6−2:宙を睨む奈落の王


 談話室に人が一気に増えている。いつの間にかエーデュースも来てたみたい。
 学園長に対する反応はアレだが、数週間不在にしていたシュラウド先輩たちの登場には流石にみんな驚いていた。
 学園長は帰還報告を各寮長にしている途中だったとかで、それでアジーム先輩とシェーンハイト先輩が来ているオンボロ寮に立ち寄ったようだ。
 なにやらぐだぐだぐだぐだと愚痴を言っていたが、要はオーバーブロットが連続して起きてる原因を追究されたけど、『嘆きの島』での事件を先輩たちが解決した事で不問になったんで帰ってきた、って事らしい。
 シュラウド先輩は本人と両親の意向で復学が決まったとの事。戻ってきてくれた事は嬉しいが全く目が合わない。良くも悪くもいつも通りの様子でちょっとほっとした。
「そういえば、オルトの……服?外装?変わったよね。初めて見るやつだと思うんだけど」
『えへへ。さすがに指定の制服は着られないから、兄さんに作ってもらったんだ』
「……制服?」
『今日からナイトレイブンカレッジの一年C組に編入する事になりました!』
「え……ええええええ!!??」
 えっへんと胸を張るオルトに対し、思わず変な声をあげてしまった。
「え、で、でも……オルトってそういうの必要ないんじゃないの……?こう、データをインストールすればいいみたいな……」
『今まではそうだったんだけどね』
 僕たちが戦った巨大なファントムの中には、オルトの身体も入っていたらしい。ファントムが『タルタロス』のシステムに干渉するのに必要だったとかなのかな。
 んで、『雷霆の槍』の雷撃を何度も浴びたせいで、身体に入っていた魔導回路が変質し、一部の情報入力を受け付けないバグが生じてしまったと。
「あの、グリム氏の喉に詰まったもの吐き出させてたでしょ。アレがオルトのメモリーカードだったんだよ」
「あれが?」
『僕のボディも大半は「冥府」に飲み込まれちゃったけど、メモリーカードには僕の全てのデータが保存されてた。だからこうして戻ってこられたんだ』
 よくできた偶然の結果で、オルトは元通り戻ってこられたという事のようだ。……本当に偶然かどうかは脇に置いておこう。
「でも、魔導ヒューマノイド?が編入なんて出来るんですか?」
「オルト・シュラウドくんは確かに人間ではありません。しかし、彼は世界で初めての『自己意識』を持った魔導ヒューマノイドなのです」
「『自己意識』を持ってるってことはつまり……つまり、どういう事だ?」
『簡単に言うと、人間が持つ自我や感情という機能を有しているという事だよ』
 オルトは元々、非常に高度な人工知能を搭載しているので、人間と遜色ないぐらいの思考能力を有している。それはどんなに人っぽく見えても所詮は人間の作ったプログラムで、本人の意思は無く誰かの希望で書き換えられるものだった。
 ……でもそんな事が可能な誰かって多分シュラウド先輩しかいないし、シュラウド先輩がオルトの自意識を書き換えるなんて、可能だとしても全然やりそうにない事だと思うんだけど。そんな感じする。
 それはさておき、外部から修正の出来ない思考回路は『心』と呼ぶに値するものである、といろんな人たちは判断した。
『魔導回路変質の原因については、兄さんや僕自身にもまだ突き止められていない。だから僕は、開発者である兄さんの『研究対象』として入学許可が下りた……ってわけ』
 シュラウド先輩が復学するので、研究対象も近くにいないといけない。
 更に『心』について、外部入力が出来ない状態で起きる変化を観測するのに、多くの人が存在する『学校』に生徒として関わるのは都合が良かった。オルトの精神年齢的にも適当な場所と言えるだろう。
『この状況は偶然の産物によるもの。でももし、今後の研究によって高い再現性を得る事ができれば、魔導工学の未来に大きく貢献するのは間違いないからね』
 限りなく人に近い心を、人が作り出す事が出来る。
 SFとかだと禁忌とされがちなイメージあるけど、第一線の人間からすれば必然というか、当然至るべきもの、という感じなのかもしれない。なんかそういう温度差は微妙に感じる。
 みんながどう思ったかは分からないけど、ハント先輩は感嘆の声をあげていた。
「素晴らしい……驚嘆に値するよ、オルトくん。いや……ムシュー・奇跡!」
『ムシュー・奇跡?それ、僕の事?』
「そうとも。キミが『心』を持つに至ったのはきっと偶然なんかじゃない。シュラウド兄弟がお互いを想い合う気持ちが起こした奇跡さ!」
 ハント先輩は目を輝かせて言う。
「私はこの美しい奇跡を目の当たりにできたことを光栄に思う」
 ……奇跡、か。
 それは確かにそうだろう。普通ならあり得ない事だし。
 だけど、オルトの『心』はもっと前からあったように思う。プログラムされて作られて、人間にとって『望ましい』を選ぶように作られた思考回路だったとしても、人間と実はあまり大差ないんじゃないかな。
 だからこそ地の底にいた『彼』と同調して、あんな大騒動になったんだろうし。
「我が校……特にイグニハイドには、魔導工学分野での活躍を目指す生徒が沢山います。オルトくんの存在は、彼らにとって素晴らしい刺激となるでしょう」
 ボディに青色が目立つのは変わらないから気にしてなかったけど、イグニハイド寮の所属になるのか。まぁシュラウド先輩の研究対象として同行するって名目だからそりゃそうか。イグニハイド寮の生徒たちからすれば、あまり生活は変わらないって事だな。
「シュラウド家からは『S.T.Y.X.』が破壊した施設の修理はもちろん、学園内の設備拡充のためのご寄付までいただきましたし……そのうえでオルトくんを生徒として在学させて欲しいと頼まれては、断れないっていうか……」
 ここでも大人の汚い事情は健在である。声を潜めるだけ節度があると思った方がいいんだろうか。先輩たちも呆れた顔してる。
 学園長は派手でわざとらしい咳払いをした。
「オルトくんはヒューマノイドという特性上、受けられる試験や授業に制限はありますが、今日からはユウくんたちと同じ、ナイトレイブンカレッジの一年生です。仲良くするように」
 まぁ別に異論は無い。同学年のみんなも驚いてはいるけど、拒絶するような雰囲気は無かった。
「異世界人と魔獣の次は、ヒューマノイドが同級生?マジ?」
「世界の魔法学校の中でも、そんな経験できるのは僕たちだけだろうな」
「こったごとあるんだな……たんげすげえ……」
「どんなヤツが来ようと関係ねえ!一年生主席の座はオレ様のものなんだゾ!」
「これからよろしく!」
『兄さんともども、仲良くしてね!』
 オルトが明るく挨拶する一方、学園長の後ろに隠れていたシュラウド先輩は一層身を縮めている。
「いや……拙者はいいんで……虫だと思って無視してください……」
『もー、兄さんったらまたそんな事言って』
 学園長の向こうを覗きこむと目が合った。怯えた顔はしているけど、目は逸らさないでくれてる。
「お帰りなさい、シュラウド先輩」
「…………うん。た、ただいま」
 ちょっと笑ってくれた。僕も笑顔を返しておく。
「あら。無視してほしいんじゃなかったの?ユウにだけ随分愛想が良いじゃない」
「ひぃっ!い、いや、あの、無視して頂いて大丈夫って事でしてあの」
「ユウ。あまり勘違いされるような愛想を振りまくのは感心しないぞ」
「大丈夫ですよ、今日はメガネしてますから!」
 いや深い意味は無いけど。だって先輩が今も僕を好きかなんてわかんないし。
 あの時ももしかしたら、あっちの『オルト』のテンションに引きずられて思いこんでただけかもしれないしなぁ。意外と今は冷めている可能性もある。
『……そうだ兄さん。用意してきたアレをユウさんたちに渡さなきゃ』
「あ、ああ」
 オルトに言われて、シュラウド先輩はどこからともなく大きな紙袋を取り出した。……ちょっと手がぷるぷるしてる。
「コレ、よかったらオンボロ寮のみなさんで……」
 グリムと一緒に近づいて受け取る。ぷるぷるしてたのも納得の重量感だ。エーデュースとエペルも興味深そうに近づいてきて、シュラウド先輩は逆に怯えた様子で一歩引いていた。
 紙袋の中身は大きな箱が一つと、小さな箱がいくつか入っている。どの箱にも『ワンダー・リンク』と楽しげな文字が踊っていた。
「なんだそれ?」
「『ワンダー・リンク』って何?」
「『ワンダー・リンク』!!??」
 エーデュースが声を揃える。慌てた様子で紙袋の中を覗きこんできた。グリムは首を傾げている。
「なんなんだゾ、ソレ?」
「最新の据え置きゲーム機だ。凄い人気で、入荷される度にオモチャ屋に行列ができるんだとか」
「スエオキゲームキ?」
「テレビに繋げてゲームで遊べる機械だよ」
「ふな!『VRマジカルすごろく』も遊べるのか?」
『それはさすがに対応してないけど、いろんなゲームで遊べるよ!』
 貰ったものの中身を理解すると、グリムの目が輝きだす。
 そっか、結局ボードゲーム部の展示も行けなかったもんな。『VRマジカルすごろく』もいつか遊ばせてもらえると思うけど、今は目の前のゲームが気になる。
「ほ、ホントはゲーミングPCにしようと思ったんだけど……グリム氏がいるなら丈夫でわかりやすい方がいいかと思って……」
『兄さんが、初心者用だっていうのに張り切っていろいろ積むのが目に見えてたからね。幾ら何でも重すぎると思って止めておいたよ』
「……弟の方が冷静ね」
 シェーンハイト先輩の指摘に苦笑する。
 確かに、なんか凄いでっかいパソコンとか貰っても困るもんな。いやこれも人気商品みたいだからなんだか申し訳ないけど。
「か、改築の間は君たちがしばらく他寮に仮住まいを余儀なくされたお詫びというか……き、気に入らなかったらリサイクルショップかネットオークションで売ってくだサイ……」
「絶対売りませんよ。ありがとうございます!」
 据え置きゲーム機だけ貰っても仕方ないけど、今は談話室に最新のテレビがついている。つまり遊べる。
『ゲームのダウンロードストアで使えるポイントも入れてあるから、好きなゲームを十本買えるよ』
「そんな事まで!?」
「マジかよ!いいな~」
『僕たちのおすすめはもうダウンロードしてあるから、よかったら遊んでみて』
 どうしよう、めちゃくちゃはしゃいじゃいそう。
 テレビがついただけでも嬉しいのに。
「なあなあ、ユウ!オレ様、そのゲーム機で今すぐ遊んでみたい!」
『じゃあ、僕と兄さんで今からセットアップするよ。せっかくだし、みんなでやろう!』
「先輩たちもどうですか?」
「もちろん!オレも一緒にやりたい!」
「喜んでご一緒させていただくよ」
「ええ、せっかくだしね」
「楽しい時間が過ごせそうだ」
 先輩たちは乗り気の中、シュラウド先輩がちょっと引いてる。
 多分、置いたら逃げる気だったんだろうな、本当は。
「じゃあ、セットして頂いてる間にお菓子の準備とかしちゃいましょうか?」
「そうすっか。オレらもスナック菓子とか買ってきたし」
「冷蔵庫に、クローバー先輩からの改築祝いのイチゴタルトも入ってるぞ」
「そうだ、クラスの子から貰ったのももしかしてお菓子かも」
 談話室に置いておいた紙袋から、包装紙に包まれた箱を取り出す。重さも何となくお菓子っぽいんだよね。
「あ、それ……イグニハイドの人から貰ったの?」
「うん」
「我々も頂いたよ。自室に置いてきてしまったが」
 あの時おじさんを助けた全員にくれたんだ。律儀だなぁ。
 包装紙を開けると、やっぱり中身はお菓子だった。
「えーっと、サンダーサブレーと、ザクロパイ……」
「『英雄の国』の定番お土産だね」
「うわー……親の顔より見たヤツ……」
 シュラウド先輩がうんざり顔で呟いた。なるほど、この人の立場なら山ほど貰ってそう。
「おいしくないんですか?」
「いや、おいしいよ。おいしいけど、安直すぎん?って思っただけ」
 そもそも賠償は全部こっちでするって言ってんのに夫婦揃って首突っ込んできたのにさぁ、と何かぶちぶち言っている。
 どうやら原状復帰の一部に、あのご夫婦も関わってくれてたみたい。このお菓子はおまけって所なんだろう。
「嘆きの島に名産品とか無さそうだし、仕方ないのでは?」
「…………まぁ観光客の来る所じゃないからね」
「それに、これだけ人がいるならお菓子はいくらあっても良いと思います」
「拙者帰っちゃだめ?」
「だめです」
「つらい」
 こうなると飲み物の準備もいるな。キッチンに残ってた食べ物とかは改装の時に全部捨てられちゃったから、必要なものも買ってこないとだ。
「僕、今のうちに飲み物買ってきちゃいますね」
「飲み物なら、オレらもジュース買ってきたよ」
「あと、うちの林檎ジュースもあるよ」
「い、いつの間に……」
「とはいえ、流石に人数が多いからな。買い出しに出るなら付き合うぞ」
「オレもオレも!」
「いや、ついでに寮の買い物もしたいので先輩たちまで付き合っていただくのはちょっと……」
 グリムに声をかけようと部屋を見回して、姿が見えない事に気づく。一瞬背筋がざわついて、それを一生懸命腹の奥に押し込めた。
「グリムー?」
「なんだー?」
 精一杯冷静なフリをして声を張り上げれば、玄関の方から声が返ってきた。内心胸を撫でおろす。程なく戻ってきたグリムは、特に異常もなさそう。
「誰か来てたの?」
「うんにゃ。学園長が帰ったんだゾ」
 そういえばいつの間にかいない。
「グリムひとりでお見送りしてくれたの?ありがとう」
「ま、オレ様は親分だからな!」
 ご機嫌な親分の頭を撫でると、うっとおしそうに払われる。悲しい。
「購買部行くけど一緒に来る?」
「行く!!ツナ缶買うんだろ!?」
「いっぱいは買わないけどね」
 気を取り直して尋ねると、グリムは嬉しそうに目を輝かせた。いつも通り背中をよじ登ってくる。
「じゃあちょっと行ってきます」
「留守番頼むんだゾ!」
『任せて。セットアップも終わらせておくよ!』
「オレも暇だからついてくわ」
「僕も一緒に行こう。欲しいものがあるんだ」
 談話室を出ようとすると、エーデュースが駆け寄ってくる。別に異論も無いので一緒に出た。
 なんだか凄く賑やかな改築記念パーティになりそう。楽しみだな。

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