6−2:宙を睨む奈落の王
建物の入り口付近には、杖を構えて立っているカローンが二体。
どうやら本部内に入ろうとしている者を排除しているようで、大きな物音や魔法の発動を検知し動き出すようだ。
更に言えばカローン同士はネットワークで繋がっていると考えられるので、救援要請だったり不自然な稼働停止を検知して応援が来る可能性も高い。
「無駄な動きは一切許されない。もたもたしていると外のカローンを本部内に入れてしまう事になる。見通しの悪い屋内での戦闘は避けたい」
ハント先輩の言葉にエペルと一緒に頷く。
先の戦闘ではエペルが全てのカローンを固めるまでに応援は来なかった。
あの後カローンを固めてあった場所の周辺を探したけど、彼らは元の持ち場に戻ったらしく、周囲を特別に警戒するような様子は見られない。
結構な通信途絶の時間があったと考えられるのに、だ。
「これは推測だが」
ハント先輩は厳しい表情で僕らを見回す。
「この事態に何者かの思惑が絡んでいるとして。……その誰かは応援が本部内に入る事を良しとはしていない。しかし全力で阻むほどの警戒ぶりでもない」
「増援を呼ぶ機能はあるみたいだし、異常が起こった時とか、お互いの状態を情報として共有している可能性が高いと思うんですよね」
「本気で警戒しているのなら、複数体のカローンが不自然に停止している状態を見逃さないだろう」
エペルが首を傾げた。
「じゃあどうして、カローンは僕たちを捜さないんでしょう?」
「幾つか予想は立てられる。我々を戦力として評価していない。それよりも優先すべき事に意識を向けている。……我々をおびき寄せている」
推測と前置きされても、ハント先輩に言われるとどれもそれらしく思えて仕方ない。
「カローンを無力化出来るんだから、詳細が不明ならカローンを更に投入するより、内部におびき寄せて別の手段で始末した方が効率的って事ですかね」
「怖え事言うなよ!」
「まぁ、相手の思惑が解らない以上は過度に想像を膨らませすぎるのも良くない。我々にとっての最優先事項はヴィルたちとの合流だ。今のところは都合の良い不審には目を瞑ろう」
ではどう攻略するのか、という話になる。
「もちろん、ここはエペルくんの魔法に頼るよ」
カローンは救援要請を受けたり魔力などの変化を検知しない限り動かない。視界も恐らく存在するので死角には入りつつ足音は消音魔法で消し、一発勝負でカローン二体を固める必要がある。
「失敗したら一度離れよう。焦らず、確実に進むべきだ」
「…………はい」
エペルは緊張した面もちで行く先を見つめている。その様子を見たハント先輩が肩を叩いた。
「最初からうまく出来る人なんていない。言っただろう?」
「は、はい」
言われて姿勢を正し、深く呼吸する。少し落ち着いたところで大きな目を開いた。
「いけます」
ハント先輩は頷いて返し、姿勢を低くして動き出す。消音魔法はかけてもらったけど限界があるので足音は潜めつつ、先輩が導き出した建物に隠れて進めるルートを進んだ。
そうして本部の入り口と二体のカローンが見える位置に辿り着く。敵から身を隠しつつ敵と目標を視認できる最も近い場所だ。
うまく見つからずに動けたようで、カローンは微動だにしない。周囲に何かが動く気配もない。
エペルは再び深呼吸した。胸の前で手を組み、目を閉じる。
「目を閉じて、息を止めて」
魔力の高まりに合わせ、それを検知したであろうカローンがわずかに動いた。
「『深紅の果実』」
密やかな詠唱の完成と同時に、ガラスの棺がカローンを瞬時に捕らえる。何事も無かったかのような静寂。
カローンの機能停止を確認すると、ハント先輩が本部の前に飛び出した。エペルと僕も続く。
扉の脇に設置されたカードリーダーに預かったIDカードをかざすと、あっさりと扉は開いた。素早く内部に滑り込み、外から見えない位置に隠れた瞬間に扉が閉まる。
程なくエペルの魔法が解除されたが、カローンは何事も無かったかのように動かない。こちらに気づいた様子もない。静かにハイタッチする。
本部内は外観と同じく無機質な印象だ。外よりもひんやりとした空気が漂っている。人の気配がなく、案内板らしきディスプレイも真っ暗だ。
「さぁ、ここからは私の出番だね」
エントランスには板に印刷された簡素な地図が掲げられていた。真ん中に行くほど情報や部屋の区分けが雑になっている。恐らくこの内部の詳細不明なエリアに管制室もあるのだろう。
ハント先輩がユニーク魔法を使えば、光は中心に程近いエリアの一カ所に留まっていた。動いていないという事は、シェーンハイト先輩に渡された化粧品はそこにある、という事だ。じっくりと地図を凝視していた先輩は、確信を得た顔で頷く。
「行こうか」
「あ、地図の写真撮った方が良いんじゃ……?」
「途中までの道順と、大体の方角は覚えたよ。もしわからなくなってしまっても、向こうの現在地を確認して、そちらに向かえばいい」
「すげ……」
「……ハント先輩のユニーク魔法でカローンに気づかれたりしませんかね?」
「今の様子を見るに大丈夫そうだ。私の魔法は弱いからね」
ステルス機はレーダーを使う際にそのステルス性能を捨てざるを得ない。……しかし隠れていないからといって見つけられるとも限らないのだ。この人マジで怖い。
ハント先輩に先導を任せ、後輩たちはその後ろに続く。見た目通りのとんでもなく広い建物なので、はぐれたら最後、合流は出来なさそうだ。
硬質な床で足音が響きやすいのは注意も必要だけど、索敵にもかなり助かった。ハント先輩がいち早く聞きつけてくれるので、正直やる事が無いくらい。
どれくらい通路を進んだだろう。とっくに地図に記載のないエリアには入っているだろうけど、複雑な道順のせいで具体的な距離はわかりづらい。ここもこの世界の建物だから、見た目と広さが一致してないのかもしれない。だとしたら余計に解らない。
ただ、ハント先輩のユニーク魔法が示す印の光は、確実に大きくなっていた。近づいているのは間違いない。
ハント先輩が足を止める。進行方向を見つめたまま動かない。エペルと顔を見合わせる。
「どうかしました?」
「……カローンの足音だ。それも複数。……どんどん数が増えている」
「み、見つかった!?」
「いや、こちらに向かっているのではない。恐らく、目的地は私たちと同じだ」
それはつまり、『果てまで届く弓矢』の印が示す場所。
「もう少し近づいてみよう。二人とも、見つからないように更に警戒を」
ふたりして頷き、更にハント先輩にひっついて動いた。迷路みたいな道を進み、やがて一際大きな通路にぶつかる。
何の気なく見渡していると、次の瞬間に大きな何かが通路に飛び出して壁に激突した。
悲鳴を堪えて目をこらせば、それはカローンのようだった。とはいえ動き出す様子はない。よく見ればその下の床にも似たようなものが散らばっている。
誰かが戦っている。
「……まずいな。増援だ」
ハント先輩が険しい表情で言えば、確かに近づいてくる足音が聞こえた。機械的に規則正しく、それでいて相当な数がいる事を思わせる重さを感じる。
「足止めしましょう。……向こうに誰がいるのか確かめなきゃ」
「……そうだね、それがいい。頼めるかな?」
「はい!」
エペルは力強く頷き、足音の方向を見た。そろそろ目の前に来る。
柔らかな声の詠唱が聞こえて、角を曲がってきたカローンが三体、ガラスの棺に納まった。カローンが標的を変えて構えるまでに更に二体。そうすると通路がうまく塞がって通る事が出来なくなり、最後に隙間から杖を向けてきた二体を棺に収めて、棺で出来た壁の向こう側にいる数体は完全に通れなくなった。
「よっしゃ!」
「さっすがぁ!」
思わずハイタッチするが、はしゃいでいる暇は無い。急いでカローンの残骸の方に走り出す。その近くに大きく開いた扉がある事に気づいた。かなり仰々しいので、先にあるのは重要な施設なのだと解る。
しかし残骸の向こうの通路からもカローンの足音が聞こえてきた。数は先ほど足止めしたのと同程度。しかも向こうの方が扉の前に早く着く。
「さすがに間に合わねえか……!?」
「落ち着いて。相手は十体。間に合わない前方より後続の足止めを優先しよう。あの様子なら数体程度、脅威にならないだろう」
ハント先輩に導かれて、エペルは再び呼吸を深くする。
「目を閉じて、息を止めて……」
増援のカローンは完全に扉の先にいる相手に集中していた。僕たちに気づいた様子はない。
「『深紅の果実』」
扉の前に並んだカローンのうち、後ろに続いていた七体が一気にガラスの棺に入った。ほぼ同時に、扉の前で戦っていた三体がぶっ飛ばされて残骸の仲間入りを果たす。
「やった!今度だば上手ぐ閉じ込められだ!」
本当に凄まじい成長速度。負担が大きそうで怖いけど、それはともかく。
揃って扉の中を覗きこめば、薄暗い大きな部屋の中に探していた人の姿を見つけた。
「ヴィルサン!」
「ああ、我が愛しの『毒の君』!会いたかったよ!」
「エペル!ルーク!」
駆け寄って抱擁して再会を喜ぶ三人を見て、ほっとして力が抜けそうだった。不意にエペルが僕を振り返り、無理矢理手を引っ張って室内に引きずり込む。
顔を上げれば正面にシェーンハイト先輩がいた。いろいろとこみ上げる気持ちはあるんだけど言葉にならず、どうしていいか分からないでいたら、ただ抱きしめられる。
「……無事で良かった」
少し震えた声でそう言われて、僕も言葉が何も出てこない。ただしっかりと抱きついて、ちゃんと目の前の人が存在する事を確かめるばかりだった。
「ルークに、エペルに……ユウだと?なんでテメェらがこんなところにいる!?」
「我が友の危急存亡の時ゆえ、馳せ参じたのさ!」
聞き覚えのある声にハント先輩が朗々と返している。
腕を解かれて見回せば、嘆きの島に連れて行かれた先輩たちが見慣れた寮服姿で並んでいた。特に怪我や不調はなさそう。
「みなさんご無事で何よりです」
ひとまず胸を撫で下ろす。喜ぶ僕たちとは対照的に、先輩たちの表情は複雑だ。
「いろいろと言いたい事はあるが、それはともかく。本部内はかなり複雑に入り組んでいたはず……どうやってここまで?」
「その話は後にしよう。今はエペルくんの魔法でカローンを足止めしている状態だ。長くは保たない」
先輩たちの表情が変わる。シェーンハイト先輩は僕を背に庇い、ハント先輩はエペルの隣に戻ってきた。
「最初に三体、次に二体と、恐らく壁に阻まれた三体が合流。そして残りの二体、最後に七体。最後の波だけ大きくなる」
「一気に二十体来るよりはマシよ。解除のタイミングだけ教えなさい」
「は、はい!」
そこからの迎撃は実に鮮やかだった。正直、一気に二十体来てもどうにかなったのでは?と思わなくもない。寮長って凄いなぁ。
最後の一体が残骸に加わり、扉の前がほぼ物理的に塞がったところで、開きっぱなしだった扉も閉ざされた。ようやく室内の空気が緩む。
「みんな本当に無事で良かった」
「おい、ルーク。なんでユウを連れてきた」
にこやかに笑いかけるハント先輩に、キングスカラー先輩は厳しい目を向けていた。ハント先輩は感情の見えづらい目で彼を見つめている。
「ぼ、僕が連れてきてもらったんです!その、ユウを巻き込んだのも僕で、あの……」
「僕はエペルが追いかけると言うので、ついでに連れてきてもらっただけです。好都合でしたから」
「好都合?」
「グリムもカローンに連れていかれたので」
「……何だと?」
シェーンハイト先輩たちは明らかに驚いた顔をしていた。これには首を傾げる。
「この島にグリムもいるはずなんです。お見かけしたりは」
「……いえ。検査の時や合間の移動などでも、グリムさんの姿は見ていません」
「連れてこられている事すら知らなかったよ」
他の先輩たちも首を横に振る。
やっと少し安心できたのに、また腹の奥が暗く濁る。
「……スタッフさん、教えて頂戴。アタシたちの個室の並び、一番奥の部屋には誰が?」
「被検体F……ナイトレイブンカレッジから連行された魔獣だ」
「……やっぱりあの毛玉か」
先輩たちの表情が一際険しくなった。意味が分からず首を傾げている事しかできない。
「まさか!グリムはうちのエースやデュースに比べても、魔法の腕が未熟なはずです。それなのに、ボクたちでも破るのが難しい防魔素材を使ったドアを吹き飛ばせるわけがない」
「……防魔素材のドアを吹き飛ばした?グリムが?」
「今の話からすれば、そういう事になる」
「にわかには信じがたいですが……扉の残骸なら僕たちも脱出時に目にしました」
「残されていた魔力の匂いもアイツに似ていた。間違いない」
ワケが分からない。グリムの身に何が起こっているのだろう。
動揺する僕を励ますように、シェーンハイト先輩が頭を撫でてくれる。
「ひとまず、情報を共有しましょう。お互い知りたい事は山積みなんだから」