6−2:宙を睨む奈落の王
チャリオットは本部内の飛行場まで、複雑な道を進んでいった。時折職員の人の姿は見えたけど、みんな忙しそうにしている。
管制室にいた人たちも、今頃は復旧作業で忙しくしている所だろう。挨拶が出来ないのは寂しいけど仕方ない。こっちもあっちもそれどころじゃないし。
案内された魔導航空機に乗り込む。小型の飛行機って感じ。操縦席も近いし座席も二十席ぐらいしかない。プライベートジェットってこういうのなんだろうか。
動いている事は振動で解ったけど、ずっと窓は真っ暗。突然視界が開けた時には海の上で、あの大穴が静かに閉じていく所だった。
水平線の向こうに朝日が昇ってくる。青と薄紫のグラデーションを前に、『ああ、もう朝が来るんだ』なんてぼんやり考えていた。
「ああ……なんて美しい夜明けだ。闇を切り裂く朝日。神々しさすら感じるね」
「本当……なんて美しいの……」
ハント先輩が詩的に美しさを語れば、シェーンハイト先輩は心から同調する様子で声を漏らす。
感嘆の溜息は不自然な呻き声に変わり、嗚咽になったと思ったら大きな泣き声に変わった。その声量に誰もが目を見開く。
「ア、アタシまだ十八歳なのに、こんなシワシワのおじいちゃんになっちゃって……一体どうしたらいいの!?」
さっきまでの凛々しさはどこへやら、シェーンハイト先輩は本来の年齢通りの当然の嘆きを涙ながらにぶちまけた。外見も声も完全に老人だけど、口調はいつもの先輩だ。いや、むしろいつもの先輩より幼い。
「これじゃ少年どころか青年役にもキャスティングされない。ダッドみたいなナイスミドル役だって演じてみたかった」
役者としては当然の夢。彼ほどの実力者ともなれば現実にもなっていただろう。
「なのに……なのに……あんまりよ~~~~~~~~~~~!!!!」
もっともな嘆きだ。誰もが同情はしているだろう。
ただ、通る声も滑舌の良さも単純に大きい声量も、航空機内という狭い閉鎖空間でとんでもない攻撃力を発揮していた。その同情がちょっと飛んでいきそうなぐらいに。多分、誰も消音魔法とか使うほどの余裕が残っていないので防ぐ事も出来ずにいる。
「み、耳がキーンとするんだゾ~」
「おい、さっきはドヤ顔で『アタシが世界一美しい』みたいな事言ってなかったか?」
「無理してたに決まってるでしょ!?」
「あれがとっさのアドリブ演技だったとは……流石というか、なんというか」
ずっと毅然としていたから、頼ってしまった事が恥ずかしい。どんな言葉をかけていいかわからず、ただ隣に座る先輩の手を握る事しか出来ない。握り返してはくれたけど、泣き声は止まらなかった。
「おお、愛しの『毒の君』。キミの涙で胸が張り裂けそうだ。もし万が一もとに戻れなくても、キミは世界一美しいよ」
「知ってるわ。でも、今はそういう話じゃないの!」
「う、運転手さん!とにかく学園さブッ飛ばしてけ!」
「うわぁ~~~~~~~~ん!!!!」
そんなタクシーに言うみたいな事を言っていいのか?と疑問はありつつ、シェーンハイト先輩の泣き声は止まないし、言いたくなる気持ちもちょっと解る。早く外に出たい。
「……おい、ユウ。気を紛らわすために話をしろ」
「はい?」
「お前が『世界を救った魔法少女』だって話だ」
ぎくぅっ、と身体が強ばる。すぐに冷や汗が吹き出し、だらだらと背中を流れていた。
シェーンハイト先輩も泣くのを止めて僕の顔を見ている。
「あ、ああ、あれはなんかその、売り言葉に買い言葉っていうか、その場のノリで言っちゃっただけで、だからそのぅ……」
「それはおかしいな。あの時イデア先輩は『ヒーロー気取り』と言っていた。咄嗟に出てきたハッタリなら『ヒーロー』を自称した方が自然だと思うが?」
「ああ。そうでしたね。ええ。何ででしょうね。不思議だなぁ」
やべえやっちまった。どうやって誤魔化そう。
「なあなあ、マホーショージョ、ってなんだ?」
「えっと、休みの日の朝にやってるアニメとかのやつ?」
「ヒーローを題材にしたフィクション作品のジャンルの一つだね。作品によって細かな違いはあるが、多くは『魔法の使えない少女が特殊な魔法道具を使って悪人を退治する』という勧善懲悪の物語が描かれている」
ハント先輩の解説に、グリムが首を傾げる。
「子分は魔法は使えねえけど、オスだぞ?」
「そうだね」
「そうだよね」
「そうなんですけどねぇ」
みんなの視線が痛い。早く外に出たい。今すぐ逃げたい。
必死で黙り込む僕の手を、シェーンハイト先輩の手が優しく包み込んだ。
「お願い。もう隠さないで頂戴」
紫の視線が悲しげに僕を見る。
「アナタが戦う事に慣れているのはもう解ってる。……アタシはその意味を知らないままでいたくないの」
切実な声だった。奥歯を噛みしめる。
黙っていても何も変わらない。余計な事を語る必要なんてない。
それでも、この人の心配する気持ちを裏切る罪悪感には勝てなかった。
「…………話も何も、言葉通りなんですよ」
どこから話すべきか。何を説明すればいいのか。
「元の世界で、魔法少女として一年ほど、侵略者と戦って勝ちました。それだけです」
「念のため確認したいのですが、……『魔法少女』なんですか?」
「双子の姉の代役だったので。本当は姉がなるはずだったんですけど、保護団体……なんかそういう、侵略を防いでる組織のミスで姉が海外に留学している事を把握していなくて、その場にいた僕が代わりになって、そのまま一年やりました」
「……身体強化の魔法に慣れてたのは、その保護団体とやらの魔法道具のおかげってところか」
「そういう事ですね」
何人かが合点がいったという顔をする。
「世界なんか救ってりゃ、オーバーブロットした魔法士ぐらい怖くもねえよな」
「あー……まぁ割と、麻痺しちゃってる部分はあるかもです」
「そういうものなのかい?」
「……人間を壊して喜ぶような奴らと戦ってたので。同情するような隙も無かったので逆に有り難い部分もありましたけど」
「なるほど」
バイパー先輩は一人で何かに納得している。
「今回は装備がお借りできて助かりましたけど、生身の状態であんなデカブツと戦うのは正直無茶だなって自分でも思ってて」
「魔法が使えない身でオーバーブロットした魔法士と戦うのも普通に無茶ですよ」
「一緒に戦ってくれる人たちがいるから、無茶できてたんだろうなっていうのは、振り返ると思いますね」
元の世界で戦ってた時は、装備はあるけど基本的に一人だった。たまに同業の魔法少女が手伝ってくれたけど、保護団体から命令されたから仕方なく、って感じだったし、ライバル宣言されたし普段からめちゃくちゃ嫌われてるし『仲間』って感じは全く無かったんだよなぁ。うさおは相棒と呼べるけど戦闘ではオペレーターって感じだったし。
あの頃と比べると、グリムもエーデュースも、他の人たちもめちゃくちゃ頼れるし頼もしいし優しい。……一部の人は仲間と呼ぶにはおこがましいかもしれないけど。
「そもそも、君とお姉さんが『魔法少女』に選ばれた理由は?」
「えっと……確か、体質って説明されたと思います」
答えながら、うさおの説明を必死で思い出す。
「装備は人に合わせて作られてるから誰かを代役には基本的に出来ないんだけど、僕と姉は双子だったから持ってるものが同じで、何も調整しなくても良いから代役でも良かったとかなんとか」
「……そうか」
「ジャミルさん、何か気になる事でも?」
「その『持ってるもの』っていうのが、俺たちで言うところの魔力だったなら、ユウが黒い馬車に連れてこられたのは間違いじゃなかったんじゃないか?」
みんながはっとした顔になった。僕は何を言われたか飲み込めずにいる。
……人違いじゃなかった?僕が?
「……では、アレは機械の誤作動では無かったという事か」
「アレって?」
「ユウくんがオルトくんに飛びかかっていく寸前に聞こえたのさ。機械から『魔力を検知した』という音声案内がね」
「え!?」
確かにそんなような事を言っていた気がする。全然気にしてなかった。
「だが、こいつから魔力の匂いはしない。……今もそうだ」
「ユウ、何か心当たりはないかい?」
「こ、心当たりって言われましても」
「ここに来るまでに、例えば封印とか、呪いを受けた事はありませんか?」
心臓が跳ねた。
呪いと言われれば嫌でも思い浮かぶ『魔王』の顔。
表情に出ていたのか、先輩たちの顔が険しくなった。
「……あるんですね?」
「……侵略者の親玉とやりあって、トドメを刺す間際に。強化装備を使えなくなるっていう呪いをかけられました」
さっきとは意味の違う冷や汗が背中を流れる。
ずっと手違いで巻き込まれたのだと思ってきた。本当は招くべき別の人がいて、事故で入れ替わってしまったのだと。
そうじゃなかったの?本当に?
「……ユウに魔力があって、強化装備とやらが魔力を利用して動くのなら、それを使えなくしたって事は、魔力を封印されたと見るべきよね」
「だが、そうなると疑問が残る。どうしてオルトと戦ってる間は魔力が出ていた?」
「不可解な点はもう一つ」
ローズハート先輩が真剣な表情で加える。
「『冥府』であるオルトと至近距離で戦っていたのに、ユウにだけ消耗が一切見られない事です」
「……確かにそうですね。ほんの数十秒の接近でリドルさんは髪の色が抜け、一緒に数十階相当の高さから落下したヴィルさんは老人へと変貌した」
にもかかわらず、と言いながらアーシェングロット先輩は僕を見る。
「それよりも明らかに長く、直接の接触すらあったユウさんには、老化どころか髪の色の変化すら全くない」
「心当たりは?」
エペルに訊かれて首を横に振った。
もしかしたらあの装甲の効果かもしれないけど、でも防御効果については特別の言及が無かったように思う。
「……ブロット耐性」
ぼそっとバイパー先輩が呟いた。視線がバイパー先輩に集まる。
「例えば、……ユウの魔力がブロットに対し極端に強い耐性を持っていたとしたら、その副次的な効果として、ファントムの集合体が持つ力の影響を防いでもおかしくないんじゃないですか?」
「……あり得なくはないな」
「だとしたら、ユウくんの魔力の発現は言わば本能のなせる業なのかもしれないね」
「本能?」
「そう。『魔法少女』として長く戦ってきたユウくんの、邪悪を祓わんとする『本能』さ。その強い無意識が働く間、呪いを一時的に退けているのだろう」
なんだか頭が混乱してきた。
僕が無意識に、あの女の呪いを退けてた?それが魔力の封印だった?
もう『魔法少女』にならずに済むと思ってた。ならなくていいとも思ってた。
でも、もしあの魔女に呪われていなかったら、僕はグリムの力を借りなくてもナイトレイブンカレッジで普通に学べてたって事?
「じゃあ、ユウクンの呪いを解く事が出来たら、ユウクンは魔法が使えるようになって、普通の生徒になれるって事、かな?」
「可能性は高いわね」
「……オレ様とふたりでひとりじゃなくなっちまうのか?」
グリムが寂しげな声で呟いた。いつもよりしょんぼりとしてしまった姿が悲しくて、思わず頭を撫でる。
「もしかしたら、の話だから。今の僕が魔法を使えないのは変わらないよ」
「でも、呪いを解きたいんだろ?」
「僕はそんな事、一言も言ってないよ」
「……もし仮にユウが魔法を使えるようになったとしても、グリムが退学になる事はないよ」
「ホントか……?」
「一度入学を認めたからには、退学にも相応しい理由が必要だ。問題を起こす事は多いとはいえ、グリムは他の問題児たちと同じ、ナイトレイブンカレッジの生徒に違いない」
グリムは不安そうに僕を見上げてくる。僕は励ましたくて微笑んで頷いた。グリムも少しだけ表情を和らげる。
「そういえば、オンボロ寮は大穴が空いてしまったと話していたね。この際だからハーツラビュルに転寮の手続きを進めようか」
「え?」
「何でそうなるんだ!?」
「嫌かい?」
「ハーツラビュルは退学者が出てねえんだから転寮を受け入れる空き部屋なんか無えだろ」
キングスカラー先輩が呆れた顔で指摘する。そして僕を見て僅かに笑みを浮かべた。
「毛玉と一緒ならウチに来るのが妥当なトコだろ、なぁ?」
「いやですねぇ、獣人属の生徒はどの寮にも一人はいるでしょう?サバナクローは比較的多いというだけでしかない」
アーシェングロット先輩は表面だけにこやかにキングスカラー先輩に敵意を向けた。かと思えば、僕たちの方を見て優しく微笑む。
「オクタヴィネルに来ていただければ『モストロ・ラウンジ』のおいしい賄いがいつでも食べられますよ」
「それは労働の対価だろう?結局はアズールの都合で信用ならない」
バイパー先輩がばっさりと切り捨てる。抗議の視線を無視して僕を見た。
「スカラビアは寮生たち自らが自分たちのために協力して宴を用意する。その楽しさは君たちも体験済みだろう?」
「アンタたち、揃いも揃って目が節穴なのかしら?」
シェーンハイト先輩が溜息混じりに言い放つ。僕の頬を撫でてから、勝ち誇った笑顔をみんなに向けた。
「こんなにうちの寮服がしっくり馴染んでいるのに、他の寮に行く必要なんてあるわけないでしょう?」
狭い機内で火花が散った。シェーンハイト先輩が元気を取り戻した様子なのは安心する所なんだけど、この状況は居心地が悪すぎる。
「ユウが魔法を使えるようになっても、オレ様たちはオンボロ寮から転寮なんてしねえんだゾー!!」
グリムが抗議の声をあげたが、果たして聞こえていたのかどうか。
機内の空気が一触即発の最悪を極めても、魔導航空機は賢者の島を目指してひたすら飛び続けていた。