6−2:宙を睨む奈落の王
楽しい時間はあっという間。
思った以上に白熱したし、意外とみんな上手だし、笑い声も絶えなかった。
シュラウド先輩も全然逃げないでいてくれたし。
「めっっっちゃ楽しかったー!」
片づけも終えて、みんなでオンボロ寮の玄関まで出てくる。
「泊まりに来る時の楽しみが増えたな」
「そうだね」
別れを惜しむ空気の中で、不意に僕の袖を誰かが引っ張った。振り返るとシュラウド先輩が、少し困ったような顔で僕を見つめている。
「あ、あの、ちょっと二人きりで話したい事があるんだけど」
「あら、ここで出来ないような話があるの?」
すかさずシェーンハイト先輩が僕の肩を抱く。あからさまな威嚇なんだけど、シュラウド先輩は意外にも臆せずシェーンハイト先輩を見た。
「ヴィル氏たちにも多分、後日説明する事になると思う。……本人に先に話したいんだ」
「……どういう事?」
シュラウド先輩は答えない。ただ静かに僕の顔を見ている。
「グリム。オルトと一緒にみんなを鏡舎まで送ってってくれる?」
「え~……なんでオレ様がぁ」
「お願い。こないだみたいな怖い事があったら大変だから、親分がみんなを守ってあげてよ」
「ん~……ユウの頼みじゃしょうがねえな!オレ様の子分だからな!」
「言ってら」
グリムはエースたちにじゃれついて、玄関を出ていくみんなについていった。心配そうなシェーンハイト先輩に微笑みかける。
「僕なら大丈夫ですから」
「……変な事されたら絶対に言いなさいね」
「もちろん。頼りにしてます」
シェーンハイト先輩は柔らかく笑みを浮かべ、しかしシュラウド先輩には殺気立ったガンを飛ばしてから、オルトと一緒に玄関を出ていった。扉が閉まり、みんなの声が遠ざかると、シュラウド先輩は咳払いして僕の顔を見る。
「あ、あー、あのね。……君の魔力についての話なんだけど」
「やっぱりあるんですか?」
「やっぱりって?」
「帰りの飛行機の中でそういう話になったので」
「あー……そりゃまぁそうなるか」
こっちは根拠があるんですけど、とぶつくさ不満げに呟いている。
「根拠?」
「君が着けてたカローンの試作装甲。あれの解析結果」
派手にぶっ壊れて粉々になったと思ったんだけど、どうも機械の重要な部分は足場に引っかかって残っていたらしい。動作中の記録は全て無事だったとか。
「途中で魔力を検知して、身体強化のブーストがしっかり働いてた。誤作動でもない。君には確実に魔力が備わってる」
「……そう、なんですね」
「ただ、ちょっと特殊なのは間違いない。活性化の条件が不明瞭なのもそうだけど、魔力の質が普通の人と違う」
「質?」
首を傾げると、シュラウド先輩は頷く。
「君の魔力には属性がついてる。おそらくは『治癒』とか『浄化』とかそういう方向。活性化してる間は『損傷を瞬時に回復する』という形で防御力が桁外れに上がってるんだ」
「損傷を、瞬時に回復……」
「更に言うと、その魔力には回数制限があるっぽい」
「回数制限?」
「君の魔力の波形とか、現段階で解る内容からの推測だけど、多分そう。君の魔力は魔法石が発するものに限りなく近い」
活性化すれば、体内の魔力は消耗して総量が減っていく。やがて枯渇し、魔力は使えなくなってしまう。
「もし仮に魔力を安定して活性化できても、在学中に魔力が尽きる可能性がある。そうなれば、君はまた魔法の使えない生徒に逆戻り、ってわけ」
「……全然知らなかった」
「その、君を『魔法少女』にした連中は何か言ってなかった?」
首を横に振る。あれからいろいろ思い返したけど、魔力の話なんて心当たりは無い。
「そもそも君、どういう感じで『魔法少女』やってたの?」
「ど、どういう感じ?」
「正体がバレちゃいけなかったとか、そういうのある?」
「まぁ混乱を防ぐためにバレないようにとは言われてましたけど……自分もバレたくなかったですね。女装してたので」
「そりゃそうか」
「あとなんだろ……目撃者の目をごまかすために、メディアミックスしてたとか?」
「なにそれ詳しく」
変装しているとはいえ、生身の人間が街中にやってくる化け物と戦うわけだから、当然目撃者は出てくる。そういったものを排除する都合の良いシステムは無かった。
なので、民衆が『得体の知れないものから侵略されている』と認識してパニックにならないよう、貸与する装備品はマスクヒーローや魔法少女をモチーフとしたデザインにして、実際に活動しているヒーローや魔法少女のアニメやドラマを制作し当該地域で放映する事で、『あれは宣伝だった』と思わせるようにしていた。直接的な被害者にはちゃんと暗示による記憶の消去とかしてたみたいだけど。
「僕が男なのに『魔法少女』なのは、姉の代役だからなんです」
「お姉さんの代役?」
「僕には双子の姉がいるんですけど、組織の手違いで姉が留学しているって情報が伝わってなくて、装備は適性に合わせて作ってるから代役出来るのが僕しかいなくて、作り直す暇もなく最後まで戦いました」
「……代役出来るぐらいの適性があるのに、組織が選んだのは君じゃなかった」
「はい。なんかマーケティングの都合とかなんとか言ってました」
「いきなり現実的な話になってて草」
「適性を持ってる人自体は素質はともかく十人に一人くらいの割合でいて、それまでに作ったキャラクターとかのバランスも見ながら、被害予想地域から戦闘員を選んでる、って言ってました」
「……君以外の『魔法少女』って会った事ある?」
「あります」
「あるんだ」
「同級生だったので……前年の担当者?だったらしいです。何度か手伝ってもらいました」
「他には?現在も活動している人がいるかとか聞いた事ある?」
「あー……でも、だいたい活動期間を終えたらメディアミックスも終わって、戻ってこない人の方が多いらしいです。その、同級生は珍しい例で、本人が魔法少女やる事にめちゃくちゃ固執してたので続けてたとかなんとか」
「ほーん。なるほど」
シュラウド先輩は何かに納得している様子だ。頭が良い人が何を考えてるかなんてわかりっこないけど、何でこんな事を訊いてくるんだろ?
「魔力が表出してない理由に心当たりは?」
「……敵の親玉にトドメを刺す時に、強化装備が使えなくなる呪いをかけられました」
一字一句思い出せるわけじゃないけど、大体の状況と話を説明する。先輩のテンションが見るからに上がった。
「宇宙で最終決戦とかあるあるだけど燃えるシチュ!!……って、ゴメン。当事者に言う事じゃないよね」
「気にしなくていいですよ。終わった事なんで」
シュラウド先輩は咳払いして気を取り直した。
「つまりハシバ氏の魔力は『ファントム』という排除対象を前に励起していた可能性が高いって事だ」
「排除対象?」
「君の持つ魔力の性質は『治癒』または『浄化』だからね。ファントムは負の感情から生まれる魔力の澱の集合体、極端な事を言えば不浄の存在だ」
恐らくは、組織の作る強化装備によって魔力が引き出される事が無ければ、魔力が存在する事すら知らずに人生を終えていた可能性が高い、と先輩は説明を続ける。
「でも君は魔力を引き出して戦っていた経験がある。その経験があるから、不浄の存在を前にそれを『浄化』しようと身体が無意識に魔力を引き出していたんだろう。……一時的に『呪い』を押しのけてでもね」
邪悪と戦ってきた魔法少女としての本能。
ハント先輩は確かそんな感じで表現していたけど、ある意味正しかったって事だろうか。
「もしかしたら、ナイトレイブンカレッジでオーバーブロットした彼らがファントムに呑まれずに済んだのは、君の影響もあるかもしれない」
「え?」
「迅速な対処をした事が一番大きいだろうけど、もし他のオーバーブロット事案でも君の魔力が発現していたなら、魔法士の体内からブロットを浄化して、時間を稼ぐくらいの事は出来てたんじゃないかな」
思わず自分の手を見る。
確かに一緒に戦った事はあるけど、気休め程度の力にしかなれていないと思っていた。
「……まぁ、連中が揃いも揃って君に好意的な事の説明もつくよね。自分を癒してくれた魔力に無意識に懐いたんだと思う」
「な、なるほど……」
「まあ拙者は違いますけどね!!全く殴られてないし!!オーバーブロットする前から好きだったし!?ぽっと出の連中と一緒にされたくありませんなぁ!?」
高らかに言い放ってから我に返る。ごまかすように何度も咳払いして、結局咽せていた。
「……まぁそんな感じで、君の体内に魔力があるのはほぼ確定。無意識とはいえ一時的に封印も退けてるみたいだから、本気で取りかかれば君は魔力を使えるようになるはずだ」
一方で、とシュラウド先輩は厳しい表情で続ける。
「君の魔力は、普通の魔法士と違って有限だ。魔力を消費する装備を使って『魔法少女』として活動していた期間があり、ここでも無意識に使用しているなら、かなりの量を消費していると考えるべきだろう」
無意識だからその消費量については全く情報がない。全体量も不明なので全くの未知数。
「それらを踏まえて、もし仮に魔力を解放して魔法が使えるようになっても、それが学校を卒業するまで、もしくは君が故郷に戻るまでに枯渇しないという保証はない」
「……枯渇したら、魔法は使えない」
「そして恐らく、そっちの『保護団体』とやらの強化装備も使えなくなる。……君は二度と『魔法少女』にはなれない」
「それは別に良いです」
「良いんだ」
「元々好きでやってたわけじゃないですし」
シュラウド先輩が乾いた笑いを浮かべる。その微妙な表情に首を傾げると、何でもないとごまかされてしまった。
「今の話は、君が装備していたデバイスの解析結果からの推測を多く含んでいるから、実際の魔力の残量や呪いの解き方を探るためにも、『S.T.Y.X.』で精密検査を受けてほしい、というのは僕の個人的な意見」
そうすれば呪いを解いて、魔力をいつでも引き出せる状態にする事が出来る。魔法も使えるようになる可能性が高い。
「だけど君が『魔法』を望まないなら、検査も解呪も必要ない。魔法が使えなくても君はナイトレイブンカレッジの生徒だし、君の故郷に魔法は無いんだから、実際に魔法が使えないままでも何も問題ない」
君が選んで良いんだよ、とシュラウド先輩は優しく言う。
正直言って、気持ちは落ち着かない。自分がどうしたいのかもハッキリしない。
少し前までは考えた事もなかったんだ。元の世界に帰って、普通の生活に戻る事しか考えてなかった。
このまま元の世界に帰れば、魔法も使わず魔法少女にもなれず、ただ普通の人としての生活が待っている。それは心から待ち望んでいた、一番欲しかった生活だ。
だけど『呪い』をそのままにするという事に、妙な抵抗感がずっとある。不都合なんて何もないはずなのに。
「……別に今すぐ決めなきゃいけない事じゃないよ。検査の日程なんていつでも入れられるし」
「そう……ですね」
「僕個人としては、君がこの世界を選んでくれるなら凄く嬉しい。だけど、家族と離ればなれになる辛さも知ってるつもりだから、帰りたいなら邪魔したいとも思わない」
自由に行き来できるのが都合はいいけどなぁ、とシュラウド先輩はぼそりと呟く。
「ま、調べたい事があるとかでもウチが協力するんで。遠慮なく言って。僕に言いづらかったらオルトに頼むんでもいいから」
「ありがとうございます」
先輩に頭を下げる。めちゃくちゃ頼れる協力者が出来た。嬉しい。
顔を上げれば、いつになく優しい微笑みが目に入る。かと思えば居心地悪そうに目を逸らされた。
「あー、あのね」
「はい」
「お分かりだと思うけど。……拙者、まだ君の事好きだから」
先輩の手が頬に触れる。
「正直、オルトが君を愛してるって言い出した時はどうしてくれようかと思ったんだけど」
「僕も驚きました」
「……まぁその、あんな事しといて、露骨に拒絶されないのは有り難い事だし、だから、あの……その……」
頬に触れていた手が髪をいじりだす。ちょっとくすぐったい。
「とにかく……あ、諦める気は無い、から。……もし気が変わったら、僕を選んでくれるなら、絶対に受け止めるから」
凄く真剣な表情で言う。美形の真顔、怖いけど綺麗。
「マジレスしていいです?」
「え……もうその質問で空気ぶちこわしなんですが……どうぞ」
「ちょっと優しくしたらコロッと騙されてくれそうで危なっかしすぎる」
「君以外には言わないから良いんだよ!!」
「僕、好意を利用した前科ありますけど、信用していいんですか?」
「それを警告してくる時点で語るに落ちるという感じですが。……ちなみに誰?」
「キングスカラー先輩」
「あーはいはい。アズール氏の騒動の時ね。全然問題ない。ていうか、今もレオナ氏が君を好きなのが答えじゃん」
答え?と首を傾げれば、先輩はニヤリと笑う。
「利用されても本望だよ。君のする悪事なんてたかが知れてる。……それに対価の回収はさせてもらいますし、何にでも使われるほどチョロいつもりもありませんなぁ」
ああ、大人しそうに見えても、この人もしっかりこの学校の問題児の一人なんだなぁ。
僕の遠い目をどう理解したのか、シュラウド先輩が頭を撫でてくる。大きくて骨ばってるのに優しい手。
「そういう事だから。……何かあったら、遠慮せず頼って」
「……頼れる先輩が増えて嬉しいです」
無難な本心を答えておいた。余裕の笑顔がちょっと憎らしい。
ちょうど外が賑やかになってきた。玄関の扉を開けば、グリムとオルトが走ってくる姿が見える。
「じゃ、拙者はオルトと寮に戻りますんで」
「はい、今日はお疲れさまでした」
『また遊びに来るね!』
「次こそオレ様が勝つんだゾ!」
さっきまでの話が無かった事みたいに、平穏な別れを告げて去っていった。
青い炎の髪が夕闇の中でゆらゆら幻想的に揺れる。門扉を出た所で振ってくれる手に振り返し、二人の背中が見えなくなってから僕たちもオンボロ寮に入った。