6−2:宙を睨む奈落の王
………
「ちょっと気になってたんですけど」
薄暗い通路を歩きながら、エペルが唐突に切り出す。
逸る気持ちを抑える意図もあって、負担にならない程度の雑談は許す空気になっていた。
「なんだい?エペルくん」
「レオナサンの言ってた『コレーとペルセポネ』って何ですか?」
「英雄の国に伝わる神話の女神の名前だよ」
ルークがあっさりと質問に答える。
「英雄の国には独自の神話体系があり、我らの知る『死者の国の王』もそこに属する神なんだ」
「へー……」
「地方によって細やかに物語が存在し、その全てをまとめようとした研究者も少なくない。ある地方では守護神とされる神が、別の地方では悪神とされていたり、時を経て口伝で伝えられるうちに物語が変わってしまったり、様々な解釈が生まれたりと、実に幅広く奥深い世界観なんだよ」
立て板に水を流すようにルークは語る。
「『コレー』と『ペルセポネ』は同じ女神を示す名前だ。豊穣の女神の愛娘で『死者の国の王』の妻になった、という伝承が存在する」
「『死者の国の王』って奥さんいたんですか!?」
「一説には、程度の扱いだね。あくまでも伝承であり、事実は不明だ。何せ神話だからね」
それはそれとして、と置いて、ルークはその伝承を語り出す。
愛らしい女神のコレーは、様々な神から求婚をされていたが、母親の女神によって守られていた。
しかし、『死者の国の王』はコレーの父親に当たる神に交渉し、コレーと結婚する権利を得て、彼女を死者の国へと強引に連れ込んだ。
娘を奪われた母親は嘆き悲しみ、地上は実りを失い荒れ果てた。困った父親の神は『死者の国の王』に再び交渉し、コレーを地上に返すように言いつけた。『死者の国の王』はこれを受け入れ、しかし地上に返す前にコレーに死者の国のザクロを数粒食べさせた。
死者の国の食べ物を口にしたものは、死者の国にいなくてはならない。
この定めに則り、コレーは一年のうち数ヶ月を『死者の国の王の妻』として、死者の国で過ごさなくてはならなくなった。
「コレーが死者の国にいる間、豊穣の女神は心を閉ざし地上から実りが消え、コレーが地上に戻ると女神の喜びに応え命が芽吹く。この事から『春』や『目覚め』を意味する女神とも言われているよ」
「はえー……」
「『コレー』は豊穣の女神の娘としての名前で、『ペルセポネ』は死者の国の王の妻としての名前、とも言われるが、あまり明確に区別はされていない。場所によっては豊穣の女神の娘ではなく女神そのもの、という説もあるしね」
「……アイツらなりのシャレってわけね」
「嘆きの島は英雄の国の一部だったというし、彼らが知っていてもおかしくはない。しかし……」
ルークが意味ありげに言葉を切るので、二人は首を傾げた。
「なに?勿体ぶらないでよ」
「大した事ではないけどね。……なぜイデアくんとオルトくんで呼び方が違ったんだろうと思って」
「確か、イデアサンは『コレー』って言ってて」
「オルトは『ペルセポネ』と言ってたわね」
「伝承そのものが有名ではなく、呼び分けも厳格なものではない。だから考えすぎなのかもしれないが……どうにも引っかかってね」
ルークの疑問は二人も共感する。
あれほど仲の良い兄弟なのに、呼び名だけ揃わないというのもなんだか不自然だ。ましてヒューマノイドであるオルトは、兄に追従しそうな雰囲気がある。
「レオナくんも同じ引っかかりを感じたのかもしれない」
「んん……でも、明確に呼び分ける基準は無いんですよね」
「そうだね」
「じゃあ、やっぱ個人の好みの問題かもしれませんよ」
「ま、余裕があったら本人たちに訊いてみましょう。どうせまた邪魔しに出てくるでしょうし」
先ほども楽しそうに妨害を仕掛けてきた。恐らくは『タルタロス』の最下層に下るまではこの調子が続くだろう。まだ第六層の格納庫にすら辿りついていない。『タイタンズ』が動きだし、こちらよりも早く六層に着いてしまったら、対抗手段が無くなる。
焦る気持ちは抑えようとしても抑えきれない。
ヴィルは何度も自分に『冷静になれ』と言い聞かせている。
途中でへばっては意味がない。無事に最下層まで辿り着く事が最優先だ。
解っていても、一番に着いて彼を助けるのは自分でありたいと思ってしまう。
……レオナが指摘した通り、勝手に脱出している可能性は、勿論あるけれど。
……だって、さらわれて閉じこめられて、その場でめそめそ泣いて大人しくしてるタイプじゃないし。
きっと彼も彼なりに戦っているに違いない。
ならば、自分も無様は晒せない。
人知れず腹の内に力を入れる。不安を誰よりも深い理解で塗り替えながら、ヴィルは力強く歩を進めた。
「ちょっと気になってたんですけど」
薄暗い通路を歩きながら、エペルが唐突に切り出す。
逸る気持ちを抑える意図もあって、負担にならない程度の雑談は許す空気になっていた。
「なんだい?エペルくん」
「レオナサンの言ってた『コレーとペルセポネ』って何ですか?」
「英雄の国に伝わる神話の女神の名前だよ」
ルークがあっさりと質問に答える。
「英雄の国には独自の神話体系があり、我らの知る『死者の国の王』もそこに属する神なんだ」
「へー……」
「地方によって細やかに物語が存在し、その全てをまとめようとした研究者も少なくない。ある地方では守護神とされる神が、別の地方では悪神とされていたり、時を経て口伝で伝えられるうちに物語が変わってしまったり、様々な解釈が生まれたりと、実に幅広く奥深い世界観なんだよ」
立て板に水を流すようにルークは語る。
「『コレー』と『ペルセポネ』は同じ女神を示す名前だ。豊穣の女神の愛娘で『死者の国の王』の妻になった、という伝承が存在する」
「『死者の国の王』って奥さんいたんですか!?」
「一説には、程度の扱いだね。あくまでも伝承であり、事実は不明だ。何せ神話だからね」
それはそれとして、と置いて、ルークはその伝承を語り出す。
愛らしい女神のコレーは、様々な神から求婚をされていたが、母親の女神によって守られていた。
しかし、『死者の国の王』はコレーの父親に当たる神に交渉し、コレーと結婚する権利を得て、彼女を死者の国へと強引に連れ込んだ。
娘を奪われた母親は嘆き悲しみ、地上は実りを失い荒れ果てた。困った父親の神は『死者の国の王』に再び交渉し、コレーを地上に返すように言いつけた。『死者の国の王』はこれを受け入れ、しかし地上に返す前にコレーに死者の国のザクロを数粒食べさせた。
死者の国の食べ物を口にしたものは、死者の国にいなくてはならない。
この定めに則り、コレーは一年のうち数ヶ月を『死者の国の王の妻』として、死者の国で過ごさなくてはならなくなった。
「コレーが死者の国にいる間、豊穣の女神は心を閉ざし地上から実りが消え、コレーが地上に戻ると女神の喜びに応え命が芽吹く。この事から『春』や『目覚め』を意味する女神とも言われているよ」
「はえー……」
「『コレー』は豊穣の女神の娘としての名前で、『ペルセポネ』は死者の国の王の妻としての名前、とも言われるが、あまり明確に区別はされていない。場所によっては豊穣の女神の娘ではなく女神そのもの、という説もあるしね」
「……アイツらなりのシャレってわけね」
「嘆きの島は英雄の国の一部だったというし、彼らが知っていてもおかしくはない。しかし……」
ルークが意味ありげに言葉を切るので、二人は首を傾げた。
「なに?勿体ぶらないでよ」
「大した事ではないけどね。……なぜイデアくんとオルトくんで呼び方が違ったんだろうと思って」
「確か、イデアサンは『コレー』って言ってて」
「オルトは『ペルセポネ』と言ってたわね」
「伝承そのものが有名ではなく、呼び分けも厳格なものではない。だから考えすぎなのかもしれないが……どうにも引っかかってね」
ルークの疑問は二人も共感する。
あれほど仲の良い兄弟なのに、呼び名だけ揃わないというのもなんだか不自然だ。ましてヒューマノイドであるオルトは、兄に追従しそうな雰囲気がある。
「レオナくんも同じ引っかかりを感じたのかもしれない」
「んん……でも、明確に呼び分ける基準は無いんですよね」
「そうだね」
「じゃあ、やっぱ個人の好みの問題かもしれませんよ」
「ま、余裕があったら本人たちに訊いてみましょう。どうせまた邪魔しに出てくるでしょうし」
先ほども楽しそうに妨害を仕掛けてきた。恐らくは『タルタロス』の最下層に下るまではこの調子が続くだろう。まだ第六層の格納庫にすら辿りついていない。『タイタンズ』が動きだし、こちらよりも早く六層に着いてしまったら、対抗手段が無くなる。
焦る気持ちは抑えようとしても抑えきれない。
ヴィルは何度も自分に『冷静になれ』と言い聞かせている。
途中でへばっては意味がない。無事に最下層まで辿り着く事が最優先だ。
解っていても、一番に着いて彼を助けるのは自分でありたいと思ってしまう。
……レオナが指摘した通り、勝手に脱出している可能性は、勿論あるけれど。
……だって、さらわれて閉じこめられて、その場でめそめそ泣いて大人しくしてるタイプじゃないし。
きっと彼も彼なりに戦っているに違いない。
ならば、自分も無様は晒せない。
人知れず腹の内に力を入れる。不安を誰よりも深い理解で塗り替えながら、ヴィルは力強く歩を進めた。