6−2:宙を睨む奈落の王
太陽はすっかり昇り、穏やかな日差しを大地に注いでいる。
見覚えのある景色が見えてきたかと思うと、魔導航空機は高度を下げ始めた。着陸場所は運動場らしい。どんどん見える景色が下がっていき、見知った視線の高さに近づいた所で着地の衝撃が身体に伝わってきた。
やっと帰ってこれた。
胸を撫でおろしつつ、シェーンハイト先輩が降りるのを手伝う。相変わらず動きづらそうだけどこればっかりは仕方ない。
航空機の着陸を見た野次馬が運動場に集まってきている。中には見慣れた顔も結構あった。
「レオナさーん!!」
団子状態の一団から、ブッチ先輩とジャックが飛び出してくる。表情からは心からの安堵が感じられた。
「無駄に長い足が健在って事は、生きて戻ってきたんスね!?」
再会するなり凄い言いぐさだな。
「アンタが戻ってこなかったら、今までのゴマすりが全部無駄になるかと……ああよかった!」
「過去にすったゴマが全部吹き飛ぶお出迎えのセリフだな、ラギー」
「おっと、こりゃ失礼。ボスが戻ってきた事で安心しちゃって、つい!」
「調子のいいこった」
とても修羅場の後とは思えない軽口の叩きあいだ。だけど、お互いに安心してるんだろうなって感じがする。
一方、ジャックは僕たちを見回した後シェーンハイト先輩に目を留めて首を傾げた。
「ヴィル先輩の姿が見えねぇが……っつーか、その爺さんは誰だ?なんでポムフィオーレの寮服を?」
「ジャッククン!!じい……今はそのワード禁止!」
エペルが止めたがもう遅い。シェーンハイト先輩が鋭くジャックを睨む。
「誰が爺さんよ!!あたしゃ、まだ十八歳で……」
そこまで言ってまた涙を溢れさせる。隣に寄り添う事しか出来ない僕と先輩の顔を見比べて、ジャックが青ざめた。
「え、も、もしかしてヴィル先輩……ッスか?」
「見ればわかるでしょ!」
「えええ!!??嘘ォ!?」
話が聞こえたらしいブッチ先輩が大声をあげた。キングスカラー先輩がうんざりした顔になってる。
「お前らまでギャンギャン大声出すんじゃねぇ」
「ちょっとレオナさん!いきなり連れ去られたと思ったらいきなり帰ってきて、どういう事なんスか?」
「質問は後にしろ。こちとら徹夜で戦った後で、眠くてたまらねぇんだ」
「徹夜で戦ってた……って?」
「ますます何がなんだかわかんねーッス」
ぐったりと疲れた様子のキングスカラー先輩は多くを語らない。
運動場には更に人が集まってるみたいで、どんどん騒がしくなっていた。一人、矢のように駆けてきた人影がバイパー先輩に突進する。
「ジャミル~~~~~~~~~~~っっ!!!!」
「ぐはっ!!!!」
疲れもあったのだろうが、バイパー先輩はアジーム先輩にあっさり押し倒されていた。それでも頭を打ってない様子なのは流石としか言いようがない。従者の鑑。
「無事でよかった!どれだけ心配したか!怪我は!?顔をよく見せてくれ!」
「今まさに、お前と倒れ込んで打ち付けた背中が痛いんだが……」
「あっ、悪い!……って、よく見たら全身擦り傷だらけじゃないか!何があったんだ!?」
アジーム先輩の表情がくるくる変わる。
「いや、そんな話は後だ!すぐに国中に声をかけて腕利きの医者を呼び寄せよう!」
「いい、必要ない!」
慌ててバイパー先輩が止めれば、不満そうだけど口をつぐんだ。そんなアジーム先輩の様子を見て、バイパー先輩は疲れた様子で溜息をつく。
一連の流れは見慣れたいつもの調子に近くて、バイパー先輩も何か思う所があったらしい。
「まさかお前の顔を見て、ほっとする日が来るなんてな」
アジーム先輩は首を傾げていたが、バイパー先輩は何でもないと首を横に振る。
「とにかく、重たいから俺の上からどいてくれないか?」
「…………悪い、なんか安心して腰が抜けたみたいで……」
「はあ?」
「だって、お前が連れ去られてからずっと、本っ当~~~に心配してたんだ。ジェイドは『もしかしたらすでに命が……』とか言って不安にさせてくるしさ!」
「僕はただ可能性を提示しただけで、皆さんの不安を煽りたかったわけでは……」
いつの間にかやってきていた双子の片割れが、自身の発言の言い訳をする。その反省も何もなさそうな顔を見て、アーシェングロット先輩は肩を竦めた。
「やれやれ。だとしても、勝手に人を亡き者にしないでもらいたいですね」
「これは失礼しました。……アズール。ご無事で何よりです」
「おかえり~、アズール。戻ってくるの早かったじゃん。敵ぶっとばして自力で戻ってきたの?」
「話せば長くなりますが、概ねフロイドの言う通りです」
笑顔で出迎えた双子に、アーシェングロット先輩も笑顔で返す。つい数時間前までの修羅場を感じさせない様子に、また日常が戻ってきた事を感じられた。
「僕がいない間も、ちゃんと『モストロ・ラウンジ』は休まず営業していたんでしょうね?」
「うーわ、出た。言うと思ってたけど」
「店は開けていましたが、この二日は学園内でも混乱が大きく来客はゼロという結果です」
「は?つまり二日連続で赤字だと!?」
……いやなんていうか、日常に戻るのが早すぎんか、この人たち。
「なんて事だ。後日きっちり『S.T.Y.X.』に損害賠償を請求しなくては。すぐにラウンジに戻って確認を……」
「待つんだ、アズール。まずはキミも保健室で手当を受けるべきだよ」
猛然と鏡舎へ向かおうとしたアーシェングロット先輩を、ローズハート先輩が呼び止める。そしてローズハート先輩の姿を見た双子が目を丸くした。
「金魚ちゃんが白メダカになってる!ナニソレ?どしたの?」
「白メダカって……。アズールも言っていただろう。話せば長くなるくらい、色々あったんだ」
「リドル!!無事でよかっ……!?」
「ええっ、リドルくん!?髪が真っ白!一体何があったの!?」
呆れて答えている所に、クローバー先輩とダイヤモンド先輩が駆けつけてきて、ローズハート先輩は更に困った顔をした。咳払いをして、いつもの凛々しい顔に戻る。
「トレイ、ケイト、心配をかけたね。長くなるから、説明は保健室に行った後にしても?」
「も、もちろんだ。あちこち怪我もしてるようだし、まずは保健室に行こう」
「リドルくんがおじいちゃんになっちゃったのかと思って、超ビックリしたぁ~」
「……そうだね。アズールの判断があと少し遅ければ、僕も老人のような姿になっていたかもしれない」
「……リドル、それはどういう……?」
ローズハート先輩は含みのある言い方をして、ちらりとこちらに視線を向けた。首を傾げていた先輩たちもつられたようにこちらを見て、老人になってしまったシェーンハイト先輩を見て目を見開く。
「ちょ、ちょ、えっ、あの寮服は……もしかして、ヴィルくん!?」
「ああ。ボクよりも彼の方がずっと重症だ。早く魔法医術士に診せなければ」
そんな声が聞こえる中で、どこからか現れた光が散って、人影が現れた。
唐突に出てきたツノ太郎とヴァンルージュ先輩が、僕たちを見て微笑んでいる。
「なにやら騒がしいと思ったら、お主ら戻ってきておったのか!みな無事でなによりじゃ」
「無事?どこをどう見たら無事に見えるのよ!」
すかさずシェーンハイト先輩が噛みつくと、二人はぎょっとした顔で先輩を見た。
「お前たちがさらわれて、まだ二日ほどしか経っていないと思っていたんだが……いつの間にか七、八十年ほど過ぎていたのか?人間は短命な種族だとは思っていたが、よもやこれほどとは……」
「ちょっと!縁起でもない事言わないで!」
今そういう妖精ジョークで笑える気分じゃない、と言ってまたさめざめと先輩は泣き出してしまう。そろそろ水分が心配だ。大声もいっぱい出してるし、保健室の前に水分補給してもらった方がいいかもしれない。
一方、頭から爪先までまじまじとシェーンハイト先輩を見ていたヴァンルージュ先輩は、何かに気づいた顔になった。
「その姿。ヴィル、お主さては『嘆きの島』に封じられた『冥府』に立ち入ったな?」
どうやらヴァンルージュ先輩は『冥府』の仕組みにも詳しいようだ。
まだ悲嘆にくれるシェーンハイト先輩の代わりに、ハント先輩が答える。
「実は昨晩……『冥府』の門の封印が解かれ、世界中にブロットとファントムが撒き散らされようとしていた」
「なんと……!」
「ヴィルはそれを止めるために危険を顧みず『冥府』へ飛び込んで……」
「……元の生活に戻るために頑張った結果がこんな姿なんて、本末転倒もいいところよ。でも、あの時はただ夢中で……」
言葉は途切れ、嗚咽に変わる。
その様子を見たヴァンルージュ先輩は、シェーンハイト先輩に微笑みを向けた。
「そうか。まずは、よくぞ生きて戻った」
無事を喜び労うヴァンルージュ先輩の横で、ツノ太郎は一人納得した様子で頷いている。
「つまりシェーンハイトは時を重ねて老いたわけではなく、生気と魔力が枯渇し、そのような姿になっているということか」
「ああ。『嘆きの島』では処置ができず、急いでここへ戻ってきたんだ」
「花の盛りの若者が、なんと不憫な……」
ヴァンルージュ先輩は心から労るような言葉を向け、そしてツノ太郎に視線を向けた。
「のう、マレウスよ。『冥府』に封じられていた魑魅魍魎どもが解き放たれていれば……我らが故郷『茨の谷』も無事では済まなかったはずじゃ」
ツノ太郎は隣にいるヴァンルージュ先輩に視線を向ける。何を考えてるかは解りづらい。
「『茨の谷』の次期当主として、かの者の労に報いてやるべきではないか?」
問いかけの言葉に対し、ツノ太郎は機嫌の良さそうな笑みを浮かべた。
「お前が何を望んでいるのか解るぞ、リリア」
僕たちにはよくわかんないんだけど。
シェーンハイト先輩もきょとんとした顔でツノ太郎を見上げていた。
「以前『VDC』のステージを直してやった時、シェーンハイトに貸しひとつだとは言ったが……此度の働きは、その貸しを返してなお余りある」
いいだろう、とツノ太郎は一人で自分の言葉に納得して頷いている。
「では、お前の働きに褒美をとらす」
「は?褒美……?」
「僕であっても時間を巻き戻すことはできない。だが、少しばかり魔力を分けてやる事はできる」
いつの間にか、ツノ太郎の周りで光が踊っている。その光はどんどん強くなって、目が眩みそうなほどになった。
「シェーンハイト、お前に祝福を。……さあ、あるべき姿へ戻れ!」
ツノ太郎の言葉を合図に、踊っていた光がシェーンハイト先輩に注いだ。先輩の身体に触れた光はそのまま沈んでいき、その度に先輩の肌が若返っていく。髪の毛が艶を取り戻し、背筋が元通り伸びて、目に光が戻っていった。
そうして踊っていた光が全て無くなった頃には、シェーンハイト先輩の姿は見知ったものに戻っていた。先輩は自分の手を見て、頬に触れて、身体を動かし自分を確認する。
「え……あっ?ア、アタシ……嘘っ!!元の姿に戻ってる!?」
ハント先輩とエペルを振り返れば、二人は満面の笑みを浮かべていた。
「ああ、いつもの……十八歳の姿だ!」
「やりましたね、ヴィルサン!」
そうして隣にいた僕を見る。僕も笑顔で大きく頷く。
「キャーーーーーーー!!やったぁ~~~~~!!!!」
笑顔になった先輩はそう叫ぶと、僕に抱きついた。そのまま僕を抱えて左右に振り回した後、一緒に地面に倒れ込む。
結構な勢いがあったのでハント先輩とエペルは驚いて声を上げていたけど、シェーンハイト先輩は笑顔のままだ。ずっと笑ってる。……一緒に倒れた時に頭乗っちゃったんだけど、左腕大丈夫かな。
「倒れるなんて、やはりまだどこか具合が!?」
「違うの。安心したら腰が抜けちゃったみたい……あはっ、あははははっ!」
「わいは、なんだんずよ!びっくりさせねんでください!」
心配そうな顔で駆け寄ってきた二人に先輩は笑顔で応えて、二人もつられて笑顔になった。運動場の芝生の上で座り込んで、一緒になって笑っている。
その様子に安堵しつつ、僕も起きあがった。立ち上がった所で、近づいてきたグリムが呆れた顔で呟く。
「わんわん泣いたりギャーギャー喜んだり、ヴィルのヤツずっと百面相してるんだゾ」
「そうだね。……笑えるようになってよかったよ」
若さを失って、悲しそうな先輩を見ているのは辛かった。俳優としての夢がある先輩にとって、演じられる役と時間が失われる事はきっと凄く悔しい事だっただろう。全て取り戻して笑っている姿を見られてよかった。
「また助けてくれてありがとう、ツノ太郎!」
笑っている先輩たちを見ていたツノ太郎は、僕を見て目を細めた。
「戻ったか、ユウ」
そう言った後、僕の顔を無言で見つめている。小さく首を傾げた。僕も一緒に首を傾げる。グリムも傾げている。
「どうかした?」
「……ユウ。お前……」
「あ、寮服?着替え借りただけだよ。転寮とかじゃないですからね」
「そうではない。……そちらではなく」
じゃあ何だよ。
真意を尋ねようと口を開いた瞬間に、人だかりの方からよく知ってる人の声が聞こえてきた。
「ユウ~~!!グリム~~~!!」
はっとしてそちらを振り返る。寮服姿のエースとデュースが、こちらに駆け寄ってくる所だった。
「エース!デュース!」
グリムも嬉しそうな声を出す。
二人は元気そうだった。瓦礫の下から救出された直後は全く目覚めなかったけど、あの様子ならきっと身体にも問題無いのだろう。
「よかった」