6−2:宙を睨む奈落の王
………
小さな呟きを残し、少年の身体が傾ぐ。真横にいたマレウスが咄嗟に抱き留めるが、その身体は完全に脱力していた。
「ユウ!!!!」
誰かが悲鳴のような声で少年の名を叫べば、和やかだった空気が一気に緊迫した。各々の寮に帰らんとしていた面々が振り返り、一斉に駆け寄ってくる。
マレウスは受け止めた悠の身体を安定させるべく膝をついた。グリムが悠の身体に登り頬を叩く。
「ユウ!どうしちまったんだ!?」
反応はない。ただ静かな呼吸が繰り返されている。
突然の事に駆け寄ってきた面々も動揺していた。
「一体どうしたっていうの!?」
「まさか、彼にも『冥府』の影響が……!?」
「眠っている」
混乱の声を遮るようにマレウスが言うと、困惑と見解を述べていた者たちがほぼ同時に口を閉ざした。
「…………寝て、る?」
「ああ。眠っているだけだ」
「なん……なんだよそれ……心配かけさせやがって……」
円を描くように集っていた面々が、これまた一斉に脱力する。空気は一気に和やかなものへと変わった。
「この様子なら四日……いや、三日も眠れば無事に回復するだろう」
「三日!!??」
脱力したと思ったら緊張を取り戻し跳ね起きる。騒がしい人間たちの反応にマレウスは不思議そうな顔で首を傾げた。
「何をそんなに驚く事がある?」
「あのなァ、妖精様には瞬きの間かもしれねえが、人間は三日も眠り続けたらオオゴトなんだよ」
「そういうものか。特に治療も必要ないのだから問題ないと思うが……」
「それって本当に眠っているだけなの?」
ヴィルが青ざめた顔で尋ねる。マレウスは無表情に彼を見つめた。
「アンタには何が見えてるの?この子に何が起きてるの?」
マレウスの肩を掴むヴィルの手は震えていた。その問いの答えを誰もが待つ。
「案ずるな、シェーンハイト。ユウには何も起きていない」
僅かに笑みを浮かべながら静かにそう答えた。ただ、その答えに納得しているものは少ない。
しかし不審の目を気にするマレウスではない。誰かが問いを投げてくる前に、マレウスは悠の身体を抱えて立ち上がった。
「おい、どこに連れていく気だ!」
「……保健室だが?」
当然という顔で返されて、一部が固まる。
「あの建物ではもう寝泊まりは出来ないと誰かが話していた。それに大事だと言うのなら、養護教諭に預けておくべきだろう」
言葉に対する答えなど待たずにマレウスは歩き出した。異様な光景に動揺する野次馬たちは、恐れおののくように道を開けていく。
運動場にはただ、困惑と静寂が残された。
大まかな汚れは魔法で清め、保健室の寝台に少年を寝かせる。
その表情に一切の苦悶はなく、ただ安らかに眠っているだけだった。
マレウスの目は眠っている悠の胸を見つめている。物理的に何かあるわけではない。人の目には見えないものが、マレウスには視えている。
それは赤黒い薔薇だった。心臓の真上に綻ぶ大輪の花を中心に、黒い茨が伸びて少年の全身に広がり絡みついている。
最初に目にした時は悍ましいほどの美しさに背筋が凍るような心地だったが、今はそれよりも幾分みすぼらしい。何枚かの花びらは端が枯れて、茨も艶を失いところどころが千切れかけている。
マレウスは薔薇に手を伸ばしかけ、触れる寸前で思いとどまった。
これをどうするべきか、マレウスでさえまだ判断に迷っている。
人としての生を祝福するべきか。
永遠の友となるよう呪うべきか。
誰かが壊してしまう前に、自分が決めるべきだとマレウスは考えていた。他の誰も、本人さえ気づいていないのなら、その責任を負うべきは気づいている自分であろう。
魔法の使えない人間。
羽色の違う群れに迷い込んでしまった哀れな雛鳥。
見つけてしまったからには、どうにかしなくてはいけない。その決断の時が迫っている事を、特に根拠も無く確信していた。
穏やかに眠り続ける少年の頭を撫でる。一言も言葉を発さずに、マレウスの姿は光に消えた。
………
小さな呟きを残し、少年の身体が傾ぐ。真横にいたマレウスが咄嗟に抱き留めるが、その身体は完全に脱力していた。
「ユウ!!!!」
誰かが悲鳴のような声で少年の名を叫べば、和やかだった空気が一気に緊迫した。各々の寮に帰らんとしていた面々が振り返り、一斉に駆け寄ってくる。
マレウスは受け止めた悠の身体を安定させるべく膝をついた。グリムが悠の身体に登り頬を叩く。
「ユウ!どうしちまったんだ!?」
反応はない。ただ静かな呼吸が繰り返されている。
突然の事に駆け寄ってきた面々も動揺していた。
「一体どうしたっていうの!?」
「まさか、彼にも『冥府』の影響が……!?」
「眠っている」
混乱の声を遮るようにマレウスが言うと、困惑と見解を述べていた者たちがほぼ同時に口を閉ざした。
「…………寝て、る?」
「ああ。眠っているだけだ」
「なん……なんだよそれ……心配かけさせやがって……」
円を描くように集っていた面々が、これまた一斉に脱力する。空気は一気に和やかなものへと変わった。
「この様子なら四日……いや、三日も眠れば無事に回復するだろう」
「三日!!??」
脱力したと思ったら緊張を取り戻し跳ね起きる。騒がしい人間たちの反応にマレウスは不思議そうな顔で首を傾げた。
「何をそんなに驚く事がある?」
「あのなァ、妖精様には瞬きの間かもしれねえが、人間は三日も眠り続けたらオオゴトなんだよ」
「そういうものか。特に治療も必要ないのだから問題ないと思うが……」
「それって本当に眠っているだけなの?」
ヴィルが青ざめた顔で尋ねる。マレウスは無表情に彼を見つめた。
「アンタには何が見えてるの?この子に何が起きてるの?」
マレウスの肩を掴むヴィルの手は震えていた。その問いの答えを誰もが待つ。
「案ずるな、シェーンハイト。ユウには何も起きていない」
僅かに笑みを浮かべながら静かにそう答えた。ただ、その答えに納得しているものは少ない。
しかし不審の目を気にするマレウスではない。誰かが問いを投げてくる前に、マレウスは悠の身体を抱えて立ち上がった。
「おい、どこに連れていく気だ!」
「……保健室だが?」
当然という顔で返されて、一部が固まる。
「あの建物ではもう寝泊まりは出来ないと誰かが話していた。それに大事だと言うのなら、養護教諭に預けておくべきだろう」
言葉に対する答えなど待たずにマレウスは歩き出した。異様な光景に動揺する野次馬たちは、恐れおののくように道を開けていく。
運動場にはただ、困惑と静寂が残された。
大まかな汚れは魔法で清め、保健室の寝台に少年を寝かせる。
その表情に一切の苦悶はなく、ただ安らかに眠っているだけだった。
マレウスの目は眠っている悠の胸を見つめている。物理的に何かあるわけではない。人の目には見えないものが、マレウスには視えている。
それは赤黒い薔薇だった。心臓の真上に綻ぶ大輪の花を中心に、黒い茨が伸びて少年の全身に広がり絡みついている。
最初に目にした時は悍ましいほどの美しさに背筋が凍るような心地だったが、今はそれよりも幾分みすぼらしい。何枚かの花びらは端が枯れて、茨も艶を失いところどころが千切れかけている。
マレウスは薔薇に手を伸ばしかけ、触れる寸前で思いとどまった。
これをどうするべきか、マレウスでさえまだ判断に迷っている。
人としての生を祝福するべきか。
永遠の友となるよう呪うべきか。
誰かが壊してしまう前に、自分が決めるべきだとマレウスは考えていた。他の誰も、本人さえ気づいていないのなら、その責任を負うべきは気づいている自分であろう。
魔法の使えない人間。
羽色の違う群れに迷い込んでしまった哀れな雛鳥。
見つけてしまったからには、どうにかしなくてはいけない。その決断の時が迫っている事を、特に根拠も無く確信していた。
穏やかに眠り続ける少年の頭を撫でる。一言も言葉を発さずに、マレウスの姿は光に消えた。
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