6−2:宙を睨む奈落の王
みんなが帰った後も、なんだかんだと慌ただしく過ごした。
荷物を整理して足りないものを確認したり、グリムがハリネズミくんに嫉妬するのをごまかしたり。いや、ぬいぐるみに嫉妬とかするんか……モンスターの価値観が解らない。
でも言われてみれば、ポムフィオーレにいる間もやっぱり一緒に寝てたし、グリムなりに僕を独占したい気持ちとかあるのかもなぁ。子分とは言いつつも。
グリムの家族の話は聞いても解らなかったけど、ナイトレイブンカレッジに来るまではとても寂しい環境で暮らしていたみたいだし。もしかしたらグリムにとっては、僕が初めての家族的なものになりつつあるのかもしれない。
僕が元の世界に帰れば、グリムとは離ればなれになってしまう。
もう随分一緒にいるような気がするけど、まだたった半年だ。お互い頼る人のいない境遇もあって、迷惑をかけられた事も多いけど、支えてもらった事もたくさんある。
「……やった~……オレ様が一位なんだゾ……」
グリムはベッドの上で伸び伸びと眠っていた。多分、今日の楽しかったゲーム大会の事を夢に見ているのだろう。そんな姿を微笑ましく思う。
今、僕が元の世界に戻ったとしても、グリムは一人ぼっちじゃない。エースやデュースも友達として接してくれるだろうし、先生たちもきっと生徒として残れるように何とかしてくれるだろう。
頭を撫でると、笑顔のままぐりぐりと押し返してくる。胸の中が暖かいものでいっぱいになった。
そろそろ僕も寝なくちゃ。
ベッドから立ち上がり、魔法の投影機の置いてある机まで歩く。投影機の電源を落とせば、部屋は元の質素な姿に戻っていた。部屋の明かりを消した状態でも部屋の様子が変わって見えるのだから、本当に不思議。さすが魔法。
ベッドへ戻る途中で、暖炉の上の鏡が目に入った。改築前からそこにある、不思議な鏡。心なしか綺麗になった気がするけど、相変わらずの佇まいだ。
そういえば、ミッキーの写真は撮れたのに、いろいろありすぎて見せられてないな。ゴーストカメラを確認した時に、ケースの中に入れてた写真の無事を確認したら思い出したんだけど。見せたらどんな反応されるかなぁ。
確か、文化祭の日に撮影したんだよね。グリムに会わせようとしたらグリムがいなくなってて、ずっと大変だった。
ミッキーもグリムの事を心配してくれたし、無事に帰ってきた事を報告したいな。……時間が空きすぎて何がなんだか解らないとか言われちゃったらどうしよう。
そんな事を考えていたからだろうか。
まるで見計らったように鏡が光を放ち始めた。それは徐々に強まっていき、やがて鏡面に煙のようなものが揺れ始める。
続いて、誰かが鏡を叩く音。やがて煙が少し晴れて、特徴的なシルエットが姿を現した。
『……ーい。おーい!こんばんは!ユウ、そこにいるかい?』
「ミッキー!」
僕が答えるとミッキーはぱあっと明るい笑顔を見せた。
『ああ、ユウ!やっと会えた!ルームメイトを探しに行った夜からずっと会えなかったから、心配してたんだ。友達は見つかった?』
「うん、ちゃんと見つかったよ。すぐそこで寝てる」
『よかった~』
「……あ、ちょっと待ってね!」
僕はすぐさまベッドの上のグリムに駆け寄る。野生を忘れた寝姿に和みつつ、グリムの肩を激しく揺さぶった。
「ふがっ!?ふなっ、なんだ!?また鎧のヤツらが襲ってきたのか?」
「グリム、起きて、ミッキーが鏡の中に!」
「鏡ぃ?」
寝ぼけ眼のグリムを抱えて、鏡の前に突き出す。
「ほらミッキーだよ!夢じゃないよ!」
「ミッキー……?んん?何言ってんだ、ユウ?なんにも映ってねーじゃねぇか。寝ぼけてんのか?」
「えっ……」
思わずグリムの顔を覗きこんだけど、目は開いてる。鏡を見てないわけではない。
「んもー、後少しでイデアとオルトにレースで勝てそうだったのに~」
そう文句を言いながら、グリムは腕の中で器用に体勢を変え、寄りかかってくる。
「もう一回寝て夢の続きを見てくるんだゾ……」
そう言ってすぐに身体から力が抜けた。もう寝てる。
グリムには、ミッキーの姿が見えなかった?こんなにハッキリ見えるのに。
呆然と目の前の鏡を見た。ミッキーが怪訝そうな顔でこちらを見ている。
『ユウ?その部屋、君以外に誰かいるのかい?もしかして、ルームメイト?』
「う、うん。いま腕に抱えてるよ」
『……おかしいなぁ。僕にもユウしか見えないや』
ミッキーにもグリムが見えていない。
ゴーストカメラに映るからには、そこに魂があるのは間違いない、はず。
『いつも凄い霧がかかっていて、ユウの姿以外は何も見えないんだけど……もしかして、君にも僕の姿以外は何も見えていないの?』
「え?……ミッキーの周りには何があるの?」
『ここには動くソファと、犬みたいなオットマン……くるみ割り器が乗ったテーブルがあるよ。どう?』
反射的に首を横に振る。
「こっちも、ミッキーの姿以外は煙というか、霧というか、とりあえず白っぽくなってて、どういう状況か何も見えないんだ」
『そうなんだね』
ミッキーは困った顔になりつつ、残念そうに続ける。
『うーん、不思議だ。それに残念。夢の中で会える友達が増えたら素敵だと思ったのに』
なんていうか、ミッキーは怖いもの知らずっていうか、純粋?天然?だよな。
こっちの世界で問題児ばっかり見ているせいだろうか。珍しい人を見ている気分。
とはいえ、そういう心の素直さを言葉から感じられるから、こうして普通に話していられるのだろう。彼が話す事も真実なのだろうと信じられる。
余所事を考えていると、ミッキーが唐突に声をあげた。
『友達といえば……ユウが留守にしている間、この夢の中の部屋で知らない人を見かけたんだ』
「知らない人?」
『銀色の髪で、不思議な瞳の色をした男の子』
それはまた、神秘的な外見の人だなぁ。記憶に残るのも頷ける。
『すぐにいなくなっちゃって、名前も聞けなかったな……この部屋に誰かがやってくるのは初めてだったから、驚いたよ』
「そうなんだ」
『ユウも、鏡のこっち側に遊びにこられればいいのにね』
ミッキーはそう言って無邪気に笑う。とっさに答える言葉に困ってしまった。
僕は元の世界に帰りたい。だからこの、違う世界と繋がる鏡は元の世界に帰る手がかりだと思ってる。
だけど、彼の世界に行ってしまったら、更に深みに迷い込んでしまうような気がして、それは何だか怖いと思った。
返す言葉を探していると、遠くから騒がしい音が聞こえた。多分、目覚まし時計の鐘の音だ。……前にも聴いた気がするな。
『あ!この音……僕、もう起きなきゃいけないみたい』
ミッキーはもうこの音がお馴染みの存在となっているようだ。こちらを見てにっこりと笑った。
『また……会おうね……ユウ……』
とっさに言葉が出ず、頷いて手を振る。ミッキーも振り返しながら、その姿は煙の向こうに消えていった。やがて鏡の光は消えて、そこには自分の顔が映る。とりあえずグリムをベッドに寝かせた。
ミッキーが話していた事を整理しよう。
ミッキーのいる場所には、不思議なものがある。ミッキーも僕と同じように鏡を覗きこんでいて、僕の姿しか見えていない。この部屋の内装どころか、僕が腕に抱えてみせたグリムの姿さえ見えていなかった。
つまり、僕たちはお互いの姿しか見えていない。
更に、さっきのミッキーの言葉。前にも聞こえた気がするあの音。
「鏡の向こう側は……夢の世界……?」
ミッキーは夢を見ている間だけ、鏡を通じて僕と会話しているという事になる。彼には彼の現実があり、僕の存在も夢の中にしかない。
それに比べて、僕はこちらの世界で起きている。何度か寝ぼけた状態の事はあった気がするけど、直近でミッキーと話していた時はちゃんと起きていた。
僕にとってミッキーは鏡の向こうの現実なのに、ミッキーにとって僕は夢の一部でしかない。
そう思ったら、確かに起きているはずの自分の意識が、急に不確かなもののように思えてくる。背筋が寒くなった。
ここはツイステッドワンダーランド。僕が暮らした世界と異なる世界。魔法が存在する不思議な世界。
何らかの事故か手違いで僕はここへ連れてこられた……はずだった。
でも僕の身体には、この世界で魔法を使える人間が持つ魔力に近いものが存在していて、あの魔王の呪いによって封印されていた。それによって僕は『魔力の無い新入生』となってしまった。
もしかしたら僕は本当に、ただの新入生として、この世界に招かれたのかもしれない。
だけど、ここに来る直前の事が思い出せない。どんどん記憶がおぼろげになっている。ここに来る前に黒い馬車を確かに見たはずなのに、どこで、どんな状況で見たのかが思い出せない。
誕生日に違和感があった事は覚えているのに、どんな違和感だったのか具体的に思い出せない。
覚えてる事を必死に思い返す。
両親の顔、双子の姉の顔、それぞれの声。
小さい頃の事、高校に入学した後の事、うさおと出会った時の事。
魔法少女として戦った日々。
まだ覚えている。まだ思い出せる。
ふらふらと歩いて、机の上に飾った皿を見た。シェーンハイト先輩がくれた、猫とウサギのマスコットが付いた小さな皿。同じく先輩から貰ったペンダントを飾ってある。
これを気に入ったのも、猫とウサギがグリムとうさおに似ていると思ったからだ。
『悠なら大丈夫や』
唐突に、うさおの声が脳裏に蘇る。
『ボクが保証する。悠は、最っ高の魔法少女や!誰にも負けへん!絶対に!!』
魔法少女としての最後の戦いに向かう直前、彼がそう言って励ましてくれた。
『無事で良かった……間に合って良かった……っ!』
相討ちの状態で強化装備を失い、宇宙空間に投げ出された僕を助けてくれた後、ぬいぐるみの顔から涙を流して無事を喜んでくれた。
あの時、僕を無理に助けてくれたせいで始末書沙汰になったとかで、僕が回復したら早々に地球からいなくなってしまった。
もしツイステッドワンダーランドと元の世界が同じ宇宙の中にあるなら、うさおが見つけだしてくれないだろうか。やっぱり無理かな。
目に滲んでいた涙を乱暴に拭う。
弱気になったらダメだ。
凄い手がかりだと思って掴んだものが、霞のように消えてしまった気分だけど、こんなところで諦めてたまるか。
夢の世界だって違う世界には違いない。僕が気づいてないだけで、何かヒントがあるかもしれない。
僕一人では見つけられなくても、みんなの力を借りればいい。
今は一人じゃない。一人で戦わなきゃいけない状況でもない。
僕は『最高の魔法少女』だ。絶望にくじけたりしないんだ。
……今は魔法少女じゃないけど、魔法少女だった僕も今の僕も同じ人間なんだから、根っこの部分は変わらない。
絶対に諦めない。
気持ちを新たにして、高揚感が落ち着いたらあくびが出た。眠気も強まってる。
のそのそと布団に潜り込み、すでにぐっすり眠っている今の相棒を抱きしめる。意識はすぐに深い眠りに落ちていった。