6−2:宙を睨む奈落の王



「……いけないんだ、こんなところで覗き見して」
 真っ白い世界の中で、誰かの声がする。聞いた事がある、似ているのに、なんだか違和感があった。
 やがて声の主が姿を現す。青い炎の髪と金色の瞳、白い無機質な身体。でも記憶の中の彼と違って、口元が露わになっている。
「……オルト?」
「そうだよ」
 違和感の正体は口調の違いだ。声はそっくり同じなのに、知ってる彼はどこか無機質なのに対し、目の前の少年はどこまでも言葉が自然に思える。
「……ああ、えっと。……弟さんの方」
「言いたい事はわからなくないけど、あっちの『オルト』も弟だよ」
「ややこしいよ」
「仕方ないよ。同じ名前だし。そっくりに作られてるし。……だから出来た事だと思うけど」
 少年は柔らかく微笑む。
「……いつから、オルトだったの?」
「ルーク・ハントさんにお礼を言いに行った時には同期してたよ」
 あの時か。エペルがオルトの事を『雰囲気が変わった気がする』って言ってたけど、当たってたんだな。
「そう。あの時、僕は恋に落ちたんだ。一目惚れってやつ」
 はにかむように微笑まれたけど、僕の方は真顔になってる。
「なんでエペルがいるのにこっちに来るんだよ……」
「あのねぇ。キミってば人間のくせにそんな事も分からないの?」
 本気で呆れた顔をされた。遺憾。
「顔の造形だけでキミに惹かれたんじゃないんだよ。理屈じゃないの。運命だよ、運命」
「道端で僕をナンパしてくるヤツ、みんなそれ言う」
「もう!そんな連中と一緒にしないでよ!僕は本気なんだからね!」
 頬を膨らませる。表情豊かだなぁ。オルトってこんな顔も出来るんだ。
「……まぁでも、正直な事を言えば。『オルト』の目を通してキミを見たわけだから、僕が惚れたのか、『オルト』が惚れてたのかは正直わかんないけど」
「……オルトが?」
「今となっては卵が先か鶏が先かみたいな話だよ」
 面倒くさそうに言い放ちつつ、少年は目を細める。
「ねえ、キミの話を聞かせてよ」
「い、いきなりなに?」
「兄弟はいるんだよね?両親は?どんな家に住んでたの?」
 矢継ぎ早に質問を投げかけてくる。答えていいのかどうか。
 目の前の顔は無邪気な少年だ。そもそも夢の中での事にそこまで難しく考える必要もないだろう。
 ひとつずつ答えていく。思い出も習慣も、些細な事さえ少年は興味深そうに聞いて、楽しそうに頷いていた。
「そんなに面白い話してるかなぁ」
「面白いよ。異世界の話なんてそうそう聞けないからさ」
 そりゃそうだろうけど。
「魔法少女のキミから見て、僕って怖いラスボスだった?」
「全然」
「なん……だって……!?」
 足場すら定かじゃない空間で、大げさによろめいて見せる。そんなにショックだったのか。
「そりゃこっちは、笑いながら人間の手足を素手でもいで遊ぶ、話の通じない女とかと戦ってたんだから」
「『オルト』だってビーム出せるよ!!」
「いや持ってる武器が怖いからとかじゃないんだよ。そんな事言ったらナイトレイブンカレッジの先輩たち、みんな怖い人になっちゃう」
「…………怖い人だよ?言ってる事も物騒だし」
「いや、あー、うーん、なんていうかね。先輩たちは、僕が戦ってた連中とは根本から違う感じがしたんだよね」
 彼らが『魔法』という命を簡単に奪える力を持つ事は解っている。オーバーブロットして制御も理性も無くなってしまえば、存在そのものが恐怖であるというのも理解しているつもり。
 それでも、少なくともナイトレイブンカレッジの生徒たちは、ただ自分勝手なばかりの我が儘を、抑えつけられたから反発して暴走した、とは思えなかった。
 暴走の背景には苦しみや悲しみ、後悔がある。積み重ねてきたものが崩れた事で、錯乱状態に陥った事は感じられた。
 ローズハート先輩の時、僕は以前と同じように対応しようとした。……殺さなくては止まらないものだと思っていた。現実には全然違ったけど。
 今更、あの頃の判断が間違っていたとは思わない。『保護団体』も同情すべき相手じゃないと言っていた。自分でもそう思う。
「僕が戦ってきた『どうしようもない』連中とは違うんだよ。もっと純粋で気高くて、綺麗な人たちだ」
「キミ的には『どうしようもない』人たちの方が怖かった?」
「……うん、そうだね。そうなるかな」
「でも僕は怖くないんだ。『どうしようもない』のに」
「……だって、シュラウド先輩が大切にしている相手が『どうしようもない』とは思えないからなぁ」
「兄ちゃんが僕に洗脳されてるんじゃないか、とか思わなかった?」
「えー?……思わなかったなぁ。写真見て何となく事情は察したし、面倒見のいい人なのは知ってるし」
 自分が知っているシュラウド先輩の姿なんてほんの一握りも無い。過大評価だと言われれば否定は出来ない。
 それでも信頼を置けると僕は思うってだけ。なんとなく、だけど。
「うーん。ラスボスらしく振る舞うのって難しいなぁ」
「ならなくていいでしょ、ラスボスなんて」
 味方でいてよ、と軽口を叩けば、少年は笑った。
「もちろん。……キミがそこにいるなら、なんてね」
 保証は出来ないかな、と肩を揺らす。
「……確か『ケルベロス・システム』って、シュラウド家の人の肉声じゃなきゃ動かせないんだよね」
「うん、そうだよ」
「最初の停電の時って、君がやったんだよね?」
「そうだよ」
「……君って、厳密には死んでない?」
「スーパーウルトラ拡大解釈をすれば、そういう事になるかもね」
 ブロットを燃やす炎でファントムを取り込み続け、人だった頃の姿は見る影も無い。
 オーバーブロットで生じたファントムが、魔法士が力尽きた後に残るという現象に近い事が起こって、彼はあの姿になっていた、という事だろうか。
「でも、もうあの姿が僕の現実だから。自我があっても害が無くても、あの姿じゃ人の世界では生きられない」
 だからこそ兄弟はファントムと人間が共存する世界を望んだ。
 愛する家族と一緒に生きられる世界を作ろうとした。
「ファントムがそこらじゅうにいれば、僕がその辺を歩いててもおかしくないでしょう?」
「無理じゃない?あのサイズだと」
「ダメかなぁ」
「お店にも入れないし」
「お店を大きくすればいいんだよ!」
「強気~……」
「『冥府』の王様なんで!」
 揃って声をあげて笑う。顔を見合わせた時に、すっかり普通に話してしまっていた事に気づいた。そんな事は指摘せずに、少年はただ愛おしそうに微笑む。
「僕はね、兄ちゃんにもっとたくさん好きな事をやってほしい。そして、兄ちゃんの凄さをもっといろんな人に知らせたい」
 そのために『レテの河』だって壊したんだし、と続ける。聞き慣れない単語に首を傾げると、記憶を操作する神話の時代の遺物だと説明された。それがあるから、『S.T.Y.X.』は目撃者の抹消も考えず派手な活動をしていたのに存在を知られていなかったのだと。
 便利なものがあったんだなぁ。……もう壊されちゃったみたいだけど。
「あんなものがあるから兄ちゃんが悲しい思いをして無気力になってたんだもの。壊すしかないじゃん?神話時代の魔法道具は現代に再現するのが難しいから、壊しちゃえばしばらく使えないし!」
「でも、『S.T.Y.X.』って凄い技術者の集団なんでしょ?」
「大丈夫!もうソフトもハードも粉っっ々にしてきたから!『S.T.Y.X.』でも百年は復旧できないね!」
 ざまあみろ、と実に悪い笑顔で笑っていた。兄を思って行動した弟の笑顔には見えない。
「……だから、僕の事も忘れないでね」
「……少なくともここにいる間は、忘れられないと思うよ」
 少年が僕の手を取る。お互いに体温を感じない。
「僕は、多少、君と近い事になってたと思う」
「近い……?」
「双子の姉と一緒に、誘拐されそうになって。助けを求めて車から飛び出した事がある」
 少年はただじっと僕を見つめていた。彼の兄と同じ金色の目を見つめ返す。
「あの時、僕はたくさんの大人に助けてもらえた。運が良かった。……もし飛び出さなかったら、警察が話を信じてくれなかったら、僕は殺されていたかもしれない」
「………」
「本当に、運が良かっただけ」
「でも、キミは戦って勝ったんだよ」
 少年は強い眼差しを僕に向けていた。手に力を込めて、真剣な表情になる。
「確かに運が良かっただけかもしれないけど、キミが飛び出さなかったら、お姉さんももっと危険な目に遭ってたかもしれないでしょう?」
「でも……」
「そんな言葉で、自分の勇気を否定しちゃダメだよ。僕の不幸まで背負いこまないで」
 強い言葉をぶつけながらも、優しく目を細めた。
「そうさ。何でもかんでも背負い込む必要は無いんだよ。……いや、だからこそキミはあちら側なのかもしれないけど」
「あちら側?」
「『正義の魔法少女』はキミの天職って事」
「…………それはやだ」
 心底から出た言葉だったんだけど、少年は無邪気に笑った。
「だって、マスコットの相棒がいるのは魔法少女じゃない?」
「否定はしないけど。……大魔法士の子分の方がマシかな」
「往生際が悪いなぁ」
 うるさいやい。
 不意に、少年の手が僕の頬を撫でる。どこか幸せそうにこちらを見つめていた。
「僕の『花嫁』」
 愛してるよ、と優しい声が続く。
「こっちの世界もあっちの世界もイヤになったら、『冥府』においでよ。星の終わりまで愛し合おうね」
「その前に僕が死ぬ気がするんだけど」
「やだなぁ、『冥府』だよ?死んでも逃げられないから安心して」
「うわぁ……」
 僕がどん引きした顔をすると、少年はケラケラ笑っていた。
「あ、兄ちゃんのお嫁さんになってくれてもいいよ?そしたら、それはそれで二人の事を近くで見守れるし」
「いや、僕は故郷に帰るんで!」
「ふぅん?つれないんだ」
 僕が困るのを楽しんでいる様子だ。不機嫌を顔に出してアピールすると、くすくす笑いながら顔を近づけてくる。
 ごく自然に額を触れ合わせて、また優しい微笑みを浮かべた。
「ザクロが無いのが残念だけど、僕は一年の一部だけなんて絶対ガマンできないから、結局意味ないよね」
 そんな事を呟くと、僕の頬に口付けをした。体温は相変わらず感じないけど、触れた感覚だけは妙に鮮明に伝わる。
「唇のキスは誓いの時までとっておこう」
 悪戯っぽく笑った。楽しそうなのに悲しそう。
「さよならは言わないよ。信じてるから」
 手の感触が離れていく。目の前にいるはずの少年の姿がどんどんぼやけて遠ざかっていく。
「またね、ユウ。……ありがとう」
 世界が白一色に染まる。
 眠りに落ちるように、頭の中も真っ白になった。

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