−1:その前の話



 火花が散る。剣撃が響く。
 宇宙の外れ、星空の真ん中のダンスホールは、魔王と魔法少女のための決闘場となっていた。たったふたりしかいない広い空間で、踊るように攻撃を放っては叩き落とす応酬が続いている。
 長い戦いだ。少なくとも、魔法少女はそう思っている。現実的ではない能力差の戦いの中で、己を突き動かすのは『勝たねばならない』という義務感。それだけが魔法少女の精神を疲労感から守り、戦わせていた。
『シャイニングリリー、望まない女神の核を授かった、可哀想な犠牲者』
 魔王と呼ばれる女はそう呟く。激しい戦いを経ても涼しい顔で、長大な剣を軽々と振るっていた。
『世界に良いように使われる事を何故受け入れる?』
 その言葉は穏やかながらどこか沈んでいて、不思議と本当に気遣われている気がした。実際は見下しを含んだ哀れみなのだろう、とシャイニングリリーと呼ばれた魔法少女は思いなおす。
「僕は……守りたい、から。僕が生きてきた日常を、これから生きていく未来を」
 少し考えて、魔法少女は続ける。
「世界が僕を利用するなら、僕も世界を利用するだけだ」
 本来の自分には、こんな強大な存在と戦う術はない。可能としているのは、地球を外部侵略から守らんとする『保護団体』の職員達が作った強化装備だ。これがなくては、自分は何も出来ず怯え震える人々の一員だっただろう。
「後悔なんてしない。無様で滑稽でもいい。僕は大切な人たちを守る」
『……ふふふ』
 魔王は嬉しそうに笑っていた。
『それがお前の望みなら、見事叶えてみせるがいい』
 打ち合いが続く。集中が深まった瞬間に、魔法少女から一際強い光が溢れた。
 光は鋭い一筋に集まり、魔王の胸を穿つ。
 どろり、と黒い液体が傷口から溢れた。遅れて口元にも黒く一筋。
『嗚呼、孤独を厭った我が永き生……ここまでか』
 魔王は武器を落とし、おぼつかない足どりで魔法少女に歩み寄る。
『……よもやこのような空虚な正義に敗れようとは』
「空虚で悪かったね」
『最後は魔王らしく往生際も悪く逝こうか』
 魔王の指先が魔法少女の胸に触れる。気力も体力も限界の魔法少女は、振り払う力もとっさに出なかった。
「なに、を……」
『お前に呪いを授けよう。お前に宿る女神の核は二度と起動しない。外部からその力を引き出す事は二度と叶わない』
 鋭い痛みが胸に走る。あっという間に全身に広がり、立っている事もままならなくなった。
『そしてお前は、お前の力の源……あの聖女と同じように、孤独と後悔の最期を迎えるだろう』
「……ブラッディローズ……!!」
『ふは、これでは祝福だな?望まぬ役目だったのだから!!』
 どうにかもう一度立ち上がり、手にした武器を振るう。魔王は今度こそ倒れ、勝負は着いたとばかりに決闘場は崩落を始める。黒い魔女が、星空の影となって暗闇の空間へ堕ちていった。
 魔法少女も再び膝をつく。全身を痛みが襲う。腕を見れば衣装が粒子へと分解されはじめていた。魔王の『呪い』で、身体を強化する装備が解除されているのだろう。強化装備も無い生身で宇宙空間に投げ出されれば、すなわち死が待っている。そう理解していても、身体は少しも動かなかった。
 痛みが全身を駆けめぐり満ちて、何も感じられなくなっていく。全ての音が遠ざかり、身体に伝わっていた震動すら曖昧になる。
 やがて眠るように、魔法少女は意識を手放した。





 ……ああ、これは夢だ。
 体験した過去を思い出す夢。
 この後『保護団体』が間一髪の所で間に合って僕は救助された。地球への損害は非常に軽微、僕は世界を救う事が出来た。
 でも『魔王』こと、マザー・ブラッディローズの呪いはしっかり効果があって、僕は強化装備を身に纏う事が出来なくなってしまった。
 正直言うとそれは、願ったり叶ったりなのだ。
 だって、女装なんてもうしなくていいって事だから。
 人の命を何とも思わない悪と戦う事も勿論苦しくて辛い事ではあったけど、何よりもこれが辛かった。もし性別通りの衣装なら、こんなに正体を明かしたくないと必死になれなかったかもしれない。
 それぐらい苦痛の日々だったんだ。
 そこから解放されたんだ。
 素晴らしい、何て幸せ、もう最高。
 平和が戻った、日常に戻れる!
 高校二年生の一年間を世界を守る戦いに費やした僕だったが、これからは普通の学校生活が送れる。受験もあるけど、将来の不安とかあるけど、もうそれすら嬉しくてたまらない。
 普通の男子高校生・羽柴悠としての人生を、僕は戦いに勝って取り戻したのだ。




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