6−2:宙を睨む奈落の王


 オンボロ寮は『S.T.Y.X.』の襲撃直後から立ち入り禁止になっていた。
 おかげで学用品とか日用品が無事かどうかの確認さえ出来ず、ほとんどのものを新品で揃えてもらう事になってしまった。なんだか申し訳ない。
 保健室の先生の助言通りポムフィオーレ寮で過ごしたんだけど、いつか思った通りというか、まぁやっぱりキラキラしいので大変だった。
 隙あらば美容グッズを勧められるし、実際に塗られるし、ヘアメイクの練習と称してマネキン代わりにされるし、寮生たちのおもちゃにされていた感じは否めない。写真もめちゃくちゃ撮られた。
 一方、シェーンハイト先輩とは適切な距離を保てていた、と、思う。
 部屋はゲストルームを借りたんだけど、お互いの部屋に行き来したりとかは無かった。顔を合わせるのは談話室ぐらい。合宿の時の距離感がおかしかったと言われれば何も言えない。
 でも勉強も見てもらったし、寮生に囲まれて困ってる時は助けに来てくれた。ちゃんと気にかけてくれてた、と思う。
 この時間もいつかは良い思い出になるだろう。先輩にとってもいい思い出になってくれればいいな。
 いつか離ればなれになった後も、思い出してくれる事があればそれだけで幸せだ。今はそう思える。
 ポムフィオーレから学校に通うのも慣れてきたけど、日々オンボロ寮の工事は進んでいて、今日は修繕と改築の終わったオンボロ寮に戻る日だ。
 ささやかなお祝いもしよう、とNRCトライブのみんなが言ってくれたので、前回とは全く違う楽しい集まりになるだろう。
「ハシバくん」
 帰り支度をする僕に声をかけたのは、イグニハイド寮の生徒だ。前に、シュラウド先輩からの問題集の差し入れを届けてくれた子。
「早く帰りたいトコなのにごめんね。少しお話、いい?」
「あ、大丈夫ですよ。グリム、エーデュースと先行ってて」
「早くしろよ、子分」
 三人が遠ざかっていく。他の生徒たちもこちらを気にする事は無く、続々と教室内から出ていった。
 人が少なくなった所で、彼はどこからともなくそこそこの大きさの紙袋を取り出す。
「これ、うちの両親から。お詫びとお礼」
「へ?ご両親?」
「うん。父さんを助けてくれてありがとう」
 しばらく無言で見つめてしまった。嘆きの島での事を思い出し、声を上げる。
「あの、『S.T.Y.X.』のおじさん!!」
 そういえば、ナイトレイブンカレッジに息子が通ってるって言ってた。まさか同じクラスの生徒だったとは。
 少年ははにかんだように笑う。
「母さんがね、卒業したら『S.T.Y.X.』においでって、言ってたよ。カローン隊にスカウトしたいぐらいだってさ」
「…………あ、え?……あの、もしかして、僕と手合わせしたカローンの女の人って……」
「ボクの母さんだよ」
 世間狭すぎない!!??
「『嘆きの島』の住人はね、一定以上の強い魔法が発現したら島にはいられなくなるんだ」
 ぽつりぽつりと、普段と変わらない静かな口調で語り出す。
「本当は、ボクたち家族は島を出ないといけなかったんだ。父さんはずっと進めてきた研究を、母さんはカローンの仕事を、それぞれ手放さなきゃいけなかった。……ボクのせいで」
 ナイトレイブンカレッジからの入学許可証が届いた時、一家はついに進退を迫られた。夫妻のどちらも『S.T.Y.X.』では要職に就いていたけれど、それは慣習を覆す理由にはならない、……はずだった。
「だけど当主様、……イデア様のお父様が、ボクたち家族が島に残る事も、ボクがナイトレイブンカレッジに通う事も、許してくださった」
 シュラウド家の次期当主であるイデアが何不自由無く学べるのに、ほとんど同じ環境に身を置く子どもが、家族の仕事と天秤にかけなくては学べないのはおかしい。
 そう主張して古い考えの職員たちの意見を強引に抑え、『S.T.Y.X.』の所長は彼ら家族に仕事の保証と就学の支援を行った。現場の職員たちに夫妻の残留は純粋に喜ばれ、またナイトレイブンカレッジで魔法のコントロールを学ぶ事は、ブロット研究においても重要であるとの意見も後押しとなって、一家は追放を免れた。
 この変化が、『嘆きの島』に暮らす人々、特に若い住人に安堵をもたらしたのは言うまでもない。
 子どもが魔力を持って生まれてきたら故郷を追放される、という恐怖は無くなったのだから。
「……当主様のお許しで、学校に通えるようになったのは解ってる。でも、ボクたちにとっての救い主はイデア様なんだ」
 悲劇を乗り越えた異端の天才。
 その能力は島の子どもたちにとっては憧れだった。狭い世界の中で彼の偉業は何度も語られて、神様の子どもを目にしているような気持ちだったと、少年は語る。
「ボクがここに通えているのは、二年前にイデア様が通い始めたから。イデア様がナイトレイブンカレッジに通っていなかったら、ボクたちの慣習は変わらなかった。だから、イデア様のおかげなんだ」
「……そっか」
「ハシバくん。イデア様を止めてくれてありがとう。ボクたちの大切な人を、助けてくれてありがとう」
「……こちらこそ、ご両親にはたくさん助けていただいて感謝しています。ありがとうございました。どうか、よろしく伝えてください」
 少年は笑顔で頷く。普段は無表情で無気力な印象なんだけど、その笑顔はとても晴れやかで暖かいものだった。

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