7−1:微睡む黒茨の塔


 今日の寝覚めは最悪だった。
 いつになく不吉な夢を見た感じ。
 ここ数日の落ち着かない日々を夢で癒そうなんて思わないけど、でもせっかく一段落したんだからもっと優しい夢でも良かったじゃないか。
 今朝はエーデュースは寮の当番でいないし。別に珍しい事じゃないんだけど、それもなんか落ち着かない感じ。
 新しいキッチンを使って簡単な朝食を摂って、いつもの用意でオンボロ寮を出る。
 空気は真冬に比べてもう随分柔らかくなった。そろそろ春だもんな。
 鏡舎からメインストリートを通って生徒たちが学校に向かっていく。その人波に合流して歩けば、程なくグレート・セブンの石像が並ぶエリアに差し掛かった。
 脳裏に、とりとめなく映像が流れてくる。思わず足を止めた。
「……どうしたんだ?ユウ」
 グリムの声を無視して、石像の前まで進む。
 ハートの女王。百獣の王。海の魔女。砂漠の魔術師。美しき女王。
 そして、死者の国の王。
 嘆きの島にいた時はそれどころじゃなくて気にしていなかったけど、死者の国の王の夢も確かに見た記憶がある。
 それでいて例のごとく、死者の国の王の精神に基づくイグニハイドの寮長であるシュラウド先輩もオーバーブロットしてしまった。
 これで六人。残るグレート・セブンは一人。
 茨の魔女。
 石像を見上げて思い返す。今朝の夢に出てきたのは茨の魔女だ。間違いない。
 王女様の誕生を祝う場所に呼ばれず、その腹癒せに王女様を呪う姿。
 あれが『高尚』な魔女なのだろうかと思う一方で、彼女が呼ばれなかった事実に疑問はある。彼女が一体何をしたというのだろう?
「なんなんだゾ、じっとグレート・セブンの石像なんか見て。この……茨の魔女ってヤツの石像になにかあんのか?」
「うん、ちょっとね」
 僕が心ここにあらずで答えれば、グリムは腕を組んで首を傾げる。
「この石像に彫られてる文字、トレインの小テストの範囲とかだったっけ?なになに……?」
「魔の山に君臨する茨の魔女。雷雲や茨を操り、何者にも覆せない魔力を持つ。多くの配下を従えながらも孤高を愛した、高尚な魔女」
 低く豊かな声が、石像の台座に彫られた文字を読み上げる。
 振り返れば、見上げる長身の青年が立っていた。石膏のような肌の色もそれを縁取る黒髪も、そびえる二本の角も、夜に会う時と変わらない。
「……と、彫ってある。そして我がディアソムニアは、彼女の高尚な精神に基づいた寮だ」
「あ、おはよう。ツノ太郎」
 特に何も考えずに挨拶した。ツノ太郎は特に気にした様子は無かったけど、彼が挨拶を返す前にその向こうからでかい声が飛んできた。
「貴様ァ!!若様になんという口の利き方を!!!!」
 耳を塞ぎたくなるような声。見ればツノ太郎の後ろから、背の高い薄緑色の髪の少年がこちらに近づいてくる。ツノ太郎の後ろに今も控えている銀髪の少年が、呆れた顔で彼を見ていた。
「こちらにおわす御方は、茨の谷の次期当主であり、高尚たるディアソムニアの寮長……そして気高き夜の眷属の長となるお方、マレウス・ドラコニア様であるぞ!!無礼を伏して詫びよ!!人間!!!!」
「うわっ!コイツ、文化祭の時にいた声がうるせーヤツだ!」
 グリムが耳を押さえながら言う。
 そういえばいたな。ローズハート先輩に叱られてた気がする。
 そして多分、銀髪の人もその時に会った。一年生ではないと思うし、ローズハート先輩が敬語を使ってなかったから、多分銀髪の人は二年生かな。
「えーと、確か馬術部の……」
「若様の忠実なる臣下、セベク・ジグボルトだ!!ええい、そんな事よりまずは若様に無礼を詫びろ!」
「いい。セベク」
 尚もボルテージを上げていくセベクを、ツノ太郎の静かな声が諫めた。
「そのヒトの子に『ツノ太郎』というあだ名を許したのは僕だ」
「なっ、なんと……そうでしたか。さすがは若様、お心が海よりも広くていらっしゃいます!!」
 途端に態度が柔らかくなった、というか、ツノ太郎に媚びてる。
 うちのクラスにも寮長であるツノ太郎の優秀ぶりを誇るディアソムニア寮生はいるけど、これはさすがに極端だよなぁ。
 銀髪の少年も一層呆れた顔になって溜息を吐く。
「……セベク。まずは先走って一方的に怒鳴った事を謝罪するべきじゃないのか。マレウス様のご友人に突然無礼を働いたのはお前の方だぞ」
「ぐ…………ボーッと突っ立っているだけの貴様に言われたくはないぞ、シルバー!!」
 セベクは怒りの矛先をシルバー先輩に変えた。先輩の方は引き続き呆れた顔で彼の態度を諫めているが、効いた様子は無い。
「なんだコイツら……この前よりもずっとうるせーんだゾ」
 連れの喧嘩など素知らぬ顔で、ツノ太郎は僕を見た。
「ユウ、茨の魔女の伝説に興味があるのか?」
「うーん、興味があるっていうか……」
 ツノ太郎には説明しづらいな。
 グレート・セブンが夢に出てきて、その後関係している寮の所属者がオーバーブロットしてる、なんて言っていいものだろうか。
 未だに関連は明確には不明だし。
 言いよどんだ僕に何を思ったかは解らないけど、ツノ太郎は機嫌を損ねた様子も無く続けた。
「僕が知っている事であれば教えてやろう」
「……凄く変な事訊いていい?」
「言ってみろ」
「……彼女がその、お祝い事で仲間はずれにされてた、なんて逸話あったりします?」
「……仲間はずれ?」
 ツノ太郎が首を傾げると同時に、セベクがこちらに怒鳴り込んできた。
「貴様ッ!?誉れ高きグレート・セブンになんという事を!茨の魔女は何者にも負けない魔力と高尚な精神を持っていた。尊敬されこそすれ、嫌われるはずがない!」
「それはどうだろうな」
 グレート・セブンの偉業を誇る者として百点満点のコメントをするセベクに対し、ツノ太郎はどこか冷ややかだった。
「彼女があまりにも優れた人物だからこそ、恐れられ遠ざけられる事もあっただろう。『尊敬』は『畏敬』になり、やがて『畏怖』となる。世の常だ」
 言葉は淡々としているけど、ツノ太郎の言葉からは諦めみたいなものを感じた。
 ツノ太郎自身も『世界で五本の指に入る魔法士』なんて言われてるわけだし、よく知らない人からは確かに怖がられている所もあるかもしれない。……実際、ちょっと怖い所もあるし。
 でも『VDC』の会場を直してくれたり、シェーンハイト先輩を助けてくれたり、親切な所もある。『ツノ太郎』なんて無礼極まりないあだ名を付けられても笑って許しちゃうし。
 そういうのって難しいよなぁ。
 ツノ太郎の言葉に対し、セベクは表情を険しくした。
「そのような理由で茨の魔女を嫌う愚か者など、道端の小石も同然です。気に留める価値もありません!」
 そして僕たちを敵意むき出しで睨みつけてくる。
「若様にくだらない質問をするな、人間!」
「コイツ、さっきからなんでこんなに偉そうなんだゾ!オマエは茨の魔女じゃねーだろ!」
「セベク、それくらいにしておけ」
 グリムの怒った声と、シルバー先輩の諫める声が重なった。更にそこに慌ただしい雰囲気の足音が近づいてくる。
「まずい、遅刻じゃ~!」
 どたばたと駆け寄ってきたヴァンルージュ先輩は、ツノ太郎たちの姿を見て足を止めた。肩で息をしている。
 普段から可愛らしい外見の人なのに、今日は髪はボサボサだし制服の着こなしもちょっとよれっとした感じだ。元々肌が白いイメージだから顔色が悪いとは思わないけど、寝起きでちょっと頭が冴えないのかなという感じはする。
「……リリア?どうした、そんなに慌てて」
「昨夜ネトゲ友達とゲームで盛り上がりすぎてな。おかげで寝坊してもうた」
 ……この人、ネトゲとかするんだ。
 息が落ち着いたヴァンルージュ先輩は、少し拗ねた顔になってシルバー先輩を見た。
「シルバー、なんで起こしてくれなかったんじゃ~」
「俺は起こしましたよ。三回も」
 冷静な答えだ。ただ、シルバー先輩が疲れた顔をしているのは、呆れているから、という理由だけではないらしい。
「そもそも、俺に期待しないでください。寝起きには不安があるのを知ってるでしょう」
 ……シルバー先輩も寝起き悪いんだ。意外。
 一方、ツノ太郎はヴァンルージュ先輩の様子を見てくすくす笑っている。
「髪も寝癖だらけだ。お前なら身支度も移動も魔法で一瞬だろうに……まだ寝ぼけているようだな」
 そう言ってツノ太郎が指を振れば、ヴァンルージュ先輩の姿がいつものように整えられる。ヴァンルージュ先輩はごまかすように咳払いした。
「そんな事よりマレウス。今日の一限目、わしら三年生は講堂に集合だぞ。忘れてはおらんだろうな?」
「……む。あの集まりは今日だったか?」
「まったく。その若さでボケられては困るぞ」
「三年生は本日、何か特別な授業があるのですか?」
「うむ。ナイトレイブンカレッジは四年生になったら学外に研修に行くじゃろう?今日はそれについてのオリエンテーションがあるんじゃ」
「そういえば、トレイが文化祭の時そんな話してたんだゾ」
「研修が始まるのは九月に入ってすぐ。すでに花の蕾も膨らみ始めておる。そろそろ準備をせねばなるまい」
 本格的な進路指導って奴かぁ。もう入学式から半年経つんだもんね。三年生にとってはそういう時期って事か。
 ………………………………。
 何か忘れている気がする。どうにもならないのに目を背けてはいけない、出来たら二度と触れたくないもの。
 思考を遮るように予鈴が鳴る。通りを歩く人の姿もすっかり少ない。
「予鈴です。急ぎましょう、マレウス様、リリア先輩」
「ああ。……ユウよ。茨の魔女について知りたいなら、ディアソムニアを訪ねてくるといい。僕がもっと詳しく教えてやろう。では、またな」
 ツノ太郎はヴァンルージュ先輩たちと一緒に歩き出す。と、思ったら後ろについていたセベクがわざわざこっちを振り返った。
「おい、人間!マレウス様が優しくしてくださるからといって調子に乗るなよ。本来ならば、貴様のように平々凡々な民草が軽々しく声をかけてよい御方ではないのだからな!」
 こちらの返事を待たず、先を歩いていくツノ太郎たちに駆け寄っていく。
 いかにもな取り巻き仕草すぎる。あいつ大丈夫か、いろんな意味で。絶対各所で顰蹙買ってるだろ。友達いるんかな。……余計なお世話か。
 それにあいつ、友達いなくてもツノ太郎がいれば幸せだって思ってそうな気がする。
 まぁ僕には関係ないな。ご友人なんてシルバー先輩は言ってくれたけど、ツノ太郎にとっては珍しい小動物ぐらいの存在感だろうし。ここからいなくなれば縁が切れる身なんだし。
「うわ、前見ろよ。マレウス・ドラコニアご一行だ」
「急いでるのにマジか~。……追い抜かしただけで呪われたりしないよな?」
「流石にないだろ」
 三年生と見られる人たちが、軽口を叩きながら校舎に向かっていく。
『「尊敬」は「畏敬」になり、やがて「畏怖」となる』
 ツノ太郎の気持ちが解るわけではないけど、何だかもやもやしてしまった。
 ……関係ないのになぁ。

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