7−1:微睡む黒茨の塔
「ミッキー?」
三人が声を揃えて首を傾げる。
昼食の席が一緒になったのは偶然だけど、思い切って訊いてみたのだ。『ミッキーって知ってる?』と。
結果はこの通り。やはり馴染みは無いらしい。
「誰だ?それ」
ジャックが訝しげな顔で首を傾げる。
「夜中、オレ様たちの部屋の鏡に現れるヤツなんだゾ」
エペルもオルトも興味は持ってくれたみたいだけど、心当たりは無さそう。
「でも、ソイツの姿はユウにしか見えねぇ。オレ様が鏡を見てもなんにも映ってなかったんだゾ!」
「そういえば、文化祭や『S.T.Y.X.』の襲撃の件があってすっかり忘れてたな」
「ゴーストカメラで写真撮ってみれば?って話してなかったっけ。結局撮れたの?」
「うん、そうそう。二人に見せようと思って持ってきたんだ」
ゴーストカメラのケースを取り出し、中の一枚を取り出した。
鏡の向こうにいたミッキーが、写真の中でにっこり笑っている。
「これが、ミッキー?獣人属……いや、グリムの仲間か?」
「なんか想像より愛嬌のある顔してるな」
「たしかに、これなら夜中に鏡に映っても怖くはない……かな?」
「オレ様より耳がデッケーんだゾ!」
「遠くの音までよく聞こえそうだ」
各々が感想を述べる間、オルトは何事か考え込んでいる様子だった。程なく目を開く。
『ツイステッドワンダーランドに生息する陸生生物のデータベースと照会してみたよ。彼のシルエットとピッタリ合致する種族はヒットしない』
「…………そっか」
『僕のアクセスできるデータベースは全ての妖精や魔獣まではカバーできてないけど……うーん。興味深いね』
「こうして写真が残ってるって事は、マジでユウが寝ぼけてるだけって事はなさそーね」
それについてはみんな納得してくれたらしい。良かった。
僕自身も寝てる時とか眠い時に会ってるわけだから、写真が撮れるまで自信は無かったしなぁ。
今も証拠が無いグレート・セブンの夢に関しては本当に自信無いし。
「グリムには見えないけどゴーストカメラには写る『ミッキー』……か」
「ユウ、もっと他に分かってる事はねぇのか?」
「分かってる事、かぁ。いろいろ話はしたけどなぁ」
これまでにミッキーがした話を、思い出しながら語る。へんてこな調度品の事も、彼にとって自分が『夢の中の存在』であろう事も、覚えている事は全て話した。みんな真剣に聞いてくれる。
『なるほど……ユウさんの話をまとめると……その一、ミッキーはツイステッドワンダーランドにはいない。その二、ミッキーの世界でも時間は進んでいる。その三、ユウさんと会話できるのはミッキーが眠っている時のみ』
オルトが僕の要領を得ないであろう話の中から、わかりやすく要点をまとめてくれた。凄く助かる。
『……これは僕の推測でしかないんだけど、もしかするとユウさんの部屋の鏡は「銀歯」になってるんじゃないかな』
「銀歯ァ?」
『あ、ごめん。話が飛躍しすぎたね』
本当に悪気は無いようで、オルトは柔らかく微笑む。
『えーっと、みんな「鉱石ラジオ」って知ってる?』
「エレメンタリースクールの頃、授業で作った事がある。コイルと鉱石を使ってラジオの電波を拾うやつだよな」
ジャックがさらりと答えた。
「電源もねぇのに何でラジオが聞けるんだって不思議に思った記憶がある」
『そうそう!あれは特定の条件を故意に揃える事で、狙った周波数の電波を受信するものなんだけど……ごく稀に、虫歯治療に使われた銀歯が鉱石ラジオに必要な特定の条件を満たしちゃって、ラジオの電波を拾ってしまう事があるんだ』
「えーっ!?そんな事があるの?」
……昔ドラマで似たような話を見た気がする。
治療した材質の異なる銀歯同士の接触で無線通信の内容が聞こえてしまって、それを親に伝えたら超能力があるって騒ぎになった、みたいな話。こっちの世界でも起こり得る事なんだ。
『銀歯の大きさ、唾液の分泌量、周辺の建物や電波塔の位置……条件はいろいろあるけど、だから特定の条件を故意に揃えたのが鉱石。偶然揃ったのが銀歯ってワケ』
今でこそ解明された事だが、昔は銀歯によってそんな現象が起こるとは誰も知らず、突然音が聞こえた事に驚き『ゴーストの仕業だ』と騒ぎになったという。……とりあえず意味の分からない現象はオカルトにされがちなのは、こっちの世界でも同じなんだな。
『それで、ここからが本題だけど……ツイステッドワンダーランドには、魔法を用いた移動や、無線通信手段も沢山ある』
元の世界でもラジオやら無線やら電波やら衛星やら様々な通信手段があったけど、それに加えてツイステッドワンダーランドでは魔法が一般的な手段に加わってくるので、たぶん元の世界よりバリエーション豊富だ。
『みんなは「人見の鏡」って聞いた事ある?』
「こないだ、魔法史の授業で習ったような……?」
「魔法史の教科書に写真が載ってたはずだ」
デュースが持っていた荷物から教科書を引っ張り出してめくり始めた。……もしかして、ジャックに授業の質問とかするつもりだったのかな。違う話になっちゃって申し訳ない。
デュースの教科書の記述にはマーカーで印がされていた。トレイン先生が注意を呼びかけたのをちゃんと聞き取っていたのだろう。……なんか印がやたら多い気がするけど。むしろよく書いてあるところ分かったな。
まぁ細かい事は置いておくとして。
『人見の鏡』とは、魔法道具の一種。
輝石の国の伝承に存在する魔法の鏡を基にして制作されたもので、魔力を用いて離れた場所にいる人間と通信する事が出来る。
伝承の魔法の鏡は愛しい者の姿から深い森に住む野獣の姿まで映したという話だが、作られた魔法道具の方はそんなロマンチックなものではなくなってしまった。
プライバシー保護の観点からその効果が問題視され、現在は国際的に使用が緊急時に限られている、とかいう夢のない存在となっている。距離や精度が使用者の魔力やイマジネーションによって変わるとはいえ、一方的な通信もやろうと思えば出来てしまうので、結構面倒な事件がいろいろ起きてたみたい。
閑話休題。
『こんなふうに、魔法を用いた移動や通信には鏡や水晶、水盆などが使われる事が多いと思わない?』
まぁ、ここで暮らしてるとよく接する『闇の鏡』も鏡だもんな。
僕の部屋の鏡はゴーストも『立派な鏡』だって言ってたし。
『だからユウさんの部屋の鏡が偶然、特定の条件を満たして、別の世界にいるミッキーと繋がるのは、十分ありえる事だと思うんだ』
「オルトの言うことも一理あるかもな。闇の鏡だって、偶然ユウを別の世界からこの学園に召喚したわけだし……」
『ミッキーは僕らと別の世界にいる。そしてユウさんは別の世界から来た。どちらも「鏡」が「異世界」に繋がった事で起きた事象、知り得た情報だ』
「……それってもしかして……!」
エースが声をあげれば、オルトが頷く。
『ミッキーと確実にコネクト出来る方法を特定できれば……ユウさんが元の世界に帰れる手がかりになるかもしれない』
「……本当にそう思う?」
『可能性は十分にあるよ。現状「鏡が異世界に繋がる」という現象はその二件しかない。サンプル数は圧倒的に少ないけど、だからこそユウさんの部屋で起きてる現象との関係性は否定できない』
オンボロ寮のあの鏡が、なぜミッキーの夢の世界と繋がるのか。
それを解明できれば、『鏡が異世界に繋がる』条件が特定できる。
条件が特定できれば、それを再現し更に調べる事で『異世界へと渡る』方法も見つかるかもしれない。
『もし仮にそこまで成功しなくても、「これは違う」という情報を得る事だって大事だよ。次の検証をより詳細に、高度にするために必要な課程だ』
オルトは僕を見て微笑む。
『だから、そんな顔しないで。大丈夫だよ』
「ど、どんな顔してた?」
『ふふ、内緒。ねー?』
オルトの隣にいたエペルがわざとらしいほど柔らかく微笑み、その隣のジャックも涼しい顔をしている。
……なんだよ、なんか恥ずかしいじゃん。
『ねぇ、みんなで調査をしてみない?』
「調査?」
『魔獣、異世界人、ヒューマノイド、ヒト属、獣人属……僕たちってみんな条件がバラバラだよね。つまり僕たちが同じ行動をするだけで、違う条件で仮説を検証する事になる』
現状、ミッキーの目撃者は僕しかいない。ゴーストカメラに写ったから存在を証明できたけど、写真が無ければ存在さえ信じてもらえなかっただろう。
もし、僕以外の人がいる時もミッキーが現れて、その人にもミッキーが見えたなら、それはそれで何らかの条件が見えてくるかもしれない。
『ミッキーとコネクトする特定の条件を探るにはもってこいだと思うんだよ!』
「言われてみればそうだな」
『「現象を確実に再現するには、秩序だった切り分けが必要不可欠」……って、兄さんもよく言ってるし。みんなで交代でオンボロ寮に泊まって、徐々に交信の再現性を高めていくんだ。どう?』
「へぇ、ちょっと面白そうじゃん」
「いいな、それ!僕たちでユウが元の世界に帰るための手がかり、掴んでやろうぜ!」
「調査のふりしてバカンスばっかりしてる学園長より、オルトの方がよっぽど頼りになるんだゾ」
褒められたオルトが照れくさそうに笑う。かわいい。
「僕も協力するよ!……でも、なんて言って寮長に外泊届を出そうかな」
「そんなん、勉強会とでも言っておけばいいって。じゃあ、誰が何曜日に行く?」
「おい。俺は参加するなんて言ってねぇぞ」
話を詰めようとしたところにジャックが水を差す。すかさずエースが口を尖らせた。
「え~、ジャックくん冷たい。ユウが帰れる方法が見つかるかもしれないのに、協力してくれないわけ?」
「そっ、そういうわけでは……大体っ、俺は早朝トレーニングしてるから二十二時には寝るぜ。ミッキーが現れる時間まで起きてられねぇよ」
「寝てても大丈夫だゾ。ユウが大声で叩き起こすから」
「任せて!」
「やめろ」
即却下悲しい。
『じゃあまず、夜更かししやすい週末はジャックさんの担当にしようか』
「おいこら、勝手に話を進めるな!トレーニングに休日はねえ!」
「あはは……オルトクンって意外と強引……かな?」
エペルが苦笑いしてるけど、オルトは動じない。止めた方がいいのかなぁ。
『ん~。こうなると妖精族の人にも調査に参加してほしいなぁ……ユウさん、妖精族の知り合いはいる?』
「あー……まぁ、ひとり、いると言えばいる」
思い浮かぶのは、人間離れした容姿の青年。
確かにツノ太郎と顔を合わせるのは夜が多いが、果たしてこんな事に協力してくれるだろうか。
「断固反対します!!!!」
そんな事を考えてたら、食堂中に響きわたるような大声が奥の方から聞こえた。みんな目を見開いて、音のした方を見ている。
音の出所は奥の特等席だ。いつもディアソムニア寮の生徒が使っている。今朝も見た薄緑色の髪の少年が、同席者に噛みついているらしい。興奮しているのは彼だけで、他の面々は冷静に彼を諫めているようだ。
「なんだ?騒がしいな」
「あー、魔法解析学の選択授業で同じクラスのやつだ。ディアソムニアの」
エースがちょっと顔をしかめる。あまり良い印象の生徒ではないらしい。
「凄い声だったな。一体の何の話をしてるんだ?」
「どーせ『マレウス様』の素晴らしさの話でもしてんだろ」
「選択授業でもそういう感じなんだ……」
「アイツ、今朝すげー勢いで怒鳴りつけてきて、ツノ太郎に怒られてたんだゾ」
「……ツノ太郎?」
「マレウス先輩の事」
「は?……はぁ!?」
エースの補足にジャックが愕然としている。事情を説明するべきか悩ましい。
「そっか、ユウクンの妖精族の知り合いって、マレウスサンの事だね」
「……まさか、お前までその、ツ……あだ名で呼んでるのか?」
「本人がそう呼んでいいって言ったから」
ジャックが明らかにドン引きしている。解る、当事者じゃなければ僕も感覚はそっち側なんだ。
「そりゃ、ドラコニアンの前でそんな呼び方してたら怒鳴られもするだろ……」
「ね。今朝ちょっとぼーっとしてたからさ、油断しちゃった。人前で話しかけてくるようになったの最近だし」
「そうなの?」
「偶然か知らないけど、『VDC』までは夜中にオンボロ寮に来た時ぐらいしか顔を合わせなかったからさ」
「……夜中に?」
「うん」
「……お前それ、何もされてないよね?」
「何も。いつも庭で世間話するだけだよ。ツノ太郎、魔法で消えちゃうし」
そう答えても、みんなの顔は訝しげだ。
「ユウクン、夜中に知らない男の人が訪ねてきたら玄関開けちゃダメだよ」
「いや別に、訪ねてきた訳じゃなくて。庭にいるのが見えたとかそんな感じで」
「尚更ダメだろ」
「よく今まで無事だったな……」
「そもそもオンボロ寮は廃墟だったんだから、セキュリティもクソもあったもんじゃないし」
「改めてそりゃそうだけど。そうじゃなくて」
『リリア・ヴァンルージュさん。……学校辞めちゃうみたいだね』
僕たちの生産性のない会話を遮って、オルトが言う。
「……聞いてたの?向こうの会話」
『集音マイクの指向性をいじってみたら聞こえちゃった』
さも悪気はないみたいな顔してるけど、確実にわざとだよなぁ。それはともかく。
「ヴァンルージュ先輩が、学校を辞める……?」
だから『断固反対』なのか。
ヴァンルージュ先輩と言えば、ツノ太郎の側近というか、お目付役みたいなイメージだよな。
セベクやシルバー先輩は従者っていう印象が強いけど、ヴァンルージュ先輩はツノ太郎を導く側って感じがする。こないだのシェーンハイト先輩を戻した時の誘導もそうだし、そういえばツノ太郎を『VDC』に招待した時にはお礼も言われた。
……なんていうか、保護者っぽいな。見た目は明らかにヴァンルージュ先輩の方が小柄で愛らしいのに。
「いったいどうして?」
『魔力の枯渇、みたいだね』
「……枯渇」
それは『魔法が使えなくなる』という事。魔法士としての存在理由を失う事。
先日のシュラウド先輩の話が思い出されて、何となく気持ちが落ち込む。
「……なんか、ちょっと前なら仕方ないと思ったけどさ、今なら学校を辞めるほどじゃなくね?って思っちゃうよな」
「そうか?」
「だってほら、魔法が使えない生徒ならここにいるワケだし」
エースが僕に視線を向ける。まぁそれはそうなんだけど。
『ユウさんの場合は、グリムさんが魔法の実技を担当するからね。でも普通の生徒をそういう形で在学させるのは難しいんじゃないかなぁ』
「つい数日前まで魔法が使えたのに、使えない人間として実技を他人に任せて学び続けるっていうのは……考えてみるとキツいかもしれねえな」
ナイトレイブンカレッジは魔法士の養成学校。魔法がコントロール出来るように、その能力を伸ばせるようになるための学校。
魔法が使えなくなってしまったら、通う理由も無くなってしまう。
……いやまぁ、ツノ太郎みたいに世界で五本の指に入る魔法士が通ってるのでそうとも言い切れない気はするんだけど。
『……もしかしたら彼にとっては、魔力の枯渇って「魔法が使えなくなる」だけの事じゃないのかもしれないしね』
「……どういう意味?」
『んー、内緒。憶測で物を言うのは良くないから!』
はぐらかすなぁ。
『それはさておき、オンボロ寮のセキュリティ強化についてなんだけど』
「こっちの話も聞いてたんだ」
『そういう事なら、赤外線センサーと防犯カメラと侵入者対策トラップを設置しようよ』
「そんなお金ないよ」
『事情を話せば兄さんが用意してくれるから大丈夫!オススメは魔導式レーザービーム!見た目は丸みがあって防犯設備に見えないし、設置はコンパクト、何より高威力!侵入者も一撃で黒こげだよ!!』
「人が死ぬから!!」
冗談だと思って流したら本当に設置されそうで怖い。実際にオルトは不満そうだし。
なんて言ってると凄い雷の音が外から聞こえた。振り返れば、窓の外には凄い勢いで雨が降ってる。雷もまだまだ続きそうな気配。
「うわっ、さっきまで晴れてたのに」
「げー、次の授業、魔法薬学室なのに!」
『僕も次は体力育成だから、一度寮に戻ってギアチェンジしなきゃ』
昼休みの終わりが近い事もあり、雑談も切り上げた。他の生徒たちもそんな空気になってる。
『ミッキー交信調査については、また放課後に話そう』
「そうだね」
返事をしながら、ふと特等席の方に目を向ける。
もうヴァンルージュ先輩やセベク、シルバー先輩の姿は無く、そこにはツノ太郎が立っていた。ただ静かに、何かを考えているような雰囲気ではある。とてつもなく話しかけづらい。
……ヴァンルージュ先輩が退学したら、ツノ太郎とは離ればなれになってしまうのかな。全寮制だし帰省の期間も限られてる。毎日顔を合わせた頃とはやっぱり生活も変わってくるだろう。
二人の間にどんな思い出があるか僕は知り得ないけど、そんな僕でも特別な関係であろう事は窺える。
……励ましたい気持ちもあるけど、そっとしておいた方がいいかな。うーん難しい。ツノ太郎わかりづらすぎる。
人の気も知らず、外では雷鳴が轟いた。雷など意に介さず、生徒たちは日常を続けていく。
「オーイ、ユウ!早く来いよ。遅刻したらクルーウェルにシバかれるんだゾ!」
「いま行くよ」
とりあえず、そっとしておこう。意外と気にしてないかもしれないし。
…………いやそうでもないかな。難しすぎる。落ち込んでないといいけどなぁ。