1:癇癪女王の迷路庭園
購買部は相変わらず雑然としている。学用品と魔法の道具っぽいものが置いてるのは見たけど、生鮮食品まで取り扱ってるんだろうか。
「迷える子鬼ちゃんたち、ご機嫌いかが?」
サムさんは相変わらずの調子だ。にっこり笑って出迎えてくれる。
「今日は何をお求めかな?」
「あの、このメモに書いてあるものが欲しいんですが」
「ツナ缶も欲しいんだゾ!」
「ツナ缶はいりません」
デュースがきっぱりと断り、僕はグリムの口を手で塞いだ。ぶすっと不機嫌になったので、どうもこれが目当てでついてきたのだと悟る。
サムさんはメモを受け取って店の奥に引っ込んでいった。その背中を見送りつつ、小声でグリムに話しかける。
「ツナ缶はまた今度買いにこようね」
「また今度っていつだ」
「そのうちのいつか」
「いつかっていつだ」
「なんか都合良く時間が空いた時にでも」
「オマエ……買いに来ないつもりだろ!」
「今はマロンタルト食べるんだからいらないでしょ」
「やだやだ後で食べるんだゾ、ツ~ナ~か~ん~!!」
「暴れたら暇が出来ようと金が出来ようと、もう二度と買わないからそのつもりで」
「うぅ……鬼!悪魔!」
「モンスターに言われてもなぁ」
僕とグリムのやりとりにデュースは苦笑していた。そうこうしている間に、サムさんが奥から戻ってくる。
「はい、お待ちどうさま。重たいけど持てるかい?」
「あ、はい。ありがとうございます」
「今なら荷物運びにも使える宙に浮かぶ円盤のミニチュアが三割引でお買い得だよ」
「なんだそれ、面白そうなんだゾ!」
「け、結構です。行くぞグリム!」
「それじゃあ、子鬼ちゃんたちのまたのお越し、お待ちしてマース!」
デュースは荷物を抱えたまま器用にグリムを掴んで購買を出ていく。残りの荷物を抱え、それを追いかけた。
「なんだかスゴい店だったな」
大食堂へ向かいながら、デュースが感想を呟く。
「僕も荷物運びの仕事で入った時は驚いたな。スナイパーライフルおすすめされたっけ」
「そんなものまで置いてるのか!?」
「……いや、エアガンとかおもちゃのだと思うけどね」
そういえばそこまで追及しなかったな。もしかして本物だったんだろうか。
「っと、缶詰の袋そっちか。重たくないか?」
「ん、大丈夫だよ。言うほど重くないと思う」
「家事をしてるって事は、ユウも買い物とか自分でしてるのか?」
「もちろん。まとめ買いだと荷物が増えて大変だから、こまめに買い物行ったりしてたよ」
「そうなんだな。ウチはタイムセールの時に母さんがとにかく買い込むから、袋が毎回メチャクチャ重くて。男手が僕だけだったから、そういう力仕事は僕が全部……っと、悪い。僕ばかりしゃべってた」
デュースは入学前の事を思い返しているのか、なんだか無邪気というか、楽しそうだった。いつも真面目な顔をしている姿が目立つから、こんな表情は珍しいように思う。
「いいよ、気にしないで。大変だよね、荷物持ち」
「ああ。そんなだから、重たい袋を持つコツとかも自然と覚えたよ。母さんに持たせるわけにもいかないし」
「お母さんを大事にしてるんだね」
どこか誇らしげだった顔が、その言葉で曇った。
「……いや、全然そんな事はない。俺は、母さんを……」
不意に、昨日のデュースの様子を思い出した。退学を回避しようと一生懸命に学園長に訴えてる時、親に合わせる顔がない、みたいな話をしていた気がする。母子家庭みたいだし、経済的な余裕が無い、というのは何となく察した。
今の話だと母親の事を大事にしてるのは事実だろうに、そう言い切れなくなるような何かがあったのだろうか。
話を逸らすか続けるか考えていると、曲がり角から飛び出してきた何かがデュースに派手にぶつかった。ぐしゃ、っと嫌な音がする。
「あ~!卵が!」
グリムの悲鳴でデュースの袋を見ると、一番上に置かれた卵のパックから黄色い液体が溢れていた。デュースが慌てて袋を確認する。
「くそ、六個パックがひとつ全滅だ!」
「いってぇな!どこに目ぇつけて……って……」
デュースにぶつかってきた何かが顔をひきつらせた。
「お前ら、昼に学食で俺のカルボナーラの卵割った奴らじゃねえか!」
「またお前らかよ、いい加減にしろよな!」
相手の様子は、本気怒り半分、本当にうんざりしてるの半分って感じ。ぶつかった事への詫びはもちろん無い。
「角から飛び出してきたのは先輩たちじゃないですか」
デュースが静かに抗議する。
「昼休みだって卵が食べられなくなったわけでもねぇのにイチャモンつけてきて……こっちは今、卵一パック全滅したんすけど?」
言葉遣いと雰囲気がなんだか怪しい。導火線に火がついてる気がする。
「んだと?俺のせいだって言いてぇのか?」
「はい。卵、弁償してください。あと鶏に謝ってください」
「卵ごときで大げさな。まだ地面についてないから食えるだろ?」
「割る手間が省けてよかったじゃん!」
不良生徒たちはゲラゲラ笑っている。ダイヤモンド先輩からの指導は受けてないのか効いてないのか分からないが、この際どうでもいい。
目の前で膨らんでる殺気に気づいたので、とりあえず割れた卵の入った袋も持って後ずさる。グリムもちょっと怯えた顔になっていた。
「……ってんじゃねえ」
「は?」
「笑ってんじゃねえっつってんだよ!!」
ドスの利いた怒鳴り声が響く。後ろにいるのでデュースの表情は見えないが、ブチ切れてるのは間違いない。
「『ごとき』かどうかはお前らが決める事じゃねえ!この卵はなァ、ヒヨコになれない代わりに、美味いタルトになる予定だったんだぞ!!わかってんのか、えぇ!?」
どう聞いてもアレだ。ヤンキーの恫喝だ。内容がアレなのはともかく。
「ヒッ、き、急になんだコイツ!?」
「卵六個分、弁償しねえっつーなら六発てめーらをぶっ飛ばす。歯ァ食いしばれやゴルァ!!!!」
言うが早いか、デュースは飛びかかった。不良達も応戦していない訳じゃないけど、二人がかりなのにデュースの方が圧倒的に強い。喧嘩慣れしてるっていうのだろうか。格闘技のような決まった型は無いみたいだけど、相手の攻撃をいなして殴り返す流れに慣れを感じた。単純に力も強いらしい。
「六発どころじゃねえじゃねーか!嘘つき!!」
「鶏さんごめんなさーい!!」
ボコボコにされた不良生徒達は先ほどまでの威勢を完全に失い、泣きながら逃げていった。逃げていく連中の背中にデュースが怒鳴りつける。
「今度卵食う時は百回謝ってから食え!ダァホが!!」
しばらく興奮した様子で肩で息をしていたデュースだったが、唐突に頭を抱えた。不良生徒の反撃は一撃も当たってなかったはずなのに見間違えたかと思ったけど、顔を覗きこむと病気とは違う顔色の悪さだった。
「……やっちまった……今度こそ、絶対、優等生になろうと思ってたのに……!」
何となく事情は察するけど、気軽な慰めもするべきではないだろう。
グリムに荷物の見張りと付き添いを任せて、一旦割れた卵を買い直しに購買に戻った。ついでに水も買う。
デュースが座り込んでる場所まで戻ると、だいぶ落ち着いた様子だった。表情は沈んだままだが、水を手渡すと礼を言って一気に飲み干す。
「俺はミドルスクールの頃とにかく荒れてて、しょっちゅう学校サボって毎日ケンカに明け暮れてた」
帰り道の続きに、ぽつりぽつりとデュースが語り出す。
不良のテンプレかと思うようなエピソードに加えて、魔法が使える事で他人にマウントまで取っていたらしい。グリムさえ『今時なかなか見ないくらいテンプレなワル』と評していた。
「でもある夜……俺に隠れて泣きながら、婆ちゃんに電話してる母さんの姿を見ちまったんだ」
自分の育て方が悪かったんじゃないか。
片親なのがよくなかったんじゃないか。
大人の言う事を聞かない不良だったデュースの心に、母の隠していた本心はよく響いたらしい。
「母さんは何も悪くねえ、悪いのは全部俺だ!」
彼の性根がまっすぐなのは見ていれば分かる。どんな掛け違いで不良になったか分からないけど、更正は自主的なものみたいだし、今の言葉だって心から思っている事なのだろう。
「ナイトレイブンカレッジから馬車が迎えに来た時、母さんはすげー喜んでくれた」
魔法の才能ある子どもしか入る事の出来ない魔法士養成学校。不良が多いとか揉め事が多いとか内情はどうあれ、世間の認知は名門に違いない。
「だから、俺はもう母さんを泣かせないって決めた。今度こそ、母さんが自慢できる優等生になろうって。……それなのに……」
再びがっくりとうなだれる。
「けどよ、全部我慢するのが優等生なのか?」
「……え?」
グリムの言葉に、デュースはきょとんとしている。僕も頷く。
「悪い事は悪いって言っていいし、言って分からないなら手が出るのも仕方ないよ。肉体言語、学園長的に言えば愛の鞭だよ」
「い、いや、でも……」
「オレ様だって、アイツら十発は殴ってやりたかったんだゾ!……お前がやっつけちまったけど」
「まぁ、やりすぎは良くないけど、優等生だって怒る時ぐらいあっていいんじゃない?」
仮に教師に言いつけられたとしても、この状況ならお咎めナシだろう。相手は上級生二人、デュースは一人で、魔法が使えない人間と大きく体格の劣るモンスターを後ろに庇った状況だった。魔法を使っても使ってなくても、盤面だけ見れば戦力的に不利なのはデュースの方だし、もっと言えば最初にぶつかられたのも相手の不注意だ。何も悪くない。言われるとしたら、ちょっと殴りすぎた事ぐらいだろう。
僕とグリムのフォローに、デュースの顔は少しだけ明るくなった。
「そっか。……へへ、ヒヨコも安らかに成仏してくれるよな」
「……凄く言いにくいんだけど。一般的に流通してる食材の卵は無精卵だから、元々ヒヨコは孵らないよ」
「え…………えええええええええ!!??嘘だろ!!??」