6−2:宙を睨む奈落の王


 絵本のような夢を見た。


 ふたりは、とても仲のよい兄弟だった。
 好奇心旺盛で悪戯好きで、毎日を一緒に過ごしていた。

 ふたりの運命は決まっている。
 彼らは呪われているから。
 一族の呪いの証である蒼い炎の髪の毛は、彼らの未来を海の奥底へ閉ざしてしまった。
 生まれてから死ぬまで、きっとこの狭い世界から出ていく事は出来ない。

 賢い兄弟は心のどこかでそれを理解しながら、それでも外の世界を夢見た。
 家は裕福だったから、娯楽はたくさん与えて貰えた。架空の世界を通して見る外の広さは、兄弟の好奇心を刺激した。

 兄は天才だった。兄は弟が大好きだった。
 弟は前向きな性格だった。弟は兄が大好きだった。

 弟は外に出ようと兄に言った。兄は弟の願いを叶えようとした。

 幼い少年たちの好奇心は、兄が天才であったばかりに、最悪の偶然が重なり残酷な結末を迎えた。


 弟を失っても、兄は天才だった。
 兄は弟を取り戻そうとした。
 弟の思考、記憶、声。
 天才と呼ばれる所以の能力の全てと二年という歳月を注ぎ込み、兄は『弟』を完成させた。

 魔導ヒューマノイドという形で。

 それは完璧な出来だった。十二歳で完成させられる精度のものではない。……だけど、完璧な再現は出来なかった。
 そこに弟の心はなく、魂は無い。プログラムされた通りに思考し語るだけの人形でしかなかった。

 兄は泣き崩れた。
 どんなに歳月をかけても、大切な弟は戻ってこない。
 繰り返した後悔と思考実験の数は知れない。諦めきれずに『弟』を絶えず改修しながら、彼の心は閉ざされていった。

 普通の家に生まれたかった。
 呪われた家系でさえなければ、弟を失う事は無かった。
 普通の兄弟であったなら、きっとこんな別れなど味わわずに済んだ。

 どこにでもある、誰でも持っている、普通を持って生まれたかった。


 普通の兄弟であったなら、きっと生き分かれる事なんてなかった。
 けれど普通の兄弟であったなら、出来ない形での再会を彼らは果たした。

 兄は弟を愛している。だから今度こそ共に逝こうとした。
 弟は兄を愛している。だから兄の手を放し生者の世界に留めた。
 離れていた八年の歳月は、二人の生きる世界を明確に分けてしまった。

『全てを捨てるには、兄ちゃんはこの世界を愛しすぎている』

 亡者の王となった弟は、奈落の底、門の向こう側で微笑んでいる。
 兄の才能に誰もがひれ伏す世界を夢見て、温度のない暗渠を揺蕩う。
 生者の兄は、門のこちら側で陰鬱な表情を浮かべている。
 歯を食いしばり、嫌な役目を背負いながらも、弟が夢見た最高の兄でいるために、世界を守り続けるだろう。

 二人の番人は、互いの世界と夢を守るために、誰にも出来ない仕事を勤勉にこなしていく。

 彼らの痛みと戦いが無かった事にだけはされないように、心から祈った。


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