6−2:宙を睨む奈落の王


 夕方にやってきたオルトは『出発は翌朝になる』と言っていた。つまり、この軟禁状態は翌朝まで続く。
 研修施設は夜を明かす事も想定した造りになっていた。部屋の外周にぐるりと設置されたソファはベッドにもなるみたいだし、トイレの近くにはシャワールームもある。
 シャワールームというか……全自動洗浄装置なんだけど。僕だって入浴をシャワーで済ます事は少なくないけど、正直アレはない。効率的なのは認めるけど。お風呂のリラックスタイムとしての存在意義をこんなところで知る事になるとは思わなかった。
 で、ハント先輩に最低限のスキンケアをされ、夕食も終わり、エペルが『やりたいゲームがある』というので一緒に遊んでいる。
「おぎゃートゲコーラ当たったー!!いやああビリになるー!」
「へへへ、今回も俺が一位だな!優勝は貰った!」
「うぬぬ、なーんつって。させるかサンダードーン!」
「うわあああああずっけえええええええ!!!!」
「おらおらおら一気に逆転だー!」
「ぐぬぬ、待てこのー!!」
 騒がしくじゃれ合う僕たちを、ハント先輩が暖かく見守っている。
 これが最後の一勝負。これが終わったら少し早いけど寝よう、なんて話もしていた。果たしてそれが守られるかは微妙な所だけど。
 僕もエペルも一歩も引かず膠着状態のままゲームは進み、勝敗はあと一瞬で決まる。
 そこでいきなり視界が真っ暗になった。
「うえっ!?」
「おわっ!?」
 ふたりして声を上げる。顔を見合わせてもお互いが見えない。ゲームの操作に使うデバイスも電源が切れていた。
「ど、どうしたんだろう?急に電気が消えちゃった……」
「停電?」
 僕は手探りに歩いて、テーブルに置いてあったタブレットを手に取る。電源を切ったりしていないのに、これも全く反応が無い。
「タブレットも電源が入りません」
 でも、ただの停電にしてはおかしい気がする。タブレットなんて本来、充電式で電力供給が絶たれてもしばらくは動くものだ。それが電源すら入らないなんて変だよなぁ。
「本部へ連絡できると言われたデバイスも反応しないね。ドアのロックも開かないようだ」
 いつの間にか扉の方に移動していたハント先輩が言う。
「じゃあ、僕たちこの部屋に閉じこめられちゃったって事?」
「少し静かに」
 ハント先輩の言葉で、僕もエペルも反射的に口を閉ざした。室内が静かになった事で、外の騒がしい気配が感じられる。
「どうやらこの島の人間にとってもこの停電は想定外の出来事らしい。ここにいるスタッフたちも、みな本部へ向かうようだ」
「見張りの人も、ですか?」
「ああ。今ドアの外に気配は無い」
 つまり脱走するなら今、なのだが、どうも様子がおかしい。下手に動いて危ない事になっても困る。
「僕たちはどうしますか?オルトクンが来てくれるまでここにいた方がいい……かな」
「ふむ……少し待っていてくれるかい?」
 段々と暗闇に目が慣れてきた。ハント先輩が無言を貫く間、手当たり次第に機器を触って電源が入るか確かめてみたが、どれも反応はない。一縷の望みをかけてスマホの電源も入れたが、他の機械と違って画面は表示されるものの、通信が遮断されていた。
 この世界の通信規格には詳しくないけど、こんな事は初めてだ。もしかしたら『嘆きの島』が元々外部の通信機器を使えなくする特殊な環境なのかもしれないけど、とにかく外との連絡も出来ないらしい。
「ダメだ、やっぱり外に助けを呼ぶのは厳しそう」
「そんな……」
「ほら、私から逃げきってみせて。『果てまで届く弓矢』」
 困惑する後輩たちを余所に、ハント先輩はマジカルペンを振った。ひらりと光が舞い、はらはらと地面に注いで消える。その間ハント先輩は無言で、微動だにしなかった。
「……ヴィルたちが待機していた場所から出て、移動し始めている」
「え?ヴィルサンたちには会えなかったし、ユニーク魔法はかけられてないはずじゃ……?」
 きょとんとしている僕たちに、先輩が微笑んだ気配がした。
「実はね、ヴィルに差し入れしたスキンケア用品のひとつに、私の魔法をかけておいたのさ」
「はぇっ!?人間だげでねぐ、道具さも目印つけられるってことな!?」
「ふふふ。私が狙う獲物は、人間に限らないからね」
 確かに、人間や生命体に対象を限っているとは全く言ってなかったな。
「受け渡し前に魔法効果をスキャンされてしまう可能性も高かったが、どうやら免れたらしい」
 ハント先輩のユニーク魔法『果てまで届く弓矢』で付与される目印は、毒性も攻撃性も帯びていない。万が一解析をかけられたとしても、一見なんの効力も、意味も持たない魔法に見えるという。
 この世界では市販の化粧品でもおまじない程度の魔法がかけられている事は珍しくない。魔法士の手作り化粧品が微弱な魔力を帯びていようと、それは化粧品としておかしいものではないのだ。
「イデアくんとオルトくんは、私のユニーク魔法をそれらと同類とみなし、見逃してくれたんだろう」
「すごい!けど、やっぱおっかねえ魔法だな……」
 見えないだろうけど無言で頷く。
「ルークサンに目印をつけられたヒト、自分ではほとんど気付けないんじゃない……かな?」
「多分、定期的に全身の魔法効果をリセットする魔法とかかける習慣がないと逃げられないだろうね」
「えぐ……」
「さて、これからの事だが」
 ハント先輩の声で背筋を伸ばす。
「本部内で何かトラブルがあった、と考えるのが妥当だろうね」
「これだけの規模の施設なら、非常用電源とかありますよね、多分」
「切り替えがうまくいってないのか、本部を優先して外周部は後回しなのか……いずれにせよ嫌な予感がする」
「ここを出る、って事ですか?」
「何事も無かったら素直に怒られるとしよう」
「そうですね。何かあったと分かってから動くのでは間に合わないかもしれない。非常事態なら手は多い方が良いでしょうし」
「そういう事だね。……ユウくん、スマホのライトで扉の方を照らしてくれるかな」
 言われるがまま、スマホの懐中電灯機能を起動して扉を照らした。先輩は明るくなった扉の周辺を探り、扉横の小さな箱に触れる。中に入っていたレバーを引けば、空気が抜けるような音と同時に扉が開いた。
「凄い、開いた!」
「自動扉には、万が一に備え手動で開けられる機能が付いているものだからね」
 電車にもあるよね。一生に一度も触る事なさそうなヤツ。
 ああいうのをとっさに使うのってなかなか出来ないんだな、というのを今、身を持って実感している。
「とにかく、私たちも本部へ向かってみよう。エペルくん、ユウくん、私の後ろをはぐれずついておいで」
「はい!」
 廊下も暗いので、スマホの明かりを頼りに外に向かう。やっぱり見張りのカローンはもういなかったし、それどころかすっかり人の気配がない。
 施設の外に出れば入る前と変わらず明るかったけど、やはりしんと静まりかえり人の気配はしない。古びた遺跡群の中という事もあり、どこか不気味だった。
「……この施設は確か、外と同じ環境に整えているという話だったね」
「そうだと思います」
「時刻は夜なのに昼の明るさのままだ。やはり何かがおかしい」
 確かにそうだ。ますます怖くなってきた。
 グリムは大丈夫だろうか。
 不安を抱えたまま、中央の巨大な柱に向かって走り出す。歴史ある町並みを眺めている余裕などありはしない。
 程なく辿りついた建物は、周囲の遺跡群とは全く空気が違った。直線も曲線も無駄を感じさせない無機質なデザイン。入り口と思しきガラス扉の付近は暗く、内部を見る事も出来なかった。
「うだで……ちけぐで見れば、ますますでっただ建物だなぁ」
「誰かに見咎められる事もなく、拍子抜けするほどすんなり辿り着けてしまったが……建物の中に入るには、どうしたらいいだろう」
 ハント先輩が呟き、僕も入り口の周りに注意を向けた。次の瞬間。
「だ、誰か!!誰か助けてくれぇ!!」
 近くで悲鳴が上がった。ハント先輩に続いて声の方向に走る。
 声の主である痩せた男性はシュラウド先輩と同じ服を着ていた。多分『S.T.Y.X.』の職員だろう。彼を二人のカローンが追いかけている。
 カローンの杖から放たれたビームが、男性のすぐ脇を掠めた。石柱を崩し土埃を舞い上がらせる。
「アレ、島の人だろ!?仲間同士じゃねえのか!?」
「わからない。とにかく助けよう!」
 男性はビームに驚いて地面に倒れ込んだ。怪我は無さそうだけど、戦えそうな雰囲気ではない。カローンはそんな事は関係ないとばかりに杖を男性に向けている。杖の先にさっきのビームと似た青白い光が膨らんでいた。
 ハント先輩が男性の前に防壁を展開し、ビームを防ぐ。そこでやっと男性とカローンが僕たちの存在に気づいた。
『魔力反応を検知』
 無機質な合成音声が響く。
『出力を最大に設定。ターミネーションモード起動』
『対象を排除。対象を排除。タイショウヲハイジョ!』
 カローンの杖が今度はこちらを向いた。杖の先に膨らむ光がさっきよりも大きい。背筋を悪寒が走る。
「避けて!!!!」
 思わず叫び、エペルを突き飛ばす。勢い余って自分も倒れ込むと、次の瞬間に爆発したみたいな音が轟いて、背中に瓦礫が降り注いだ。
 振り返ればすぐ傍にあった建物の柱が粉々に砕けている。さっきとは明らかに威力が違った。一年生の魔法じゃ防げそうにない。
「どういう事だ!?昨日戦ったカローンたちとは明らかに様子が違う!」
「エペル、怪我ない!?」
「だ、大丈夫!」
 エペルと一緒に立ち上がるが、カローンは再び杖をこちらに向けた。また杖の先に青い光が膨らみ始めている。
 以前のカローンは動きを封じる魔法を主に使っていた。多少衝撃があり木を砕くぐらいの威力はあの時からあったけど、今回は絶対に違う。アレに当たったら人が死ぬ。
「エペルくん、ユウくん!一度退却だ!ムシュー、立てますか!?」
「あ、ああ……!」
 僕たちがハント先輩に駆け寄っても、カローンたちは杖の先をこちらに向けるだけだった。
「あれは私の魔法障壁では防ぎきれない!みんな走れ!カモシカのように!」
 本部を離れるように動き出すと、あの板で杖を構えたまま追いかけてくる。照準を僕たちに合わせたまま、全くブレる様子はない。
 ビームが撃ち出される瞬間、ハント先輩が光の弾を杖にぶつけた。杖の先が逸れ、それぞれのビームが両脇の建物を破壊する。
「ひぃぃぃぃ!!」
 男性が悲鳴を上げてその場にうずくまった。
「いま止まったら死にますよ!!立って!!!!」
「こ、腰が抜けて……!」
「あぁ、もう!」
 脇から肩を入れて半ば担ぐように無理矢理立たせた。
「わ、私を置いていきなさい!子どもに守られるなんて……」
「文句を言う余裕があるなら足を動かして!!大人なら根性出せよ!!」
 僕が返すと男性は黙った。
 カローンとの間に建物を挟んで移動するよう意識はしているものの、相手はこちらより早く移動できるから意味はなさそう。移動中もビームの装填は進んでるんだからホントずるい。
「やばい!増援だ!!」
 エペルの声で振り返れば、追ってきているカローンの後ろに更に同じ鎧が何体も続いていた。増援の杖にまだ光は出ていないが、時間の問題だろう。
『排除!排除!ハイジョ!ハイジョ!』
 合成音声がどんどん重なって大きくなっていく。動きが鈍い僕と男性に標的を絞っているのは明らかだ。
 正確に測ったわけじゃないけど、多分そろそろ来る。距離が近すぎて建物の影に入ってもダメかもしれない。
『魔導ビーム、再装填完了。ターゲットロックオン』
 発射のカウントダウンが後ろから聞こえている。手近な建物の影になる所に男性を投げ、その上に覆い被さった。あの手のビームにどの程度壁になれるか分からないが、やらないよりはマシだろう。
『発射!』
「させるかぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!」
 目をぎゅっと閉じた瞬間に、エペルの叫ぶ声が聞こえた。
 視界が真っ暗になる。もうダメだ。多分死んだ。さようならみんな。
 世界を守る戦いでは一命を取り留めたのに、結局死ぬんだなぁ。
 いや人間はいつか死ぬけど。それが当たり前なんだけど。
 ……無念というか、後悔は山ほどある。グリムの事、エーデュースの事、先輩たちの事。無事を確認出来ないままなんて悔しい。
 でもこうなってみると不思議だ。
 あの戦いの時、もう死ぬんだと理解しても未練は何も無かった。『やりきった』のは間違いなかったし。
 大事な友達の無事を確認できず、未練を遺して逝くのはあの時と同じなのに、どうして今はこんなにも悔しいのだろう?
「……ユウ……」
 人の声が聞こえる。聞き覚えのある声。身体も揺さぶられている気がする。
 ……死んだのに身体の感覚がある?
「……ユウ、ユウッ!!」
 エペルの必死の声が間近で聞こえる。目を開けば、愛らしい砂糖菓子のような少年の顔が目の前にあった。すぐ傍にハント先輩の姿も見える。僕が庇ったはずのおじさんも隣に寝ていた。
 身体に想像していたような痛みはない。手足も付いてる。何が起きたか分からずキョロキョロしている僕を見て、ハント先輩は安心したように息を吐いた。
「よかった、目を覚ましたね」
「……い、生きてる?」
「勿論。あれを見てごらん」
 ハント先輩が示した先には、ガラスの箱が七つ並んでいた。不似合いな設置物に首を傾げ、その中身を見て更に目を剥いた。
「カローン……?」
 カローンが飾られている人形みたいに、直立不動でガラスの箱に納まっている。よくよく見てみれば、形は箱というより『棺』っぽい感じ。
「ふふふ。ユウくん、驚いた顔をしているね」
 ハント先輩が嬉しそうな顔で言う。
「あれはね……エペルくんがやったのさ!」
「み、みんながやられちゃうと思ったら、無我夢中で……」
「それって、もしかして……」
「えへへ!そう!俺のユニーク魔法だ!」
 エペルは満面の笑みでそう答えた。なんか僕も嬉しい気持ちにはなったんだけど、ちょっと意外。もっと単純に攻撃系になりそうなイメージだったな。
 ユニーク魔法って『ユニーク』というだけあって、その人『らしい』と感じる要素が少なからず含まれている気がする。
 とはいえ第一印象なので詳しく聞いたら違うかもしれないけど。
「見た目はガラスの箱のようだが、これは強力な魔法障壁を用いた結界となっている」
 中に閉じこめた対象は活動が止まる。中からこじ開ける事は出来ない。そして外からの干渉も受けつけない。
 僕が助かったのはこの魔法のおかげ。あの箱の中に、庇ったおじさんと揃って納められていたと。
 結界はカローンのビームを受けてもびくともせず、彼らが結界を破ろうと躍起になってビームを撃っている間に全て捕らえた、という事のようだ。
「オンボロ寮での事があったからかな。とっさに『守らなきゃ』って思って」
「使い方によって味方を護る盾にも、敵を封じる檻にもなる」
 カローンのあのビームを何発受けても壊れないなら、確かに飛び抜けて強力だ。とっさに動けない人間を守るにはこれ以上無いくらい心強い。
「この魔法障壁の堅牢さは、エペルくんの意志の強さそのものだね。宝石よりも固く、美しい。何人たりとも、キミの決意を傷つけられやしない」
 本当に美しい魔法だ、とハント先輩は賞賛の言葉を贈る。
「ブラヴォー!愛しの姫林檎!感謝と賞賛の抱擁を!」
「ぐええぇっ!ルーグザン、ぐるじぃれす!」
「おっと、すまない。感情がたかぶってつい力が入りすぎてしまった」
 抱きしめられたエペルが抗議すると、ハント先輩はすぐに腕を放した。さっきまでの緊迫感が嘘みたいな光景。
 とはいえのんびりもしていられない。
「カローンはずっとこのまま?」
「ううん。……そろそろ解除されちゃう、かも」
「おっといけない。ひとまずムシューを連れてここを離れよう」
 ハント先輩と協力して男性を抱え、その場を離れる。運良く僕たちがいたのとは別の研修施設があったので、そこに滑り込んだ。入り口からは見えない所に入り込み、一息つく。
 タイミング良くエペルの魔法も解けたようだ。
 外からの干渉を受け付けず中にいる人は活動を停止するので、時間経過かエペルの意思以外での解除は難しいと考えられる。同時にかけられる数も結構多い。
「エペル、身体に不調とかない?」
「なんとか大丈夫……かな?少し休みたい気持ちはあるけど」
「アレだけ強固な結界だと負荷も大きそう」
「何せ発現したばかりだからね。未知数な部分は多い。あまり無理はさせたくない所だ」
 真剣な表情のハント先輩のコメントに僕も頷く。
 ユニーク魔法だからといって負荷が軽いとは限らない、というのはいろんな所で耳にしてきた。エペルもナイトレイブンカレッジの生徒だけに優秀ではあるのだろうけど、魔力量やコントロールにおいて化け物級の魔法士たちがオーバーブロットしているのを見てきた身としては不安を覚える。
「だ、大丈夫ですよ!まだまだ動けます!」
「頼もしいけどダメ」
「ダメってなんだよ!」
「これからすぐにヴィルたちに合流できるとも限らない。それでいて、現状ではカローンに対処できるのはエペルくんの魔法だけだ」
「カローンが何体いるのか、そのうち何体に遭遇する羽目になるか、全く見当が付かない。それを全部エペルの魔法でどうにかするのはさすがに無理だと思うし」
「だ、だけど……」
「キミを頼りにしていないという意味ではないよ。ムシュー・姫林檎」
「むしろここぞ!という時にへばってほしくないから無駄撃ちすんなって言ってるだけ」
 エペルはきょとんとした顔になって首を傾げる。
「ここではエペルが『切り札』だからね」
「大事なカードは温存しておく。基本的な戦法だが、だからこそ普遍的に有効なのさ」
 揃って笑顔を向ければ、エペルも表情を明るくして力強く頷いた。ハント先輩はますます嬉しそうな顔になってる。
「キミのユニーク魔法の発現に立ち会えた事を、光栄に思うよ。ヴィルが知ったらどれほど喜ぶか!目に浮かぶようさ」
「でもまだ座標を定めるのが難しくて……カローンを全員捕まえるのにかなり手こずっちゃった」
「ははは!覚えたてで使いこなせる人なんかいやしない。大丈夫、すぐに上達するさ」
「実戦の方が上達するって言いますしね」
 なんて話をしていると、床に寝かせていた男性が呻いた。
「おや。ムシューも目を覚ましたようだね。気分はいかがかな?」
 ハント先輩の声を受けて、男性が起きあがる。僕たちを見回して深く息を吐いた。
「……助けてくれて本当にありがとう。すまなかったね」
 律儀に頭を下げた男性は、僕たちの顔を見る。
「君たちはナイトレイブンカレッジの生徒だね。ヘカーテ地区の研修施設で監視していた……」
「はい。『S.T.Y.X.』に拉致……もとい、収容された友人たちを追ってここまで来ました」
「停電が起きたので、緊急事態だと判断して本部に向かおうとしていたのですが、何かあったのですか?」
「私も詳しい事は分からないんだ。休憩を終えて本部に戻ろうとした所で停電が起きてね。急いで本部に向かったら、カローンに襲われたんだ」
 通常あり得ない事だ、と男性は首を横に振る。
「あのカローンたちは恐らくオートパイロットモードで動いていた」
「中に人が入ってないって事……かな?」
 男性は頷く。
 あの甲冑は中に人が入っていない状態でもロボットのように動かす事が可能らしい。
 被検体の収容などある程度の応用が必要だと予想される場面では人間の装備として使われるが、緊急時の警備としてなど人の確保より戦力配備を優先する場合にはロボットとして使われる。そうした使い分けが可能な便利な装備、という事のようだ。
「なるほど。……自由に動ける私たちではなく、結界に守られたユウくんたちを攻撃し続けたのもそういう事か」
「魔法障壁の内部に生体反応があれば、人工知能は基本的に障壁の発生源を『内部の生体』と判断する。覆っている結界の魔力反応が強ければ内部の生体の魔力かどうかを判別する事も難しいだろう」
 そこまで精密な検知機能をカローンに組み込むには量産も管理も厳しい、と深く溜め息を吐かれた。規模の大きな組織でも予算の都合というものはあるようだ。
「襲われた理由について心当たりは?」
「いや。……無人状態のパワードアーマーが人間を攻撃するなんて、通常あり得ない」
 男性は疲れ果てた表情で首を横に振る。そりゃあんな暴走状態にしょっちゅうなられたら、たまったもんじゃない。
「恐らく、島内の警備を管理している『ケルベロス・システム』に何かトラブルがあったんだろう」
 本部内はここよりも危険な状態になっているかもしれない、と男性は暗い表情で続けた。
 表情を険しくする僕たちに向かって、男性は意を決したように告げる。
「外周部にある緊急脱出用ターミナルから島外へ脱出しよう。私が案内するから、一緒においで」
「え?でも……」
「監視対象を私の一存で外に出すべきではないかもしれないが、今は明らかに緊急事態だ。良心に従い人命を優先する行動が許可される」
 助けを求めていた時の情けない顔はもうしていない。ちゃんとした大人が目の前にいる。
「この様子では、ターミナルが動いているかどうかもわからないが……それでも、外周地区の方がここよりはずっと安全なはずだよ」
「どうしてですか?」
「外周地区にカローンは配備されていないんだ。本部を経由しないと入れないこの島の構造上、外敵がやってくる恐れが無い。警報や監視カメラの他は、海水が侵入してきた時に止めるための防護扉ぐらいしかないんだ」
 男性自身、カローンと対峙したのは本部にかなり近づいてからだという。本部で何らかのトラブルが起きているとしたら、カローンはむしろ本部に集約されているのではないか、との推測を述べた。
 僕たちは顔を見合わせる。言葉にせずとも互いの意思を確認して、頷いた。
「ご忠告ありがとう、ムシュー」
 ハント先輩が職員の男性に微笑む。
「しかし……その話を伺い、私たちは一刻も早く本部へ向かわねばならなくなった」
「そんな!危険だ!」
「百も承知さ。しかし、そこには我らの愛する学友たちがいる。彼らを置いて、私たちだけ脱出するわけにはいかない」
 エペルと僕も頷く。
「大丈夫。私たちはナイトレイブンカレッジで緊急事態発生時の対応訓練を受けているからね」
 男性はしばらく不安そうな顔で僕たちを見ていた。深く息を吐く。
「そうか……。わかったよ」
 頷くと、斜めがけの帯から何かを抜き取った。細長くて固そうなカード。それをハント先輩に差し出す。
「では、よかったらこれを」
「これは……IDカード?」
「ああ。本部内はアクセス権限が細かく設定されていてね。私のこれを使えば管制室のある中央エリアまで入る事が出来る」
「でも、おじさんが脱出するためにも必要なんじゃない……かな?」
「私なら大丈夫。生まれも育ちもこの島の中だ。どうとでもなる」
 男性は余裕のある微笑みを浮かべていた。状況はそれどころじゃないから、精一杯そういう顔をしてくれてるだけだと思うけど。
「まさか息子と同じ学校の子たちに命を助けられるとは思わなかった」
「息子さんもナイトレイブンカレッジに?」
「ああ。私も妻も魔法は使えないが、息子は魔力があってね。イデア様と同じ学校に入れた事を誇らしく思っていた」
 暖かな視線が僕たちに向けられる。多分、僕たちの向こうに息子さんを見ているのだろう。
「本部内もきっと混乱しているだろう。どうか気を付けて」
「お心遣い、感謝します」
 ハント先輩に続いて僕たちも頭を下げた。本部から離れていく男性を見送り、背中が見えなくなってから僕たちも中央を振り返る。
「……さあ、行こうか。我らが女王の御前へ!」

1/30ページ