6−1:影闇に揺蕩う悲嘆の暗渠

 ………


「あ~……ダル……」
 薄暗い部屋の中で、蒼い炎が揺らめいていた。炎の主たる少年の操作に応えて、ディスプレイが浮かんでは消えていく。素人には何がどうなってるか理解できない速度でキーボードを叩き、複雑な文字列を記していた。
 作業を終えて、イデアは椅子の背もたれに身を預けた。
 秘密保持契約の署名に時間がかかったものの、検査そのものはスムーズに終わったと評価している。
 検査結果の各情報への記入、それを踏まえての分析、統計の更新。一部の分析における除外情報の紐付けも忘れずに行った。
 ナイトレイブンカレッジでオーバーブロットが頻発した事は、かなり特殊な事態だ。これまでの情報と安易に同期はさせられない。
 異例と言えば、五回も起きていながらオーバーブロットした者が誰もファントムに取り込まれずに済んでいる事実もそうだ。回復後の経過も特に問題はない。
 運が良かったのか、別の要因があるのか。
 まだ検査は完了していない。その推察に入るには早すぎる。
「……共通点と言えば」
 しかしイデアの思考は止まらない。情報が足りないうちから仮定を置くのは良くないと思いながら、その仮定が当たっていた時の心地よさはなかなか忘れられない。
 リドル・ローズハートには気に入られ何かと面倒を見られていて、レオナ・キングスカラーからは熱烈な求愛をされており、アズール・アーシェングロットからは見え見えの密やかな恋心を寄せられ、ジャミル・バイパーやヴィル・シェーンハイトとは『VDC』の合宿でマネージャーとして寝食を共にしていた。
 捕縛時の記録映像にも映っていた。勝てない相手と解っていそうだったのに、素手でカローンに殴りかかった姿が記録されている。彼を庇ってヴィル・シェーンハイトが魔法を使った場面も、その時の二人に流れていた独特の空気も、映像に残っていた。
 シミュレーターで彼が出てきたらどうしようかとヒヤヒヤしたが、『魔法が使えない』ので対象から外れたようだ。
 彼が相手だったら、外からの干渉に動じないレオナ・キングスカラーでも結果が変わっただろうか。
 そこまで考えて、イデアは思考していた内容を頭から追い出した。
 そんな事まで実験してやる義理はない。
 マニュアル通りラケシスシステムを使い、システムは彼を選ばなかった。それ以上の追求は必要ない。
「今頃どうしてるんだろ」
 独り言はいつもの事。室内に他の人間はいない。いたとしても、いつもの事なので咎められる事もないだろう。
 同居人であるグリムがいなくなってからずっと元気が無かった事に、イデアは気づいていた。気づいていても声はかけられなかった。
 あの夜、グリムを捕縛したのはオルトであり、その行動指示を出していたのはイデアだ。その事実が知られているかは判らなかったが、何となく声をかけづらく感じて、そのまま数日経ってしまった。
 彼の周りにはいつも人がいる。先述の面々に加えて、彼と同じクラスの陽キャどもと一緒にいる所もしょっちゅう見かける。自分が知らない間にサバナクローやポムフィオーレの一年生ともいつの間にか仲良くなっていた。
 あまりに寮長たちから気に入られているから『いつか学園を掌握するのではないか』なんて噂まで立っている。
 本人はきっとそんな気はさらさら無いというのに。
『兄さん、就寝予定時刻を七分も過ぎてるよ』 
 近くのスピーカーから弟の声がした。イデアは我に返り溜め息を吐く。
「ごめん、オルト。もう休むよ」
『作業の完了はこっちでも確認できてるよ。お疲れさま、兄さん』
 いつも通り明るい労いの声を放った後、スピーカーは静かになった。イデアも椅子から立ち上がる。
 検査が終われば、今回の件は誰の記憶からも消え去る。
 そうすれば、彼とは元通りの関係を続けられる。魔法が使えない猛獣使いのビジネスパートナーで居られる。ぎこちない空気もきっと元に戻るだろう。
 どこか空虚な期待を抱きながら、イデアは管制室を後にした。

20/29ページ