6−2:宙を睨む奈落の王
「……さて」
今シュラウド先輩が出て行った扉に耳を当てる。向こう側の音は全く聞こえない。外が瘴気に満ちていて、ここはそうならないようにしているなら、結界みたいなものが張ってあるのかもしれない。音も空気も通さない、みたいな。なら、僕が何をしていても気づかれない。
とりあえず室内を散策する。扉が開けないのなら、脱出の機会はシュラウド先輩が入ってきた時だけだ。不意打ち、かつ確実に一撃で動きを止めないと、魔法を使われると抵抗が難しい。
モニターはよく分からない文字列が浮かんでは消えている。その中の一台が全く動かないので、多分これが僕が使ってもいい奴だろう。試しに画面に触ったら明るくなった。音声で反応しないだけで、研修施設で映画を見たのと同じシステムっぽい。他は触っても無反応なので、接触をオフにしてるか最初から対応していないものなのだろう。
キーボードもすんごいいっぱいあるけど、元の世界で見た配列とまるで違う。なんなら何をどう使うのか解らない小さいのとかもある。管制室の仰々しい設備と雰囲気は違うけど、専門性の高さは恐らくひけを取っていない。
ふと、机の端に伏せられた写真立てがあるのに気づく。見たくない物を隠すみたいにキーボードの下になっていた。使いづらそう。変な所を押さないように気をつけながら取り出す。
大きな額縁の中に、複数の写真が飾れるタイプの写真立てだ。小分けにされたフレームの中で、青い炎の髪の毛をした男の子たちが笑っている。お母さんらしき人の腕の中で、お父さんらしき人に肩車されて、無邪気に二人は笑っていた。さほど年は離れていないように思う。一目で兄弟と解るそっくりな顔立ちで、どちらもとても可愛らしい。
枠の右下を見れば、額縁にギリギリ隠れない際の部分に手書きの文字があった。
『イデア。オルト。私たちの愛する息子たち』
つまりこの写真は、シュラウド先輩のご両親が撮影したもの。家族の思い出写真。……今の『S.T.Y.X.』の責任者は先輩のお父さんなんだっけ。じゃあこの部屋も普段はお父さんが使っている場所なんだな。
写真立ての埃を払って、元の場所に戻す。
…………僕の知ってる『オルト』とは、シュラウド先輩との年齢差が違う。具体的にいくつぐらい、とは言えないけど、写真の中の『オルト』は二、三歳程度しか離れていなさそうだった。
先輩が話す『オルト』は、いつでも僕が知ってる『オルト』の事だったはず。歳の近い弟がいるなんて聞いた事がない。
……ここで疑問に思って考えた所で、何も解決しない。一旦横に置いておこう。
机の横に積まれた段ボールの幾つかは食料品だ。カップ麺やスナックみたいな栄養食品、フリーズドライの食品などバリエーションは豊富だが全部常温保存が出来るもの。水のボトルの箱もいっぱいある。湯沸かし器に合わせてるのか小さいボトルなので、いざとなったら持ち出せるかもしれない。喉が渇いたのでとりあえず一本貰っておく。
一息ついた所で、部屋の広さが変わるくらい一角を埋め尽くしているガラクタの山を見上げた。近くで見ると一層わけがわからない。書類や段ボール箱が雑然と積まれていて、見た感じ『持ち出し厳禁!』とか『機密事項』とかそういう注意書きのある書類も混ざっていた。……ここに来るのは所長や一族の人間だけって話だから、別に問題ないんだろうけど。僕レベルの素人なら何が書いてあるかなんて解らないだろうし。
とはいえ、グリムを捜すにしても手がかりが無い現状、先輩たちとの合流が最優先だ。そのためにもなんとか脱出の足がかりが欲しいところではある。
……貸してもらったIDカードは取り上げられちゃったみたいだし、スマホはあるけど相変わらず繋がらないし、地図やトランシーバーはリーダーであるシェーンハイト先輩が持ってるし、仮にここを脱出しても合流できる見込みがゼロに等しいのだけど。
細かい事を考えるのは後だ。どうせ考えてもわかんないし。
手近な段ボールを一つ下ろして開いてみると、カローンのミニチュアフィギュアや職員の人たちがしてる斜めがけのカードホルダーのサンプルらしきものが出てきた。一緒に入っていた紙には、職員からのフィードバックという名の辛辣な感想コメントが印刷されている。
無造作に積まれた書類は適当に空いてる段ボールに放り込んで、次の箱を探す。絶妙に他の荷物を支えてる箱を抜かないように注意しつつ、ガラクタを探っては戻していった。
次に手にした箱を開く。まず目に入った紙に書かれた日付が一ヶ月くらい前なので、これまでに開いた箱の中では一番新しい。
「改良型カローン専用パワードアーマー草案……」
紙を避けると、透明な箱が入っていた。中には白い無機質な輪が五つ。一つだけ太くてごつく、そのせいか他の四つはアクセサリーみたいに華奢に見えた。
箱の中に入っていた紙を取り出して読む。
『軽量化を重視した有機的なデザイン』
『魔導エネルギー充填機能を搭載し、満充填状態で十二時間の稼働が可能』
『魔力を感知して身体強化をブースト、魔力が無くても筋力を四倍に増強、筋肉への影響を最小に調整』
『各機能は自動検知で起動する他、手動でのオンオフも選択可能』
読めば読むほど都合がいい装備に思えてくる。紙には『草案』ってあったけど、試作品が出来てるんだからかなり計画は進んでそうな感じ。
もっとも、フィードバックが書かれた書類には『凄いけどコレジャナイ』『やっぱり顔は隠したい』『デザインは今のままで軽くしてほしい』などといった赤裸々な意見が書かれていたから前途は多難な雰囲気。……カローンの人たちも大変だな。
一応説明書も付いてた。輪の入っていた箱の中にエネルギーを充填するための機械が入っていて、輪を全部セットした状態でコンセントに繋げればいいみたい。全部揃えて補充しなきゃいけないのはちょっと不便かも。
湯沸かし器の近くを探したら空いているコンセントがあったので、早速セットしてプラグを差した。
機械が示した充填完了までの時間は三十分。念のためちょっと見ただけじゃ目立たないように食料品の段ボールの影になる所に置いた。引き続き説明書に目を落とす。
一際太い一本が首で、後は両手首と両足首に装着する。言われてみれば細い輪は二本ずつで組になってる感じで大きさが違う。軽く引っ張れば開くので、服の上から装着可能。カローン専用のボディスーツや魔法がかかった服、そういう効果の無い量産品の着用時でも問題なく動作する事は確認済み。凄い。
説明書を読み進めていくと、どうやらカローンの杖も改良試作品があると解った。こちらも性能以外はなかなかにボロクソの評価だ。確かにカローンのデザインってアレで完成されてる感じあるよな。秘密組織の戦闘員っぽいというか。
性能の解説図からして、段ボール箱に収まるサイズではなさそう。
箱を形だけ戻して、手近な所を探ってみる。ここに持ってきてあるなら、すぐに見つけられるはず。
「……何してるの」
上の方の段ボールを持ち上げた体勢のまま、ぎくぅっ、と身体が強ばった。落とさないようにそっと地面に下ろす。
「危ないから触らないで、って言ったでしょ」
「え、えへ。ちょっと興味本位で覗いたら、面白いのがあって」
「面白いの?」
僕は最初に探った段ボールを開いた。カローンのミニチュアフィギュアを持ってシュラウド先輩に駆け寄る。
「『S.T.Y.X.』ってこういうの作ってる組織だと思わなかったから、他にも何か無いかなって」
「ああ……スタッフの子ども向けに配ったやつの残りね」
「そっか。ここって、職員さんは住み込みで働いてらっしゃるんですっけ。小さいお子さんがいる人もいるんですね」
「まあそこそこの数はいるかな。僕たちと同じように、生まれも育ちもこの島、っていうスタッフもいるし」
本部へのIDカードを貸してくれたおじさんも、そう言えばそんな事を言っていた気がする。
研修施設の設備もそうだけど、えぐい事する秘密組織の割に、変な所でサービス万全だよなぁ。
「もう気にする必要のない事だよ。……これからは必要なくなる組織なんだから」
言葉は冷たいけど、僕が手に持ってるフィギュアを見つめる目はどこか寂しげだ。
先輩だってまだ学生なんだし、すでに動き始めたとはいえ躊躇いや迷いだってあるだろう。この島だって生まれ育った場所なんだし。
「お願いだから大人しくしていて。……怪我なんかするところ見たくないんだから」
「……ごめんなさい」
本気で反省した顔を作る。目を伏せてしおらしくしていると、先輩の手が頭を撫でた。
「もしかして、グリム氏を探したいの?そのために外に出ようとしてた?」
少し躊躇うような間を置いてから頷く。
「『S.T.Y.X.』の人が、グリムが『タルタロス』に向かったって教えてくれたので」
「あーなるほど?そういえばそんな事言ってたな」
シュラウド先輩は机に向かってキーボードを操作した。画面に浮かんだ文字列を見て納得したような顔になって戻ってくる。
「確かに、結構前に入ってきてるんだね」
「先輩たちは、見かけたりしていませんか?」
「いや。オルトからも何も聞いてないな……後で確認してみる」
シュラウド先輩たちですら居所を把握していない。
いよいよ不安が大きくなってきた。もしかしてファントムに食べられたりしていないだろうか。先輩たちが見つけて保護してくれればいいけど。
「……もし見つけたら確保しておくから、君は心配しないで」
いつもより優しい雰囲気だ。テキトーな事を言って黙らせようとしているわけでもないと思う。本当に、見つけたら連れてきてくれるつもりなのだと思った。
「ありがとうございます」
頭を下げて、微笑みかける。先輩も目を和ませて、僕の頭を撫でてから部屋を出ていった。
扉が閉まったのを確認してから身を翻す。
「やば、すっかり忘れてた」
そして再び声が聞こえて跳び上がる。
「な、何かご用事が?」
「そう。なんか食べようかなと思って」
「あ、それで戻ってらしたんですね」
食料の段ボールに駆け寄る。アレが見つかったらヤバい。
段ボールを開いて中身を見ながら、何も考えてなさそうな感じで振り返る。
「カップ麺とか食べます?」
「んー、あんまり手間かかるものの気分じゃないや。チョコバーでいっかな」
いま開けている箱にはクッキータイプしか残っていなかったので、別の箱を漁る。こちらには先輩ご所望の重めなチョコバーの他にも、お菓子がいっぱい入っていた。デスクワークって甘いもの欲しくなるって言うもんなぁ。
「何本いります?」
「二本」
「お水も新しいの持っていきますか?」
「うん」
新しい水のボトルも引っ張り出し、まとめて先輩に渡した。
受け取っても微動だにしないので顔を見れば、なんだかにやついてる。
「どうしました?」
「なんか……こういうのいいなぁ、って」
こっちは機械が見つからないかヒヤヒヤしているのでそれどころではない。とりあえず気づかれてなさそうだけど。
「よかったら行ってらっしゃいのチュー、とか、あ、すいません調子乗りました何でもないですごめんなさい」
撤回が早い。
背中を丸めて、とぼとぼと出入り口に向かっていくのを急いで追いかける。振り返った頬に、背伸びしてキスをした。何が起きたか理解してなさそうな顔の先輩に、出来る限り優しく微笑みかける。
「怪我しないように気をつけて、無理しないでくださいね」
普段は真っ白な先輩の頬に赤みが増した。よく見ると蒼い炎の端っこがピンク色に染まっている。
「なるはやで終わらせてくるからね……!」
嬉しそうな顔で言うと、踊り出しそうな勢いで扉を出て行った。こちらを振り返って手を振ってくるので、扉が閉まるまで振り返す。閉まってからもしばらく動かずにいた。頃合いを見てイスに座り、文字列が流れるばかりの画面やキャビネットを眺める。
…………もうさすがに戻ってこないかな。
扉の向こうの気配が察せないのはやっぱり不便だ。次こそ見つかっちゃうかもしれないし、没収されてしまったら完璧に終わる。似たようなものがまだあるとも限らないし、探してたら恐らく間に合わない。
チャージはもう終わりそうだから、次に先輩が顔を出した時が脱出のチャンスだ。武器はとりあえず諦めよう。
さっき下ろした箱を戻そうと思い立ち、近づいて傍で身を屈めると、床の一部が赤く染まっているのを見つけた。書類に隠れている部分をめくってみると、『非常口』と書かれた赤色の矢印が壁の方を指している。
そりゃあるよな!!と納得してしまった。あの扉の先がこの施設でトップクラスの危険地帯である『タルタロス』の最深部なら、トラブルを見越して脱出口を備えててもおかしくない。
しかし困った事に、矢印が示した先には段ボール箱が山積みになっている。あれをどかさないと使えないのではないか。
絶望的な気分で近づいてみる。上にかかったビニールシートにも埃が積もっていて、いかにも使われてませんって雰囲気だ。
「非常口は塞いじゃダメなんだぞ~……」
と呟きながらビニールシートをめくってみると、中が空洞だった。意味が解らず固まる。
外側から見ると段ボールがやたら高く山積みにされててビニールシートで半端に隠されているようにしか見えないのだが、ビニールシートに隠れた部分が綺麗にくり抜かれていて、人ひとり入れるぐらいの空洞になっているのだ。
わけがわからない。このカモフラージュやる意味ある?ちゃんと片づければ良くない?
足下の荷物に気をつけつつ入ってみると、壁に接してる方が明るくなった。
『合い言葉をお願いします』
「合い言葉がいる非常口なんて聞いた事ないんですけどぉ!?」
『ブッブー。ヒントは私たちの大事な宝物』
やたら可愛らしい声の人工音声が言う。私たちの、って誰やねん。
一旦外に出る。シュラウド先輩が戻ってきた様子はない。何かヒントはないかと机に向かい、マニュアルの類を探すがそれらしいものは見当たらない。
ふと、伏せられた写真立てが目に入った。何となくもう一度手に取る。
この部屋の所有者は現在の『S.T.Y.X.』所長であるシュラウド先輩の父親。
『私たちの愛する息子たち』
そういう事、だろうか。
写真立てを戻して振り返れば、丁度チャージが終わった所だった。思い立ってチョコバーと水のボトルをカードホルダーで雑にくくって腕にかけ、チャージの終わった装甲をまとめて懐に突っ込む。
扉が開いたりしないか何度も振り返りつつ、再び非常口の前に行った。
『合い言葉をお願いします』
「……イデアとオルト」
『ブッブー』
いやダメなんかい。
『惜しい~!もっと愛情を込めて可愛く!!』
惜しいのかよ。なんだよ愛情を込めて可愛くって。
数秒頭を抱え、この場に誰もいない事を信じて覚悟を決める。
「イデくんとオルくん」
呼び方を可愛くしつつ、精一杯可愛い声を作った。この非常扉の人工音声には負けるが。
これもダメだったらやっぱりシュラウド先輩を殴るしかない。
『んん~照れがあるけど合格にしてあげよう!』
「いや非常扉の意味!!!!」
っていうかこれ向こう側に人いないよね?実はオルトが音声いじって対応してるとか無いよね?
僕の困惑とは裏腹に、目の前の壁が動き出した。先は真っ暗。スマホを取り出してライトで照らすと、洞窟を削ったみたいな通路が続いている。
通り抜けると、壁はすぐさま閉ざされた。
『本部との通信が出来ません。安全管理のために状況の相互確認が必要です。本部管制室の通信機器の電源を確認してください』
さっきと同じ人工音声が事務的な言葉を繰り返している。……ここだけオルトの乗っ取りを免れてた、って事なのかな。
明かりで照らしながら通路を進めば、やがて青い篝火が設置された通路に出た。大きく曲がりながらだいぶ先まで続いている。ふと左手を見れば、明らかにエレベーターと思しき機械があった。人間がひとり乗れるくらいの大きさ。動かないか試したけど、ここには動力が届いてないらしく、全く反応しない。
壁を探ってみると図面が掲示されていた。『外周部非常用通路』と題されており、ここが『タルタロス』と思しき三つの円をまとめた更に外周をぐるりと巡るように設置された通路だと解る。各階層の収容室の裏側に回り込めるような感じ。
問題は、だ。
この通路は『タルタロス』の外周を回っているのに、ここから『タルタロス』に入る横穴的なものが存在しない。
恐らく保管庫が作られる段階で使用していた通路なのだと思う。古い図面は通路を示す空白がバツで消されていた。
つまり、『タルタロス』に入って先輩たちと合流するには、一旦『S.T.Y.X.』本部まで戻らないといけない。『S.T.Y.X.』本部まで戻るには、さっきのエレベーターに乗るか、通路に距離を空けて設置された階段を本部のある階層まで上るしかない。
エレベーターは動かない。
階段を上っていくしかない。
言葉では十二階層、現在地は更に下。でもこの建物の規模からして、一般的な十三階の建物と同じ高さとは到底思えない。
………………やっぱり、シュラウド先輩を殴った方が早かったかもしれない。オルトがいる事や反撃される事を考えたら現実的じゃないのは解ってるんだけど。
溢れ出す後悔から目を背けて、ひとまず目の前の通路を睨む。
ここを一人で捜すのは厳しいから、もし向こうでグリムが見つかってなかったら一緒に捜してもらおう。
優先すべきは合流。先輩たちに自分の無事を知らせる事。
顔を叩いて気合いを入れる。
こちとら体力には自信があるんだ。こんな所でくじけていられない。
意を決して走り出した。