6−1:影闇に揺蕩う悲嘆の暗渠


 意識は唐突に浮上する。ぼんやりと目を開けば、遠くに見覚えのない天井が見えた。随分と高い。空間も広い。
 僕何してたんだっけ、と思い返して、一気に意識が覚醒した。身体を起こした瞬間に目の前にカローンの杖が突きつけられる。さっきよりも数が増えていた。
 すぐ傍で呻く声が聞こえる。そちらに視線を向ければ、ハント先輩とエペルが起きあがる所だった。状況の異様さと景色に戸惑った顔をしている。
 無造作に地面に転がされてたワケだけど、周囲の景色は『非政府組織の本部』にしてはイメージと違った。
 古代の遺跡群というのだろうか。古めかしい石造りの町並みが延々と続いていて、そのど真ん中にいるような感じ。これが現実の景色か疑いたくなるけど、隣にいる先輩とエペルや、自分たちに警戒を向けているカローンの様子からして現実なのだろう。
「ここが……嘆きの島?」
「ああ……私たちは本当に辿り着けたんだね!」
「テンション上がってるところ悪いけど、ココは観光地じゃないんだよ」
 ハント先輩の嬉しそうな声を、テンションの低い声が刺々しく遮る。
 声の方を振り返ると、そこにいたのは見慣れた顔だ。服装こそいつもと違うけど、青い炎を纏った髪も陰鬱な表情もいつもと変わらない。傍らにオルトがいるのも同じだ。
「チャリで遊びに来た!みたいなテンションで箒一本で気軽に乗り込んでくるな。頭のネジゆるゆるか?」
「シュラウド先輩……」
 思わず呟いたけど、先輩の視線はいつにもまして憎々しげだった。いや、普段はどちらかというと怯えている事の方が多い気はするけど。なんというか、服装が見慣れない事もあっていつもより怖い感じ。
 シュラウド先輩は顔をしかめつつも、咳払いして声だけは穏やかになった。
「き、君らさあ、リアルはゲームと違って気軽に生き返れたりしないんだから……あんまり無茶な真似はしない方がいいと思うよ?」
 いつにも増してド正論。
「代理とはいえ、ボスが拙者じゃなければ、みんなまとめてあの世行きでしたぞ」
 多分、ちょっと脅す意図もあったのだろう。しかし僕とエペルはともかく、ハント先輩は涼しい顔をしている。
「……『竜の君』から聞いた情報は真実だったんだね。イデア・シュラウド」
 真意を見透かすような視線をシュラウド先輩に向けている。いつも通りの芝居がかったリアクションをしながら、ずっとシュラウド先輩の動きを注視していた。
「キミが『S.T.Y.X.』を束ねる嘆きの島の番人であると。なんてことだ……驚いたよ」
「驚いたのはこっちですわ。どうやってここに?」
「その質問に答える前に、まずは確認させてくれないか。『S.T.Y.X.』が連れ去ったみんなは、無事なのかい?」
 質問に対し、シュラウド先輩は呆れた感じで溜息を吐いた。段々いつものシュラウド先輩に戻ってきた気がする。
「悪の秘密組織ぶるのも飽きてきたから素直に教えてあげるけど、全員呆れるくらいピンピンしてるよ」
「ああ、よかった!!彼らが連れ去られてからずっと、心配で心臓が張り裂けそうだったんだ」
 ハント先輩は表情を明るくした。本当に信じているかは不明だけど。
「というか……君たち学園でカローン班に秒で負けたんだろ。勝算無いのに、なんでこんなところまで追いかけて来ちゃったわけ」
「言っただろう。ヴィルの危急存亡の時だと」
『「危急存亡」。辞書によれば、「危機が迫り、生き延びるか滅びるかの重大な瀬戸際」の事だね』
 ハント先輩は胸を張って言う。オルトが首を傾げながら言葉の意味を解説した。
『ルーク・ハントさんは何度もその言葉を口にするけれど……ヴィル・シェーンハイトさんは、なにか命に関わる重大なトラブルを抱えているの?』
「いいや……しかし時を失すれば、あるいは。私たちはヴィルの危機的状況を打破するために馳せ参じた」
 愛する友のためならば、この身がどうなろうと構わない。
 ハント先輩は真剣な表情で言い放つ。友の窮地に決意を語る戦士のようだった。
「どうか、ヴィルにこれを届けてくれまいか……!」
 カローンたちの警戒が強まる中、ハント先輩が真剣な表情で懐から取り出したのは、大きさの違う青いボトルがまとめて入っているビニールバッグだ。
 シュラウド先輩たちの動きが呆気に取られた感じで止まる。否、オルトはビニールバッグの中身を興味深そうにじっと見つめていた。
「何これ。飲み薬……じゃないよね」
『主成分は水、ビタミンC、コラーゲン、薬草由来の精油……分析の結果、内容物はいずれも化粧品であると結論します』
「……は?」
 シュラウド先輩が目を丸くするが、ハント先輩は気にせず満足げな笑みを浮かべた。
「そう!ヴィル愛用のスキンケア用品さ!」
「命に関わる薬じゃないんかい!!!!」
 ツッコミが冴え渡っている。
「えっ……ほ、本当にただのスキンケア用品?脱走を企てるため、化粧品と偽って危険な魔法薬を差し入れにきた……とかじゃなく?」
『腐食性の液体や、毒性の強い成分は一切含まれていない。おまじない程度の魔力は込められているみたいだけど、市販品の基準値内。本当にただの手作り化粧品みたいだね』
 この世界では化粧品に魔力が込められている事は珍しくない。おまじない程度の効果だけど、売り上げが全然違うらしいと何かで聞いた覚えがある。
 シュラウド先輩は今にもぶっ倒れそうな顔をしていた。まぁそりゃ、この人そういうのにこだわり無さそうだもんな。
「や、やば……どこからツッコんでいいかわからん。そんなもの、命を危険に晒してまで届けにくる必要ないでしょ。どう考えても」
「何を言うんだい、『自室の君』!!」
 ハント先輩の言葉にシュラウド先輩が怯えた顔になる。もう完全にいつもの雰囲気だ。
「キミの言うとおり、命よりも尊いものなどこの世にない。だが、命に代えても惜しくないほど大切な美学を持つ人間もいる」
「あんたらはスキンケアをサボった時のヴィルサンの怖さ知らねぇから、そんな事が言えるんだ!まんずおっかねぇはんで!」
「いやそんな力説されましても……え……君ら他に用件ないの?マジでそれだけ?」
「ウィ!」
 ハント先輩が明朗に返せば、エペルも大きく頷いてみせる。シュラウド先輩は遠い目をしていたが、対照的にオルトは楽しそうに笑っていた。
『被検体へ化粧品を届けるために嘆きの島を襲撃するなんて……『S.T.Y.X.』の保有するスーパーコンピューター・システムをもってしても予測不可能な行動パターンだ。レア・ケースとしてデータを保存しておく必要がありそうだね』
「ルーク氏とエペル氏の目的はわかった……全っ然理解はできないけど、わかった」
 そう言った後、視線がこちらを向く。
「で、そっち……オンボロ寮の監督生。君は何しにきたわけ?」
 いかにも面倒くさそう。そして刺々しい。
 僕がいなくても好き放題グリムをモフれるならこんな態度になるんだな。
 ハント先輩は友愛があるのは間違いないとか言ってたけど、全然そんな事ないじゃん。期待するべきじゃなかったな。反省。
「まさか君もグリム氏のキャットフードを届けに?それとも毛繕い用のブラシ?」
「寮生を取り戻しに来ました」
「は?ごめん、よく聞こえなかった。悪いけどもう一度言ってくれる?」
 なんか硫黄の欠片が耳に詰まってたみたいで、と嫌みったらしく続けた。普通にムカついたので全力で応じてやろうと思ったら、ハント先輩に肩を叩かれる。吸い込んだ息で頬を膨らませつつ言葉を飲み込んだ。
「トリックスターはオンボロ寮の監督生として、唯一の寮生であるグリムくんを迎えにきたのさ」
「わざわざ言い直すなよ。聞こえてるに決まってるだろ」
 大仰な溜息をついて、シュラウド先輩は首を横に振る。
「ポムフィオーレの寮服なんか着てるから転寮でも決まったのかと思った」
「着替えをお借りしただけですよ。グリムがいなければ、僕があの学校にいる意味は無いですから」
「は?退学も覚悟で特攻決めたとか仰る?ご冗談を」
「そうですよ」
 シュラウド先輩が怪訝そうな目をこちらに向けてくる。多分、まるで信じていないのだろう。
「僕はずっと故郷に帰る事しか考えてません。グリムの夢を叶える手助けはそれまでの時間つぶしです。グリムと一緒に帰れないなら、学校に戻るつもりもありません」
「ユウクン!?」
 エペルの非難めいた視線は無視した。ハント先輩も険しい顔をしている気配がする。
 ただシュラウド先輩を見つめた。責める気持ちも疑う気持ちも込めず、無表情に冷静な自分を取り繕っている。泣きわめく方が効くんじゃないかと一瞬思ったけど、どうもそういう気分にはなれなかった。
『ハシバ・ユウさんは闇の鏡でも帰せない場所から手違いで連れてこられたんだよね。帰る手段が見つかったの?』
「いいえ。でも学園長が見つけてくれるとは限りませんし、だったら他人の厚意に甘えず、自分の足で帰り道を探す方が良いだろうと考えています」
「……手がかりなんて何も無いんでしょ。どうすんの、子どもひとりで」
「どうにかします。幸いにも、半年前と違って全く右も左もわからないわけじゃないですから」
 学園長の温情が無ければ、最初からそのはずだった。この世界の知識を身につけられた期間の分、時間は浪費したけど、まぁ無駄ではないだろう。
「相変わらず脳筋すぎる……」
 シュラウド先輩は溜息混じりに呟いた。さっきよりも少しだけ視線が柔らかくなってる。
「絶対と約束は出来ないけど……グリム氏も異常が無ければちゃんと帰すから。そんな覚悟決めてこないでもろて」
「何かあったら出ていく覚悟はずっと決めてます」
「勘弁してよ……。……ホントに大丈夫だから」
 うんざりした顔で言いながら、一瞬こちらに手を伸ばしかけて引っ込めた。本当にいつもの先輩っぽい。
 だけど今更表情も変えられない。冗談だと思われたくないし。
「検査が終わって何の異常もなければヴィル氏も、他のみんなも帰すから。君もちゃんと学校に帰るんだよ」
 返事はしなかった。代わりに、オルトがシュラウド先輩に尋ねる。
『じゃあ、彼らはナイトレイブンカレッジへ強制送還?』
「そうしたいところだけど……。……オルト、ちょっとこっちに」
 シュラウド先輩はオルトと共に少し離れてこちらに背を向けた。その間は周りのカローンが警戒している。声は聞こえるけど、話している内容までは聞き取れない。ハント先輩、聞き取れてたりしないかなぁ。
 そうこうしている間に話は終わったらしく、オルトが笑顔でこちらを振り返った。
『はーい!それじゃあルーク・ハントさん。エペル・フェルミエさん。それから、ハシバ・ユウさん。君たちには聞きたいことが沢山あるんだ。僕についてきてくれる?』
 エペルと顔を見合わせる。ハント先輩を見れば、愛想良く笑っていた。特に抗うつもりは無さそう。
「ウィ。だがその前に、一目だけでもヴィルたちに会えないだろうか?」
 元気な姿を見て安心したい、とハント先輩が懇願するも、オルトは申し訳なさそうな顔で首を横に振る。
『検査が全て終わるまで、被検体への接触は許可できない。ごめんね』
 オルトが言うなら単なる意地悪とかではなく、多分そういうマニュアルになっているのだろう。そんな気がする。
『全行程終了を確認したら面会できるよう手配するから、もう少し我慢してくれるかな』
「そうか……わかったよ。滞在を許してもらえるだけでも良しとしなくてはね」
 少なくとも事情聴取の間は追い出されない、という意味だと解釈する。ひとまずハント先輩の判断に従うとしよう。
「僕は本部に戻るけど……追加実装した問題児たちは、これ以上変な気を起こさないように。大人しくオルトの指示に従って」
「イデアくん、待っておくれ!」
 疲れた顔で帰ろうとするシュラウド先輩をハント先輩が呼び止めた。今度は何だといううんざりした顔でこちらを振り返る。
「まだ何か……?」
「スキンケア用品を忘れているよ。ちゃんとヴィルに届けてくれるかい?」
 ハント先輩が輝いた笑顔でスキンケア用品のバッグを差し出す。対照的に一層暗くなった顔のシュラウド先輩は、無言でハント先輩に近づきバッグを受け取った。
「……検査が全部終わったら渡しておく」
「メルシー!『自室の君』!」
「頼むから少しくらい空気読む努力してくれないかな……疲れるわ本当……」
 ぶつぶつ呟きながら、シュラウド先輩の視線が僕で止まる。
「手」
「はい?」
「怪我してなかった?」
 先輩の視線につられて自分の手を見る。多分、オンボロ寮でカローンと戦った時の話をしているのだろう。
「ええ、特に問題ないです」
「…………そう」
 事務的に返せば、シュラウド先輩も特に引っかかった様子はない。
 僕たちに背を向けて離れていく。行く先を見れば、黒い乗り物が置かれていた。シュラウド先輩はそれに乗り込んで、護衛のカローンは板状の乗り物を取り出す。そのまま前方にある巨大な建造物の方へ飛んでいった。
「うわっ!なんだあの乗り物!かっけぇ!」
『兄さんが乗って帰ったのは、「S.T.Y.X.」製の魔導ビークル。通称「チャリオット」だよ』
 前にテレビで見た『空飛ぶ自動車』みたいな感じ。いやチャリオットの方がデザインがシュッとしてる気がするけど。
 ここではああいった乗り物の方が移動効率が良いのだと、オルトは説明する。
 嘆きの島は海底に作られた都市。巨大な柱状の建造物を軸とした円錐に近い形をしている。
 現在地の『旧市街』は海底にあり、『S.T.Y.X.』の関係者などこの島の住人はここよりも外側の外壁部に設置された居住区で生活している。ここだけでも相当な広さだと思うのだが、『嘆きの島』と呼ばれる全てを合わせると、この何倍も広いみたい。
 それだけにそれぞれの場所を繋ぐ交通手段は用意されているが、管理者側としてはあちこち動き回る都合もあって小回りの利く乗り物の方が便利、という結論になるらしい。
「そういえばここは海の中だもんね。海の底なのに空があるなんて、不思議……」
『人間の生体は、心身ともに自然光に著しく影響を受ける。だから島内の環境も、各種最新技術によってなるだけ地上と同じ状態に保っているんだよ』
 エペルが空を見上げて呟けば、オルトが意図を解説する。
 確かに海底とは思えない環境だ。普通に地上にいるのと何も変わらない感じがする。
『外壁内に人工的な天空を再現、天候の変化や四季もある。森林や、河川なんかもね』
「わいは……」
「素晴らしい技術だね。ここが地底だなんて、私にはとても信じられない」
『ふふふっ、そうでしょう?ここは地上よりずっと快適なんだから!』
 オルトはとても嬉しそうに笑った。
 嘆きの島の番人であるシュラウド先輩がここの出身なら、オルトも同じくここが故郷という事になる。故郷を褒められたのが嬉しいみたい。
 どんなに素晴らしくても、ここが海の中である事に変わりはない。地上よりも良い環境とは言うものの、地上に暮らせば何の必要もない最新技術のはずだ。
 そうまでして『ここで暮らさなければいけない』のだとしたら、『S.T.Y.X.』……嘆きの島の番人にどんな事情があるというのだろう。
「素晴らしいと言えば……今、私たちの周りに立つ建築物もとても美しいね。この特徴的な柱は、『英雄の国』の遺跡にあったものと似ているが……」
『大昔、嘆きの島は「英雄の国」の一部だったんだって。この「旧市街」に残る建物は、その当時の名残さ』
「なんと!ではこれらの建物は遺跡そのものという事かい!?実に素晴らしい保存状態だ」
 ハント先輩は考古学にも興味があるんだろうか。オルトの解説を受けて目を輝かせている。
 ……もしかしてここは、本当に島だったんだろうか。何らかの事情で海底に島ごと沈められたとか?考えるとちょっと嫌な話だな。
「島の真ん中にある、大きな白い柱はなに……かな?」
 エペルが大きな建造物を指さす。さっきシュラウド先輩が向かっていった建物だ。
『あれは君らが入ってきた嘆きの島の入り口「オケアノス・ホール」から繋がる、「S.T.Y.X.」本部。あの柱は、この嘆きの島を貫いて、ずーっと下まで続いている』
 ここからだと柱しか見えないけど、旧市街と同じ高さの階層に結構広い建物があるらしい。
 あそこにグリムたちがいる。
『あの柱の下には、たくさんの亡霊が埋まってるんだ』
 今は氷漬けにされてみんな眠っているけど、とオルトは言い添えた。ハント先輩から聞いた『S.T.Y.X.』の話を思い返す。
 嘆きの島に厄災を封じ、シュラウド家はその番人となった。
 オルトの言う亡霊は、厄災と呼ばれたものたち、という事だろう。遺跡を旧市街という形で残したのは、居住区のある外壁との緩衝地帯みたいなものなのかもしれない。
 万が一、亡霊が溢れ出すような事態になっても、すぐに居住区が襲われる事は防げる。
 外壁の向こうの海水よりも恐ろしい亡霊、か。
『……興味本位で、不用意に近づかない方がいい。僕みたいになりたくないならね』
 いつもどこか無機質な喋り方なのに、そこだけ普段より感情がこもっているように感じた。思わず顔を見たけど、表情はいつものオルトと変わらない。
「……ムシュー・お人形?どうしたんだい?」
 同じく違和感を覚えたであろうハント先輩が尋ねると、オルトは何でもない、と首を横に振った。
『とにかく、この島には危険な場所も多いから、観光気分でウロウロしちゃダメだからねっ!』
 真剣に怒った顔をされては嫌とは言えない。僕たちが誰とも無く了承を返せば、オルトは満足そうに頷いた。
『さ、もう行こう。僕のあとについてきて』

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