7−1:微睡む黒茨の塔
春が近づくと、街の景色も変わってくる。花のモチーフが目立つようになってくるし、売ってるものも暖かい季節に合わせたものが増えてくる。
服屋は季節の影響を少し早く受ける分野、らしい。店頭で取り扱う商品は季節の移り変わりに合わせて商品の幅を変え、モデルはもっと先の季節の撮影をしている。服を作るメーカーなんか更にもっと先の話をしているんだろうな。
全然全くさっぱりファッションの勘が働かない僕に、シェーンハイト先輩はいろんなお店を見せてくれた。学生でも手が出るファストファッションから高級ブランドまで、普段は一人じゃ入ろうとも思わないようなお店も連れ回された。
まぁデートとは言うものの、一緒にいるのはヴィル・シェーンハイト。世界的インフルエンサーにしてファッションリーダー、美容の鬼。
先輩に気づいた店員さんの表情から緊張感が伝わってきて、なかなかに申し訳ない気持ちになったりもした。
ファンの人に声をかけられる事もあって、その対応もスマート。気軽に囲まれたりする事もない。街の人的には『ヴィル・シェーンハイトだ。そりゃいるよね。そこの学校通ってるんだもん』みたいな感じなのかもしれない。
肝心の服に関してはほとんど先輩任せ、おんぶにだっこ状態だった。たまに『どっちの色が良い?』とか訊いてくれたけど、深く考えずに選んでるのバレてた気がする。割と難しい顔をしていた。
そうして午前中は服屋巡りで終わり、学生には縁がなさそうなレストランに入ってお昼ご飯。『VDC』合宿中の糖質制限を思い出すヘルシーな内容。でもめちゃくちゃ美味しかった。量もいっぱいあったし。
「アンタ、本当に幸せそうにご飯食べるわね」
奢り甲斐があるわ、なんて笑われてしまった。恥ずかしい。
「そ、そうですかね」
「だいぶ慣れてきたけど、エペルはまず不満そうな顔するのよ」
「あー……」
なんか、エペルって食堂の食事に『味は文句ないけどたまに落ち着かない』とか言ってた気がする。バーベキューとかは好きみたいだけど。あれは男飯への憧れみたいなもんなのかな。
「僕は単純なので、美味しければ良いみたいな所あるんで」
「普段からもう少しカロリーと脂質に気を使いなさい、と叱るべきかしら」
「……お手柔らかにお願いします……」
「冗談よ」
でも半分ぐらい本気なんだろうな。深夜のラーメンとかお菓子パーティーとか、先輩に見つかったらそれはもう怖い顔されそう。
「エペルはうちの寮の生徒だから管理する責任があるけど、アンタは違うんだもの」
自由にしていいのよ、と優しく笑う。それはもう、女神みたいな美しさ。なんだけど。
「もし体型が崩れる事があったら、戻すまでポムフィオーレから出さないから。そのつもりで維持に努める事ね」
「……肝に銘じます」
怯えた僕を見て楽しそうな笑顔に変わった。でも冗談とは言ってくれない。本気なんだ……怖……。
食事を終えてもショッピングは続く。
今度はコスメ。
スキンケア用品はシェーンハイト先輩の手作りのものを貰って使ってるけど、メイク用品はあまり気にした事が無い。式典服の時に使うアイライナーを、借りるばっかりだと申し訳ないから買った程度。
「これからの季節は不意に日差しが強くなる事もあるし、日焼け止めを塗る習慣は作りなさい」
つらつらとメイク用品の説明をされつつ、今日のメイクで使って譲り受ける予定のものもあるので、足りないものを補う感じでいろいろ選ばされた。
「そういえば明日も予定空けろって仰ってましたけど、明日は何するんですか?」
「今日のために揃えたアイテムに、新しく買ったものを加えて、オンボロ寮でファッションショーをするわ」
「…………つまり着せかえ人形にされる運命は変わらないと」
「ご不満かしら?」
「いいえ。……むしろ、ちょっとほっとしてます」
答えると、先輩はきょとんとした顔になった。
「ヴァンルージュ先輩がいなくなる影響で、例えば寮長としてのお仕事が入っちゃうとか、そういう事もあり得なくはないと思ってたので」
「……まぁ、そうね。マレウスが寮長会議に出てこない分はリリアが補っていたし。他の寮にも影響がゼロ、って事は確かに無いかも」
ツノ太郎、寮長会議出てないんだ……。いやでもなんか解るかも。そういう所にいるイメージが無い。
「でもね」
余所事を考えていた事を気取らせないように先輩の顔を見る。
「アンタとの時間を犠牲にするのはイヤ。……今回に限っては特に」
少しだけ悲しそうな目をしていた。別れを惜しむようなその表情で、先輩が何を考えているのかを察する。何も言えずに俯けば、優しく手を握られた。
「だから、楽しみましょう。今日も明日も、ね」
小さく頷く。それしか出来ない。
帰る方法の手がかりになるかもしれない、とはしゃいでいたのに、やはり別れを考えるとどうしても悲しくなってしまう。
ツノ太郎が言うみたいに、何も失わない方法があるかもしれない、なんて前向きに考えられない自分も嫌だな。
必死で気持ちを切り替える。シェーンハイト先輩に良い思い出を残すんだ、という気持ちを強めた。
やっぱりコスメも先輩におんぶにだっこ状態。爪の手入れとかした事ないって言ったら、基礎セットを追加されてしまった。
マニキュアの色はモーヴ。練習用だから服の事は考えなくていいって言われて思わず選んじゃったけど、露骨だったかなぁ。
先輩行きつけのアンティーク雑貨の店や、インテリアの店も見て回る。アーシェングロット先輩とも歩いた通りなんだけど、店員さんと話す内容とか、気にしてる商品とかは違うから、また新鮮な気持ちで見る事が出来た。
「喉も乾いたし、カフェでも入りましょうか」
提案されれば断る理由もない。
時間は確実に進んでいて、帰りのバスの時間が近づいている。その事を忘れたようなフリをして、笑顔で応えた。