7−1:微睡む黒茨の塔
入ったのは賢者の島の中でもお洒落なカフェとして有名なお店。
季節に合わせていろんなテーマの飲み物やデザートを販売していて、新作が出ると即日チェックに行く生徒も少なくないらしい。
土曜日という事で賑わってはいたけど、運良くすぐに座れた。一人用席二つに横並びなので、ちょっと窮屈な感じはするけど。
「そうだ、写真撮りましょうか。せっかく並んでるし」
「そういえばそういう話でしたね」
僕はかなりやましい気持ちで今日一緒に出歩いてるワケだけど、僕とシェーンハイト先輩の関係はあくまでも学校の先輩後輩だし、先輩はファッションが苦手な後輩のアドバイスがてらお出かけしているだけなので、世間に対しやましい事は何もない。資金周りは突っ込まれるとアレだけど。
SNS映えする商品を手に、身を寄せ合って撮影する。なんかこういうのも高校生っぽいよなぁ。元の世界だとここまでSNSに積極的に投稿する友達がいなかったから新鮮。
写真を見て先輩は満足そう。先輩が笑顔だと僕も嬉しい。
「ちょっとだけ交換する?」
「え、い、いいんですか?」
「……嫌なの?」
「いや、そういう事でなく。……カロリーを気にされないかと……」
僕のはカロリー全開生クリームもりもりバナナチョコレートのアイスドリンク。先輩はフルーツ風味の無糖アイスティー。
……よくよく考えたら先輩の奢りでこれを頼んだ僕も命知らずだよな。
そんな僕の心配をよそに、先輩は呆れた顔で息を吐いた。
「一口ぐらいなら問題ないわよ」
「そ、それなら別にいいんですけど」
いそいそとドリンクを差し出せば、ごく自然に口をつける。
「美味しい」
そんな仕草にも見惚れていると、先輩は笑みを深めてアイスティーをこちらに向ける。失礼します、なんて言いつつストローに口を付けた。
酸味が少し強めのフルーツの香りがいっぱいに広がって、紅茶の軽やかな渋みが口の中を引き締めていく。凄くさっぱり。
「凄く美味しいです……!」
「人気があるのも納得よね」
「今度来る事があったらアイスティーも頼んでみます」
「そうだ。グリムへのお土産もここで買っちゃいましょうか」
「お菓子もおいしそうですもんね」
何も考えないで答えたんだけど、先輩はなんだか真剣な表情になった。
「訊いてもいい?」
「何でしょう?」
「アンタ、回し飲みとか慣れてる?」
「え?まぁ……エーデュースとも普通にしますよ」
「…………もしかして、故郷でも?」
「あ、はい。友達と普通に」
「…………男?」
「全員男ですよ。女子とは接点無いんで」
先輩の表情が怖い感じに複雑さを増していく。え、なんかヤバい事言った?
「アンタって妙な所で警戒心薄いわね」
「ええ……だって、半分以上彼女持ちですもん……」
「その言い方だと、彼女いない奴もいるんでしょう?」
「まぁ、はい。現実の女に見向きもしない重度の魔法少女オタクが一人」
「尚更悪いじゃないの!」
「大丈夫ですよ。家は隣だけど全く気づかれなかったんで」
「……まさか幼なじみだとか言う?」
「そうですね。小さい時……例の事件の後に引っ越した時からのお隣さんで、割と家族ぐるみで付き合いがあります」
そこまで聞いた先輩は、額に手を当てて考え込む。
本当に絶対に何も無いんだけどな。
……でもまぁ、僕だって先輩と幼なじみだっていうジャックに対して思うところが無いわけでもないし。そんな事を言い出したら同じ寮のエペルにもあるし、ほぼ側近で四六時中一緒にいる勢いのハント先輩にだって、最近映画研究会に入ったオルトにだって複雑な気持ちを抱えてるし。
思い返したらモヤモヤしてきた。ちょっと唇を噛んで耐える。
「……アンタを故郷に帰したくなくなってきたわ」
「本当に何も無いですよ。アイツとそんな仲になったら学校の女子の三分の二が敵に回りますもん。せっかく空気になれてるのに」
「その前堤が無かったら?」
「無くても無いです。ストレスで死ぬ」
僕の即答ぶりに、先輩の顔には困惑が表れる。
「……ど、どんな人なの?」
「品行方正成績優秀運動神経抜群のビジュアル完璧爽やか好青年、善良の概念が服着て歩いてるみたいな思考回路のくせに人付き合いが上手くて老若男女に好かれる、癪に障るクソ野郎です」
「…………友達……なのよね……?」
「友達ですよ。それ以上になるのは是が非でも避けたいですけど」
悪い奴じゃない。それは間違いない。
でも善良すぎて胸焼けがする。完璧すぎて全てを諦めたくなる。
もはや慣れたので特徴を羅列する事になんの罪悪感も無いんだけど、シェーンハイト先輩の引きつった顔を見るに『友達に対する評価には聞こえない』ようだ。
いや完璧超人も大変なのは知ってるけどさ。バレンタインデーに貰うチョコレートに髪の毛やら爪やら入ってたりするし。それでも女子への態度を変えないんだからアイツやべーわ。
「……え、待って?その完璧超人が幼なじみで?家が隣で?重度の魔法少女オタク?」
「そうです」
「……どうなってるのよ、アンタの故郷は……」
頭を抱えそうな勢いで嘆かれてる。正直なんか申し訳ない。
「魔法が無い以外はそんなに変わらないと思うんですけどね」
「ツイステッドワンダーランドに宇宙からの侵略者は来てないわよ。……多分」
「こっちの世界でも非公開情報なんで。もしかしたら先輩たちが知らないだけなのかも」
「やめて。本当にそんな気がしてきたわ」
そんなぐだぐだとした話をしている間も、カフェは穏やかに人々が過ごしている。時間が流れていく。帰りのバスの時間が近づいている。
「そろそろお土産を買って出ましょうか」
「そうですね」
飲み物が空になって、名残惜しい気持ちはありつつも、時間は止まってくれない。
カウンターに片づけて、焼き菓子が飾られているショーケースを並んで覗きこむ。
「グリムって何が好きなの?」
「お菓子については割と何でも食べてるイメージありますね。奇抜で極端な味でなければ大丈夫かと」
前にローズハート先輩の作ったオイスターソースたっぷりタルトを『これはこれでアリ』って言ってたり、ブロットの結晶を美味しそうって言ってたりするから、人間と同じ味覚とは言い難いんだけど。
お店の人の勧めもあって、種類がそこそこ入ったギフトセットを選んだ。グリムも喜びそう。
……嘆きの島から帰ってきてからつい甘やかしちゃってるけど、そろそろ身体の事を考えてあげるべきかなぁ。保健室の先生ってモンスターの健康についても詳しかったりしないかな。さすがに無理かな。
クルーウェル先生に相談した方が良いんだろうけど、物凄く心配されそうで申し訳ないし。ちょっと怖いし。グリム猫っぽいからやっぱりトレイン先生の方がいいかなぁ。
「ヴィーくん?」
ショーケースを眺めてぼんやりしてたら、どっかで聞いた覚えのある声が入り口の方からした。店内の方がざわついてるのも肌で感じる。
振り返ると、光を纏ったような美少年が笑顔を輝かせていた。周りには子どもみたいなサイズの男の子たちがわらわらいる。
ネージュ・リュバンシェと彼の友達のドワーフ族たちだ。……ロイヤルソードアカデミーも同じ島の中にあるんだから、そりゃいてもおかしくないか。
「久しぶりだね!ユウくんもこんにちは!」
「こ、こんにちわ……」
「今日すっごく可愛いね。私服も素敵!」
「こ、これは先輩に選んで頂きましたので……」
ぐいぐい距離を詰められて、思わずシェーンハイト先輩の背中に隠れる。が、向こうは臆せず覗きこんでくる。
「そうなんだ?さすがヴィーくんだね!」
「当然でしょ。アタシの隣を歩くのに半端な格好はさせられないもの」
「ふふ、ヴィーくんったら」
先輩は後ろ手でさりげなく僕の身体を撫でて落ち着かせてくれる。
そんな僕の様子は構わず、ネージュは更に明るい笑顔になった。
「そうだ、時間があったら一緒にお茶しない?」
ごく自然に、しかしどこか甘い響きで誘ってくる。天然かわざとかは正直よく判らない。でも店内のそわそわした雰囲気は一層強まった気がする。
しかしシェーンハイト先輩は冷静だ。
「ごめんなさいね。この後予定があるから、夕方までに学園に戻らないといけないの」
「そっか……残念。ヴィーくんとユウくんとお喋りしたかったんだけど」
ちょうどお土産の用意も出来て、店員さんに紙袋を手渡された。先輩はいつものように優雅にネージュを見る。
「それじゃ、またね。お友達とごゆっくり」
「うん、またね、ヴィーくん。ユウくん」
僕も会釈だけして、シェーンハイト先輩にひっついて店を出た。
店先からしばらく離れて、ちょっと人目に付きにくい路地まで出た所で、先輩が深々と溜息を吐いた。
「……最後でとんだ邪魔が入ったわね」
「店出る所で良かったです。入る時にかち合ってたら絶対近くに来てましたよ」
「そうね」
そうしたらあんなに穏やかに過ごせてなかっただろう。運が良かった。
ふと先輩の顔を見れば、不思議そうな視線と鉢合わせる。
「どうかしました?」
「アンタ……もしかしてネージュの事、苦手?」
ちょっと首を傾げた。大体の場合でそれどころじゃないから考えた事無かったな。
「確かにちょっと苦手かもしれないです。……言われてみれば」
思い返してみると、例の幼なじみと結構共通点が多い気がする。あいつも家族ぐるみで付き合いがなかったら間違いなく仲良くなれないキラキラ系だし。
「……そうなのね」
先輩はひとり頷いている。静かな声音には僅かに喜びが感じられ、口元にはそれを裏付けるように笑みが浮かんでいた。
「アンタがあんまり怯えてるから、思わず庇っちゃったわ」
「いやもう……まぁ、いろいろ思い出しちゃうんで」
咄嗟に言葉を濁したけど、意味は理解されてしまったようだ。真剣な表情で僕を見る。
「もう二度とあんなみっともない真似はしないわ。……いえ、口で言ったところで意味が無いのは解っているけど」
「解ってます。……先輩なら、きっと大丈夫です」
きっと『力になりたい』と思う事自体がおこがましいぐらい。
僕がいなくても、いない方がきっと、先輩は落ち着いて暮らせるだろうから。
内心の後ろ暗い気持ちを無理やり押し込んで微笑む。思い出させてしまったのが失態だ。うまくスルーすれば良かったのに、本当に肝心な所で上手くできない。
せめてこれ以上暗い顔をさせたくない。今日は楽しい思い出を作りに来たのだから。
先輩は少し意外そうな顔をして、視線を伏せた。子どもにするように頭を撫でてくる。
「……もっと色々回ろうと思ってたけど、結構時間食ったわね。少し早いけど、バス停に向かいましょうか」
「そうですね。ヴァンルージュ先輩のお別れ会に遅れるわけにはいきませんから」
どちらともなく歩き出す。何となく無言だった。
街は昼の賑やかさが夜の淑やかさへと変わりつつある。曖昧な夕方の街を、何も言えないまま、少し早歩きで進んだ。
楽しい時間が終わってしまう。少し悔いを残したまま。
次こそ楽しく、なんて期待は持てない。『次』があるとは限らない。
誰にもこれ以上の迷惑をかけないように、今日を精一杯、生きるしかない。
行きのバスの中のように賑やかに過ごせない事を疲労感で誤魔化して、ただ隣で大人しく過ごす。時折盗み見る横顔はとても綺麗で、物憂げな表情も瞼に焼き付けたくなる。
きっとハント先輩なら言葉を尽くしてこの美しさを讃えるのだろうけど、僕には『綺麗』以外の言葉すら浮かばない。
もう二度と失われてはいけない。
見慣れた風景の中に戻ってくれば、夢の終わりを嫌でも自覚する。ヴァンルージュ先輩のお別れ会に疲れた顔で行くわけにはいかないし、切り替えないと。
鏡舎の前で足を止めると、先輩に怪訝そうな顔をされた。
「オンボロ寮まで送っていくわ」
「え、だ、大丈夫ですよ。準備だってありますし」
「アタシが送りたいの。……良いでしょ、何時間もかかるワケじゃないんだから」
揉めてる時間が勿体ない。拒否しても先輩の時間を浪費するだけだ。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
そそくさと先輩の隣に並ぶ。荷物が多くて助かった。自然と距離が空く分、意識しなくて済む。
学校自体の敷地が広くて道も複雑だから、あっという間と言うほどではないけど、それでも過ぎ去ってしまう。
オンボロ寮の門から建物まで見事にエスコートされてしまった。荷物も玄関まで入れてくれたし。若干の戸惑いもあったものの、頑張って素直な笑顔を浮かべる。
「今日はありがとうございました」
「明日も忘れないでよ?」
「勿論です」
改めてお礼を言えば、少し呆れた顔で釘を刺されてしまった。
シェーンハイト先輩は無言で僕を見つめる。その沈黙が意味深で、でも何も考えずに見つめ返した。
先輩の手が自然に腰に回ってくる。頬を撫でられ顎を掴まれ、上を向かされた。
肩を押し返して顔を逸らす。もう顔を見られない。手も震えていて、これ以上は力が入らない。必死で唇を噛んで堪える。
「……ごめんなさい」
言葉と共に、シェーンハイト先輩の手が離れていく。俯いたままだから、先輩がどんな顔をしているのか解らない。怖くて顔を上げられない。
「……リリアのお別れ会、遅れないでね」
優しい声で言われて、素直に頷く。短い挨拶をして、先輩は玄関から出て行った。扉越しの足音が遠ざかっていく。
いま走って追いかければ、と思う気持ちが時間と共に弱々しく萎んでいった。足から力が抜けて玄関に座り込む。
これで良かったんだと言い聞かせる一方で、何をやっているんだと絶望していた。
こんな最悪の終わり方をしておいて、良い思い出になんかなるものか。
何も上手くいかない。何も出来ていない。
結局、いつか来る別れの時に傷つきたくない気持ちが一番に来る。
無責任な恋人ごっこすら出来やしない。『ごっこ』じゃなくて本物になりたくて、でも状況がそれを許してくれない。
曖昧で優柔不断で、先延ばしで現実逃避するくせに最悪の未来を忘れられない。
『……ユウ』
ゴーストの声が近くで聞こえる。何かが背中を撫でるような感触があった。
『荷物は上に運んでおくね~』
『身支度に必要なものは脱衣所に用意しておくからのぅ』
お礼を言う前に気配が離れていく。小柄なゴーストはずっと背中を撫でてくれていた。
『大丈夫だよ、ユウ。彼ならきっと君の苦しみを解ってくれる』
顔を上げれば、小柄なゴーストは優しい目で僕を見ていた。
『っていうか、君の苦悩が解らない王子様なんか君に相応しくないから!!ボクが許さないよそんなの!!』
『大体同意だけど強火過ぎな~い?』
『まぁ、影で姫君を泣かせて平気な顔をしている王子なんぞ論外に決まっておるわい』
荷物運び中のゴーストたちが合間に茶々を入れていく。
『もっとも、あの真面目さなら寮に帰ってから猛省してるじゃろうな。ユウの状況を知らないフリ出来る立場でもなし』
「真面目さ……」
『四週間もユウと同じ部屋で過ごして、全く手を出さなかったからね~』
『ワシらの存在を忘れてなかっただけかもしれんが、お前さんの無防備な寝顔を前に何もしないでいられるのは、真面目と評するのが適当じゃろう』
そ、そういうものかなぁ。
単純に『VDC』に必死すぎてそれどころじゃなかっただけな気がするんだけど。
『とにかく!……誰だって失敗はするものなんだよ。あまり落ち込まないで』
『今日のパーティーでだって顔を合わせるかもだし~。まだまだリカバリーは出来るよ~大丈夫大丈夫~』
『狩人の坊主に聞いたが、明日もここでファッションショーするんじゃろ?』
「う、うん。……そう言ってたけど、……来てくれるかなぁ」
『落ち着いたらメッセージを送ってみなよ。きっと大丈夫さ』
『ほれ、シャワーを浴びておいで。いったん全て流せばスッキリする。気持ちを切り替えた方が良い』
『いつもの姿に戻ったら、素直な言葉も出てくるかもしれないしね~』
ゴーストたちの言葉は優しくて前向きだ。人生の先輩がいる有り難みをこんな所で感じる事になろうとは。
「……ありがとう、みんな」
どういたしまして、とゴーストたちはいつも通り楽しげに笑っていた。