7−1:微睡む黒茨の塔
………
どうやって寮に帰ってきたのか思い出せない。
どこか浮き足だった様子の寮内を歩いて、楽しげな寮生たちに笑顔で挨拶しながら自室に向かった。室内に入り、手に持っていた鞄をベッドに投げ、自分も倒れ込む。
やってしまった。
浮かれすぎていた。一緒に出かけられた事が嬉しくて、ネージュに苦手意識を持ってる事を知ってそれにもはしゃいでしまって、嫌な事を思い出させてしまった事を挽回したくて、結果これである。
もっとスマートに終わらせたかった。振り払うのに勇気も必要だっただろう。そんな事をさせてしまった自分が憎い。
これで明日から、最悪今日これから避けられるようになってしまったらどうしよう。将来結ばれない事よりそっちの方が辛い。将来は覆せる可能性があるけど、今日これからの事は挽回が間に合わない。ダメージが避けられない。
後悔は山のように浮かぶ。しかし今できる事はない。時間も無い。解っているけど立ち上がれない。
不意に扉の方からノックが聞こえた。何となく誰か予想はついたが、無視するワケにもいかない。起き上がり乱れた髪と服装を整えて、平気な顔を作ってから入室を許可する。
「おかえり、ヴィル。身繕いの手伝いに来たよ」
「あら、ありがとう。助かるわ」
ルークはいつものように微笑んでいる。
このタイミングで現れた事を考えるに、こっちの事情はお見通しの気がするが、敢えて触れないでおいた。寮服に着替えるだけと言えば簡単だけど、お別れ会に疲れた顔で出るワケにはいかないし、人手はあった方が良いに決まっている。
この時間に浴室を使う生徒もあまりおらず、いつも通りの流れでテキパキとスキンケアを済ませた。寮服を纏えば、寮長としての自分がいつもの姿でそこにいる。予定通り、時間に余裕を持って支度を終える事が出来てほっとした。
「……何も訊かないのね」
「キミが語らないのなら、私から問う事はしないよ」
「……そう」
気遣われているのは解る。それに救われている自分もいた。
「ああ、しかし」
そしてわざとらしく声を上げられると不安になる。
思わず振り返れば、ルークはいつも通りの笑顔だ。読めない。
「そろそろメッセージを確認した方が良いよ。パーティーが始まればそんな余裕は無いだろう?」
「……そうね」
投げ出したまま触れていなかった鞄を見れば、スマートフォンがはみ出していた。何気なく手に取り、数件の通知に目をやる。
『明日の事なんですけど』
冒頭の文章しか見えないのが、こんなに不吉だと感じる事は無いだろう。
柄にもなく嫌な予感に指先を震わせながら通知に触れた。
『飲み物なにかご希望ありますか?オンボロ寮はいつもの紅茶しか無いので。朝一で買ってきます』
予感は外れていた。安堵と同時にこみ上げる喜びで頭がどうにかなりそうだった。
『こっちから持っていくから大丈夫。ポットは貸してね。昼食の事は明日一緒に考えましょう』
返事を送ると、すぐに『了解』のスタンプが返ってきた。『楽しみ』と嬉しそうに頬杖をつくウサギのスタンプが続く。こちらも笑顔のスタンプを返して画面を閉じた。
「ルーク。明日の事なんだけど」
「茶葉はいくつかキープしているよ。明日の朝、気分で選ぶのも悪くない」
「……それもそうね。後でリストを送っておいて頂戴」
「ウィ!」
さっきまでの不安な気持ちが嘘のように心が澄み渡っていた。ルークがいなければ喜びのあまり踊り出していたかもしれない。せっかく身なりを整えたのにそんな事をするワケにはいかない。
「……さて、みんなの準備は整ったかしら。ポムフィオーレ寮生として、恥ずかしい振る舞いをさせないようにしなくちゃ」
「ああ。そして我らの友に、最高の餞を贈ろう」
ルークに導かれるようにして部屋を出る。
いつものように背筋を伸ばして、談話室へ向かった。
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どうやって寮に帰ってきたのか思い出せない。
どこか浮き足だった様子の寮内を歩いて、楽しげな寮生たちに笑顔で挨拶しながら自室に向かった。室内に入り、手に持っていた鞄をベッドに投げ、自分も倒れ込む。
やってしまった。
浮かれすぎていた。一緒に出かけられた事が嬉しくて、ネージュに苦手意識を持ってる事を知ってそれにもはしゃいでしまって、嫌な事を思い出させてしまった事を挽回したくて、結果これである。
もっとスマートに終わらせたかった。振り払うのに勇気も必要だっただろう。そんな事をさせてしまった自分が憎い。
これで明日から、最悪今日これから避けられるようになってしまったらどうしよう。将来結ばれない事よりそっちの方が辛い。将来は覆せる可能性があるけど、今日これからの事は挽回が間に合わない。ダメージが避けられない。
後悔は山のように浮かぶ。しかし今できる事はない。時間も無い。解っているけど立ち上がれない。
不意に扉の方からノックが聞こえた。何となく誰か予想はついたが、無視するワケにもいかない。起き上がり乱れた髪と服装を整えて、平気な顔を作ってから入室を許可する。
「おかえり、ヴィル。身繕いの手伝いに来たよ」
「あら、ありがとう。助かるわ」
ルークはいつものように微笑んでいる。
このタイミングで現れた事を考えるに、こっちの事情はお見通しの気がするが、敢えて触れないでおいた。寮服に着替えるだけと言えば簡単だけど、お別れ会に疲れた顔で出るワケにはいかないし、人手はあった方が良いに決まっている。
この時間に浴室を使う生徒もあまりおらず、いつも通りの流れでテキパキとスキンケアを済ませた。寮服を纏えば、寮長としての自分がいつもの姿でそこにいる。予定通り、時間に余裕を持って支度を終える事が出来てほっとした。
「……何も訊かないのね」
「キミが語らないのなら、私から問う事はしないよ」
「……そう」
気遣われているのは解る。それに救われている自分もいた。
「ああ、しかし」
そしてわざとらしく声を上げられると不安になる。
思わず振り返れば、ルークはいつも通りの笑顔だ。読めない。
「そろそろメッセージを確認した方が良いよ。パーティーが始まればそんな余裕は無いだろう?」
「……そうね」
投げ出したまま触れていなかった鞄を見れば、スマートフォンがはみ出していた。何気なく手に取り、数件の通知に目をやる。
『明日の事なんですけど』
冒頭の文章しか見えないのが、こんなに不吉だと感じる事は無いだろう。
柄にもなく嫌な予感に指先を震わせながら通知に触れた。
『飲み物なにかご希望ありますか?オンボロ寮はいつもの紅茶しか無いので。朝一で買ってきます』
予感は外れていた。安堵と同時にこみ上げる喜びで頭がどうにかなりそうだった。
『こっちから持っていくから大丈夫。ポットは貸してね。昼食の事は明日一緒に考えましょう』
返事を送ると、すぐに『了解』のスタンプが返ってきた。『楽しみ』と嬉しそうに頬杖をつくウサギのスタンプが続く。こちらも笑顔のスタンプを返して画面を閉じた。
「ルーク。明日の事なんだけど」
「茶葉はいくつかキープしているよ。明日の朝、気分で選ぶのも悪くない」
「……それもそうね。後でリストを送っておいて頂戴」
「ウィ!」
さっきまでの不安な気持ちが嘘のように心が澄み渡っていた。ルークがいなければ喜びのあまり踊り出していたかもしれない。せっかく身なりを整えたのにそんな事をするワケにはいかない。
「……さて、みんなの準備は整ったかしら。ポムフィオーレ寮生として、恥ずかしい振る舞いをさせないようにしなくちゃ」
「ああ。そして我らの友に、最高の餞を贈ろう」
ルークに導かれるようにして部屋を出る。
いつものように背筋を伸ばして、談話室へ向かった。
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