7−1:微睡む黒茨の塔
………
イグニハイド寮。
『死者の国の王』の勤勉な精神に基づく寮だけあり、その外観からは陰鬱な雰囲気が漂う。一方でナイトレイブンカレッジでは最も新しく設立された寮であり、内部は無機質な印象は強いながらも魔導工学の最新技術がそこかしこに使われていた。
寮のゲストルームも例に漏れず、建設当時の最新の理論に基づいたシンプルで無駄のない造りとなっている。
生徒の個室と等しい広さの部屋には、五つの人影があった。
『えー、ハイ。お集まりいただきありがとうございマース……』
殺気立った室内で、集まった人々の厳しい視線が一カ所に注がれている。空中に浮かんだタブレットから、陰気な声が形だけの挨拶を述べた。
「……納得いきません。わざわざイグニハイド寮に集めておいて、なぜイデア先輩は出てこないのですか」
口火を切ったのはリドルだった。他の面々も同調の沈黙で応える。
『し、仕方ないでしょ……オルトは今出かけてるし、防音とかセキュリティとか考えたら計器類が視覚で見られるこの状態が一番万全なんだから』
「オルトさんはどちらに?」
『オンボロ寮で友達と勉強会だって』
「……なるほど、都合が良かったわけね」
『そういう事』
タブレットの向こうで咳払いが聞こえる。それを合図に、不満が漂っていたゲストルーム内の空気も変わった。
『じゃ、本題に入りマス。……まずはハシバ氏の魔力について、『S.T.Y.X.』での解析結果を共有するよ』
タブレットからホログラム映像が投影される。無機質な四角い枠に、長々と文字が綴られていた。
『ハシバ氏の魔力は確かに存在する。封印されてるせいで普段は外部から全く感知できないけど、特定条件下で活性化し表出する』
「特定条件とは?」
『現在調査中。現時点でほぼ確定してるのは、一定以上の大きさのファントムが目の前にいる事』
続けるよ、と添えてイデアは投影するホログラムを増やしていく。
『また魔力に「治癒」もしくは「浄化」、または両方の性質を持つ属性が備わっている。魔力の波形は魔法石の発するものに近く、その事から、彼の魔力は定量しか存在せず、大量に使えば枯渇の恐れがあると考えられる』
誰もが真剣な表情でイデアのタブレットを見つめている。
『ここまでは、ハシバ氏にも共有した情報』
「……え?」
『ここからは、……ハシバ氏には知らせないでほしい話になる』
「どういう事だ」
『とりあえず黙って聞いて』
誰もが疑問の声を飲み込む。イデアは淡々と話を続けた。
『まずはその魔力量。装甲に記録された出力からの推計だから、下手をするとこの数倍の可能性もある』
「……して、どれほどの量なんです?」
『オルトとの交戦の間に、「雷霆の槍」を半分チャージ出来るくらい出力されてた』
「…………は?」
『あの試作装甲が壊れた原因も、許容量を越える魔力が注ぎ込まれた事によるオーバーフロー』
そもそもカローンの装甲は、魔力の潤沢な者が装備する事を想定していない。魔力によるブースト機能はおまけのようなものだ。ただ、それでも普通の魔法士の魔力程度で壊れる事はない。
『更に、彼の体内にある「魔法石」の大きさ。これもご多分に漏れず推計』
「勿体ぶらずにとっとと言え」
『全身の一割相当。雑に言うと、ハシバ氏の頭がまるまる魔法石になってるぐらいの大きさ』
室内に短い沈黙が流れる。
『非物質化してるから、魔法石が丸々その大きさでハシバ氏の体内にあるわけじゃないけどね。おそらくは全身の細胞に広く薄く分布してて、総量が一割相当って事』
「……そんな分量の魔力を全く感知できない状態にする封印って、どれだけ強力なんですか!?」
『まだ言う事あるんだよなぁ』
「まだあるんですか!?」
『言ったでしょ。定量だから大量に消費すれば枯渇する。……本来は』
「……本来は?」
『ハシバ氏の体内にある魔法石には、自己再生機能がある。……消費しても元通りになっちゃう』
ジャミルが首を傾げた。
「……じゃあ、何も問題ないのでは?俺たちが持つ魔力と、理論上は同じものになるって事ですよね」
『魔法石の自己再生中、ハシバ氏が昏睡状態に陥ったとしても?』
室内の空気が緊張する。タブレットの向こうで、イデアが溜め息を吐いた。
『まぁ昏睡というか、休眠なんだけど。ナイトレイブンカレッジに戻るまで気絶しなかった所を見るに、基本的に空気は読めるみたい』
「……嘆きの島から帰ってきて、あの子が三日も眠り続けたのは……」
『その間、損耗した魔法石の修復が行われていたと考えられる。体力の全てを修復に回すために眠る事になった』
「……文化祭の時の高熱も、関係があるのか」
『そっちはちょっと不明点が多いけど、たぶん理屈は同じ』
「高熱は、例えば呪いの込められたブロットの影響、といった可能性は無い?」
『んー、絶対無いとは言えないけど薄い』
「なんで?」
『魔力の性質が「治癒」か「浄化」またはその両方、だからね。ブロットも含め、呪いへの耐性は飛び抜けて高い。今回の反応を見るに、「高熱を出して強制的に休眠状態にする必要があるぐらい魔法石が削れていた」と考えた方が妥当かもだ』
「……あの晩に、今回よりも大量に魔力を使ってたって事か」
『グリム氏に襲われたって話が気になるんだよなぁ。……想像したくないけど』
文化祭の夜、グリムが暴走状態になったという話はこの場の誰もが知っている。
そして、彼が『嘆きの島』で隔離区画の防魔素材の扉を吹っ飛ばした疑惑も把握している。
そこから想像されるべき事象は誰の頭にもあった。しかし共有する事はしない。言葉にする事を誰もが忌避していた。
『ハシバ氏の魔力は我々と構造が違う。彼は非物質化されたクソでかい魔法石と共生関係にある』
魔法石は悠の物理的な損傷を癒し、悠は生命活動の余剰で魔法石の損耗を修復する。
魔法石が活性化し魔力を放出している間はブロット等の『不浄』に対し高い攻撃力と強い耐性を発揮し、損傷を瞬時に癒す事で防御力を補う。戦闘が終わると放出された魔力量に応じて、悠を強制的に休眠状態にして生命力の回復の余剰を増やし、自己の修復に充てる。
タブレットがぐるりと室内の面々を見回して、反応を確認した。
『はい、という事でね。これらの情報はハシバ氏の魔力の存在を疑いもしてない連中には勿論、ハシバ氏本人にも言わないでね』
「こんな重要な事を、本人が知らなくていいんですか!?」
『あの子は知らなくていい。……知らない方がいい』
「なんで……」
「……もし、あいつにかけられた封印が外れて、魔力が常に活性化した場合。……あいつは『人間』でいられるのか?」
「……どういう意味ですか、レオナ先輩」
険しい顔のレオナにリドルが尋ねる。
「……疑似的な不老不死」
レオナが答えるより先にヴィルが呟く。
「あの子が『冥府』となったオルトに殴りかかっても何の変化も無かったのは、そういう事でしょ?」
『あくまでも推測の域は出ない。出ないけどほぼ確定』
イデアの返事を受けて、ヴィルの表情も険しくなる。
『あの子の魔法石は活性状態になると、負傷や状態変化を活性化前の状態に瞬時に回復する。常時発現するようになったら……僕らが通常するべき老化でさえキャンセルされる可能性が高い』
「……では、彼の封印を解けば、彼は魔法を使えるようになる代わりに……」
『普通の人間ではいられなくなる。このツイステッドワンダーランドでも、魔法が無いっていう元の世界でもね』
空気が重く沈んでいく。誰もが事実を飲み込みながら思考を巡らせていた。
「……やっぱり、納得できません。ユウには伝えるべきです」
その中で、リドルがいち早く顔を上げる。
「そんな特殊な状況であれば、本人が知り、本人がどうするか選ぶべきです」
『うん、気持ちは解る。解るけど拙者は反対』
「何故!?」
『ハシバ氏の魔力の汎用性が高すぎる』
「ど……どういう事ですか?」
『あの子の魔力は「今は」非物質化してる。でも元が物質であった事は間違いない。形態を戻す訳だから、僕らの魔力を物質化するより簡単に物質として取り出す事が出来る』
「それに何の関係が!?」
「あいつが自分の利用価値を知った場合、それを売り飛ばす事を考えるだろうな」
「ユウはそんな愚かな考えは持ちません!!」
「誰かの命がかかってる場面でもか?」
リドルが口を噤む。
「治癒なんて弱くても利用価値のある効果付きの魔法石が、ほぼ無尽蔵で手に入る身体だぞ。まぁ魔力の物質化なんて出来なくても、水にでも込めればタダ同然で効果のある魔法薬が大量に仕入れられる。……喉から手が出るほど欲しい奴はいるだろうな」
「もし人質なんて取られたら、ユウは自分の命を差し出す事を躊躇わないだろう。ただでさえ自分の魔力の存在を知らなかった時でも、素手でオーバーブロットした魔法士に殴りかかるバカなんだから」
「ユウさんはお優しいですからね。……僕たちの事を見捨てられなかったように、誰かのためなら命も差し出すでしょう」
『自分がどんな目に遭わされるか解っててもね』
畳みかけるように言葉が続き、リドルは完全に沈黙した。表情に浮かぶ悔しさは、容赦ない言葉を向けてきた者たちよりも、思い至らなかった自分に向けられている。
「……イデア。アンタはあの子をどうするべきだと思う?」
『第一優先事項は、あの子にかかってる「封印」の保持』
ヴィルの問いかけにイデアは即答する。
『元の世界に帰るにしても、ここに残るにしても、これは絶対。外れたら最後、あの子は人間でいられなくなる』
「……封印が外れた後の魔力の活性化は、絶対に起こるんですか?」
『正直、絶対かと言われると弱いけど、少なくともここで外れた場合は遅かれ早かれ発生する』
「根拠は?」
『こっちは魔力を利用する手段が存在するから』
首を傾げる面々に対し、イデアは咳払いして説明を続ける。
『そもそもハシバ氏のいた世界には魔法が存在しない。でもハシバ氏がそうであったように、魔力は存在する』
「……言われてみればなんだか不思議よね。魔力は存在するけど魔法はない、なんて」
『ハシバ氏の例から察するに、向こうの世界で人体に発生する魔力は、非物質かつ不活性の魔法石の状態がデフォルトなんだろうね』
彼の世界には通常、魔力を表出させる術が存在しない、とイデアは仮説を語る。
ツイステッドワンダーランドでは、魔力は魔法を発現する事で存在が確認されるものだ。現象が起きて原因が判明する。
『僕らが魔法を使う時に魔力を発する、その経路がハシバ氏の世界の人間は自然に開かない。だから、誰もが自分の魔力の存在に気づかず一生を終える。……それは、ハシバ氏も同じはずだったんだと思う』
魔法石が不活性状態であれば、いくら大きくとも何の意味もない。非物質化していれば物理的な存在すら認知されず、宿主と共に一生を終え、生命の枷から放たれ空気中に拡散し消えていった事だろう。
「だがユウはその経路が開いた状態になっている」
『そう。……元の世界で「魔法少女」になったせいでね』
全員がはっとした顔になる。イデアは淡々と続けた。
『ハシバ氏を「魔法少女」にした連中は、不活性の魔法石を活性化させ魔力を引き出して使う特殊な装備を彼に与えた。彼はそれを使って約一年間戦い、本人も知らないうちに身体には魔力を引き出す経路が形成されていた』
「……敵の親玉にかけられたっていう呪いは、その経路を強制的に閉じた」
『だけど、ツイステッドワンダーランドにやってきた彼は、ファントムという脅威を前に、それまでの習慣から本能的に経路をこじ開けるようになった』
それを可能としたのは無意識の『学習』だとイデアは説明する。
魔法士養成学校という場所柄、魔法を使う場面は嫌でも目にする。その魔力の流れを肌で感知し、悠の身体にある経路が刺激を受ける可能性は、魔法が日常的に存在しない環境より遙かに高い。
『現に、ハシバ氏の魔力の発露はどんどん強まってる。レオナ氏の時は多少負傷が残ったって話なのに、今回なんか三日間寝てた以外はピンピンしてた』
脅威を前に身体が魔力を発現する度に、封印は綻んでいく。現状は損傷を瞬時に回復するほどの魔力を発し、ブロットの汚染を無効化するどころか、ファントムを直接殴れるまで活性化してしまった。
「……治癒の魔法薬の効きが良かったのも、あの子の魔法石の効果?」
『そう。魔法石は効率なんて考えないからね。魔法薬程度の微弱な誘導でも、ハシバ氏自身の損傷を直すのに石斧をチェーンソーにするぐらいの効率化を実現してたわけ』
「装備が使えなくなる、つまり『魔力を外部から引き出せなくなる呪い』であり、『自力で外に出す』と『自分に使う』は出来る、と」
『それもそう。まぁ魔力の経路を塞いでるから「自力で外に出す」の部分はしっかり影響を受けてると思うけど』
とにかく、とイデアは語気を強める。
『この世界で封印が外れた場合、魔力の経路を塞ぐものが無くなった状態で、魔力の行使を学習してしまう。そうなれば魔法石が活性状態になるのは防げない』
「……魔法が無い元の世界なら、魔力の行使を学習できないから、封印が外れてしまったとしても活性化しない可能性がある」
『そういう事』
タブレットはぐるりと部屋を見回す。それぞれの表情に対して浮かんだ感想は飲み込んで、イデアは続ける。
『……あとは、そうだね。もし異世界へ繋がる通路が出来てしまったら、ハシバ氏がどうするにしても、塞げるなら塞いだ方が良いと思う』
「そうなのですか?どうせなら、彼の封印を監視する意味でも、行き来できた方が都合が良いと思いますけど」
『不活性とはいえ、体内に魔法石を宿してる人間が十人に一人いる世界だよ。ハシバ氏のサイズは特例としても、こちらからすれば資源の宝庫だと思わない?』
イデアの言葉に、リドルは憤りを露わにする。
「資源、って……人間に対してそんな事!!」
「俺たちはユウを知ってる。だから異世界の人間を人間だと認識できる」
レオナは冷淡に語っていた。声にうっすらと滲む嫌悪は、リドルの憤りとも共通する心情を思わせる。
「……だが、自分たちの都合の為に相手の知性も尊厳も理由を付けて否定する輩なんぞごまんといる」
「……かつて、妖精たちと資源を取り合って戦いを起こしたように」
室内が静まりかえる。誰もが険しい表情で互いを見ていた。
「……吐き気がするわね」
『こっちの世界の人間みんなが、リドル氏やヴィル氏みたいな価値観だったら、全然心配いらないんだけどね』
「生憎、現実はそうはいかない」
「イデア先輩がセキュリティを気にした理由に納得がいきました。これは易々と人に聞かせられない」
「……イデアさん。他に注意事項は?」
『伝える事は伝えたし、こっちとしては今のところそれぐらいかな』
「アタシから質問しても良い?」
『ドゾー』
「マレウスの事はどうする?多分だけどアイツ、ユウの魔力に気づいてるんじゃない?」
ああ~、とタブレットから間の抜けた声が上がる。
『いや……恐らくマレウス氏にも見えてたとして……変な事はしない……と思うんだけどなぁ……』
「根拠はあるんですか?」
『正直、無い。強いて言えば、今まで何もしてないから、これからもしないんじゃない?っていう希望。いやでも下手に話してやぶ蛇するのは避けたいってのが本音なんだよね……』
「妖精族であるアイツからすれば、ユウが人間の寿命を外れた存在になるのは願ったり叶ったりって所じゃないか?」
『レオナ氏ジェラシーバリバリで草』
「折るぞ」
『ヒィー!代替機入れてないから冗談でも止めてッ!』
レオナに掴まれたタブレットから悲鳴が上がる。手が離れると、タブレットは怯えた様子でアズールの後ろに隠れた。
『と、とにかく、ハシバ氏には最初の情報以外は教えない事と、封印を破ろうとしない事と、異世界への通路は出来る限り塞ぐ事!あの子を守るための拙者からの提案は以上!』
「ひとまず、マレウスさんには特に積極的に話したりはしない、という事ですね」
『う、うん。……マレウス氏なら封印に干渉できる可能性は高い。だからどっちにも転ぶ可能性がある。探りたいなら好きにすればいいけど、慎重にしといてほしい』
「今の話、ルークには伝えてもいい?」
『んんー……正直、この場だけの秘密にしておきたいところではある。彼を守る為にやむを得ない場合は止めないけど』
「まあそうよね。了解」
イグニハイド寮。
『死者の国の王』の勤勉な精神に基づく寮だけあり、その外観からは陰鬱な雰囲気が漂う。一方でナイトレイブンカレッジでは最も新しく設立された寮であり、内部は無機質な印象は強いながらも魔導工学の最新技術がそこかしこに使われていた。
寮のゲストルームも例に漏れず、建設当時の最新の理論に基づいたシンプルで無駄のない造りとなっている。
生徒の個室と等しい広さの部屋には、五つの人影があった。
『えー、ハイ。お集まりいただきありがとうございマース……』
殺気立った室内で、集まった人々の厳しい視線が一カ所に注がれている。空中に浮かんだタブレットから、陰気な声が形だけの挨拶を述べた。
「……納得いきません。わざわざイグニハイド寮に集めておいて、なぜイデア先輩は出てこないのですか」
口火を切ったのはリドルだった。他の面々も同調の沈黙で応える。
『し、仕方ないでしょ……オルトは今出かけてるし、防音とかセキュリティとか考えたら計器類が視覚で見られるこの状態が一番万全なんだから』
「オルトさんはどちらに?」
『オンボロ寮で友達と勉強会だって』
「……なるほど、都合が良かったわけね」
『そういう事』
タブレットの向こうで咳払いが聞こえる。それを合図に、不満が漂っていたゲストルーム内の空気も変わった。
『じゃ、本題に入りマス。……まずはハシバ氏の魔力について、『S.T.Y.X.』での解析結果を共有するよ』
タブレットからホログラム映像が投影される。無機質な四角い枠に、長々と文字が綴られていた。
『ハシバ氏の魔力は確かに存在する。封印されてるせいで普段は外部から全く感知できないけど、特定条件下で活性化し表出する』
「特定条件とは?」
『現在調査中。現時点でほぼ確定してるのは、一定以上の大きさのファントムが目の前にいる事』
続けるよ、と添えてイデアは投影するホログラムを増やしていく。
『また魔力に「治癒」もしくは「浄化」、または両方の性質を持つ属性が備わっている。魔力の波形は魔法石の発するものに近く、その事から、彼の魔力は定量しか存在せず、大量に使えば枯渇の恐れがあると考えられる』
誰もが真剣な表情でイデアのタブレットを見つめている。
『ここまでは、ハシバ氏にも共有した情報』
「……え?」
『ここからは、……ハシバ氏には知らせないでほしい話になる』
「どういう事だ」
『とりあえず黙って聞いて』
誰もが疑問の声を飲み込む。イデアは淡々と話を続けた。
『まずはその魔力量。装甲に記録された出力からの推計だから、下手をするとこの数倍の可能性もある』
「……して、どれほどの量なんです?」
『オルトとの交戦の間に、「雷霆の槍」を半分チャージ出来るくらい出力されてた』
「…………は?」
『あの試作装甲が壊れた原因も、許容量を越える魔力が注ぎ込まれた事によるオーバーフロー』
そもそもカローンの装甲は、魔力の潤沢な者が装備する事を想定していない。魔力によるブースト機能はおまけのようなものだ。ただ、それでも普通の魔法士の魔力程度で壊れる事はない。
『更に、彼の体内にある「魔法石」の大きさ。これもご多分に漏れず推計』
「勿体ぶらずにとっとと言え」
『全身の一割相当。雑に言うと、ハシバ氏の頭がまるまる魔法石になってるぐらいの大きさ』
室内に短い沈黙が流れる。
『非物質化してるから、魔法石が丸々その大きさでハシバ氏の体内にあるわけじゃないけどね。おそらくは全身の細胞に広く薄く分布してて、総量が一割相当って事』
「……そんな分量の魔力を全く感知できない状態にする封印って、どれだけ強力なんですか!?」
『まだ言う事あるんだよなぁ』
「まだあるんですか!?」
『言ったでしょ。定量だから大量に消費すれば枯渇する。……本来は』
「……本来は?」
『ハシバ氏の体内にある魔法石には、自己再生機能がある。……消費しても元通りになっちゃう』
ジャミルが首を傾げた。
「……じゃあ、何も問題ないのでは?俺たちが持つ魔力と、理論上は同じものになるって事ですよね」
『魔法石の自己再生中、ハシバ氏が昏睡状態に陥ったとしても?』
室内の空気が緊張する。タブレットの向こうで、イデアが溜め息を吐いた。
『まぁ昏睡というか、休眠なんだけど。ナイトレイブンカレッジに戻るまで気絶しなかった所を見るに、基本的に空気は読めるみたい』
「……嘆きの島から帰ってきて、あの子が三日も眠り続けたのは……」
『その間、損耗した魔法石の修復が行われていたと考えられる。体力の全てを修復に回すために眠る事になった』
「……文化祭の時の高熱も、関係があるのか」
『そっちはちょっと不明点が多いけど、たぶん理屈は同じ』
「高熱は、例えば呪いの込められたブロットの影響、といった可能性は無い?」
『んー、絶対無いとは言えないけど薄い』
「なんで?」
『魔力の性質が「治癒」か「浄化」またはその両方、だからね。ブロットも含め、呪いへの耐性は飛び抜けて高い。今回の反応を見るに、「高熱を出して強制的に休眠状態にする必要があるぐらい魔法石が削れていた」と考えた方が妥当かもだ』
「……あの晩に、今回よりも大量に魔力を使ってたって事か」
『グリム氏に襲われたって話が気になるんだよなぁ。……想像したくないけど』
文化祭の夜、グリムが暴走状態になったという話はこの場の誰もが知っている。
そして、彼が『嘆きの島』で隔離区画の防魔素材の扉を吹っ飛ばした疑惑も把握している。
そこから想像されるべき事象は誰の頭にもあった。しかし共有する事はしない。言葉にする事を誰もが忌避していた。
『ハシバ氏の魔力は我々と構造が違う。彼は非物質化されたクソでかい魔法石と共生関係にある』
魔法石は悠の物理的な損傷を癒し、悠は生命活動の余剰で魔法石の損耗を修復する。
魔法石が活性化し魔力を放出している間はブロット等の『不浄』に対し高い攻撃力と強い耐性を発揮し、損傷を瞬時に癒す事で防御力を補う。戦闘が終わると放出された魔力量に応じて、悠を強制的に休眠状態にして生命力の回復の余剰を増やし、自己の修復に充てる。
タブレットがぐるりと室内の面々を見回して、反応を確認した。
『はい、という事でね。これらの情報はハシバ氏の魔力の存在を疑いもしてない連中には勿論、ハシバ氏本人にも言わないでね』
「こんな重要な事を、本人が知らなくていいんですか!?」
『あの子は知らなくていい。……知らない方がいい』
「なんで……」
「……もし、あいつにかけられた封印が外れて、魔力が常に活性化した場合。……あいつは『人間』でいられるのか?」
「……どういう意味ですか、レオナ先輩」
険しい顔のレオナにリドルが尋ねる。
「……疑似的な不老不死」
レオナが答えるより先にヴィルが呟く。
「あの子が『冥府』となったオルトに殴りかかっても何の変化も無かったのは、そういう事でしょ?」
『あくまでも推測の域は出ない。出ないけどほぼ確定』
イデアの返事を受けて、ヴィルの表情も険しくなる。
『あの子の魔法石は活性状態になると、負傷や状態変化を活性化前の状態に瞬時に回復する。常時発現するようになったら……僕らが通常するべき老化でさえキャンセルされる可能性が高い』
「……では、彼の封印を解けば、彼は魔法を使えるようになる代わりに……」
『普通の人間ではいられなくなる。このツイステッドワンダーランドでも、魔法が無いっていう元の世界でもね』
空気が重く沈んでいく。誰もが事実を飲み込みながら思考を巡らせていた。
「……やっぱり、納得できません。ユウには伝えるべきです」
その中で、リドルがいち早く顔を上げる。
「そんな特殊な状況であれば、本人が知り、本人がどうするか選ぶべきです」
『うん、気持ちは解る。解るけど拙者は反対』
「何故!?」
『ハシバ氏の魔力の汎用性が高すぎる』
「ど……どういう事ですか?」
『あの子の魔力は「今は」非物質化してる。でも元が物質であった事は間違いない。形態を戻す訳だから、僕らの魔力を物質化するより簡単に物質として取り出す事が出来る』
「それに何の関係が!?」
「あいつが自分の利用価値を知った場合、それを売り飛ばす事を考えるだろうな」
「ユウはそんな愚かな考えは持ちません!!」
「誰かの命がかかってる場面でもか?」
リドルが口を噤む。
「治癒なんて弱くても利用価値のある効果付きの魔法石が、ほぼ無尽蔵で手に入る身体だぞ。まぁ魔力の物質化なんて出来なくても、水にでも込めればタダ同然で効果のある魔法薬が大量に仕入れられる。……喉から手が出るほど欲しい奴はいるだろうな」
「もし人質なんて取られたら、ユウは自分の命を差し出す事を躊躇わないだろう。ただでさえ自分の魔力の存在を知らなかった時でも、素手でオーバーブロットした魔法士に殴りかかるバカなんだから」
「ユウさんはお優しいですからね。……僕たちの事を見捨てられなかったように、誰かのためなら命も差し出すでしょう」
『自分がどんな目に遭わされるか解っててもね』
畳みかけるように言葉が続き、リドルは完全に沈黙した。表情に浮かぶ悔しさは、容赦ない言葉を向けてきた者たちよりも、思い至らなかった自分に向けられている。
「……イデア。アンタはあの子をどうするべきだと思う?」
『第一優先事項は、あの子にかかってる「封印」の保持』
ヴィルの問いかけにイデアは即答する。
『元の世界に帰るにしても、ここに残るにしても、これは絶対。外れたら最後、あの子は人間でいられなくなる』
「……封印が外れた後の魔力の活性化は、絶対に起こるんですか?」
『正直、絶対かと言われると弱いけど、少なくともここで外れた場合は遅かれ早かれ発生する』
「根拠は?」
『こっちは魔力を利用する手段が存在するから』
首を傾げる面々に対し、イデアは咳払いして説明を続ける。
『そもそもハシバ氏のいた世界には魔法が存在しない。でもハシバ氏がそうであったように、魔力は存在する』
「……言われてみればなんだか不思議よね。魔力は存在するけど魔法はない、なんて」
『ハシバ氏の例から察するに、向こうの世界で人体に発生する魔力は、非物質かつ不活性の魔法石の状態がデフォルトなんだろうね』
彼の世界には通常、魔力を表出させる術が存在しない、とイデアは仮説を語る。
ツイステッドワンダーランドでは、魔力は魔法を発現する事で存在が確認されるものだ。現象が起きて原因が判明する。
『僕らが魔法を使う時に魔力を発する、その経路がハシバ氏の世界の人間は自然に開かない。だから、誰もが自分の魔力の存在に気づかず一生を終える。……それは、ハシバ氏も同じはずだったんだと思う』
魔法石が不活性状態であれば、いくら大きくとも何の意味もない。非物質化していれば物理的な存在すら認知されず、宿主と共に一生を終え、生命の枷から放たれ空気中に拡散し消えていった事だろう。
「だがユウはその経路が開いた状態になっている」
『そう。……元の世界で「魔法少女」になったせいでね』
全員がはっとした顔になる。イデアは淡々と続けた。
『ハシバ氏を「魔法少女」にした連中は、不活性の魔法石を活性化させ魔力を引き出して使う特殊な装備を彼に与えた。彼はそれを使って約一年間戦い、本人も知らないうちに身体には魔力を引き出す経路が形成されていた』
「……敵の親玉にかけられたっていう呪いは、その経路を強制的に閉じた」
『だけど、ツイステッドワンダーランドにやってきた彼は、ファントムという脅威を前に、それまでの習慣から本能的に経路をこじ開けるようになった』
それを可能としたのは無意識の『学習』だとイデアは説明する。
魔法士養成学校という場所柄、魔法を使う場面は嫌でも目にする。その魔力の流れを肌で感知し、悠の身体にある経路が刺激を受ける可能性は、魔法が日常的に存在しない環境より遙かに高い。
『現に、ハシバ氏の魔力の発露はどんどん強まってる。レオナ氏の時は多少負傷が残ったって話なのに、今回なんか三日間寝てた以外はピンピンしてた』
脅威を前に身体が魔力を発現する度に、封印は綻んでいく。現状は損傷を瞬時に回復するほどの魔力を発し、ブロットの汚染を無効化するどころか、ファントムを直接殴れるまで活性化してしまった。
「……治癒の魔法薬の効きが良かったのも、あの子の魔法石の効果?」
『そう。魔法石は効率なんて考えないからね。魔法薬程度の微弱な誘導でも、ハシバ氏自身の損傷を直すのに石斧をチェーンソーにするぐらいの効率化を実現してたわけ』
「装備が使えなくなる、つまり『魔力を外部から引き出せなくなる呪い』であり、『自力で外に出す』と『自分に使う』は出来る、と」
『それもそう。まぁ魔力の経路を塞いでるから「自力で外に出す」の部分はしっかり影響を受けてると思うけど』
とにかく、とイデアは語気を強める。
『この世界で封印が外れた場合、魔力の経路を塞ぐものが無くなった状態で、魔力の行使を学習してしまう。そうなれば魔法石が活性状態になるのは防げない』
「……魔法が無い元の世界なら、魔力の行使を学習できないから、封印が外れてしまったとしても活性化しない可能性がある」
『そういう事』
タブレットはぐるりと部屋を見回す。それぞれの表情に対して浮かんだ感想は飲み込んで、イデアは続ける。
『……あとは、そうだね。もし異世界へ繋がる通路が出来てしまったら、ハシバ氏がどうするにしても、塞げるなら塞いだ方が良いと思う』
「そうなのですか?どうせなら、彼の封印を監視する意味でも、行き来できた方が都合が良いと思いますけど」
『不活性とはいえ、体内に魔法石を宿してる人間が十人に一人いる世界だよ。ハシバ氏のサイズは特例としても、こちらからすれば資源の宝庫だと思わない?』
イデアの言葉に、リドルは憤りを露わにする。
「資源、って……人間に対してそんな事!!」
「俺たちはユウを知ってる。だから異世界の人間を人間だと認識できる」
レオナは冷淡に語っていた。声にうっすらと滲む嫌悪は、リドルの憤りとも共通する心情を思わせる。
「……だが、自分たちの都合の為に相手の知性も尊厳も理由を付けて否定する輩なんぞごまんといる」
「……かつて、妖精たちと資源を取り合って戦いを起こしたように」
室内が静まりかえる。誰もが険しい表情で互いを見ていた。
「……吐き気がするわね」
『こっちの世界の人間みんなが、リドル氏やヴィル氏みたいな価値観だったら、全然心配いらないんだけどね』
「生憎、現実はそうはいかない」
「イデア先輩がセキュリティを気にした理由に納得がいきました。これは易々と人に聞かせられない」
「……イデアさん。他に注意事項は?」
『伝える事は伝えたし、こっちとしては今のところそれぐらいかな』
「アタシから質問しても良い?」
『ドゾー』
「マレウスの事はどうする?多分だけどアイツ、ユウの魔力に気づいてるんじゃない?」
ああ~、とタブレットから間の抜けた声が上がる。
『いや……恐らくマレウス氏にも見えてたとして……変な事はしない……と思うんだけどなぁ……』
「根拠はあるんですか?」
『正直、無い。強いて言えば、今まで何もしてないから、これからもしないんじゃない?っていう希望。いやでも下手に話してやぶ蛇するのは避けたいってのが本音なんだよね……』
「妖精族であるアイツからすれば、ユウが人間の寿命を外れた存在になるのは願ったり叶ったりって所じゃないか?」
『レオナ氏ジェラシーバリバリで草』
「折るぞ」
『ヒィー!代替機入れてないから冗談でも止めてッ!』
レオナに掴まれたタブレットから悲鳴が上がる。手が離れると、タブレットは怯えた様子でアズールの後ろに隠れた。
『と、とにかく、ハシバ氏には最初の情報以外は教えない事と、封印を破ろうとしない事と、異世界への通路は出来る限り塞ぐ事!あの子を守るための拙者からの提案は以上!』
「ひとまず、マレウスさんには特に積極的に話したりはしない、という事ですね」
『う、うん。……マレウス氏なら封印に干渉できる可能性は高い。だからどっちにも転ぶ可能性がある。探りたいなら好きにすればいいけど、慎重にしといてほしい』
「今の話、ルークには伝えてもいい?」
『んんー……正直、この場だけの秘密にしておきたいところではある。彼を守る為にやむを得ない場合は止めないけど』
「まあそうよね。了解」