6−2:宙を睨む奈落の王

 ………


 そこは戦場だった。
 地上を守る最後の砦として、まだ学生の身分である被検体たちが戦っている。
 戦況は膠着状態だが、少しの油断でも簡単に押し負けてしまいそうな危ういバランスを保っていた。
 二度『雷霆の槍』を放ったが、まだ巨大ファントムは動いている。残るはヴィルたちの手元にある一本。エネルギーの充填は不十分だが、完全に空になってしまった二本よりはまだ負担が少なく使えるだろう。
 ただ、戦力は半数がブロット蓄積により待機状態を余儀なくされていた。ヴィルたちも疲労が溜まり消耗しているが、まだ動く事が出来ている。
 一方、巨大なファントムも最初のような余裕は既に無い。本来は非常階段である足場を掴み登ってくる速度は、明らかに鈍くなっていた。
「ここが正念場ね」
 ヴィルは誰にともなく告げる。同じ寮の仲間たちは真剣な表情で頷いた。頼もしい様子を見て、ヴィルは笑みを深める。
「とっととアイツをぶちのめして、あの子を迎えに行ってあげなくちゃ」
『……そうだ、ヴィルさん』
 オルトの声で巨大なファントムが喋る。一瞬で表情を引き締めたが、ファントムは気にせず続けた。
『とっておきのプレゼントをあげるよ』
 言葉が響いた次の瞬間に、ヴィルたちのいる階層に人間くらいの大きさのファントムが登ってくる。即座にルークの魔法が撃ち抜いたが、その衝撃で崩れたファントムが何かを地面に吐き出した。軽い金属が落ちる音が響く。
 ヴィルが視線を落とすと、そこにあったのは白い花びらだった。髪飾りとしての金具が割れ、もう花の形を留めていない。ブロットなのか泥なのかまだらに黒く汚れていて、元の美しい姿は見る影もなかった。
 誰の身につけていたものか。
 それを理解した瞬間に、ヴィルの呼吸が乱れる。同じものを見て、その意味を理解した二人も息を飲んだ。
「……これ、は……ユウの……」
 通信機越しにその声を聞いた面々も状況を察する。
 そして、ファントムの笑い声が空洞に響きわたった。
「カイワレ!!てめぇどういうつもりだ!!」
『……まぁ、別に困る事は無いんじゃないかな。拙者たちはいつでも会えるわけだし?』
 レオナは舌打ちし、チャリオットの操縦席のジャミルを振り返る。
「急げ、上だ!」
「まさか代わりに『雷霆の槍』を撃つ気ですか!?無茶ですよ!!」
「誰かがやるしかねぇだろ!!良いから急げ!!!!」
 怒りに猛る声が響く一方、巨大なファントムが動き出す。その振動を感じながらも、ヴィルの足から力が抜けた。
 絶対に助けられると思っていた。
 敵対した男の良心を信じていた。
 その素直さを嘲笑う声が、崩れたファントムから響いた。
『ねえねえ、いまどんな気持ち?』
 オルトと同じ声を発しながら、ファントムの残骸は膨らんでいく。ヴィルはその様を見ながら動く事が出来ない。
『大事な大事なお姫様、助けられなかったね?』
「……あ、ぁ……」
『あんなにかっこつけてたくせに、ダッサいの!』
 寮生たちの叱咤の声が響くが、ヴィルの心まで届かない。
『そんなに大切なら、ちゃんと鍵をかけて閉じこめておけばよかったのにねぇ?』
 ファントムが牙を備えた口を開く。底の見えない闇がヴィルの眼前に広がった。

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