6−2:宙を睨む奈落の王
鏡面が水面のように揺れる。
何も映さなかった闇色に、景色が映る。
闘技場だ。
古代の建造物のイメージがあるけれど、目の前の景色は遺跡ではない気がした。
人影が浮かぶ。どちらも大柄な男性だった。
片方は筋骨隆々とした生気溢れる若者。
もう片方は陰鬱な気配を纏った、青い炎の髪の毛を持つ男性。
『死者の国の王ハデスです』
肩書きの割に随分とフランクな挨拶のように思えた。
本人の気持ちとはちぐはぐで、内心を押し隠すための演技のような、不自然さを感じる。
案の定、死者の国の王は若者に詰め寄っていく。
『頼みを聞いてほしいんだよ……一日だけヒーローの仕事を休んでもらえないかな』
口調だけは下手だけど、内心に悪計があるのは間違いない。
そう感じさせる声音だった。もっとも、あの体格を前にして詰め寄られたら、怖くてそんな事に構っていられないかもしれない。
ただ、若者は彼を恐れていないように見えた。輝くような光が内側から溢れ、陰鬱な気配をはねとばしているみたい。
そんな事は死者の国の王も承知の上だった。
『簡単に断らん方がいいぞ。こういう事になってる!』
示された先には、美しい女性が囚われていた。
気を失っているのか目を閉じて助けを求める事はなく、抵抗も逃亡も出来ない事は明白だった。
若者の光に溢れた瞳が揺れる。
『じゃ取引だ!二十四時間の間、俺にパワーを預けてくれ。そしたらメグは自由の身だ。三つ数えるうちに答えろ』
カウントはすぐに始まる。考える隙など与えはしない。
それは打開を許す時間。対策を思いつく猶予。
侮りは隙を生み計画を綻ばせる。
『わかった』
若者に考える時間は与えられていない。
例えそれが愚かな答えであったとしても、目の前の命には代えられない。彼は恐らくそういう生き物だ。
生命を尊び善性の正義を信じている。
『よし決まった』
死者の国の王が若者の手を掴む。
若者は苦悶の表情を浮かべ、死者の国王はいかにも嬉しそうに笑っていた。
『良かったじゃないか。他の人間と同じになれたんだ。……夢だったんだろ、長年の……』
若者への祝福の言葉のはずなのに、死者の国の王の笑顔が目立つ。
不穏と不安を感じる光景。
他の人間と同じになるのが、夢。
なんて傲慢な夢だろう。なんて切実な夢だろう。
誰も彼もひとりとして同じ人などいない世界なのに、誰もがみんなと同じになる事を望んでいる。
違うんだ。
なりたいのは同じじゃない。同じじゃなくてもいいんだ。だってみんな同じじゃない。みんな何もかもが違う。違うけど仲良くもできる。
互いの個性を尊重して、合わなかったらそっぽを向いて、時には喧嘩して傷つけあって、喧嘩しない代わりに二度と関わらない事を選んだりして、それは誰でも選べる事。誰でも出来る事。
仲間外れなんて本当はどこにもいない。
自分を仲間外れだと思ってる人間なんて、どこにでもいるんだから。
……そう、どこにでも。
ここにも。
鏡面が揺れる。
映っていたものが溶けて消えていく。