7−1:微睡む黒茨の塔
エースの協力もあって、なんとか料理は確保できた。手にした先からグリムが食べていく勢いだから本当に参る。席まで戻るのに随分時間がかかってしまった。
予想通りというか、デュースとジャックにエペルも合流してて、座る所をキープしてくれていた。特に食事せず立ったまま談笑している人も多いから、席数の割には余裕がある印象だ。……僕たちみたいに腰を据えてがっつり食べようとしている方が少数派なのかもしれない。
この学校の生徒は縄張り意識がやけに強いので、他寮の領域内だと落ち着かないのかもしれない。挨拶したら帰るつもりの人も多そう。
先生たちもいるから夜中まで続けるって可能性は考えられないし、そんな数時間でヴァンルージュ先輩がここにいる全員と挨拶が出来るとも思えない。顔を知らない人じゃないから挨拶しておきたい気持ちはあるけど、難しいかもしれないな。
「あっ、オルト!こっちこっち」
談話室の出入り口の方を見ていたエースが声を上げた。視線を追えば、青い炎の髪をした少年が人の間をすり抜けながらこちらにやってくる。
『みんなも参加してたんだね』
「おせーんだゾ、オルト!このうんまい肉料理、もう無くなっちまったんじゃねーか?」
『ふふっ、ありがとう。僕にエネルギーの経口摂取は必要ないから大丈夫』
空いてる椅子に腰掛けながら笑顔で応えた。ちょっと疲れた顔をしている気がする。
「随分来るのが遅かったな。何かあったのか?」
『兄さんをこのパーティーに連れ出す高難易度クエストにトライしてたんだよ』
「なるほどー。で、その様子を見るにクエストクリアならずってカンジ?」
『今日はいつにも増して防御が固かったね』
がっくりと肩を落とす。
確かにシュラウド先輩にこの人口密度の空間は辛そうだ。寮長の立場とか社交の礼儀とか、あまり気にしない人だろうし。
『昨日ショックな事があったせいか、どうしても参加する気になれないんだってさ』
「ショックな事って?」
『実は、兄さんがずっと仲良くしてたネトゲ友達が引退しちゃったんだ。オフでの連絡先も一切交換してなかったみたいで、すっぱり縁が切れちゃったって落ち込んでた』
言いながら、オルトもちょっと寂しそうな顔をする。こっちはシュラウド先輩への心配なんだろうけど。
「え……ずっと仲良くしてたのに、今まで連絡先を知らなかったのか?」
『付き合いが長いのにお互いの連絡先や素性を知らないなんて、ネット上ではよくある事だよ』
オルトがさらりと答える。
『特に兄さんはゲーム用のマジカメアカウントではプライベートな事は一切話さないし……相手の人も同じだったみたいで。だからこそ兄さんと気が合ったんじゃないかな』
シュラウド先輩は髪の毛とか外見にいろいろ思うところあるみたいだから、顔を合わせない、自分の姿を見られずに済む関係というのは凄く気が楽なんだろう。
「あのジメジメイデアと気が合う友達かぁ。きっとソイツも雨漏りで水浸しになった絨毯みてーにジメジメしてたに違いねーんだゾ」
『う、うーん。兄さんはネット上だとリアルほどジメジメしてない……っていうか、むしろハイテンションな方かも?』
「シュラウド先輩が!?」
「まあ、リアルとネット上ではキャラが別人ってのはあるあるでしょ」
先日の騒動での様子を思い返すに、テンションがずっと上がらないタイプでも無さそうだし。
そして大切なもののためなら悪役にもなれる、愛情深くて優しい一面もある。
きっと事情を聞きたいと思う気持ちもあっただろうに、相手の事を思いやって何も訊けなかったのだろう。
お互いの事を何も知らないからこそ気軽に付き合えるのがネット上の人間関係。知ってしまった後も同じ付き合いを続けられるとも限らない。
インターネットに詳しい先輩なら、そういう葛藤もあっただろう。……落ち込むのも無理はない。
「年齢、性別、見た目、性格……好きに自分を装えるのがネットじゃん」
『僕からすると、ネット上の匿名性なんて無いに等しいし……兄さんのネトゲ友達の素性を暴くのも簡単なんだけど』
「うわ、イグニハイド寮生こっわ」
『でも兄さんが今回はするなって言うんだもん』
その言いつけを素直に守るオルトは良い子だなぁ。
僕が同じ立場だったら、好奇心の方が勝っちゃいそうだもん。
「そうか。もし相手の素性を無理矢理知ったとしても、連絡を取れば、自分の素性も明かす事になる。それは少し勇気がいるかもしれない」
「まず、連絡先交換してない相手から急に連絡きたら普通にビビるし引くでしょ」
『だよねー』
エースの呆れ顔のコメントに、オルトが気軽に同調する。その表情は物憂げだ。
『はぁ……兄さんにとって貴重な、生きた人間のお友達だったのになぁ。兄さんのネトゲ友達「マッスル紅」さん』
凄い名前だな。
『チャットの文面からして落ち着いた成人男性だろうって兄さんは言うんだけど……ネタ装備で高難易度クエ攻略に挑んだり、危ないギミックをわざわざ踏みに行って床を舐めたり、けっこうユニークなプレイをするんだよね』
さすがシュラウド先輩と仲良くできるゲーマー。間違いなく変な人だ。
少なくともノリは良い。プレイ動画で喜ばれるような、高レベル連続討伐の初期装備攻略とか付き合ってくれるタイプの人だ。
『ハンドルネームからしても、リアルでは風変わりな人物である可能性も捨てきれない。例えば……』
「おぅおぅ、一年生ども飲んどるか?」
話を遮るように声がかかる。
ヴァンルージュ先輩がジュースの瓶を掲げて豪快に笑っていた。後ろにはセベクが控えている。
「今日はわしのおごりじゃ~、飲め飲め!」
「ウ、ウッス。ジュース、いただいてます」
「うまいか?うまいじゃろ!それは茨の谷の名産品のベリージュースじゃ!」
「は、はぁ。美味いっス」
「茨の谷では、ベリーは祝いの席に欠かせない果物。特に誕生日には、それはもうたくさんのベリーが無いと始まらぬ!」
「へ、へぇ~。そうなんだぁ」
絡まれてるジャックとエペルはたじたじだが、ヴァンルージュ先輩は全く気にしない。全員のグラスを見渡し、空になっているのを目ざとく見つけて眉を吊り上げる。
「むっ、お主!もうグラスが空ではないか」
「え、えへへ……でも僕もうお腹いっぱい、かな?」
「なにぃ~?わしのジュースが飲めないと抜かすか~!?」
発言が昔のマンガの酔っぱらいのテンプレ過ぎる。
「わしが若い頃は、宴の席でベリージュースを樽いっぱい飲み干したものだぞ。最近の若いもんはなっとらん!」
いや先輩が持ってるの瓶じゃん。とツッコんだら絶対にめんどくさい事になるので沈黙を貫いた。目を合わせてはいけない。
「セベク!もう一箱ベリージュースを持て~~~い!」
「はっ!すぐに!」
ヴァンルージュ先輩の言葉に背筋を伸ばして応え、セベクは部屋の奥の方に走っていった。
『あんな感じ』
「いや、ジュースだけでそんなに盛り上がれる!?」
「フッ、わしほどの玄人になれば、ジュースだけで楽しくなれちゃうのじゃ」
「ジュースで人に絡むのは初めて見たな……」
常識はありつつユーモラス。
確かにオルトの話す人物像には割と該当しそうだけど……そういえばネトゲやってるってどっかで聞いたな。……いやまさかね。
さすがにそこまで世間は狭くないでしょ。そう思いたい。
ヴァンルージュ先輩に絡まれて面食らっている僕たちを見回し、ジャックが咳払いした。立ち上がりヴァンルージュ先輩の正面に出る。
「リリア先輩……寮対抗マジフト大会の時は世話ンなりました。学園対抗戦のレギュラー選抜では正々堂々実力勝負でリベンジするつもりでいたんスけど……再戦ならずで、悔しいッス」
「くふふ。同じ寮の先輩どもと違って礼儀正しい後輩じゃな」
なんだかご機嫌だな。
まぁジャックのこういう所は『気持ちのいい後輩』って感じで、先輩の立場からすれば可愛いばかりなのかもしれない。でかいけど。ジャック座ってた方が視線合ってたんじゃないかな。
「毎年初夏に行われる『全国魔法士養成学校対抗マジカルシフト選手権大会』。わしも出場できず残念じゃが……今年こそは優勝候補のロイヤルソードアカデミーに一泡ふかせてやれ。期待しておるぞ!」
「ッス!あざっした!」
ビシッとジャックが頭を下げる。ヴァンルージュ先輩はにっこり満足げだ。
ジャックが席に座ると、入れ替わりにエペルが立ち上がる。こちらは身長差があまりないので楽そうだ。
「リリアサン。背丈は僕とそんな違わないのに……どの学校行事でもマレウスサンと肩を並べて活躍してて、すごいなって思ってました」
エペルは一生懸命言葉を選んで話している。でも多分、言葉に嘘は無さそう。尊敬する気持ちがあるからこそ、ちゃんと話そうとしてる感じ。微笑ましい。
「寮が違うからあんまりお話できなかったけど、強さの秘訣とか……もっと聞いてみたかった、かな」
「お主はヴィルのところの秘蔵っ子じゃな」
対するヴァンルージュ先輩の視線は優しい。ちゃんとエペルの尊敬の気持ちは伝わっているようだ。
「『VDC』の活躍、客席で見ておったぞ。堂々とした佇まいで、実際よりずっと大きく見えた」
「え、ほ、本当ですか?えへへ、嬉しいです!」
「魔法士にとって体躯はハンデにならぬ。これからも励めよ!」
「はい!リリアサンもどうぞお元気で」
二人は握手を交わす。なんだか嬉しそう。
続いてオルトが椅子から立った。
『リリア・ヴァンルージュさん。今日はお招きありがとうございます』
礼儀正しく挨拶をしてから、髪の毛の炎が心なしかしょんぼりした感じで勢いを失う。
『兄さん……イグニハイド寮長、イデア・シュラウドも誘ったんだけど、今日は都合がつかなくて』
「それは残念じゃ。お主からもよろしく伝えておくれ」
ヴァンルージュ先輩も寂しそうながら、予想はついていそうな顔だった。
「あやつとはあまりプライベートな事を話す機会はなかったが……なかなかにコアなゲーマーだと聞く。わしもここに入学して以来、ネトゲにハマっていてな」
『へえ!ディアソムニアの人でもゲームやるんだね』
「ははは!お主の兄にも似たようなリアクションをされたな」
オルトの言葉に快活な笑顔で返す。
「いつかイデアをマルチプレイに誘いたいと思いつつ、結局誘えずじまいじゃった」
『そうだったの?兄さんを誘おうとしてくれたなんて嬉しいな』
社交辞令とも取れるけど、それを指摘するような無粋な真似はしない。というか、本気でどっちか解らない。もしかしたら本当に遊んでみたいと思ってたのかもしれない。ヴァンルージュ先輩ならあり得る気がする。
『リリアさん、よかったら僕とアドレス交換しない?遠くの国に行っても、ネットではいつでも一緒に遊べるでしょ?』
オルトの提案に、ヴァンルージュ先輩は表情を曇らせた。
「うぅん。移住先はネットもろくに通っておらぬ場所なんじゃが……」
『そっか。もしナローバンドだったらMMOやFPSは難しいかもしれないね……でも連絡先さえ交換しておけば、いつかブロードバンドが開通した時に遊べるよ』
「……そうじゃな。ではアドレスだけ交換しておこうか」
オルトとヴァンルージュ先輩の間でアドレスのやり取りが行われる。微笑ましい交流だ。
『……登録完了。今、兄さんとマルチプレイ参加可能なオンラインゲームをリストにして送るね』
オルトが言うや、早速メッセージが着信したらしい。目を通していたヴァンルージュ先輩が表情を明るくする。
「おお。わしがプレイしておったタイトルがたくさんあるぞ。このRPGも、こっちのシューティングゲームも、かなりハマってやっておった」
『えっ、ほんとに!?このシューティングゲーム、兄さんがすごくハマってやってるんだけど……結構マニアックで、マルチプレイしようとしてもなかなか人数が集まらないんだ』
「わしがネトゲ初心者の頃から、色々と手ほどきをしてくれた友人がおってな。そやつに勧められてプレイしておったんじゃ」
『へぇ~。リリアさんのネトゲ友達、いい趣味してるね。兄さんとも気が合いそう!』
ヴァンルージュ先輩のご友人もかなりコアなゲーマーみたいだ。シュラウド先輩と気が合いそうって相当。
……そこまで世間は狭くないって言ったけど、ネット上の友達の友達ぐらいで繋がっていそうだなぁ。シュラウド先輩とヴァンルージュ先輩。
『僕たちとマルチプレイする時は、是非そのお友達にも声をかけてよ』
「…………そうじゃな。いずれ……」
ここまで割と肯定的だったのに、ちょっと言葉を濁した。沈黙を挟み、誤魔化すように明るく切り出す。
「しかし、まさかここにきてヒューマノイドの学友ができるとは。長生きはするもんじゃのぅ」
『ふふふ!僕も妖精の友達ができたのは初めて。嬉しいな。ネット環境が整ったら、いつでも声をかけて』
「うむ!楽しみにしておるぞ」
朗らかに会話が終わった。
そう言われると確かに不思議な光景だ。妖精族と魔導ヒューマノイドが普通に喋っている。
キャラメイク系のゲームでロボットと妖精を一緒のチームにする事は出来るけど、元の世界ではそんな光景を現実世界で目にする事なんて多分無い。
もしかしたらゲームの中の世界でチームを組んでる彼らも、日常ではこんな会話をしてたのかもしれないな。