7−1:微睡む黒茨の塔
シャワーを浴びて、シェーンハイト先輩とのメッセージのやりとりを終える頃には、グリムもオンボロ寮に戻ってきていた。
エースたちと一緒に来るかなと思ったけど、ハーツラビュルはハーツラビュルでまとまって行く様子で、その堅苦しさを嫌ってグリムが勝手に逃げてきたっぽい。いつも通りというか、なんというか。
制服に着替えていつものメガネをかけて、グリムを抱えて鏡舎に向かう。ディアソムニア寮への鏡には大行列が出来てる有様なんだけど、幸いにも列の動きはスムーズで割とすんなり入り込めた。
寮はグレート・セブンの伝承が残る地域をモデルにして整えているのか、またはその地域に学園が土地を持っていて結界で区切っているのか、とにかく空気の質などがそれぞれで違う。建物のデザインも個性があった。
ディアソムニアの寮がある空間は、薄暗い静かな場所だ。切り立った岩場の上にあり、険しい岩山の凹凸が見えないほど遠くまで続いている。下を覗きこんでも底は見えない。……安全面、大丈夫なのかな。うっかり落ちたら無事じゃ済まなさそう。
寮である城は古めかしい石造りで、ポムフィオーレとは違う意味で威厳を感じる見た目をしていた。
険しい雰囲気の岩山や空の薄暗さも相俟って、何ていうか……ラスボスの居住地っぽい。ツノ太郎に似合う、とか言っちゃダメなんだろうけど。まぁでもディアソムニアの寮服の雰囲気には合っていると思う。
きっと普段は静かな場所なのだろうけど、今日はとても賑やかだ。鏡から寮に向かう道には大勢の人が歩いている。ほぼ全校生徒がいるんじゃなかろうか。
オンボロ寮が他の寮と比べて手狭なのは知ってるけど、通常の寮でも果たしてこの人数が入るんだろうか。それとも魔法で一時的に拡張したり出来るんだろうか。……出来るかもしれないな、ツノ太郎なら。
寮内へと続く橋を渡れば、荘厳な内装が雰囲気を損なわない程度に華々しく飾られている。ヴァンルージュ先輩との別れを惜しみつつも、彼に感謝している寮生たちの気持ちが表れているように思えた。
エントランスから談話室、廊下に至るまで、共用スペースは全て解放してるんじゃないかって感じの状態だ。人の数も多いけど、所狭しと並べられた料理や飲み物の量も物凄い。
寮ごとに整列してるってほどでもなく、かと言っててんでばらばらでもない。寮服姿の生徒ばっかりだから、制服の僕は浮いてるけど、学校行事みたいなもんだし仕方ない。
「ユウ、いたいた」
後ろから声がかかって振り返る。エーデュースがこっちに走ってくる所だった。
「おつかれー。ハーツラビュルで固まってなくていいの?」
「そこまでは強制しないってさ」
「とはいえ、恥をかくような真似はするなって釘は刺されたな」
「ホントいちいち細かいったら」
苦笑するしかない。ローズハート先輩ならそう言うよなぁ。
「ふなぁ~……うまそうなメシがいっぱいだ~……無くならないうちに早く食っちまおうぜ」
「駄目です。こういうのは乾杯してからだよ」
「ユウもいちいち細かいんだゾ」
「未来の大魔法士がこんなマナーも知らないなんて恥ずかしいと思うけどなぁ」
「む、むぅ……」
「……最初からグリム抱えてるのはそういう事か」
「そうだね。人が多いと踏まれそうで危ないってのもあるけど」
料理を見て目を輝かすグリムを見て危機感を覚えないはずがない。この人の密度だと逃げ回られたら大変な事になるし、抱えて動いた方が安全だ。重いけど。
どの寮もまんべんなく人が集まっている印象だ。強いて言えばイグニハイドが少ない気がするくらいかな。見渡せば見知った顔もちらほら見える。ポムフィオーレの一団の先頭にはシェーンハイト先輩がいて、こっちに気づいて手を振ってくれた。振り返すと微笑んでくれる。嬉しい。
「……そういや、昼間はどうだったわけ?」
「どう、って?」
「ああ、シェーンハイト先輩と買い物に出るって話だったか」
「うん。服とかいろいろ貰っちゃった」
「……それだけ?」
「うん。夕方までだからあんまり時間無かったし、そんなもんだよ」
エースは訝しげな表情だった。凄く何か言いたそう。
でも彼が期待しているような事は何もなかったというのが事実だし。むしろどっちかというと一瞬気まずくなったぐらいだし。
「あ、そういえばネージュ・リュバンシェとはち合わせたよ」
「えっ、そ、それは……大丈夫だったのか?」
「うん。やっぱ有名人って凄いよね。二人がいるとお客さんたちの空気がそわっとしちゃってさ、一緒にいるこっちまで落ち着かなくて」
「へー……」
そんな雑談をしていれば、もう開始時間は目前だった。飲み物が配られ、一人一つグラスを手に取る。中身はベリージュースみたい。ヴァンルージュ先輩の瞳に近い、果実の赤色。
談話室の奥に人影が立つ。何となく室内が静かになった。
「皆のもの、今日は『リリア・ヴァンルージュお別れ会』によくぞ集まってくれた」
ヴァンルージュ先輩の声が響く。こんな人の多い広い空間でもよく通る、不思議な声。マイクを持ってるから、エントランスや廊下にいる生徒にはスピーカーとかで聞こえてるんだろうな。
「ナイトレイブンカレッジに入学してから二年半。ここで過ごした時間は、まさに若さ溢れる青春の日々であった」
短い言葉にたくさんの想いが込められている。本当に良い日々を過ごしたのだろうと感じられた。どこかで鼻をすすっているような音もしている。
「今日はわしの奢りじゃ。存分に食べ、語らい、騒いでくれ!」
その言葉が合図。
それぞれが歓声と共に手にしたグラスを掲げる。中身を一息に呷ったものは足りないとばかりに手を叩き、別れの場だというのに祝福のムードが漂った。
「もう終わっただろ!メシ!」
「はいはい、貰いに行こうね」
「あ、じゃあオレどっか適当に座るトコとっとくわ」
「よろしくー」
人の流れに乗って、料理を配るテーブルに向かう。さすがに最初は人が多い。結構配ってるところあるけど、何せ下手したら全校生徒と教職員が集まってるからなぁ。
「ハシバ、グリム」
声をかけられて振り返れば、いつぞやに助けてくれた同じクラスのディアソムニアの生徒がいた。手には肉料理の乗った皿を並べた盆を持ってる。
「ここからも持って行っていいぞ」
「にゃっはー!肉だー!」
「ありがとう。……ディアソムニアの生徒は運営側なの?」
「気持ち半分、ってところだ。リリア様は俺たちにも楽しんでほしいと言っていたが、そうもいかないだろう。他の寮の生徒と比べれば、別れを惜しむ時間も貰えたしな」
僕とグリムに手渡した後も、横から手を伸ばす人たちに手早く皿を渡して、あっという間にお盆は空になった。壮絶。確かに誰かが管理しないと、えらい事になりそう。
「この会を平穏無事に終わらせる事が、俺たちが出来る最大の餞だと思っている」
「……だってよ、グリム。揉め事起こさないでね」
「オレ様がいつもモメゴト起こしてるみたいな言い方するんじゃねーんだゾ!!」
「あまりハシバを困らせるなよ」
「子分がオレ様を困らせてるんだゾ。オレ様に肉もくれねーしなー」
「これはエーデュースにも分けるの。お代わりはあとでね」
「グリムでも食べきれないぐらいの量を用意してあるから、遠慮なく食べてくれ」
「だったら今食べても……」
「まだ食べてない人が先!」
「ちぇーっ」
グリムがふてくされれば、目の前のクラスメイトも楽しそうに笑った。ディアソムニアの生徒って近寄りがたい人が多くて、彼も普段は無愛想で気難しそうな雰囲気あるんだけど、でも面倒見が良いってこないだ解ったし、やっぱ悪い人ばかりでもないよな。
「おーい監督生。料理取れた?」
「あ、うん。はいこれ」
「サンキュー……って一皿!?」
「もうちょっと粘ってくるからゆっくりしてて」
「へいへーい」
「トラッポラ」
「んあ?」
席に戻ろうとするエースに声をかけ、クラスメイトはいつになく意地の悪い笑みを浮かべた。
「せいぜい頑張れよ」
「は?……はぁ?おいちょい待ち、どういう意味だそれ」
「じゃ、俺は仕事に戻らせてもらう。俺が言う事じゃないかもしれないけど、楽しんでいってくれ」
「うん、お疲れさま。頑張ってねー」
「おいこら、無視すんな!おーいー!」
エースが抗議する声を無視して、クラスメイトはお盆を小脇に抱えて人波に紛れていく。
「あとで覚えてろよ、くっそ……」
「エース、仲良かったっけ?」
「別に良くねーよ!……こないだから鼻につくったらねえよなぁ……」
「あー。あんな風に絡んでくるタイプじゃないよねー」
何気なく言ったんだけど、エースの顔は面白くなさそうだった。首を傾げる。
「な、なに?」
「べっつにぃ?」
「何だよ。言えよ」
「絶対言わない」
「じゃあ文句ありそうな顔しないでよ」
「別に文句じゃねーし」
「うーそ。絶対うそ」
「嘘じゃないっての。しつこいなー」
「文句じゃないならなんなんだよー」
「だから何でもないって」
「オイ、子分!エースなんかほっといて次の料理取りに行くんだゾ!」
全く前に進まないやりとりにしびれを切らしてグリムが叫ぶ。そしてエースがはたと手にしていた皿を見て声を上げた。
「って、お前オレらの分食っちまってるじゃねーか!!」
「にゃはは、ぼーっとしてる方が悪いんだゾ!」
「ああ、もう……ごめんエース。先戻ってて。二人の分も取ってくるから」
「いいよ、オレも行く。この混雑じゃ料理運ぶのもしんどそうだし。場所取りはデュースとジャックが頑張ってくれてるっしょ」
エースは呆れた顔でやや強引に僕の背中を押した。いつの間にかジャックも合流してたのか。人が多いからどうなる事かと思ったけど、この分だと結局いつものメンバーで固まりそうだな。