6−2:宙を睨む奈落の王


 タルタロスへの入り口を前に一行は足を止めた。
 門、なんて呼び方をするだけあって、建物の中でも一際重く仰々しい見た目をしていた。張り巡らされた警告文と、扉ひとつに取り付けられているセキュリティに関わるであろう端末の多さから、厳重に管理されている事が窺える。
 地図によれば現在地が『S.T.Y.X.』本部の敷地全体の中心に当たるようだ。更に地下へと伸びる『タルタロス』はまるで本部を支えるみたいに均等に配置されている。
 外から見える柱の更に中心部、って感じだろうか。
 セキュリティの厳しさの割に出入り口そのものの数が多いのは、緊急時の脱出なんかも考慮しての事なのだろう。万が一突破された場合に周辺を分離する隔壁もあるみたいだし、人命と安全を考慮した作りなのは間違いない。
 ただ、それは完璧なセキュリティシステムによる管理が前提のものなので、今みたくセキュリティシステムが乗っ取られた状態では意味をなさないものなんだけど。
「さて……『S.T.Y.X.』スタッフの話によれば、『タルタロス』を形成するタワーは三つ」
 託された『雷霆の槍』の起動キーも、安置されている塔の名前が記されている。……使う時になって持ってくる鍵を間違えたとかなったら大変だな、これ。
「時間もないし、全滅のリスクを避けるためにも、三チームに分かれて攻略するべきと考えるわ」
「それに、全部のルートを通ってみないとグリムクンも見つけられないかもしれないし……」
「そうね。じゃ、チーム分けについてだけど」
 シェーンハイト先輩が面々を見回す。
「三年生で寮長であるアタシとレオナは、先導役として別のルートに向かうのが妥当ね」
 了解を聞くまでもなく、先輩は起動キーと通信機をキングスカラー先輩に投げ渡す。キングスカラー先輩も特に文句を言わずに受け取った。
「アタシが第一タワー、レオナが第二タワー。残る第三タワーは……」
「第三タワーの先導はボクが務めます。寮長歴で言えば、レオナ先輩の次にボクが長いので」
「いいでしょう。アズール、異論はないわね?」
「勿論です」
 ローズハート先輩の申し出を受け、アーシェングロット先輩がにこやかに答える。
「座学も実技も、リドルさんの方が僕よりずっと成績優秀ですしね」
 ……引っかかる言い方するなぁ。ローズハート先輩もモヤッとした顔してるし。
「私とエペルくんとユウくんは、ヴィルについていこう」
 さらりとハント先輩が言う。エペルもうんうん頷いてるし。
「戦いはコンビネーションだ。共に過ごした時間が長いぶん、フォローもしやすい。ユウくんの警護もしやすいはずさ」
「ユウはそれでいいかい?」
「ブロットの化身相手だと、僕はあまり戦力にならないと思うので」
 その手前の魔法士がいる状態なら、殴れば当たるからどうにかなるだろうけど、あの巨大な敵を相手にするには生身では心許ない。
 壊れたカローンの装備を使わせてもらう事も考えたけど、オルトの制御下にある事を考えたら安全に使えるとは言い難いって却下されちゃったし。
「先輩たちは自分の身は自分で守れるから、僕の分足手まといが増えちゃう事になりますし」
「そんな事気にしなくていいのに」
「こんな状況ですから。ハント先輩にこう仰っていただいてますし、お言葉に甘えようと思います」
 先輩たちのちょっと不満げな視線は感じるものの、異論も無いらしい。
 事実、本当に足手まといなんだよなぁ……。荷物運びとか、何か役に立てる場面があればいいけど。
「残るはアズールとジャミルだけど……」
「ちょうど精密検査で魔法の性能や性質が判ったことですし、僕とジャミルさんは魔法の相性の良いリーダーとチームを組むべきかと」
「蛇もタコも、いざって時は人を盾にする腹黒いヤツには変わりねぇだろ」
 キングスカラー先輩がうんざりした顔で言う。
「どっちでもいい。さっさと決めろ」
「では、僕はリドルさんと共に第三タワーへ向かいます」
 アーシェングロット先輩は空気を読んでないのかと思うほどのにこやかさで答えた。
「レオナさんのユニーク魔法で生じる『乾き』は人魚が最も苦手とするものですから」
 そうは言いつつも、別にローズハート先輩と相性が良さそうには見えない。……まぁでも二年生の寮長二人なので、実力のバランスとしては釣り合う事にはなるのかな。
 魔力量やユニーク魔法の性能、戦闘のバランス感覚なんかを総合すると体感ではキングスカラー先輩が突出してるけど、更にコンビネーションを重視しようとしたら誰とも合わない気がする。
「なら俺はレオナ先輩と第二タワーだな」
 バイパー先輩がキングスカラー先輩に軽く頭を下げる。
 ……確かにバイパー先輩なら『この中ならマシ』な相方かもしれない。自分勝手な偉い人のサポートには慣れてるだろうし。
「それじゃ、さっさと出発しようぜ」
 キングスカラー先輩は『やっと面倒が終わった』みたいな顔で言う。
「最初に『冥府』の門に辿り付いたヤツが、誰にも邪魔されずカイワレ大根をボコれる権利を得るってわけだ。実に楽しみじゃねぇか。なぁ?」
 とても意地の悪い笑顔で、楽しそうに言った。
 キングスカラー先輩に殴られたらシュラウド先輩が粉々になっちゃいそうだけど大丈夫かなぁ。
 そんなご機嫌の様子が、瞬時に苦々しげな顔に変わる。
「あの野郎、何が『明日の朝には帰れるんだから大人しくしてろ』だ。こんな面倒に巻き込みやがって……」
 不機嫌な獣のような唸り声。本当に粉々にされそう。もし間に合ったら止めよう。
「イデアに一発食らわせるのをモチベーションにするのは悪くないアイデアね」
 シェーンハイト先輩も楽しそうな笑顔で言った。その一発、絶対物理攻撃だよなぁ……。出来たら止めよう。死なせるわけにはいかないし。
「……ここから先は、訓練ではありません。全員気を引き締めていきましょう」
「そうだ!離ればなれになってしまう前に、みんな円陣を組もうじゃないか」
 ローズハート先輩が真面目に切り替えた空気を、ハント先輩がにこやかにぶち壊す。
「何故そんな事をする必要が?」
「さあさあ、みんな、隣の人と肩を組んで!」
 困惑するローズハート先輩を無理矢理引っ張り込んでハント先輩はにこにこしている。
「ちょ、ルーク先輩!引っ張らないでください!」
「試合の前に気合い入れるヤツですね!おっしゃ!やりましょう!」
 エペルは団体競技の部活だもんね。と思ったけど団体競技のバスケ部であるバイパー先輩も、そもそもエペルと同じ部活の長であるキングスカラー先輩もめちゃくちゃ嫌そうなんだが。
「ウチの学園では、運動部すら試合前に円陣を組む習慣は無いと思うんだが」
「僕こういう体育会系のノリ、苦手なんですよねぇ」
 気乗りしない面々にシェーンハイト先輩が微笑みかける。
「まあ、いいじゃない。世界をかけて勝負に挑む機会なんか、一生のうちに何度も無いわ」
「何度もあるのも考えものですけどね……」
 世界の命運を賭けて戦うの二回目なんだよな。今回は自分が主戦力じゃないから、まぁちょっと勝手は違うけど。
 なんでこう、なし崩しに最終決戦に持ってかれるんだろうなぁ。もっと気持ちを整える時間とか欲しいよね。それどころじゃないから仕方ないんだけど。
 結局は三年がやる気なら下級生は逆らえず、キングスカラー先輩も結局渋々という感じで輪に加わってきた。
「……と、いうわけで円陣を組んではみたが……」
「この後どうするんですか?」
 まさかの全員未経験である。ちなみに僕も個人競技だし団体戦の出場もろくにしてこなかったので詳しくない。
 体育祭ではやったっけ。なんかクラスの中心人物に言われるがまま、わーってしてた感じのうっすらとした記憶しかない。
「ボクは円陣のルールについては詳しくないけれど、誰かが号令をかけ、その後解散するのが一般的なはずだ」
「おい、やるならさっさとしろ。このお寒い状況で、風邪をひいちまいそうだ」
「では、ユウくんに掛け声をお願いしようか」
「えっ!?」
 僕が困惑の声を上げても、別に誰も助けてくれない。ひどい。
「いいわね。このままじゃ誰が何を言うかで揉め始めそう」
「気合い入れるやつを頼むぜ」
 そして退路を断たれた。つらい。
 なんか良い事を言って、それでなんかこうチームっぽい掛け声をかければいい、はず。
 ちょっと深呼吸。
「必ず全員で学園に帰りましょう」
 勿論、グリムも一緒に。
「ナイトレイブン……ファイッ!」
「おーーーーー!!!!」
 腹の底から出した声に、一部が全力で応じてくれた。……ちょっと楽しいなこれ。
 輪が崩れ、全員が一番近い扉の前に向かった。
 円形の柱に、内部に繋がる扉が等間隔に四つ、文字通り四方から入れるようになっている。中で繋がっていて、そこから降りた先で更に三つの塔に別れるように道が分岐している、との事。
 確かセキュリティシステムが止まって以降、自由に出入り出来る状態になってるって話だったけど。
「……開かないわね」
 人数分貸してもらったIDカードをかざしてみても反応しない。物理的に壊しても入れるだろうけど骨が折れそう。先を考えたら先輩たちの魔力を消費するのは避けたいところだ。
 それぞれ勝手に別の扉を調べに行く。僕も反対側の扉を見に行ったけど、やっぱり開きそうにない。機械が反応しないのだ。でもセンサーっぽいものには光が点っているので、電力が通っていない訳ではなさそう。
「そっちもダメ?」
「うん、ダメそう」
 念のため周囲を見るけど、扉を開けるのに関わっていそうな、気になるものもない。諦めてみんなの所に戻ろうと歩き出した。両隣の扉を見ていた人たちも合流して、すでにさっき集まっていた扉の前にみんないる。
「あだっ!」
 ちょっと急ごう、と小走りになったら何かにぶつかった。
「あれ?」
 さっきは通れた所に、透明な壁が出来ている。ガラスとかではなく、多分魔法障壁に近いものだ。それなりに大きい通路の全面を塞いでいる。
「え、え、何これ」
「ちょっと、どうしたの?」
 声に気づいて先輩たちがこちらに走ってきた。パントマイム状態の僕を見て、表情を強ばらせる。
「な、なんか通れなくなってるんです!」
「誰か何かした?」
「いえ、扉の機械はどれも全く反応していませんよ」
「反対側は?」
 言われて後ろを振り返る。駆け寄ってみたけどこちらも障壁が出来ていた。外の方に向かう通路にも壁が出来ている。
 完全に僕だけ閉じ込められた。
「……オルトの仕業ね」
 シェーンハイト先輩の言葉ではっとする。この島のシステムを全て掌握してるんだから、扉を閉ざすのもお手の物だ。この魔法障壁も、ファントムが脱走した際に道を塞ぐために元から備えられている機能なのだろう。
 一体どうしてこんな事を。
 そう呟く声を遮るように、後ろの方で物音がした。空気が抜けるような音に続いて、重いものを引きずるような音が響く。
 魔法障壁で遮られた中で唯一の『タルタロス』へ繋がる扉が開き、そこから見慣れた人が姿を現した。
「イデア!」
 シェーンハイト先輩の声が響いた。シュラウド先輩は不気味なほど無表情なまま、こちらに近づいてくる。先輩たちの問いかける声や怒号など聞こえない様子で、魔法障壁に追いつめられる僕をじっと見つめていた。
 僕の真正面に立ってやっと、端正な顔立ちにわずかに笑みを浮かべる。
「迎えに来たよ、僕の『花嫁』」
 冷たい手が頬に触れた。優しく撫でられ、自然と目を合わせてしまう。金色の目が愛おしいものを見るように細められたのを見た瞬間、意識が急に遠ざかった。

5/30ページ