1:癇癪女王の迷路庭園
「いや、絶対ソイツ管理人じゃないっしょ」
僕とグリムの話を聞いたエースが、開口一番そうぶったぎった。僕もそう思う。
「だいぶ着崩してたけど制服のベスト着てたし、生徒だとは思う。えーっと、黄色……ってどこだっけ」
「確か、鯖の寮だ!」
「サバナクローだな」
グリムの答えをデュースが訂正する。そうそう、とグリムは同調しごまかした。デュースが悩ましげな表情を浮かべる。
「……もしかして、ナイトレイブンカレッジって不良が多いのでは……?」
「んー、どうだろうね。遭遇率高い気はするけど」
一応『名門』魔法士養成学校だしなぁ。どんな所にもワルはいるものだけど、そればっかりってものでもないはず。多分。
とはいえ……能力はあるけどプライドが高い、っていう表現は問題児への後付けの言い訳なのかもしれないなぁ。
雑談しつつ栗を拾う。途中から三人が競争を始め、あっという間に地面から栗がなくなった。そして背負ったカゴには山盛りの栗。四つのカゴがいっぱいになったんだから、さすがに十分だろう。
グリムの集めたカゴは僕が抱えて、調理設備を借りる大食堂に向かった。寮のキッチンでも出来なくはないらしいが、ハーツラビュルの施設に僕やグリムが入るわけにもいかない。
『いらっしゃ~い。大量だねぇ』
『クローバーくんはもう準備してるよぉ』
シェフゴースト達が笑顔で歓迎してくれる。『シャンデリアを壊した新入生』としてすっかり有名人なので、好奇の視線を向けられ心が痛い。それだけじゃなく親切で、カゴを運ぶのを手伝ってくれたし、殊更申し訳なかった。
「おう、お疲れ」
出迎えたクローバー先輩はカゴを見て満足そうに笑っていた。
「これだけあれば十分だろう。よく頑張ったな」
「マロンタルト!早く食べたいんだゾ!」
「じゃあまずは栗を剥いていこうか」
グリムが絶望したような顔になる。そりゃそうだろ、とエース達は呆れた顔をしていた。
「装飾に使う栗はグリムとデュースに魔法で剥いて貰おうか。形を綺麗にしたいし下処理も楽だ」
クローバー先輩は栗の実を一つ取って、マジカルペンを振る。一瞬でつるりと皮が剥け、クリーム色の実があらかじめ準備されていた水を張ったボウルに落ちた。
「これを見本に、中にある実をイメージしろ。間違っても虫がいるかも、なんて考えるなよ。ホントに出てきちまうからな」
「ひえええ……!」
「き、綺麗な実、おいしい実、虫のいない実……」
「そうそう、良いイメージで魔法をかければ処理もきちんと出来る。んで、魔法で処理できない監督生とエースは、地道に手作業で剥いてもらおう」
自分のカゴの栗のイガの部分を除き、穴の空いたものや水に浮くものを取り除いてから、熱湯で茹でる。柔らかくなった栗の皮に包丁で切れ目を入れて、地道に皮を剥いていった。今更だけど包丁とか鍋とか、調理器具もこっちの世界と同じなんだなぁ。違和感はあるけど都合は良い。
エースは最初こそ嫌そうだったけど、デュース達に挑発されるとあっさり乗っかって作業を早めた。それでいて仕事が粗くならないので、本当に器用なんだと思う。
「監督生は包丁の扱いが手慣れてるな」
「そうですか?」
「俺からはそう見える。親の手伝いとかしてたのか?」
「あー……うち、親は仕事で滅多に帰ってこないので、家事は基本僕がやってます。実質一人暮らしなんで」
「へー、気楽でいいじゃん」
「そうかなぁ。使ってない部屋の空気の入れ換えとか結構めんどくさいよ」
両親の仕事のおかげで自分の部屋も貰えてるのは分かってるから、家族の一員として協力する意識ではいる。というか、もうなんか当たり前の事で理由も何も必要ない。
「誰も見てなくても自炊してるんだな、偉いじゃないか」
「ははは、ありがとうございます。レトルトばっかりじゃ物足りないし、予算内に納めるためにやってるだけなんですけど」
外で食べるのも買って帰ってくるのもお金がかかるから仕方ない。多分うちは比較的裕福な家ではあるけど、両親は外食だけで生活するには厳しいぐらいの予算で生活費を渡してくる。料理も含めた家事を身につけさせたい、という意図は一人になる前に言われたので理解していた。それに逆らうつもりもない。
……いま家はどうなってるんだろう。覚えてる限り約五ヶ月の日付のズレがあるみたいだけど、向こうの世界でもそれぐらい経っているのだろうか。だとしたらさすがに、いない事には気づかれただろうな。
両親は海外で仕事、姉は海外に留学中に、自宅で一人暮らしてた弟が失踪、かぁ。
近所で騒がれるぐらいならとっとと帰りたい。無事を知らせたい。だけど。
「まぁ、家に帰ってもひとりぼっちなんですよね」
ぼそりと呟いた、つもりだった。聞こえたらしく全員の動きが止まっている。
「……いや地元にも友達はいるけどね!よく泊まりに来てくれてたし!」
「うわすっごい空元気」
エースが思わずといった感じで呟いた。
「まぁ帰りたくても闇の鏡にも返品拒否されるド田舎ですし。あはははは」
「……そうか、早く戻らないと、親御さんに心配かけちまうんだな」
途端にデュースが心配そうな顔になった。なんだかちょっと胸が痛い。
「早く帰る方法が見つかるといいな」
「ありがとうございます」
そんな話をしながらも下拵えは進んでいく。装飾用の栗とそれ以外をより分けて茹でる作業があるので、皮むきそのものはデュースとグリムの方が早く終わったものの、結局は同じくらいの時間で作業が終わった。
「よーし、よく頑張ったな。次は裏ごしして、生クリームと合わせる作業だ」
うええ、とエースたちから悲鳴が上がる。
「先輩、最初から言ってたじゃん……」
「こういう地道な作業が、おいしい料理には必要なんだ」
さあやるぞ、とクローバー先輩は裏ごし器を取り出している。
元の世界でも料理人やお菓子職人は力仕事だと言われていたし、クローバー先輩も何となくガッシリした雰囲気はあった。プロ顔負けの腕前なら力仕事もこなしてきたんだろうな、とも思う。
そんな先輩でさえ、栗の下拵えは多分面倒だろう。後輩が面倒を起こしたのは『渡りに船』だったのかもしれない。
というか、こうやってお茶会のお菓子づくりに面倒を起こした後輩を巻き込んでやる事で寮長が許せる空気を作る、というのが彼の常套手段なのかもしれない。
「エース、気合い入れて頑張りなよ」
「お前もやるんだよ」
文句を言っても作業は進まない。栗の皮むきと同じ編成で二手に分かれて裏ごしをする。時折クローバー先輩の補助や助言が入って、どんどん裏ごしされたペースト状の栗が積みあがっていった。
「終わった~!」
最後の一つを綺麗に潰して、エースが声をあげる。隣もほぼ同時に終わったらしい。デュースがしんどそうな顔をしている。
「苦労した分、きっと美味いぞ」
クローバー先輩は労ってくれるが、三人とも疲れた様子だった。慣れない作業だろうから無理もない。
「このマロンペーストに、バターと砂糖を加えて、最後に隠し味のオイスターソースを加える」
「オイスターソース!?」
エースとデュースと声を揃えて叫んでしまった。オイスターソースって、中華料理とかでたまに使えって書いてあるアレ?お母さんが買っても使いきれずに捨ててたアレ?
「そうそう。カキからたっぷり出た旨味がクリームに深いコクを与える」
見せてきた調味料の瓶には『セイウチ印のヤングオイスターソース』と書かれている。やっぱり元の世界と同じ用途のオイスターソースっぽい。
「有名パティシエなら、タルトにこれを使わない奴はいないぞ」
「かなりしょっぱいソースだよな……」
「でもカレーにチョコ入れたりするし、アリなのかも」
「塩キャラメルとか、あまじょっぱいスイーツもあるにはあるしなぁ」
世界が違えば常識も違うみたいだし、元の世界のオイスターソースと違うかもだし、完成すれば感動できるかも。
などと考えていると、クローバー先輩が堪えられないといった様子で吹き出した。
「嘘だよ。お菓子にオイスターソースなんか入れるわけないだろ」
「なんだよ!本気にしちゃったじゃん」
「ちょっと考えればありえないってわかるだろ」
「クローバー先輩が言うなら信じちゃいますよ。プロ並みの腕前なんだから」
「相手が誰であれ何でも鵜呑みにせず、疑ってかかれって事だな」
「コイツ、優しそうに見えてさらっと嘘をつくヤツなんだゾ……」
グリムが呟くと、クローバー先輩は笑ってごまかしてた。
話をしながら、先輩の指示で作業は進む。次の指示をする段階で、先輩の顔が曇った。
「どーしたんすか?」
「いや、皆が頑張ってくれたおかげで、想定よりマロンペーストの量が多くてな。生クリームが少し足りないんだ」
「僕、買ってきますよ。学内の購買部で売ってますか?」
「ああ、置いてると思うぞ。ついでに他にも買い出し頼んでいいか?」
クローバー先輩が挙げた内容をデュースがメモしていく。……ついでの分量じゃない気がする。
「……僕も一緒に行こうか?」
「助かる。一人じゃ持ち切れなさそうなんだ」
「オレ様も行く!」
「オレ休憩してる~」
ひらひらと手を振るエースに苦笑しつつ、クローバー先輩に見送られて購買部へ向かった。