ先輩は首を傾げ、そして楽しそうな笑みを浮かべる。
「なるほど……なるほどなぁ?」
「な、何がです?」
「いや気にしてやるな。して、どうなんじゃ?」
「ど、どうって」
「各寮の要人たちから噂が立つほどの寵愛を受け、何の気持ちも揺らがないという事はないじゃろ?」
「何も無いですって」
「ほれ、老いぼれへの餞と思って、こっそりわしにだけ教えておくれ。誰が好きなんじゃ?ん?」
「本当に、恋人とかいませんし作る気も無いですから!!!!」
 ぐいぐい距離を詰めてこられるのをそれなりに押しのけながら必死で答えた。ヴァンルージュ先輩は不満げに頬を膨らませつつ離れる。
「なんじゃつまらん。恋人も作る気が無いとは」
 先輩の呟きと共に、周囲の緊張も何となく緩んだ。ちょっとほっとした。
「その気があればマレウスと番になれと背を押してやるつもりじゃったのに」
 今度は周囲の一年生も噎せた。グリムだけは話が分からないまま、周囲の反応に困惑している。
「……冗談じゃよ?」
「冗談に聞こえませんでしたけどぉ!?」
「あやつはまだ番を持てるほど精神的に成長しておらぬからな。ユウが苦労するのは目に見えておる」
 ヴァンルージュ先輩は溜め息混じりに言った。どうやら冗談だというのは本当らしい。
「それに、人間と妖精では寿命が違いすぎる。いま結ばれたとて、マレウスが一人前に育つ前に別れの時が来てしまう。それでは互いにあまりに酷じゃ」
 本当に心配そうな顔ではある。……確かに冗談だけど、『番になってほしい』というのも全部が嘘ではないのかもしれない。多分、だけど。
「……もう知っていると思うが、あやつは妖精であり、茨の谷の次期当主であり……世界屈指の強大な魔法士じゃ」
 大きな力を持つがゆえ、人々に遠ざけられる事も多い。
 ツノ太郎がしてくれた話を思い返す。彼の身近にいた妖精たちでさえ、その力を恐れていた。人間ならもっと恐れを抱くだろう。
「だが……あやつには、もっと外の世界との触れ合いが……友と呼べる存在が必要なのだ」
 先輩の声音は穏やかで、ここにいないツノ太郎の事を想っている。
 強大な力を持つツノ太郎の、更なる成長を願っている。
 それが間違った事のようには思えなかった。この世界の人間じゃない僕から見てもツノ太郎は不思議な所、言い換えれば危うく感じる所があるし、ヴァンルージュ先輩が心配するのも無理はない。寮長会議に来ない所とかね。
「わしはこの学園を去るが……どうかこれからも、あやつと仲良くしてやってくれ」
「もちろんです」
 反射的に答えてから、少し後悔する。
 だって、自分はいつか元の世界に帰ってしまう。それはすぐにでも起きてしまうかもしれない。僕が残りたいと願っても、叶わない可能性だってある。
 無責任な答えになってしまったかもしれない。……僕がいなくなった所で、ツノ太郎が孤独になるとはとても思えないのだけど。
 だって、確かにツノ太郎の強さに怯えている生徒は少なくないけど、彼を恐れない生徒だってたくさんいる。同じ学年の先輩たちは平気で名前で呼んでいるし、同級生と変わらず接しているように見えた。
 だから、寂しくなんてないはずなんだ。僕がいなくなっても、きっと変わらない。
 そこまで考えて、目の前が一瞬真っ暗になった。どこかで見た映像が流れて、すぐに消える。意識は現実に戻ったけど、立ちくらみがして慌てて堪えた。
「どうした?突然ぼんやりして……大丈夫か?」
「あ、だ、大丈夫です。ちょっと人が多くて疲れちゃったみたいで」
 慌てて取り繕ったけど、内心は穏やかじゃない。
 黒衣の女。間違いない。
 こないだの夢に出てきた……『茨の魔女』だ。
 問題は何故そんな映像が、今この時に頭をよぎったか、だ。何か悪い事が起きようとしている気がする。嫌な胸騒ぎと冷や汗が止まらない。
「食い過ぎたんじゃねーか?」
「グリムじゃないんだから」
『ユウさん。着席して、少し休息をとる事を推奨するよ』
「うん。顔色があまりよくないみたい」
「ごめん、大丈夫」
 以前に似たようなものを感じたのは確か、『VDC』のリハーサルの後だった。老婆に化けた女王の姿が脳裏をよぎった直後に、シェーンハイト先輩がオーバーブロットしている。
「……ヴァンルージュ先輩。つかぬ事をお伺いしますが」
「なんじゃ?」
「今日のパーティー、ディアソムニア寮で参加していないのはツノ太郎……ドラコニア先輩だけでしょうか?」
 本当に唐突な質問だったようで、首を傾げられてしまった。
「うむ。他の寮生たちは皆、パーティーの運営もしつつ参加してくれておる。有り難い事じゃ」
「そうなんですね」
 笑顔で返しながら、内心は穏やかじゃない。
 ツノ太郎の無事を確認しないといけない気がする。そうしないと、あの時の二の舞になるかもしれない。
「……ユウよ、そう案ずる事はない」
「はい?」
「マレウスの事はシルバーが面倒を見ておるだろう。時々眠気に負ける事はあるが、任せておけば心配はない」
 ヴァンルージュ先輩の言葉からは、シルバー先輩への確かな信頼が感じられた。自分の中の不安な気持ちが更にぐらつく。
 本当に出る幕は無いのかもしれない。
 シェーンハイト先輩の時だってハント先輩たちが動いていたのだから、僕があの場にいなければ最悪の展開は回避できていたのかもしれない。
 だから、僕が何かしようとするのも、もしかしたら余計な事かもしれない。なんだか、何をしても裏目に出てしまいそう。
「ほれ、座っておけ。休めば気分も良くなるじゃろう」
「保健の先生呼んでくるか?さっき見かけたから、まだ会場内にいるだろうし」
「あー。何人かの教員が酒を持ち込んでるのを見つけたとかで、トレインと一緒にシバきに行っておった。もそっとかかるやもしれん」
 先生たち何やってんだ。
「教員とは言ってもまだまだ若造よな。……もう少し個人的な集まりなら見逃してやれたんじゃが、未成年が大勢いる場ではさすがに看過できんわ」
 乾いた笑いが漏れる。この人いったいいくつなんだろう。ツノ太郎の話からして、どう考えても見た目通りの年齢じゃないのは確かだけど。
「えーっと、リリア先輩っ」
 エースがおもむろに立ち上がる。デュースもそれに続いた。
「今日はパーティーに招待してくれてありがとうございます!」
「料理も飲み物も、すげー美味しかったです」
「お主らはハーツラビュルの新米トランプ兵じゃな」
「マジフト大会の時はお礼参りの助太刀、あざっした!」
 デュースがこれまた真っ直ぐな声で礼を述べる。綺麗な直角。顔を上げれば、少し寂しそうな顔をしていた。
「借りを返さねえうちに、お別れで……残念です」
「くふふ。ケイトたちといい、義理堅いことよ」
「ハートの女王の法律では、盗んだり借りたりしたものは絶対返さないといけない決まりらしーんで」
「では……借りを返すと思って、わしの頼みをひとつ聞いてくれるか?」
「頼み?」
 トランプ兵たちが首を傾げる。
「ウチの寮の一年生……セベク・ジグボルトの事じゃ」
 そういえばベリージュース持ってくるっつってまだ戻ってこないな。トラブってるのか。
 ヴァンルージュ先輩は物憂げな表情で続ける。
「もう入学して半年は経つのに、あやつに同学年の友達ができたという話をついぞ聞かん」
「あー……確かに選択授業がいくつか一緒なんだけど、ちょっと浮いてるかも」
 エースがちょっと困ったような顔をする。そういやこないだもそんな事言ってたな。
「なんつーか、基本人をバカにする物言いなんだよね。同じグループになると『僕の足を引っ張るなよ、人間!』とか面と向かって言ってくるし、どんな話題でもマレウス先輩に結びつけて、先輩がいかにスゲーのかトーク始めるし」
「そ、それは結構、強烈だな……」
「ディアソムニア寮生って『ドラコニアン』が多い印象だけど、アイツはだいぶ極まってるってカンジ」
 ツノ太郎がマレウス・ドラコニアと知る前から、ディアソムニア寮の生徒が寮長に対し崇拝に近い尊敬を抱いている傾向は何となく知っていた。それを揶揄する他寮とあまりうまくいってなさそうな雰囲気があるのも。まぁ、寮の縄張り意識が強いから、究極はどこも仲良くはないんだろうけど。
 もちろん、ディアソムニア寮の生徒の中にも、寮長を尊敬はしているがバランスの取れた付き合いができてる人もいて、度を超したドラコニアンに対しては他寮の生徒と同じような反応を示している。同類と見られたくない、なんてこぼしてる事もあったと思う。
 まぁそんな周りの反応なんて、ドラコニアンの方はどこ吹く風って感じなんだけど。
「マレウス先輩って凄い魔法士だし、なんかオーラあるし……憧れる気持ちはまぁ、わからなくもないんだけど。度が過ぎてると、ちょーっと……ね」
「すまんのぅ。悪いヤツではないんじゃが、セベクはマレウスの事となるとちょっとばかり……いや、だいぶ視野が狭くなりがちなヤツでな」
 ヴァンルージュ先輩が溜め息混じりに言う。先輩もセベクには手を焼いているようだ。大変そう。
 他にもドラコニアンの生徒はいると思うけど、セベクはシルバー先輩と一緒にツノ太郎と一緒にいる事も多いみたいだし、他の生徒とはツノ太郎との関係が違うと考えていいのかな。問題のあるドラコニアンの生徒は彼だけじゃない中で、彼の名前を挙げるならそういう事だろう。今日だってヴァンルージュ先輩に付き従ってたワケだし。
「まさか頼み事って……セベクと仲良くしろとか?」
「いいや」
 即答で否定された。
「ただ……もしあやつが学園生活で袋小路にはまり、立ち尽くしているのを見かけたら……迷宮住まいのトランプ兵どもよ。ちょいと背を小突いてやってほしい」
 デュースは首を傾げる。
「そこは『手助けしてやってくれ』じゃないんですか?」
「差し伸べられた手を素直に取れるのであれば、闇の鏡に選ばれておらんじゃろ?」
「うーん……確かに」
「つーか、この学園で『困ってるなら手を貸そうか?』って優しく声をかけてくるヤツなんて、何かしら下心があるに決まってんでしょ。素直に手を取る方がバカ」
「うーん!!確かにッ!!」
 それが常識になってるこの学校もおかしい気がするけどね。
 ふと、騒がしい音が近づいてくる。がちゃがちゃと瓶同士が擦れる音と、やたら大きな足音。
「リリア様~!ベリージュースの追加を持って参りました!」
 パーティー会場に響きわたるようなハッキリした発声。周りの注目など気にも留めない。ヴァンルージュ先輩も慣れているようで、穏やかに微笑みかけていた。
「待ちわびたぞ。せっかくだ、セベクも共に乾杯しようではないか」
 セベクの持ってきた箱から出したベリージュースでみんなのグラスを満たすと、ヴァンルージュ先輩は僕たちを見回す。
「お主が卒業まで共に切磋琢磨するライバルじゃ。これを機に、他寮の生徒とも親交を深めるがよい」
 最後はセベクに向き合い語りかけていたが、セベクの方は不満そうな顔だった。
「……リリア様。お心遣いは感謝しますが、僕は浅薄な者どもと馴れ合うつもりはありません」
「は?」
 みんなの顔が険しくなり、空気が緊迫する。
「僕がナイトレイブンカレッジに籍を置く目的はただ一つ。マレウス様の護衛として必要な知識と技術を身につけるため!!!!」
 不必要に声を張る。多分、本人の強い意志の表れなんだろうけど、普通にうるさい。
「鍛錬の相手ならシルバーとディアソムニア寮生で事足りる。脆弱な人間など、むしろ足手まといだ!!親しくする必要などない!」
「…………セベク、お主なぁ……」
 ヴァンルージュ先輩が深々と溜め息を吐くが、セベクの態度は居丈高なままだ。それに対し、他の一年生たちもセベクを睨む。
「……あっそ。ま、オレらだってお前みたいなヤツとは絶対仲良くしたかないけどね」
「お前、先輩の顔に泥塗ってんのに気づいてないのか?」
「不必要なものを不必要と言って何が悪い」
 デュースの指摘をセベクは鼻で笑った。
「リリア様はお優しいから、お前たちのような下々の者にも礼を尽くしてくださっているだけだ。ありがたく思え。そして思い上がるなよ、人間!」
「これ!いい加減にせんか、セベク!」
「し、しかし……むぅ……」
 一喝されてやっと少しは気勢が削げたようだけど、不満はありそう。
「まったく。幼い頃からバウルによく懐いていたとは聞いていたが……本当に喋り方から考え方までお主の祖父に生き写しじゃ」
 その若さでこうも頭が固くては先が思いやられる、と呆れた声が続く。さすがにちょっと落ち込んだ様子だが、多分『尊敬している先輩に怒られた』事にヘコんでるだけだろうな、アレ。
「せっかく自分とは違う考えを持つ若者たちと触れ合う機会を得たのだ。それを無駄にするな」
 ヴァンルージュ先輩の言葉は厳しくも優しい。
 セベクが本当に成長できる事を願っている。そのために必要な事だと思って諭している。
「お前が考えるより世界は広く、学ぶべきものは多くある。自ら世界を狭めるでない。よいか?」
「リリア様……はい。申し訳ありません。そのお言葉、しかと胸に刻みます」
 ただどんなに素晴らしい教えでも、それが尊敬する人からの言葉でも、本人が飲み込めるかは別の問題だ。
 訝しげな視線を向ける一年生たちに対し、セベクは睨みを返す。そして不満げにそっぽを向いた。
「駄目だこりゃ。リリア様のお言葉を全然心に刻めてねーじゃん」
 苦笑いするしかない。
 変わりたくても変われないっていう悩みとは違うもんな。変わる必要性を感じてない人間を変えるのは難しい。それこそ大きな事件でも起きない限りは、考えを変えるきっかけを得られない事だってある。
 ヴァンルージュ先輩が学校を離れる事がそれに繋がる、という可能性はどうも低そうだ。

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