6−2:宙を睨む奈落の王


 校舎のすぐ近くにあるから何かと目には入っていたけど、工事のための幕とか無くなった状態で改めて見ると、本当に新築みたいにぴっかぴかだ。門とか、襲撃と関係ないところまで綺麗になってる。
 これ、原状復帰どころか建て替えじゃないの?本当に大丈夫なんだろうか。お金。
「お、来た来た!おーい、ユウ!」
 アジーム先輩が玄関の前で手を振っている。バイパー先輩に、シェーンハイト先輩やハント先輩、エペルもいた。グリムもいるけど、一緒に帰ってたはずのエーデュースの姿が見えない。
「ようやく主役のおでましね」
「お待たせしてすみません。……エーデュースは?」
「寮に取りに行くもんがあるから、先行ってろって言われたんだゾ」
 そうなんだ。なんかあったのかな。
「じゃ、あの二人はほっといて、中を見ていきましょう」
 まぁ住むのは二人じゃないもんな。別にいっか。
 玄関扉の鍵まで綺麗になってる。開けるのもスムーズだ。
『おかえり、ユウ、グリム!!』
 いきなり声をかけられてびっくりしたけど、いつものゴーストたちだとすぐに気づけた。建物が綺麗になっても変わらずいてくれたらしい。
「ただいま、みんな」
『ポムフィオーレで元気にしてるって話は聞いてたけど、顔を見るとやっぱりほっとするよね』
『戻ってきてくれてよかった~。このまま戻ってこなかったらどうしようかと思ってたんだ~』
「戻ってこないのに改築なんてしないでしょ」
『まぁそうなんじゃが、こうして顔を見るまでは不安でな。生きた心地がせんかったよ』
「オメーらゴーストだろ」
『おっと、そうじゃった』
 ゴーストたちはケタケタ笑って、後ろに続く同行者に『ごゆっくり』なんて言いながら消えていった。
「工事中にゴーストが邪魔をしたって話は聞かなかったけど、ずっとここにいたのね」
「作業を見張っていたのかもしれないね。歓迎してくれるという事は、彼らも納得する良い修繕が出来たのだろう」
 彼らもオンボロ寮の住人だもんな。……もうオンボロって言える外観じゃない気もするけど。
 建物の損傷としては談話室周辺が非常に酷かったんだけど、『原状復帰』とは言いながらやっぱり全部建て替えられてるレベルで違う。どうも破壊された部屋だけ直すのも難しくて、かなり大規模なリフォームになった、という説明だったらしい。……いやまぁ、もしかしたらシュラウド先輩のご実家が気を利かせてくれたとかなのかもしれないけど。
 とはいえ、建て替えレベルのリフォームになったからこそ、壁の中とかに埋め込まれた配管も直す事が出来た、という話。派手に壊れた事を喜ぶべきとは思わないけど、まぁ怪我の功名という事でいいのかな。
 キッチンの床も張り替えられていて、基本的な家具家電は前と変わらないのにすごく明るくなった気がした。水回りのリフォームを行ったので、シンクは真新しくなってる。かまどを残してるのがアンバランスになっちゃった気がするけど、これはこれで味だよな。そう思いたい。
 お風呂場もすっかり綺麗になった。キングスカラー先輩がくれた新しいバスタブが新しすぎて浮いてるくらいだったのに、今やしっかり馴染んでいる。棚は磨かれて、これまでにもらったシャンプーの空き瓶がディスプレイみたいに綺麗に並べられているのを見た時は流石に笑った。ゴーストの誰かが口出しとかしてくれたのかも。
 トイレも数は増えてないけどめちゃくちゃ綺麗になってる。温水便座ついてた。スゴすぎる。
 もう全然『オンボロ寮』じゃないな。改名した方が良いかも。学園長は何も言ってなかったけど、寮として使われてた頃の名前とかないのかなぁ。
 談話室もすっかり綺麗になっていた。窓はぴかぴか、カーテンもしっかりしたものになってる。ラグもテーブルもソファも新品。
「オレとしてはもっとド派手なシャンデリアとかつけたかったんだけどなぁ」
「シャンデリア代だけで『VDC』の報酬が全部吹き飛ぶ金額だったんだ。諦めろ」
 スカラビアの金持ちトークはさておき、僕の目は改築前には無かった設備に釘付けになっていた。
「て、テレビがついてる……!」
 今までは古ぼけた額縁しか無かった壁面に、大きなテレビ台とその横幅いっぱいの画面を備えた薄型テレビが置かれていた。コンセントも増えてる。
「それも『原状復帰』の範囲ですってよ。他の寮の標準設備を参考に直したみたい」
「録画機能もついてる最新式だね。インターネット接続や多種多様な放送様式にも対応している優れものだ」
「すすすすすごい……!文明……文明がある……!!」
「廃墟の頃から古いだけで文明はあるだろ、一応」
 バイパー先輩から律儀なツッコミを頂いてしまった。感激している僕にハント先輩が微笑みかける。
「そうだ。ユウくんの部屋にはあっとおどろく仕掛けがあるんだ。見に行ってごらん」
 そう言われては気になる。
 早速上の階に向かった。もう階段は軋まない。
 僕の部屋は談話室の近くにあるので、原状復帰の対象にも含まれていただろうとは思う。残してきた荷物とかめちゃくちゃになって、何もないかもしれない。
 そんな事を考えていたので、目の前に飛び込んできた光景には目を見開いて固まってしまった。
 豪華なラグに重厚なカーテン。あらゆる調度品が数ランク上になっている。暖炉なんか談話室より豪華に見えた。その上の鏡は綺麗に磨かれてフレームも整えられてるし、ベッドの上に座ったハリネズミくんまで、ローズハート先輩とお揃いのマントと王冠を身に着けている。
「なんじゃこりゃ!ポムフィオーレみたいなんだゾ!」
「どう?気に入った?」
「い、いくらかかったんですか……!?」
「金額を聞いたら、アンタきっと飛び上がるわ」
 シェーンハイト先輩がにやりと笑う。ひええ、と口から息が漏れるのを見て、先輩は吹き出した。
「……冗談よ、冗談。実は水回りの修繕と談話室のリフォームに予想以上に予算を食われて、アンタの部屋までは手が回らなかったの」
「じゃあ、これは一体?」
 首を傾げていると、先輩は机に飾られた見覚えのないオブジェに触れた。途端に室内が見慣れた部屋に戻る。いやところどころ新品にはなってるんだけど、これはまさしく『原状復帰』だと思えた。暖炉の上の鏡もハリネズミくんも元通り。
「ふなっ!?どういう仕組みなんだゾ?」
「さっきの部屋は、この魔法の投影機を使って作り出した幻」
 先輩がさっき触っていたオブジェを抱える。地球儀みたいな形で、真ん中の玉は月みたいに見えた。こういうルームライトありそう。
「これを使えば、質素な部屋をリッチに見せる事が出来る」
 この世界のCGエフェクトやプロジェクションマッピングなんかが発展していなかった時代には、こうした魔法の投影機が舞台装置などに使われていたらしい。こっちの方がスゴいような気もするけど、魔法石が必要だったり使用範囲の融通が利かなかったり不便な面もあって、技術が発展するにつれて使われなくなっていったとの事。
「中古品を知人に安く譲ってもらったの。オモチャみたいなものだけど、気分をアゲるには十分でしょう?」
「すごいです!ありがとうございます!」
 投影機自体のデザインもおしゃれだし、インテリアとしても良さそう。インテリアを置くような性分じゃないけど。
 そんな話をしていたら、玄関の方からブザーが鳴った。
「ん?誰か来たみたいなんだゾ」
 グリムが部屋を出ていくと、アジーム先輩とバイパー先輩が続いた。
『ユウ、クローゼットの中を確認してよ』
「クローゼット?」
 言われて振り返る。確かに新品のクローゼットが置かれていた。前に使っていたクローゼットとほぼ同じ大きさだ。
 新品になってるなら中身も空っぽなんじゃないの?と思いながら扉に手をかける。扉を全開にすれば、前と同じクローゼットの中身がそこにあった。
 クリーニングのビニールはかけられているけど、必要で買い揃えた服も、エーデュースと揃えたものも、シェーンハイト先輩から貰った服も、見たところ一枚も欠けずに並んでいる。
「……これ、って」
『驚いた?机にあったものはほとんどダメになっちゃったけど、クローゼットの中身は全部無事だったんだ』
『天板や扉がしっかりしておったからのう』
『とはいえ、流石にボロボロになっちゃったから、クローゼット自体は交換しないとダメだったんだよね~』
 ゴーストたちが嬉しそうに説明してくれる。
『もちろん、ユウの宝物も無事だよ』
 はっとしてクローゼットの底を確かめた。見覚えのある箱がそこにある。中身が入ってる重さを感じながらも、蓋を開けて中身を確かめた。
 貰った手紙も、皿も、ペンダントもちゃんとそこにある。いろんな気持ちがこみ上げてぐちゃぐちゃになったけど、ひとまずただ箱を抱きしめた。
「宝物?」
『ユウの大事な「王子様」からのプレゼント~』
 ゴーストがそう言った瞬間に、室内の空気が緊迫した。振り返るとシェーンハイト先輩の顔が怖い。
「ふぅん。そう。王子様、ねぇ……」
「え、あ、いや、これはその……」
 あなたから貰ったものなんですけど。
 説明するより先にシェーンハイト先輩が距離を詰めてくる。怖い。
「アタシにも見せてくれないかしら?どんな素敵なプレゼントを貰ったの?」
「あの、……はい」
 説明するより見せた方が早いわこれ。
 再び箱を開けて、中身を先輩に見せた。最初訝しげだった先輩は、中に入ってるものを確認するうちに、毒気の抜けた顔になっていく。
「……訊いてもいいかしら」
「な、なんでしょう」
「合宿中は机の上に飾ってあったと思うんだけど。……どうしてしまいこんでるの?」
「あ……いや……深い意味は別に……」
「……そういえばユウくんは、グリムくんを『嘆きの島』から連れて帰れなければ、学校に戻らない覚悟だったと話していたね」
 ハント先輩が余所事のような空気で、あからさまに明後日の方向を見ながら言った。ぴくりとシェーンハイト先輩の肩が震える。
「え、でも、カローンが来た時はグリムクンがどこにいたか誰も知らなかった、ですよね?」
「そうだね。つまりグリムくんが学園内で暴れて捕獲された後、『嘆きの島』に連れていかれる前から、退学を覚悟して身辺整理をしていた……と考えられなくはない」
 ただの憶測だけどね、とハント先輩は微笑むが、こっちは反論が無い。目の前のシェーンハイト先輩から感じる怒りのオーラが怖くてそれどころじゃない。
「おっと。下が騒がしくなってきた。私たちも降りようか、エペルくん」
「そうしましょうか」
「え、ちょっ……」
「ゴーストの皆さんもよければ下へ」
『そうしようか』
『もう案内する所も無いしのぅ』
『伝える事は伝えたからね~』
 白々しく言い放ったハント先輩と一緒に、エペルもゴーストたちも部屋を出ていく。扉の閉まった音を最後に、痛いほどの沈黙が流れた。
 どれほどそうしていただろう。
 何か言わなきゃと思うけど、何を言うべきか分からない。
 だって諦めるって決めたし。今更、何を弁解しなくちゃいけないっていうんだ。でも、傷つけてしまいそうで怖くて言えない。
 また頭の中がぐちゃぐちゃになってきて、うまく整理が出来なくて黙り込んでいると、シェーンハイト先輩は無言のまま僕を抱きしめた。腕に箱を抱えているので何も出来なくて、ただ先輩の温もりに身を任せてしまう。
「……解ってるの」
 先輩がぽつりと呟く。
「アナタが故郷に、元の世界に帰りたがってる事は、解ってる」
 髪を撫でられる。とても心地良い。許されるならずっとこうしていたい。
「でもね。……お願いだから、黙って出ていったりしないで。アタシに何も知らせずにいなくならないで」
 切実な声音だった。少し震えているようにも思う。
 どう答えていいか分からない。頷いていいのかも分からなくて、ただ曖昧に身を寄せる。
 少しの沈黙の後、先輩は腕を解いた。僕の頬を手の甲で撫でて、僅かに微笑む。
「それ、また飾ってくれる?」
「……そのつもりです」
「良かった」
 穏やかに目を閉じて数秒。次に目を開いた時にはいつもの先輩だった。
「決めたわ」
「はい?」
「次の休みに、春夏の服を買いに行くわよ!」
「ほあ!?」
 戸惑う僕に、先輩はいつもの意地悪な笑みを向けてくる。
「正直言って遅すぎるぐらいのタイミングだけど、『VDC』があったからアンタの事まで構ってる暇が無かったし仕方ない。こうなったらストレス解消として徹底的にコーディネートしてやるわ!!」
「お、落ち着いてください、先輩」
「落ち着いていられるわけないでしょう!?こっちはこの数週間ずっと我慢してたのよ!何でかアンタがアズールとデートしてたの思い出してはイライラしてたんだから!」
「同じ部屋に四週間も寝泊まりしといて何を言い出すかと思えば!」
「関係ないわ!!アタシだってアンタとデートしたいの!!!!好みに飾って一緒に買い物してカフェに行って綺麗な景色眺めてディナーを楽しんだりしたいの!!!!」
 声量と勢いに押されて口をつぐむ。先輩は僕を睨みつけていたかと思うと、今度は笑い出した。とびっきりご機嫌な笑顔を向けてくる。
「……まぁ次の休みは急だから無理だとしても、近いうちにデートは絶対するから。予定空けなさいよ」
「ほ、ほどほどでお願いします……」
「アタシが『ほどほど』で満足すると思う?」
「…………無理そうですね」
「そういう事よ」
 苦笑するしかない。
 いったんクローゼットに箱を戻して、一緒に部屋を出る。
 ……デートかぁ。
 顔がにやけそうになるのを必死で堪える。そんな自分に気づいて頭を振った。
 お互いにとって楽しい思い出になるのは良い事だけど、それより先には進んではいけない。
 もう諦めるって決めたんだから。
「あら、学園長?後ろにいるのは……」
 階段から下を見ていた先輩が声を上げる。慌てて追いかけると、先輩の言葉通り学園長と共に、青い炎の髪の兄弟が立っていた。
「…………ドモ……」
『ひさしぶり、ハシバ・ユウさん!』

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