7−1:微睡む黒茨の塔


 タイムリミットは午後五時。寮に戻って着替えたりする都合や、バスの時間もあり、それまでにはナイトレイブンカレッジに戻る予定。
 元々外出する予定だったので、グリムは予定通りエーデュースの所に遊びに行っている。当初ついてきたそうにしてたけど、何せ一緒に行くのがシェーンハイト先輩だ。あまり食べものには縁がなさそうな事もあり、そこまでしつこく駄々をこねられずに済んだ。……お土産は買って帰るつもりだけどね。
 着替えとメイクにそれぞれ一時間使って、シェーンハイト先輩曰く『完璧』に整えてもらった。
 取り寄せた時点でほとんどイメージは固まっていたみたい。色合いや素材の柔らかいものをメインに使いつつ、ところどころを締めたり直線的なシルエットにしてまとめている。……まぁ女の子には見えそうかな。メイクもしてるし。
 髪を巻いたり帽子を被ったり、履き慣れない靴にもそわそわする。
 でも何より、頭のてっぺんから足の先まで、全部シェーンハイト先輩に選んでもらった事に、嬉しいような恥ずかしいような、くすぐったくて落ち着かない気持ちがずっとある。
 着替えやメイクのサポートをしつつ朝食の用意までしていたハント先輩は、僕を見る度に褒めてはシェーンハイト先輩に当然、と返されていた。気恥ずかしい。
 ちなみにゴーストたちからの評判も上々。さすがはシェーンハイト先輩。時代を超えて評価される美的センスの塊。
 朝食を終えて、使わなかったものをひとまず部屋に運んで、ゴーストたちに見送られながらオンボロ寮を後にした。休日だから学校側にはあまり人がいないんだけど、すれ違う人たちの視線にはちょっとそわそわする。
 学校の校門の前で、ハント先輩は身を翻した。
「では、楽しんでおいで、二人とも。後の事は任せておくれ」
「ええ。何かあったら連絡を頂戴」
「行ってきます」
 校門をくぐり抜けて、道を曲がるまでハント先輩はこちらを見守ってくれていた。徹底している。
「まずはどこから回ろうかしらね」
「先輩はお買い物の用事とか無いんですか?」
「残念ながら思い浮かばないの。……強いて言えば、本屋と雑貨屋くらいかしら。掘り出し物が入ってるかもしれないし」
 賢者の島は魔法士養成学校が二つもあるため、古文書や魔法道具を扱うお店については、古くからの繋がりを武器にしている個人店の勢力が割と強い。飲食やアパレルはチェーン店も進出してるし、若者向けの新しい店も少なくない印象なんだけど、何て言うか独特な土地柄だ。
「あとは魔法薬の材料も見たいわね。珍しい素材は実物を見ると新しいコスメのアイデアが浮かぶ事もあるの」
「へぇー……」
「生育環境が違うと効果も変わったりするし。量産品には量産品の、稀少品には稀少品の強みがある」
 さすがは魔法薬学に精通するポムフィオーレ寮生。そんな所まで考えてるんだ。
「購買部も欲しいものは大体揃うけど、まず必要とするものが解ってないといけないでしょう?新しいインスピレーションを受けたい時にはあまり向かないのよね」
 購買部の品揃えは学校の敷地内のお店にしては飛び抜けてると思うけど、店頭に並ぶものという話になると広く浅く、っていう印象はちょっとある。まぁ魔法薬の材料なんてそのまま置いとけないような危険なものもあるらしいから、当たり前なんだろうけど。
 バスに乗り込み、街へと向かう。外出する生徒は土曜日の割に少ない。多分、ディアソムニアの生徒は今日のお別れ会の準備に大忙しだろうし、夜に予定ができた分、昼間に用事を済ませる生徒も多いのだろう。
「アンタのワードローブも充実させなきゃ。実物を見た方がやっぱり捗るのよね」
「わ、わぁい……」
「複雑な顔するんじゃないわよ」
「何ていうか……着こなせる自信が無いので……」
「大体の合わせ方は教えてあげるから安心なさい」
 そう答えつつ、先輩は目を細める。
「アンタ、センスは悪くないもの。知識を得れば怯える必要は無くなるわよ」
「悪くないって、どの辺を根拠に?」
「レオナへのプレゼントを選んでた時かしら。あとは、他人から与えられたコーデを素直に着られる所もね」
 そういえば、前にアーシェングロット先輩とのデート中に会った時も、コーディネート褒めてもらった気がする。あれはエースが選んでくれたやつだけど。
「本当はアンタ自身の好みを優先したいんだけど、どうせ地味で華の無い無難なものを選んできてるでしょうからあてにならないし」
 何も言い返せない。事実その通りだもん。
「……そうね。アンタの好きなものを見つけられたら、今日の成果は上々かもしれないわ」
「好きなもの……」
「アタシの事も、過去の事も何も関係なく、ユウの心が選ぶもの」
 心が選ぶもの、か。
 なんだか難しい。本当にわからないし。
 ふと顔を上げれば、先輩の優しい笑顔が目に入る。嬉しそう。
「今日は楽しみましょうね」
「……はい、もちろん」
 今日だけはきっと、全部忘れたって許される。
 どうか先輩にとっても『良い思い出』になれますように。

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