7−1:微睡む黒茨の塔


「……カイワレ大根。ひとつ確認したい」
『ファッ!?』
 レオナの言葉で、話は終わりと緩み始めた空気が再び緊張する。
「お前はどっちだ?」
『どっち、と言いますと?』
「ユウをこの世界に残すか、元の世界に帰すか、どうするつもりなんだ?」
 室内が静まりかえる。視線は自然とタブレットに集まった。
『……まぁ、気持ちとしては残ってほしいよ。「S.T.Y.X.」なら彼の状態を細かく調べて管理できるし、最悪の場合の逃げ場もある』
「逃げ場?」
「『冥府』の事だろ」
 イデアは否定しない。緊張が高まる中で、レオナは冷ややかな視線を機械に向けている。
「ブロットに耐性があるなら、冥府の中でも死ぬ事は無いだろう。何より、あっちの『オルト』もユウにはご執心だ。守るぐらいの事はするだろうよ」
『まぁ、ね。そういう期待はある』
 否定はしないよ、とイデアは静かに答えた。
『……でも僕は、出来たら、あの子の幸せを叶えてあげたい。……家族と同じ世界で暮らせる、あの子が持っているはずだった「普通」の幸せを守りたい』
「イデア……」
『正直言って、あの子の普通の生活を壊した連中がいる世界に戻すのも癪だけど、こればっかりは我慢するしかない』
「生活を壊した連中って」
『あの子を「魔法少女」の代役にした「保護団体」とかいう連中だよ!』
 機械越しでも伝わる激昂ぶりに、思わずといった様子で一同が仰け反る。
『事前調査して専用装備まで作ってるのに本人の所在を把握してないなんて、どういう管理体制で仕事してんだよ!!!!』
「……彼らも、異世界でこんな怒られ方をしているとは思わないでしょうね」
「……そういえば、あいつは姉の代役で『魔法少女』になったんだったな」
「そう言ってましたね」
「じゃあ、ユウの姉も、ユウと同等の魔法石を持ってるって事になるのか?」
『いや、その可能性は低いと思う』
 さっきまでの怒りとは打って変わって、イデアは冷静に否定する。
「根拠はあるのか?」
『ハシバ氏から聞いた「保護団体」の活動内容』
 悠のいた世界を、侵略者から守るため活動している組織。
 自らを『保護団体』と名乗りながら、混乱を避けるためとして戦闘員は現地調達しつつ侵略の事実を隠蔽するなど、あまり善良な組織ではない事は明らかだ。
『彼らが現地で調達する戦闘員たちの活動期間は基本一年程度。連続して活動したり、再度活動する事例は少ないらしい』
「それが、根拠?」
『魔法石は本来、自己再生しない。「保護団体」によって戦闘員にされた異世界の住人たちの中に宿る魔力の源も、同じと考えられる』
「……そう、なりますね」
『もしハシバ氏のお姉さんがハシバ氏と同等・同質の魔法石を有しているなら、代役を続けさせる理由が無いと思う。装備の本来の適合者はお姉さんの方なんだから、不具合が出る可能性を考えたらとっとと本人に戻すべきだ』
 それが出来なかった可能性はあるけど、としつつもイデアは続ける。
『あれだけの魔力がありながら、ハシバ氏が「代役」だったのも変な話なんだよね。事前に魔力を観測してるはずなのに』
「……彼らにも何らかの意図があったと?」
『ううん。多分だけど魔力の観測時に不手際やらかしてるんだと思う。「二人分」だと思って数値の大きさを見逃したとか、そういう感じの』
 イデアの言葉は苛立ちを越えて呆れが滲んでいた。
『ぶっちゃけその「保護団体」とかいう連中が事前にハシバ氏の魔法石の存在を正しく把握してたら、魔法少女なんかやらせずにさらってると思うんだよね。資料、あるいは実験体として』
「……怖い事言うわね」
『まぁ、スカウト対象の所在地すら把握してなかった連中だからね。もしかしたら今も、ハシバ氏の能力の真価には気づいてない可能性すらある』
 希望的観測でしかない事は敢えて言わない。しかし誰も指摘はしない。
「その『保護団体』って連中はユウを探してないのかしら」
『それに関しては全く情報が無い。ただ、もし連中を名乗る奴らが出てきても信用はしない方が良いかも』
「……ただの代役戦闘員をわざわざ探してるなら、ユウの魔法石の価値には気づいてるって事になるな」
『そういう事』
 再び沈黙が流れる。
「……いっその事、俺たちでユウから魔法石を切り離す事は出来ませんか?」
 ジャミルが提案すると、訝しげな視線が彼に集まった。
「ユウは自分の魔力に自覚が無かった。元の世界でも必要がない。この世界だって人口の半数は魔法が使えない。……なら争いの元となる魔法石自体を取り除ければ、危険が及ぶ可能性は低くなると思うのですが」
『んんー、理論上はそう。拙者も考えた』
 悠と共生している魔法石は非物質化している。物理的には存在していないのと同じ事。物質でないものを取り出した所で人体には理論上、何の影響もない。
『これも魔法石の自己再生能力がネックになってる』
「と言いますと?」
『数ミリ単位の取り残しでも、そこから再生するんだとしたら、失敗した時のハシバ氏の負担がでかすぎる』
「……数日の昏睡じゃ済まないだろうな」
『それを防ぐにはウチで検査して施術を専門家で検討して一切の取りこぼしが無いようにするか、「これ以下の取り残しなら再生が発生しない」って部分まで詰めないと実現できない』
「魔法石が再生するなんて便利な能力だと思いましたが……こうなってくると厄介ですね」
 アズールの呟きに、誰もが険しい顔で同意を示す。
「結局はイデアさんの提案通り、彼にかけられた封印を守る事が一番効率的だ」
『ご理解いただけたようで何より』
「……イデア、ついでに訊きたいんだけど」
『はいはい、なに?』
「あの子が元の世界に帰る方法、アンタは検討ついてる?」
『残念ながら全然全くさっぱり。っていうか着手したのが最近なんで情報収集も検証も全然進んでない。ヴィル氏は?』
「こちらもろくな収穫なし。……鏡を用いた移動手段の拡張にしても、ヒントもアイデアも浮かんでこない」
 物憂げな二人を見て、レオナは肩を竦める。
「クロウリーが探して見つからないって言ってるもんが、そう簡単に見つかる事は無いだろう」
「どうでしょうね。学園長が本気でユウを元の世界に帰す気があるかは微妙な所じゃないでしょうか」
 元々は『学園側の不手際で入学資格の無い人間を招いてしまった』という不祥事を隠蔽するための苦し紛れの策に巻き込まれたにすぎない。
「あの学園長の事だ。ユウが帰れるかどうかなんてどうでもいいと思ってるかもしれない」
「あり得ない、とは言い切れないのが情けない所だね」
「……あの子は、いつまで誤魔化されてくれるのかしら」
 ヴィルに視線が集まる。
「このまま何も進展しなければ、いつか何も言わずにいなくなってしまいそうで怖いのよ。……大人しく助けを待つタイプじゃないんだもの」
「……今はまだグリムさんへの情がありますが、グリムさんが生徒として自立すれば、ここにいる理由が無くなってしまう」
「まぁ、グリムが生徒として一人前になるというのも、相当難しい事だとは思うけれど……」
『一番危惧すべきはそこだよね。元の世界に帰れないまま、誰にも目の届かない所に行ってしまう事』
「……ここに来てからもう半年。無理矢理故郷から引き離された未成年が平気でいられる期間は、とっくに過ぎてるのかもしれません」
「そして、来たのが唐突だったから、帰りもまた唐突かもしれない。……それがあいつを余計に苦しめている」
 いっそもう二度と帰れないと判れば気の持ち様もあっただろう。最初は苦しんでも時間が心を癒してくれるかもしれない。支えられる人間も周りにいる。
 だが未だに『帰れるか帰れないか』はハッキリしない。誰かとの幸福な時間もかけがえのない関係も、ある日突然失う可能性がある。
 ツイステッドワンダーランドにやってきた時と同じように。
「帰りたくなくても強制的に戻されるかもしれない。無責任な事は出来ない。……なんて本人が言ってるからには、その可能性には思い至っている」
「……せめて、ユウさんが正規の入学者だった証拠でも出てくれば……」
「その辺りの情報を持ってるのは学園長だろうが、それにはユウの魔力の存在を話さないといけない。正直、彼の状態をあの学園長に知られたくはないな。何をされるかわかったもんじゃない」
『まぁ、いろいろと疑わしい所はあるからね。学園の指導に問題はないとなったけど、証拠が無いから詰められなかったっていうのが実情だし』
「……関係がある証拠は無い。でも無関係だという証拠も無い」
『そういう事』
 不穏な空気が流れる。
 結局結論は『何も出来ない』だ。ただ黙って見守る事しか出来ない。行動を起こすには、どこにも確証が無い。
「やる事は変わらない。……あの子が元の世界に帰るその時まで、あの子を守り続けるだけ」
「あいつがここに残る事を望んだらどうする?」
「『帰る時まで』が『一生』に変わるだけよ」
『デスヨネー……今んとこ望み薄って感じだけど』
 笑みを深めるヴィルに対し、イデアは冷ややかに呟く。
『あの子が望んでくれるなら、何があろうと絶対に元の世界になんて帰さないのに』
 何度目か知れない沈黙が流れる。無言の共感が満ちた所で、タブレットが輪の中央に戻ってきた。
『とにかく、今日話した事は出来る限り内密に』
 再三の注意を繰り返す。誰もがうっとおしそうな表情を浮かべるが、異論や文句は無い。そんな反応を気にせず、尚もイデアは厳しい声音で続ける。
『下手に広まればあの子を危険に晒すって事だけは、くれぐれも忘れないで』


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