7−1:微睡む黒茨の塔
オルトの用意してくれた仮説に従って、鏡を見張る事になった。
記念すべき第一回のメンバーはお馴染みの面子。
「眠気覚ましの薬草茶も用意したゾ」
「ゴーストカメラも、スマホのボイスメモも準備万端だ!」
「さあ、いつでも来い、ミッキー!!!!」
「そう気合い入れて来るもんでもないでしょ」
気合い十分で声を揃えるグリムとデュースに、エースが呆れた顔でツッコミを入れる。僕は苦笑いしといた。
「ユウがオンボロ寮で暮らし始めてから、ミッキーが現れたのって五、六回なんだろ?」
「うん。ミッキー曰くは、留守中にも来てくれたみたい」
なんか最近頻度が上がってる気がするんだよなぁ。
話す内容の情報が増えてきたせいで印象が強まってるだけかもだけど。
「最近だと文化祭の後と、嘆きの島から帰ってきた後に会えたって言ってたよな?」
「そうそう」
「大体月一回か二回ってところか」
「長期戦の可能性高いし、ゆるくいこうぜ」
どことなくそわそわしている僕たちと違って、エースはいつも通りだ。と、思ったら物憂げな溜息を吐く。
「まずオレたちはこの学年末テストに向けた問題集解かないといけねーし」
そう言いながら、荷物から分厚い紙の束を取り出した。ちょっとした辞書ぐらいの厚みがある。いつぞやの過去問集を思い出した。下手するとあれより分厚い。
「なんだぁ、その分厚い問題集?」
「外泊許可を貰うために、オンボロ寮で勉強会をするとローズハート寮長に言ったんだ。そうしたら……」
「良い心がけだね。これを持って行くといい。勉強会の後に採点してあげよう……ってさ」
エースがローズハート先輩の真似をしながら言う。……目に浮かぶようだ。勉強会って言い訳、良くなかったかもなぁ。
「ちなみにユウとグリムの分もあるから」
恐ろしい一言と共に、同じ紙の束が二倍の高さで積み上げられる。容赦ない。
「ゲーッ!!いらね~んだゾ~ッ!!!!」
「サボったら首をはねられるぞ」
「オレ様、ハーツラビュル寮生じゃねーし!」
「遠慮すんなって」
エースは心なしか嬉しそう。道連れがいるのがそんなに嬉しいんか。
「ちなみにこっちにある三冊はジャックとエペルとオルトの分ね」
どうやら荷物として持ってきていた袋が一つまるまる問題集だったようだ。エペルはどうか分からないけど、ジャックとオルトは別に困らなさそうだなぁ。ジャックはむしろ喜ぶかもしれない。
「ヒエ……逃げ場がねぇんだゾ……」
「サマーホリデー前の学年末試験は、進級がかかった重要な試験だ。今から真面目に勉強しておかないと本当に留年するぞ」
「そっか、留年とかあるんだよね」
凄まじく頭の切れるどっかの誰かさんが留年している所を見るに、試験の成績だけで決まるものじゃなさそうな感じもするけど。……いやわかんないか。あの人、本気でどうでも良くなったら白紙で出したりとかしそうだもんな。
「…………進級、か」
もう一年の半分が過ぎた。
すぐに帰れるつもりでいたのに、もうそんなに経ってしまった。
向こうはどうなってるんだろう。年末年始の長期休暇は挟んでるわけだから、少なくとも怜ちゃんには家に僕がいない事は知られているはずだ。怜ちゃんが親に知らせないとは思えないし。だとしたら騒ぎになってるかもしれない。
今回の事は『保護団体』とは関係ないだろうから、彼らが記憶の隠蔽に協力してくれるとは思えない。……そもそもうさおがいないと頼めないし。
いっその事、全部夢だったらいいのに。
「……もし、もしユウが進級前に元の世界に帰っちまったら……オレ様、ひとりでこの学校に残れるのか?」
グリムが寂しげな表情で呟く。誰もすぐには答えられない。
「学園長もそこまで薄情じゃないだろう……と言いたいところだが」
「まぁ大丈夫っしょ!とは、言い切れねーんだよなぁ、あの人……」
「それにユウがいなくなったら……オンボロ寮にはオレ様ひとりぼっちになっちまうんだゾ」
「それは……」
何も言えない。
先輩たちはグリムの面倒も見てくれそうではあるけど、グリムはオンボロ寮を出たくないみたいだし。
いつか言ってたみたく新入生が入るにしても、それは更に半年先の話だ。その半年間、グリムはたったひとりのオンボロ寮の生徒になる。
それはグリムにとっても、あまり嬉しくない事みたいだ。
「あのさー、なんでそこで急に湿っぽくなるわけ?」
「そ、そうだよ。先輩は退学にするのも理由がいるって言ってたし、学園長はともかく先生たちはグリムを見捨てたりしないよ」
エースに続いてフォローを入れたけど、デュースもグリムも表情は晴れない。
「ユウが早く元の世界に帰れたらいいと思ってる。思ってるけど……そうなったらもう二度と、こんな風に一緒に勉強をする事もなくなるんだよな……」
デュースの呟きで室内が静まる。
「……確かに、それは……すごく寂しい」
この半年でいろんな人と仲良くなれたと思う。大切な人も出来たし、自分の知らなかった部分を知る事にもなった。決して無駄な半年ではない。
だけど元の世界だってそんな簡単には捨てられない。家族も友達もいる。何より自分が命を懸けて守った世界だ。愛着がある。
そして、このまま居続けるのも怖かった。珍しい事象であるオーバーブロットが続いた事と自分は関係ない、とは未だに割り切れていない。もし自分が何らかの悪影響を及ぼしているのなら、一刻も早く戻らなくちゃいけない。
この世界の大切な人たちが、これ以上傷つく事のないように。
「ユウまで暗くなるなよ」
「……ごめん」
いろいろと考えていた事は飲み込んで、なんとか微笑みかける。エースは暗い空気を晴らしたいのか、いつもの軽口の調子で続けた。
「ミッキーが手がかりになるかどうかだって、正直まだ眉唾モンじゃん」
「……だな。悪い」
「はい、湿っぽいの終わり!」
ぴしゃっと言って、今度は意地の悪い笑みを浮かべる。
「大体さぁ、グリムはユウがいてもいなくても進級怪しいだろ。暗くなる暇があるなら手を動かせ、手を」
「にゃにぉぅ!見てろ。こんな問題集、グリム様が本気出せば三十分で終わるんだゾ!」
グリムはペンを手に猛然と問題集に向き合う。単純で素晴らしい。正直助かった。自分も問題集を開く。綺麗に並んだ問題文を読みながら、頭は別の事を考えていた。
どれを選んでも、全部がうまくいく道なんて無い。
どこかに絶対にしわ寄せが来る。
それは変わらない。
…………自分の家族を薄情だと言う気はないけど、でも強い人たちではあるから、自分がいなくなったとしてもどうにかやっていけそうな気がする。友達もそうだ。心配は人並みにしてくれるだろうけど、決定的に彼ら自身が壊れてしまうような、深い絆を築いてきた覚えはない。
自分がこの世界に残るのが、きっと一番丸く収まる。
今だってうまくやっていけてるから、きっとこれからもやっていけるだろう。
別にやりたい事があるわけじゃないんだもの。何もない空っぽの奴が、やりたい事がある人に道を譲るのは当たり前の事だ。効率的だし。
「ふなぁ~……オレ様、目がしょぼしょぼしてきたんだゾ」
「お前まだ三ページしか進んでないじゃん。誰だよ、三十分で終わるとか言ったやつ」
「僕は五ページ進んだぞ!……っと、もう十二時近いのか」
考え事しつつ問題集とにらめっこしてたら、随分時間も過ぎたらしい。薬草茶も空っぽだ。
「鏡のほうは変化ナシ。ま、初回で遭遇できるとは思ってないけど」
「じゃあ、オルトに報告メッセ入れて、そろそろ寝るか」
「そーね」
「……オマエら、おやすみなんだゾ……」
もうグリムは半分眠りかけている。雑魚寝するために用意したクッションにグリムを運べば、寝ぼけながら丸くなっていた。
お茶の道具を片づけて、戻った時には二人も毛布を被って転がっている。その中に加わって灯りを消した。
まださっきの話が頭をぐるぐる回っている。
自分がどうしたいのか、が決められない。
どうしたいという希望があっても、それを可能とする道筋がなければ無駄になる。
元の世界に帰りたいと思えていたのは、この世界に居場所が無かったから。この世界にいる事がおかしいと感じるから。
それが解消されたら、ここに残るという選択肢を選べるのだろうか。
多分どちらを選んでも、結局世界は勝手に回っていくし、だから僕が責任を感じる必要もない。
好きな方を選べばいい。
その『好きな方』がいよいよ解らなくなってしまっていた。
溜息を吐きつつ、隣で丸くなっているグリムの背中を撫でる。エーデュースからは穏やかな寝息が聞こえていた。
帰れるなら帰る。帰れないならそれなりに生きる。
そんな柔軟な気持ちが持てればいいのだろうけど、なんかしっくり来ない。大した根なんかありもしないのに、ふわふわと放り出されているような感覚は心地いいものではなかった。