6−2:宙を睨む奈落の王
………
「これはただの興味なんですが」
ジャミルが唐突に口を開けば、先を歩いていたレオナは振り返り視線を彼に向ける。
「レオナ先輩はユウのどこに惚れたんですか?」
からかうような笑みを浮かべたジャミルに対し、レオナの表情は変わらない。
「教えてやる義理は無いな」
「ただの雑談ですよ」
「尚更言う気にならねえ」
「だって気になります」
とりつく島もない様子なのに、ジャミルは食い下がる。
「ユウは確かに愛らしいですが、美貌を比べれば上は幾らでもいる。選ぶ立場のあなたが彼に固執する理由が見当たらない」
「理由が見当たらない、か」
「ええ。だから知りたいんです。後学のために」
レオナはしばらく無言で歩き続けた。そして唐突に足を止める。
「ユウが俺の『運命の相手』だからだ」
ジャミルも足を止めた。レオナの口にした言葉を飲み込めず、ただ呆然と立ち尽くしている。そしてレオナとの距離が離れてやっと我に返り、慌てて追いかけた。
「う、運命の相手って」
「言葉通りの意味だが?」
再びジャミルが絶句する。一方、そんな反応は予想がついていたのか、レオナは何事もなかったかのように『タルタロス』を下っていく。
「……すみません。王子様みたいな事を仰るので驚いてしまって」
「忘れてるなら教えてやるが、俺は名実ともに王子様なんだよ」
「……そういえばそうでしたね」
ジャミルは苦々しげな顔で返す。どう切り込めば真意を聞き出せるか、と思考を巡らせている様子だった。
「……お前は」
「はい?」
「お前は、俺と敵対して、砂にされない自信があるか?」
冷えた空間に緊張の沈黙が流れる。
「絶対に殺される事は無いと信じられるか?」
「…………無理ですね」
長い沈黙を挟んだが、ジャミルはきっぱりと答えた。
「その必要があれば、貴方には出来るでしょうから」
「あいつは信じてくれる」
「……は?」
「ユウは、俺が自分を殺さないと信じてる。いや、自分だけじゃないな。俺がユニーク魔法で人を殺す事は無いと信じてやがる」
レオナの表情は複雑だった。口元は僅かに笑みを浮かべているが、どれかといえば単純な喜びよりも自嘲に近い。
「それは、貴方が今ユウに想いを寄せている事実があるからでは?」
「俺が惚れる前からあいつは俺を信じてくれた」
レオナは自分の手を見つめている。
「……俺には、あいつを殺す機会があった。ユニーク魔法を使えば、油断しきってるあいつを殺せた」
今や朧気な記憶を手繰り寄せる。
悔しさと情けなさと、どうしようもなくこみ上げた安堵。
「殴り合って疲れ切った状態とはいえ、戦ってる相手の一番特徴的な能力を忘れるバカがいるか?」
「……いたとしたらとんでもないバカですね」
「そう。とんでもないバカなんだよ、あいつは」
撫でても抱きしめても、怯えた顔をしない。恥じらったり怒るばかりで、時には向こうから触れてくる。
「だから愛しくてたまらないんだ」
先の戯れを思い返しては、僅かに残る匂いと温もりを噛みしめる。化粧品の無駄に華やかな匂いの向こうからでも判る、柔らかく甘く、いつまでも傍にいたいと思わせる心地の良い匂い。
「……自分以外を選んだとしても、ですか」
「……ああ」
ジャミルの冷酷な指摘に、レオナは平然と返した。またも予想と違う反応だったようで、ジャミルは不愉快そうに顔をしかめる。
「諦めるんですか?」
「さあな」
「そう言ってるように聞こえましたけど」
「選ぶのはユウだ」
誰も選ばないつもりなのはレオナも知っている。よほどの事が無い限り、その決意が揺らがない事も。
決意を覆す事が出来るのは、陰になり日向になり甲斐甲斐しく世話し続けていた、彼ぐらいだろうという事も承知している。
「俺はせいぜい最後に選んでもらえるように、愛を囁く事ぐらいしか出来ねえよ。ただの王子様なんでな」
「どの口が……」
「それに比べてカイワレは大した度胸だ。尊敬するぜ」
「全くですね。真似しようとは思いませんが」
「俺は……一緒に地獄に堕ちてくれなんて言えない、臆病者だからな」
「え?」
呟いた声を聞き取れなかった様子でジャミルは首を傾げた。レオナは何でもない、とごまかす。
「ああいう手合いは何をしでかすか解ったもんじゃない。出来るだけ早く止めてやった方がいいだろ」
「同感です」
「抵抗する時に勢い余って殺っちまったら、姫君は正当防衛でも気にするだろうしな」
ジャミルが思わずといった様子で吹き出す。しばらく肩を震わせていたが、ふと真剣な表情でレオナを見る。
「レオナ先輩」
「なんだ」
「ユウが修羅場慣れしてる理由って、何か知ってますか。推測でも良いんですけど」
レオナは足を止める。浮かんでは消える感想をとりあえず横に押しやって答えた。
「残念ながら、具体的な事は何も」
「やっぱりそうですよね」
少し苛立ちを覚えつつも、レオナは考え込むジャミルを観察する。
「俺もそれなりに酷い場面には出くわしてきてます。アジーム家の従者としては避けられないものだから。……多少、大人に守られた自覚はありますけど」
裕福な立場は危険とも隣り合わせだ。
特にジャミルが仕えるカリムは熱砂の国以外にも影響力を持つ大商人の跡取り息子。父親の側室の多さと比例して兄弟は多く、そこに小金や権力を求めて群がるあくどい大人も後から後から湧いてくる。
時に良心の欠片もない、信じられないような強硬手段を執ってくるものもいただろう。そういったものから守るのが従者の役目であるからには、その凶行の委細を知る事も避けられない。
「ユウは、権力者の護衛に慣れているわけではない。酷い環境で育った様子も無い。むしろ裕福な育ちに思える」
「だが、あいつには『最後の手段』が選択肢にある。理屈ではないがそれを肌で感じられる」
「……どうにも不自然が過ぎる。あいつ本当に異世界の人間なんですか?食文化に戸惑った様子はないし礼儀作法も問題なくて、普通に学校に馴染んでるし」
「向こうから言わせりゃ、メシも食えるし礼儀作法も通用するのに、国の名前も歴史も馴染みがないこの世界の方が不気味なんじゃねえか?」
「……それは、そうかもしれないですね」
「あるいは、そういう所を選んで連れてこられたのかもしれないな」
「…………ユウがこの世界に来たのは、闇の鏡の事故ではないと?」
「根拠はない。が、そっちの方がしっくり来る気はする」
ユウが入学式にグリムと共に現れて、異例の生徒として在籍してから、ナイトレイブンカレッジではオーバーブロットが頻発していた。ユウとグリムは、その全ての現場に居合わせている。
今回、『嘆きの島』に連れてこられた五人は、『S.T.Y.X.』の前でその事にいっさい言及せず、万事において名前すら口にしなかった。打ち合わせたわけでもないのに、誰もが同じ事を思っていたらしい。もしかすればイデアも、ユウとグリムが共通点である事は気づきながら、それを敢えて関係ないものとする事で守ろうとしていた可能性がある。
だからこそ、ルークがユウを連れてきてしまった事にレオナは苛立ちを覚えたわけだ。
もっとも『イデアがユウに好意を抱いている』という前提をレオナも知っているので、人質を取り返すカードとして有効であると考えた事も理解は出来る。
交渉を有利に進めつつ『女王』をいち早く安心させる事を考えての判断だとすれば、うっとおしいほど抜け目のない忠実な狩人だと賞賛するしかない。今となっては全てが裏目に出ているが、あの時点では予想不可能な事だ。責めても意味がない。
脱線した思考を軌道修正し、しかし前にも進まない。
「あいつが元の世界で何を背負ってきたとしても、知った所でやる事は変わらない」
「と言いますと」
「バカな事をしそうになったら首根っこ掴んで『やめろ』と叱ってやるだけだ」
「……確かに、そうですね」
それで止まるバカなら良いんだが。
内心思った言葉をレオナは飲み込む。
止められるか、ではない。止めるのだ。愛する人の生命の無事と幸福な未来のために。
「ところで」
「はい」
「お前はあいつのどこに惚れたんだ?」
「……あなたほど面白い理由ではないですよ」
「どうせ嘘が真になっちまったクチだろ」
ジャミルは不自然に口を閉ざした。どうやら図星らしい。
「大方、タコ野郎に悪巧みを邪魔された腹いせに手を出してやろうと思ったら夢中になっちまったとか、そんなトコだな」
「見てきたかのような断定の仕方しないでもらえますか!?」
「俺でも予想がつくようなわかりやすい惚れ方したお前の自業自得だ」
ジャミルは呻き、黙り込む。
「ま、あのタコ野郎がはしゃいでるのを見ると、鼻っ柱へし折ってやりたくなる気持ちは解らないではない」
「ええ。あいつがウブな顔をしてるのを見ると、とてつもなく不愉快なんです」
心の底から忌々しげにジャミルは吐き捨てる。恐らくは管制室でのやりとりの事を思い出しているのだろう。
お前だって似たようなもんだろ、と口から出そうになったが、うるさくなりそうなので止めた。
「これはただの興味なんですが」
ジャミルが唐突に口を開けば、先を歩いていたレオナは振り返り視線を彼に向ける。
「レオナ先輩はユウのどこに惚れたんですか?」
からかうような笑みを浮かべたジャミルに対し、レオナの表情は変わらない。
「教えてやる義理は無いな」
「ただの雑談ですよ」
「尚更言う気にならねえ」
「だって気になります」
とりつく島もない様子なのに、ジャミルは食い下がる。
「ユウは確かに愛らしいですが、美貌を比べれば上は幾らでもいる。選ぶ立場のあなたが彼に固執する理由が見当たらない」
「理由が見当たらない、か」
「ええ。だから知りたいんです。後学のために」
レオナはしばらく無言で歩き続けた。そして唐突に足を止める。
「ユウが俺の『運命の相手』だからだ」
ジャミルも足を止めた。レオナの口にした言葉を飲み込めず、ただ呆然と立ち尽くしている。そしてレオナとの距離が離れてやっと我に返り、慌てて追いかけた。
「う、運命の相手って」
「言葉通りの意味だが?」
再びジャミルが絶句する。一方、そんな反応は予想がついていたのか、レオナは何事もなかったかのように『タルタロス』を下っていく。
「……すみません。王子様みたいな事を仰るので驚いてしまって」
「忘れてるなら教えてやるが、俺は名実ともに王子様なんだよ」
「……そういえばそうでしたね」
ジャミルは苦々しげな顔で返す。どう切り込めば真意を聞き出せるか、と思考を巡らせている様子だった。
「……お前は」
「はい?」
「お前は、俺と敵対して、砂にされない自信があるか?」
冷えた空間に緊張の沈黙が流れる。
「絶対に殺される事は無いと信じられるか?」
「…………無理ですね」
長い沈黙を挟んだが、ジャミルはきっぱりと答えた。
「その必要があれば、貴方には出来るでしょうから」
「あいつは信じてくれる」
「……は?」
「ユウは、俺が自分を殺さないと信じてる。いや、自分だけじゃないな。俺がユニーク魔法で人を殺す事は無いと信じてやがる」
レオナの表情は複雑だった。口元は僅かに笑みを浮かべているが、どれかといえば単純な喜びよりも自嘲に近い。
「それは、貴方が今ユウに想いを寄せている事実があるからでは?」
「俺が惚れる前からあいつは俺を信じてくれた」
レオナは自分の手を見つめている。
「……俺には、あいつを殺す機会があった。ユニーク魔法を使えば、油断しきってるあいつを殺せた」
今や朧気な記憶を手繰り寄せる。
悔しさと情けなさと、どうしようもなくこみ上げた安堵。
「殴り合って疲れ切った状態とはいえ、戦ってる相手の一番特徴的な能力を忘れるバカがいるか?」
「……いたとしたらとんでもないバカですね」
「そう。とんでもないバカなんだよ、あいつは」
撫でても抱きしめても、怯えた顔をしない。恥じらったり怒るばかりで、時には向こうから触れてくる。
「だから愛しくてたまらないんだ」
先の戯れを思い返しては、僅かに残る匂いと温もりを噛みしめる。化粧品の無駄に華やかな匂いの向こうからでも判る、柔らかく甘く、いつまでも傍にいたいと思わせる心地の良い匂い。
「……自分以外を選んだとしても、ですか」
「……ああ」
ジャミルの冷酷な指摘に、レオナは平然と返した。またも予想と違う反応だったようで、ジャミルは不愉快そうに顔をしかめる。
「諦めるんですか?」
「さあな」
「そう言ってるように聞こえましたけど」
「選ぶのはユウだ」
誰も選ばないつもりなのはレオナも知っている。よほどの事が無い限り、その決意が揺らがない事も。
決意を覆す事が出来るのは、陰になり日向になり甲斐甲斐しく世話し続けていた、彼ぐらいだろうという事も承知している。
「俺はせいぜい最後に選んでもらえるように、愛を囁く事ぐらいしか出来ねえよ。ただの王子様なんでな」
「どの口が……」
「それに比べてカイワレは大した度胸だ。尊敬するぜ」
「全くですね。真似しようとは思いませんが」
「俺は……一緒に地獄に堕ちてくれなんて言えない、臆病者だからな」
「え?」
呟いた声を聞き取れなかった様子でジャミルは首を傾げた。レオナは何でもない、とごまかす。
「ああいう手合いは何をしでかすか解ったもんじゃない。出来るだけ早く止めてやった方がいいだろ」
「同感です」
「抵抗する時に勢い余って殺っちまったら、姫君は正当防衛でも気にするだろうしな」
ジャミルが思わずといった様子で吹き出す。しばらく肩を震わせていたが、ふと真剣な表情でレオナを見る。
「レオナ先輩」
「なんだ」
「ユウが修羅場慣れしてる理由って、何か知ってますか。推測でも良いんですけど」
レオナは足を止める。浮かんでは消える感想をとりあえず横に押しやって答えた。
「残念ながら、具体的な事は何も」
「やっぱりそうですよね」
少し苛立ちを覚えつつも、レオナは考え込むジャミルを観察する。
「俺もそれなりに酷い場面には出くわしてきてます。アジーム家の従者としては避けられないものだから。……多少、大人に守られた自覚はありますけど」
裕福な立場は危険とも隣り合わせだ。
特にジャミルが仕えるカリムは熱砂の国以外にも影響力を持つ大商人の跡取り息子。父親の側室の多さと比例して兄弟は多く、そこに小金や権力を求めて群がるあくどい大人も後から後から湧いてくる。
時に良心の欠片もない、信じられないような強硬手段を執ってくるものもいただろう。そういったものから守るのが従者の役目であるからには、その凶行の委細を知る事も避けられない。
「ユウは、権力者の護衛に慣れているわけではない。酷い環境で育った様子も無い。むしろ裕福な育ちに思える」
「だが、あいつには『最後の手段』が選択肢にある。理屈ではないがそれを肌で感じられる」
「……どうにも不自然が過ぎる。あいつ本当に異世界の人間なんですか?食文化に戸惑った様子はないし礼儀作法も問題なくて、普通に学校に馴染んでるし」
「向こうから言わせりゃ、メシも食えるし礼儀作法も通用するのに、国の名前も歴史も馴染みがないこの世界の方が不気味なんじゃねえか?」
「……それは、そうかもしれないですね」
「あるいは、そういう所を選んで連れてこられたのかもしれないな」
「…………ユウがこの世界に来たのは、闇の鏡の事故ではないと?」
「根拠はない。が、そっちの方がしっくり来る気はする」
ユウが入学式にグリムと共に現れて、異例の生徒として在籍してから、ナイトレイブンカレッジではオーバーブロットが頻発していた。ユウとグリムは、その全ての現場に居合わせている。
今回、『嘆きの島』に連れてこられた五人は、『S.T.Y.X.』の前でその事にいっさい言及せず、万事において名前すら口にしなかった。打ち合わせたわけでもないのに、誰もが同じ事を思っていたらしい。もしかすればイデアも、ユウとグリムが共通点である事は気づきながら、それを敢えて関係ないものとする事で守ろうとしていた可能性がある。
だからこそ、ルークがユウを連れてきてしまった事にレオナは苛立ちを覚えたわけだ。
もっとも『イデアがユウに好意を抱いている』という前提をレオナも知っているので、人質を取り返すカードとして有効であると考えた事も理解は出来る。
交渉を有利に進めつつ『女王』をいち早く安心させる事を考えての判断だとすれば、うっとおしいほど抜け目のない忠実な狩人だと賞賛するしかない。今となっては全てが裏目に出ているが、あの時点では予想不可能な事だ。責めても意味がない。
脱線した思考を軌道修正し、しかし前にも進まない。
「あいつが元の世界で何を背負ってきたとしても、知った所でやる事は変わらない」
「と言いますと」
「バカな事をしそうになったら首根っこ掴んで『やめろ』と叱ってやるだけだ」
「……確かに、そうですね」
それで止まるバカなら良いんだが。
内心思った言葉をレオナは飲み込む。
止められるか、ではない。止めるのだ。愛する人の生命の無事と幸福な未来のために。
「ところで」
「はい」
「お前はあいつのどこに惚れたんだ?」
「……あなたほど面白い理由ではないですよ」
「どうせ嘘が真になっちまったクチだろ」
ジャミルは不自然に口を閉ざした。どうやら図星らしい。
「大方、タコ野郎に悪巧みを邪魔された腹いせに手を出してやろうと思ったら夢中になっちまったとか、そんなトコだな」
「見てきたかのような断定の仕方しないでもらえますか!?」
「俺でも予想がつくようなわかりやすい惚れ方したお前の自業自得だ」
ジャミルは呻き、黙り込む。
「ま、あのタコ野郎がはしゃいでるのを見ると、鼻っ柱へし折ってやりたくなる気持ちは解らないではない」
「ええ。あいつがウブな顔をしてるのを見ると、とてつもなく不愉快なんです」
心の底から忌々しげにジャミルは吐き捨てる。恐らくは管制室でのやりとりの事を思い出しているのだろう。
お前だって似たようなもんだろ、と口から出そうになったが、うるさくなりそうなので止めた。