1:癇癪女王の迷路庭園
タルト作りも大詰め。ペーストと生クリームを混ぜてマロンクリームを作ったら、アーモンドクリームを詰めて焼き上げた生地に絞り出して飾っていく。幾重にも重なったクリームの上には、グリムがトッピングのマロングラッセをちょこんと飾った。
「これ、デュースとグリムが皮むきした栗ですか?」
「とびきり綺麗に出来てたヤツを選んで作っておいたんだ。良い出来だろう?」
確かに、つやつやでとても綺麗に色づいてて美味しそうだ。残りのタルトにもマロングラッセを飾ったグリムが胸を張る。
「にゃっはー、オレ様が作ったんだから、最高の出来映えに決まってるんだゾ!」
「お前一人で作ってないけどなー」
クローバー先輩が粉砂糖をタルトに振りかけていく。こういう細やかな仕上げがあるのが、お菓子づくりの大変な所だと思う。
「デュース。ほら、完成したよ、タルト」
「つーか、お前いつまでへこんでるわけ?」
「……俺が十六年間、信じてきたものは一体……」
デュースはさっきからずっとしょんぼりしている。エースと顔を見合わせた。
「ねえ、買い出しで何かあったの?」
「……んー、ひとつ大人になった、みたいな?」
僕の答えにエースはますます疑問符を増やしていた。
「……まいっか。それにしても、お菓子づくりって時間かかるんだなー。メチャクチャ疲れた……」
「僕たちが手伝わなかったら、クローバー先輩はこれ一人で作ってたんですか?」
「まさか。誰かテキトーに寮のヤツを捕まえて手伝わせたよ」
でしょうね、と思ったが笑ってごまかしておいた。
「おつおつー。お、タルト完成した?」
脳天気な声に振り返れば、ダイヤモンド先輩が笑顔で歩いてくる所だった。
「デコレーション可愛いね!一枚撮らせて」
言うが早いかスマホで撮影している。そんな楽しげな姿を見て、エースは不満そうだ。
「アンタ、今更なにしにきたんだよ」
「可愛い後輩達が頑張ってるかな~って様子見に来たんだよ」
ダイヤモンド先輩はエースの態度に不服そうに口を尖らせるけど、何て言うか、……本当にタイミングの良い人なんだよなぁ。エースが言いたくなる気持ちも分かる。
「みんな疲れた顔してんね。お疲れさま~」
「慣れない事をすると疲れるよな。疲れた時には甘いものだ。……という事で、出来立てのマロンタルトを食べようじゃないか」
「やったー!」
グリムがはしゃぐ。キッチンでのささやかなお茶会、という事で、明日のお茶会に使うマロンタルト達は一旦冷蔵庫にしまい、紅茶を淹れる。全員座る椅子もないので、何となく準備が終わったら思い思いにタルトを口に運んだ。
「うっまー!!」
エースが真っ先に歓声を上げる。僕も何度も頷いて同意を示した。
上品な甘さと一緒に、栗の風味が口いっぱいに広がる。マロングラッセも見た目を裏切らないおいしさだ。デュースも呟いてたけど、お店で売れるような出来だと思う。
自分たちは雑用を手伝っただけみたいなもんだけど、素人の手が入ってるのに、こんなおいしいタルトになるとは思わなかった。クローバー先輩凄すぎる。
「甘すぎず、それでいて濃厚なお味!お口の中が栗畑なんだゾ~」
「それ褒めてるのか?」
グリムの食レポにクローバー先輩は苦笑してるが、まんざらでもなさそう。
「そだ。ねーねー、トレイくん。アレやってよ」
ダイヤモンド先輩の提案に、クローバー先輩が頷く。
「お前たち、好きな食べ物はなんだ?」
首を傾げる僕らに先輩は尋ねた。それぞれが口々に答えていく。
僕が今食べたいのは、と考えるとハンバーグが浮かんだ。デミグラスソースの、ファミレスとかにある普通のヤツ。ご飯と味噌汁とサラダ、付け合わせはポテトとコーンといんげん。そこまで詳細に説明するとグリム以上の品数になるのでそこは黙っておいた。
「それじゃあ、いくぞ。……『薔薇を塗ろう』!」
クローバー先輩はマジカルペンを取りだし、マロンタルトに向けて振った。きらきらした光がそれぞれのマロンタルトに降り注いでいく。
「……では、マロンタルトをもう一口どうぞ」
言われるがままにマロンタルトを口に運んだ。味が違って目を見開く。
ハンバーグの肉の味。デミグラスソースの風味。マロンタルトを食べているはずなのに、口の中に広がるのは食べ慣れたハンバーグの味だった。甘いはずなのにしょっぱい。頭がバグりそう。
「面白いでしょ?コレ、女の子とお茶する時に鉄板でウケると思わない?」
「凄いですね……味を変える魔法が、クローバー先輩のユニーク魔法なんですか?」
デュースが尋ねると、先輩は首を横に振る。
「正確には『要素を上書きする魔法』だな。味だけじゃなく、色や匂いも上書きできる。効力は短時間しか持たないから、落書きみたいなものだ」
嫌いなものを食べる時に便利そう。
「トレイの魔法があれば、ツナ缶食べ放題も夢じゃねえって事かぁ」
「代わりに食べるものがいるでしょ。味だけ誤魔化して草食べるとかやだよ、僕」
グリムの感嘆に、思わずツッコミを入れてしまった。グリムは誤魔化すように唸って、気を取り直してクローバー先輩を見る。
「子分は夢のねえコト言ってるけど、トレイの魔法は意地悪なリドルの魔法なんかより、全然凄いんだゾ!」
「いや……俺の魔法なんか、寮長の魔法に比べれば子どものオモチャみたいなものだ。レベルが違うよ」
そうは言うものの表情は複雑だ。
魔法という括りでは比較されるものの、用途は完全に異なる魔法だと思う。ローズハート寮長の『首をはねろ』が敵の攻撃手段を直接的に封じる魔法なのに対し、クローバー先輩の『薔薇を塗ろう』は普段の生活でのちょっとしたごまかしや、今みたいなパフォーマンスに使い勝手が良い魔法だ。用途が違うのだから、どちらが優れている、というものでもないだろう。
「……さ、今日はもう遅い。タルトを寮長に渡すのは明日にして、寮に戻ろう」
クローバー先輩が空気を入れ換えるように言った。慌てて、すっかり味の戻ったマロンタルトの最後の一切れを口に運び、紅茶も飲み干す。使った食器を洗って元の場所に戻し、シェフゴーストたちにも礼を言って厨房を後にした。
「明日は『なんでもない日』のパーティーだ。遅刻するなよ」
「ユウ、今日も泊めてくんない?オレ、意地悪な先輩に寮に入れてもらえないみたいだし!」
エースが口を尖らせると、先輩たちは困った顔で肩を竦めていた。とはいえ入れないのは変わらないらしい。
「こらエース。あまりユウに甘えるのはよせ」
「そうだゾ!今日も泊まるなら宿賃払え!」
「じゃあ野宿しろってのかよ」
ケンカが始まりそうな三人に、クローバー先輩は笑いかけた。
「デュースもお目付役としてユウの寮に泊めてもらったらどうだ?」
「僕ですか!?」
「でも寝る所がなぁ……ちゃんと寝られる状態の部屋があまりなくて」
「昨日はどうしたんだ?」
「エースはとりあえず談話室のソファに寝てもらいましたけど」
「もう一台くらいあるだろ?」
「先輩!?」
クローバー先輩の笑顔は揺るがない。
「俺としても、真面目なお前がお目付役についててくれるなら安心だ。外泊許可なら俺から出せるし」
「……そ、そういう事なら、……頑張ります」
だめ押しでデュースが折れた。まぁ、こうなる気は何故かしていた。明日も朝から来てたかもしれないし、それなら泊まった方が効率は良いような気がする。
「いいなー。ねえユウちゃん、オレも行っていい?」
「お前はダーメ」
「ちぇー」
いつの間にか引っ付いてきてたダイヤモンド先輩が猫なで声で言うが、クローバー先輩があっさりぶったぎった。すぐ引くからには本気で言ってないんだろうけど。
「それじゃあ、ユウ。うちのが二人も邪魔して悪いが、明日までよろしくな」
「わかりました」
「じゃ、また明日ねー!」
先輩たちはひらひらと手を振って、鏡舎の方に歩いていった。
「泊まるのが二人に増えるなら宿賃も倍だろ。……ツナ缶二十個だな!」
「誰も払うとは言ってないんだなぁ、これが」
「ふなっ!ど、どうするんだ子分!?」
「まぁクローバー先輩の事だから、後日でも何かお礼はくれるでしょ。ケーキとかお菓子とかかも」
「ケーキ……お菓子……」
「クローバー先輩の腕前は今日味わったわけだけど。ツナ缶の方が良い?」
グリムは何とも難しい顔をしていた。グリムとしてもあのマロンタルトは絶品で、ツナ缶と天秤にかけられるレベルらしい。
「僕も着替えとか取りに、一旦寮に戻る」
「あ、オレのもよろしく。……っていうか、オンボロ寮ってシャワーあるの?」
「一応あるよ。たまに水になるけど」
「……仕方ないよな。他に泊まるトコもないし」
未だ悩み唸っているグリムを抱えて、寮へと歩き出す。登校一日目、なんだか盛りだくさんの一日だった。もうこれ以上は何も無いと良いんだけど。
「ツナ缶とケーキを半分ずつなら両方食べられる!」
「まだ言ってる」
「先輩が応じてくれるといいね」
クローバー先輩もダイヤモンド先輩も、何だか裏がありそうというか、絶妙に意地の悪い所がある。不良が多いこの学校ならではというか、そういう校風で過ごすとああなるのだろうか。先が思いやられる。