1:癇癪女王の迷路庭園




 オンボロ寮に戻ってゴーストたちに事情を説明すると、不承不承という感じではあったが受け入れてくれた。
 僕がいない間も掃除は進めてくれているらしく、今日は割れていた窓がいくつか綺麗になっている。ソファも全部綺麗にしてくれたようで、談話室の調度品がそれっぽく揃ってきた印象だ。今日は僕もこっちで寝ようかな。
 デュースがやってきた所で、夕食のために大食堂に向かった。相変わらずの大盛況だが、昼食に比べれば開いてる時間が長いのでゆっくり食べる事が出来る。グリムの見張りを交代で任せて取りに行くぐらいの余裕があったので、今回は何も揉め事なく終わった。
「はぁ~、相変わらず美味かった~」
 ご機嫌のグリムがぴょんぴょん跳ねてオンボロ寮に入っていく。
「……暗くなると余計怖いよな、ここ」
「ゴーストたちのおかげで明かりがつくようになったから、まだマシな方だよ」
 最初に入った時は、燭台一つで掃除してたもんなぁ。何日も経ってないのに、遠い昔の事みたいだ。
「でも、改めて見るとホントひどいな。壁紙もぐちゃぐちゃ、どこもかしこも蜘蛛の巣と隙間風。同居人はゴーストとモンスターだけ」
「エース、ここの子になるとか言ってたけど」
「そんな事も言ったけど……冷静になると普通にイヤだわ」
 玄関で立ち止まりそんな話をしていると、扉がノックされた。
「はーい」
『宅配で~す』
 間延びした声が聞こえた。開けると、帽子を被った宅配仕事のゴーストが段ボールを抱えて佇んでいる。
『オンボロ寮のハシバユウさん宛に、お荷物で~す。五箱ほど~』
「五箱!?」
 ゴーストが抱えている段ボールはそこそこの大きさだ。よく見れば玄関脇に置かれた台車に同じ大きさの段ボールが四箱乗っている。
『中に入れていいですか~?』
「あ、はい。お願いします」
 比較的綺麗な床に段ボールを積んでもらった。置く時の様子から、物凄く重いものが入ってるようには見えない。伝票に受け取りのサインをすると、宅配ゴーストは挨拶して去っていった。
「宅配……ユウ宛に?誰から?」
「先生とかかな……」
 一番上の箱に貼られた伝票を覗きこむ。
「……『ミスターロングレッグス』ぅ?」
 エースが怪訝な顔で言う。僕にもそう読めた。でもこの反応、という事は偽名の類だろう。名前以外の所属など連絡先の記載は全く無い。
「品名は……洋服と雑貨、か」
「食いもんじゃねーのか……なぁんだ」
 グリムが興味を失って談話室に引っ込んでいく。
「差出人に心当たりねーの?」
 エースに問われて少し考えた。先生が何か贈ってくるなら名前を隠す必要はない、とまで考えて、同じ事を昨日も思ったな、と気づく。
「……昨日さ、僕らがドワーフ鉱山に行ってる間に、必要なものをゴーストたちが買い揃えてくれたんだけど」
「へえ、そんな事もしてくれたのか」
「うん。その時にね、シャワーセットを寮の備品の余りだとかで、無償で譲ってくれた人がいたんだって」
「うちの学校の生徒で!?」
「生徒かまではわかんない。自分の事を話すなってゴーストに口止めしてたみたいだから」
 もう一度伝票に視線を落とす。この世界の文字は見てる人間の母国語に変換される魔法がかかってるみたいで、パッと見よくわかんない字でも、読もうと目を凝らすとちゃんと意味が分かる。変換される前も後も、とても綺麗な字だ。凄く上品な印象を受ける。
「とりあえず、談話室持ってって開けてみようぜ」
「う、うん」
 二人に手伝ってもらって荷物を運び込む。持ってみると見た目よりは軽い。でも中身が空、という事はなさそう。
 開けてみると、花のような甘い香りがふわりと漂ってきた。一番最初に出てきたのは品の良さそうなブラウス。多分、サイズは僕が着られるくらい。下までかき分けてみたけど全部洋服だ。クリーニング済みのものなのか新品か、どれもビニールがかけられている。
「これ全部ブランド品じゃね?」
「ぶ、ブランド品!?」
「名前しか知らねーけど、少なくとも売れ残りの詰め合わせじゃないと思う。着回し利きそうなのとか、素人目にもオシャレなのばっか。こういうのって人気出てすぐ売り切れるもんだろ」
 他の箱も開けて、エースが言う。どれも品が良い感じで、ファストファッションしか着ない自分には縁遠いデザインだ。自分じゃ絶対買わない。ブランド品なら尚更だ。
 基本的に秋冬向けの服で、コートやマフラーなどの小物まで入っている。最後の箱だけ、タオルやシーツなどの日用品だった。とても質の良いものだと見ただけで分かる。使うのに気後れするわこんなの。
 ふと最初の箱を見返すと、封筒が入っている事に気づいた。植物っぽい模様が箔押しされた、上品な白い封筒。開ければ便せんが一枚。
『君の境遇を聞き、身勝手に贈り物をする事を許してほしい』
 伝票と同じ綺麗な字で、こう書き出されていた。
『私の望みは、君が在りたい姿で日々を過ごす事。返礼は望まないが出来れば、贈ったものは君の手元で、君か君の同居人のために使ってほしい』
 充実した学校生活を送れるよう祈っている、と手紙は締められている。封筒も含めて改めて確認したけど、どこにも署名はない。
「キザったらしいヤツ」
「でも、本当に凄いな。見ず知らずの相手にここまでするなんて」
「……完全に見ず知らずのヤツが服のサイズまで知ってるわけないでしょ」
「あ、そっか。少なくとも、姿は見た事あるはずだよな。じゃあやっぱり学校の関係者か」
「それに、ユウのメガネ外した顔を知ってる、ってのも追加」
「根拠は?」
「服のイメージが違いすぎる。罰ゲームで女装しましたって感じの貧弱ダサメガネメイドを見て贈る内容じゃない。少なくとも、入学式でユウの素顔を見たヤツだと思うけど」
「対象者結構いるんじゃない、それ……」
 僕が言うとエースは肩を竦める。
「どうだろうね。メガネかけてるお前と、入学式でのお前が一致する奴の方が少ないと思うぜ。実際に見るまで信じられないレベルだし」
 とはいえ手がかりにはなりそうにない。荷物に視線を落とす。
「……どうしよう」
「どうしよう、って。もらっておけばいいじゃん。返礼は望まないって書いてあるし」
「まだ帰れないなら、私服もいずれは必要になるだろうし。学校に慣れるまでバイトだって出来ないだろ?」
「そうなんだけどね。……なんか気後れしちゃうな」
「売り飛ばせば金にはなるんじゃね?」
「それはやだ」
「じゃあありがたく着させてもらえよ。似合うと思うぜ」
 エースはニヤリと笑う。デュースも頷いていた。
「……うん、大事にするよ」
 言いながら、再び箱に視線を落とす。
 顔も知らない誰かが贈ってくれた服。新しい服に心が弾むなんて何年ぶりの事だろう。……中学の制服以来かな。
『大急ぎでクローゼットを綺麗にしてきたよ~』
『しまっておくから、ユウはシャワーを浴びておいでよ』
「ご、ごめん。ありがとう」
『おやすいご用さ!……良かったね』
 笑顔で頷くと、小柄なゴーストもにっこり笑ってくれた。三人はひょいひょいと箱を抱えて談話室を出ていく。
『シャワーセットの次は服じゃとぅ……!?ぐぬぬ、けしからん。けしからんが……センスがいい……ぐぬぬぬぬ』
 年嵩のゴーストだけ、最後まで何か納得いかない感じで呟いていた。


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