6−2:宙を睨む奈落の王
………
やっと戻ってこられた。
そう喜んだのはどれくらい前の事だっただろう。
外周通路を進む中、なんだかんだでグリムの姿を捜してしまったり、『タルタロス』に繋がる横穴が現在も通じている場所が無いか探ったり、エレベーターの電力が復旧していないか確認したり、寄り道を繰り返したせいで時間がかかってしまった。
階段も場所が離れていて、だんだん自分が円形の通路のどの辺りにいるのかも解らなくなってきて、最後には階段を探して登る事に専念するようになっていた。じゃないと一生彷徨っていたかもしれない。
そうして階段を登り続け、水が尽きかけた頃に最上階に到着し、本部へ繋がる扉を見つけて飛び出した。
見覚えのある無機質な壁を見て安心したのは言うまでもない。
目の前には自販機が並んでいて空腹を思い出すも、IDカードが無いと買えないしそもそも動いておらず、給水機だけは緊急事態でも動く設定になっていたので、有り難く水だけ貰った。
直後、凄まじい揺れが建物を襲った。明らかに何かが起こっていると、根拠無く思った。合流を急がないと、と思い身軽にするために水のボトルとチョコバーのゴミを捨てて通路に飛び出した。そこまでは良かった。
「ここ、どこぉ……?」
どこまで行っても同じ景色の上に、現在地が全然分からない。地図を見たくても、地図のあった場所もどこか分からない。そこかしこに目印はあるけど、何がどれを意味しているのかも分からない。そもそもIDカードを持っていないから、管制室や『タルタロス』への入り口がある中央には行けない。じゃあ外で職員の人を捜そう、と思ったけど今度は出口も分からない。
もう泣きそうだった。階段登って疲れたし、お腹すいたし、グリムはいないし、心細いし。いっそカローンが出てくればいいのに、それも無いし。
さらわれただけでも足手まといすぎて悔しいのに、さらに足手まといポイントを積み上げてしまっている。
もうよれよれで何も考えられない。
そんな状態でいきなり正面から何か突きつけられたら、とっさに反応できなかった。息を飲んで身を強ばらせ、それがカローンの杖だと気づいて顔を上げる。
「あら、あなた……ナイトレイブンカレッジの子よね?」
そう言ったのは、知らない女性だった。『S.T.Y.X.』の制服を着ているけど、管制室で見た人たちとは印象が違う。何て言うか……アウトドア派って感じ。実際、身体を鍛えてる人っぽい雰囲気がある。
「一緒に来てたお友達はどうしたの?」
「あ、あの、あなたは……」
「……ああ、ごめんなさい。パワードアーマー着てたから顔とか分からないわよね」
言いながら、女性は杖を下ろした。カローンの杖を持つ姿が随分しっくり来る。
「ほら、島の入り口で手合わせさせてもらったでしょ」
「あ、あの時の!!」
「魔法士養成学校の生徒なのに魔法を使わないなんて珍しいと思ったのよ。つい興味が勝っちゃって」
カローン隊って女性もいるんだ。確かにあの全身鎧じゃ性別なんかわかりっこないな。筋力を補助する機能があるなら女性でも問題ないし。
「それで、こんなところでどうしたの?」
「実は『タルタロス』に行きたくて」
「『タルタロス』に?……IDカードが無いと行けないものね。あたしも管制室まで行くところなの。一緒に行きましょ。よかったら事情を聞かせて」
僕は隣を歩きながら女性に事情を説明した。女性は難しい顔をしつつも真剣に聞いてくれて、僕を庇いつつ行き先を警戒するのも忘れない。
「そういう事だったのね……」
「管制室に行くって事は、本部の外からいらしたんですよね。外はどうですか?」
「外周部はひとまず落ち着いてるわ。オートモードのカローンは外周部には来なかったからね。でも脱出用ターミナルは……ORTHOに制御を奪われてて全く動かせない」
本部から逃げてきた職員たちによってカローンについての情報は共有されたが、動けない状況に変わりはない。
外周部は居住区なので時間を過ごすための設備や災害時の備蓄は不足無くあるが、いつ危険が及ぶかも分からない現状、一刻も早く脱出すべきだと外周部にいる人々は結論した。
「今、ダンナや逃げてきたみんながターミナルを起動させようと頑張ってるけど、ちょっと太刀打ち出来なさそうでね。管制室から人を貸してもらうために、あたしが来たわけ」
「そう、だったんですね……」
道中で助けたおじさんも、きっとその作業者に加わっているんだろうな。……そう信じたい。
「ねえ、所長の部屋から持ち出したっていう道具、あたしにも見せてくれない?」
「あ、はい」
僕は懐からあの輪を取り出した。女性は表情を明るくする。
「これね!覚えてるわ、軽くて使いやすかったもの!」
「そうなんですね」
「……でもこれも、『S.T.Y.X.』の魔導回路使ってるはずよね。主任が作ってるんだし。まだ装備した事ないわよね?」
「はい」
「じゃあ、管制室でORTHOに制御を奪われる危険が無いか確認してもらいましょ。急いでも敵に奪われるんじゃ意味ないもの」
「そうですね」
やっぱり大人は頼れる。
言われるがままついて歩いて、見覚えのあるカローンの山が見えてきてほっとした。
管制室に入ると、さっきと雰囲気が違う。人の数も明らかに減っていた。
「キミ!!無事だったのか!!!!」
チーフと呼ばれていた男性が大きな声を上げた。職員の人たちも僕を見てほっとした顔をして、しかしすぐに表情が強ばる。
「いや、無事を喜んでる場合じゃない」
「何事よ?」
「『冥府』の門が開いて、内部のファントムが合体した巨大なファントムが地上に向かってる!」
思わず息を飲む。とんでもない事になってた。
「誰が対応してるの?」
「今、『タルタロス』の隔壁を閉じるために職員が向かった。被検体たちは『雷霆の槍』を持ち出せたようだが、それで間に合うかどうか……」
「誰か、これの魔導回路のプロテクト確認してくれない?」
女性が装備品を掲げて声を張り上げる。チーフの男性は驚いた顔をしていた。
「それは確か、まだ試作品じゃ……」
「ええ。でもカローンのパワードアーマーより使いやすい。制御を奪われる危険さえ無くなれば安全よ」
「まさか、それで戦う気か!?無茶だ!!」
「戦うのはあたしじゃないわ。この子よ」
男性が更に絶句する。
「もっと無茶だ!!自分が何を言ってるのか解ってるのか!!??」
「いいからやって!!時間がないんでしょう!?」
職員の一人が受け取って、機械を装備に繋げて何か作業を始めた。何人かが一緒に手伝っている。
「ナイトレイブンカレッジの生徒は緊急時対応の指導を受けてる。だからあの子たちに任せたんでしょう?」
「そうだが、その子は魔法が使えない、特例の生徒だと言うじゃないか!」
「尚更凄いじゃない。魔法が使えないのに、イデア様の所から自力で脱出して、装備まで奪ってきてるのよ?」
男性が言葉に詰まったのを見て、女性は僕を振り返った。
「あたしはこの階に残って、最悪の場合に備えさせてもらう。……いけるわね?」
「はい、もちろん」
真剣に答えた瞬間に、お腹が鳴る。恥ずかしくて俯くと、職員から水と栄養食のクッキーを手渡された。礼を言って急いで頬張る。
「髪の毛まとめてあげたいけど、良いヘアアクセが手元に無いのよね。残念だわ」
「大丈夫です。髪の毛このままの方が慣れてますんで」
「あらそう?……ポムフィオーレ寮の子って、意外と根性あるのね」
「厳密には僕は違う寮なんですけど、確かにめちゃくちゃド根性タイプ多いです」
「あらまぁ」
「プロテクト確認、完了しました!試作品なのでネットワーク接続は元から設定されていませんでしたが、念のためにプロテクトを増やしてます」
職員から装備を手渡される。表示に従って手足に装着し、最後に首用の機械をはめる。
『新規利用者登録を開始。……完了。魔力検知なし。筋力強化モードで起動します』
人工音声の案内が終わると、途端に手足が軽くなる。覚えのある感覚に思わず笑みがこみ上げた。
「……『タルタロス』までの道は解る?」
「はい、ここまで来れば!」
「気をつけていってらっしゃい。……死んじゃダメよ」
「はい、ありがとうございました!」
カローンの女性と管制室の皆さんに頭を下げて、管制室を飛び出す。
記憶を頼りに『タルタロス』の入り口を探せば、漂ってくる不穏な気配に導かれるように足が進んだ。
やっと戻ってこられた。
そう喜んだのはどれくらい前の事だっただろう。
外周通路を進む中、なんだかんだでグリムの姿を捜してしまったり、『タルタロス』に繋がる横穴が現在も通じている場所が無いか探ったり、エレベーターの電力が復旧していないか確認したり、寄り道を繰り返したせいで時間がかかってしまった。
階段も場所が離れていて、だんだん自分が円形の通路のどの辺りにいるのかも解らなくなってきて、最後には階段を探して登る事に専念するようになっていた。じゃないと一生彷徨っていたかもしれない。
そうして階段を登り続け、水が尽きかけた頃に最上階に到着し、本部へ繋がる扉を見つけて飛び出した。
見覚えのある無機質な壁を見て安心したのは言うまでもない。
目の前には自販機が並んでいて空腹を思い出すも、IDカードが無いと買えないしそもそも動いておらず、給水機だけは緊急事態でも動く設定になっていたので、有り難く水だけ貰った。
直後、凄まじい揺れが建物を襲った。明らかに何かが起こっていると、根拠無く思った。合流を急がないと、と思い身軽にするために水のボトルとチョコバーのゴミを捨てて通路に飛び出した。そこまでは良かった。
「ここ、どこぉ……?」
どこまで行っても同じ景色の上に、現在地が全然分からない。地図を見たくても、地図のあった場所もどこか分からない。そこかしこに目印はあるけど、何がどれを意味しているのかも分からない。そもそもIDカードを持っていないから、管制室や『タルタロス』への入り口がある中央には行けない。じゃあ外で職員の人を捜そう、と思ったけど今度は出口も分からない。
もう泣きそうだった。階段登って疲れたし、お腹すいたし、グリムはいないし、心細いし。いっそカローンが出てくればいいのに、それも無いし。
さらわれただけでも足手まといすぎて悔しいのに、さらに足手まといポイントを積み上げてしまっている。
もうよれよれで何も考えられない。
そんな状態でいきなり正面から何か突きつけられたら、とっさに反応できなかった。息を飲んで身を強ばらせ、それがカローンの杖だと気づいて顔を上げる。
「あら、あなた……ナイトレイブンカレッジの子よね?」
そう言ったのは、知らない女性だった。『S.T.Y.X.』の制服を着ているけど、管制室で見た人たちとは印象が違う。何て言うか……アウトドア派って感じ。実際、身体を鍛えてる人っぽい雰囲気がある。
「一緒に来てたお友達はどうしたの?」
「あ、あの、あなたは……」
「……ああ、ごめんなさい。パワードアーマー着てたから顔とか分からないわよね」
言いながら、女性は杖を下ろした。カローンの杖を持つ姿が随分しっくり来る。
「ほら、島の入り口で手合わせさせてもらったでしょ」
「あ、あの時の!!」
「魔法士養成学校の生徒なのに魔法を使わないなんて珍しいと思ったのよ。つい興味が勝っちゃって」
カローン隊って女性もいるんだ。確かにあの全身鎧じゃ性別なんかわかりっこないな。筋力を補助する機能があるなら女性でも問題ないし。
「それで、こんなところでどうしたの?」
「実は『タルタロス』に行きたくて」
「『タルタロス』に?……IDカードが無いと行けないものね。あたしも管制室まで行くところなの。一緒に行きましょ。よかったら事情を聞かせて」
僕は隣を歩きながら女性に事情を説明した。女性は難しい顔をしつつも真剣に聞いてくれて、僕を庇いつつ行き先を警戒するのも忘れない。
「そういう事だったのね……」
「管制室に行くって事は、本部の外からいらしたんですよね。外はどうですか?」
「外周部はひとまず落ち着いてるわ。オートモードのカローンは外周部には来なかったからね。でも脱出用ターミナルは……ORTHOに制御を奪われてて全く動かせない」
本部から逃げてきた職員たちによってカローンについての情報は共有されたが、動けない状況に変わりはない。
外周部は居住区なので時間を過ごすための設備や災害時の備蓄は不足無くあるが、いつ危険が及ぶかも分からない現状、一刻も早く脱出すべきだと外周部にいる人々は結論した。
「今、ダンナや逃げてきたみんながターミナルを起動させようと頑張ってるけど、ちょっと太刀打ち出来なさそうでね。管制室から人を貸してもらうために、あたしが来たわけ」
「そう、だったんですね……」
道中で助けたおじさんも、きっとその作業者に加わっているんだろうな。……そう信じたい。
「ねえ、所長の部屋から持ち出したっていう道具、あたしにも見せてくれない?」
「あ、はい」
僕は懐からあの輪を取り出した。女性は表情を明るくする。
「これね!覚えてるわ、軽くて使いやすかったもの!」
「そうなんですね」
「……でもこれも、『S.T.Y.X.』の魔導回路使ってるはずよね。主任が作ってるんだし。まだ装備した事ないわよね?」
「はい」
「じゃあ、管制室でORTHOに制御を奪われる危険が無いか確認してもらいましょ。急いでも敵に奪われるんじゃ意味ないもの」
「そうですね」
やっぱり大人は頼れる。
言われるがままついて歩いて、見覚えのあるカローンの山が見えてきてほっとした。
管制室に入ると、さっきと雰囲気が違う。人の数も明らかに減っていた。
「キミ!!無事だったのか!!!!」
チーフと呼ばれていた男性が大きな声を上げた。職員の人たちも僕を見てほっとした顔をして、しかしすぐに表情が強ばる。
「いや、無事を喜んでる場合じゃない」
「何事よ?」
「『冥府』の門が開いて、内部のファントムが合体した巨大なファントムが地上に向かってる!」
思わず息を飲む。とんでもない事になってた。
「誰が対応してるの?」
「今、『タルタロス』の隔壁を閉じるために職員が向かった。被検体たちは『雷霆の槍』を持ち出せたようだが、それで間に合うかどうか……」
「誰か、これの魔導回路のプロテクト確認してくれない?」
女性が装備品を掲げて声を張り上げる。チーフの男性は驚いた顔をしていた。
「それは確か、まだ試作品じゃ……」
「ええ。でもカローンのパワードアーマーより使いやすい。制御を奪われる危険さえ無くなれば安全よ」
「まさか、それで戦う気か!?無茶だ!!」
「戦うのはあたしじゃないわ。この子よ」
男性が更に絶句する。
「もっと無茶だ!!自分が何を言ってるのか解ってるのか!!??」
「いいからやって!!時間がないんでしょう!?」
職員の一人が受け取って、機械を装備に繋げて何か作業を始めた。何人かが一緒に手伝っている。
「ナイトレイブンカレッジの生徒は緊急時対応の指導を受けてる。だからあの子たちに任せたんでしょう?」
「そうだが、その子は魔法が使えない、特例の生徒だと言うじゃないか!」
「尚更凄いじゃない。魔法が使えないのに、イデア様の所から自力で脱出して、装備まで奪ってきてるのよ?」
男性が言葉に詰まったのを見て、女性は僕を振り返った。
「あたしはこの階に残って、最悪の場合に備えさせてもらう。……いけるわね?」
「はい、もちろん」
真剣に答えた瞬間に、お腹が鳴る。恥ずかしくて俯くと、職員から水と栄養食のクッキーを手渡された。礼を言って急いで頬張る。
「髪の毛まとめてあげたいけど、良いヘアアクセが手元に無いのよね。残念だわ」
「大丈夫です。髪の毛このままの方が慣れてますんで」
「あらそう?……ポムフィオーレ寮の子って、意外と根性あるのね」
「厳密には僕は違う寮なんですけど、確かにめちゃくちゃド根性タイプ多いです」
「あらまぁ」
「プロテクト確認、完了しました!試作品なのでネットワーク接続は元から設定されていませんでしたが、念のためにプロテクトを増やしてます」
職員から装備を手渡される。表示に従って手足に装着し、最後に首用の機械をはめる。
『新規利用者登録を開始。……完了。魔力検知なし。筋力強化モードで起動します』
人工音声の案内が終わると、途端に手足が軽くなる。覚えのある感覚に思わず笑みがこみ上げた。
「……『タルタロス』までの道は解る?」
「はい、ここまで来れば!」
「気をつけていってらっしゃい。……死んじゃダメよ」
「はい、ありがとうございました!」
カローンの女性と管制室の皆さんに頭を下げて、管制室を飛び出す。
記憶を頼りに『タルタロス』の入り口を探せば、漂ってくる不穏な気配に導かれるように足が進んだ。